12部
「こんにちは、警視庁特別犯罪捜査課の上田と申します。
息子さんの昭二さんの失踪届けに基づきまして捜査をさせて頂いておりまして、お話を伺えたらと思うんですが?」
上田と三浦は失踪者の家を訪れ、インターホン越しに上田が話しかけた。
一分もしないうちにドアが開き、50代くらいの女性が血相を変えて走って来た。
「昭二について何かわかったんですか?」
「いえ、情報があまりないので昭二さんがどのような人だったのかを含めてですね、情報の整理を行っているところなんです。」
女性はあからさまに肩を落として
「そうですか・・・・」
「だから言ってるだろう、昭二のことなんか心配しても意味はないんだ。」
女性の後ろから夫であろう人が現れ、女性が振り向き
「でも、あの子がいなくなってから、もうだいぶ経ちますし・・・」
男性は女性の言うことに耳も課さずに上田達に向かって
「すみませんね、妻は昭二に対して過保護なところがありまして。
だいたい、甘やかしすぎた結果がひきこもりだったんだ。
やっと部屋からも家からも出れるようになったんだから、家に帰ってこないくらいで捜索願なんて出さなくていいって言ったんですけどね、私は。」
「でも、あの子はお金も持ってないし、友達もいないんだから寝泊まりするところもないじゃないですか?」
「あのひきこもり支援の会社の人が何とかしてくれてるのかもしれないだろ?」
「問い合わせたんですけどわからないって言ってましたよ。」
女性が言ったところで、上田が
「あの~、すみません。
そのひきこもり支援の会社というのは?」
女性が
「うちの子も含めて、ひきこもりの人達が社会に出て行けるようにサポートしてくれる会社があるんです。
そこのスタッフの方たちのおかげで昭二も外に出れるようになったんです。」
「その会社の名前を教えてもらえますか?」
三浦が聞き、女性が
「株式会社『蝶々』さんです。
なんでも、ひきこもっていた人達の就職先の斡旋なんかもしているので、株式会社の形の方が色々と融通が利くと仰ってました。」
「人材派遣会社ですか・・・」
三浦が言い、男性が
「ひきこもり支援を優先的にらしいですよ。
部屋から出れるようになった成功報酬、家から出れるようになった成功報酬、職場に勤めて完全にひきこもりから脱した時の成功報酬なんて感じで請求されましたから。
まあ、最後の奴に関してはまだ成功していなかったので払ってませんけどね。」
「そ、そうですか・・・・
話は変わるんですけど、昭二さんは自殺願望のある人が集まるサイトにアクセスをしていたとの情報があるんですが、その点はご存知でしょうか?」
上田が聞き、女性が
「はい、知ってます。
でも、それはひきこもっていたときの話で最近はそんなこともなかったと思います。」
「まったく、お前がもっとしっかりしないからあんな子になったんだ。
ご近所さんのいい笑いもんだよ。」
「あ、あなたは子育ても何も協力しないし、相談しても何もしてくれなかったじゃないですか。私のせいばかりしないでください。」
「なんだと・・・」
二人の間に不穏な空地気を感じて三浦が間に入り、
「ま、まあ落ち着いてください。
こちらで色々と調べて、また報告に来ますので、この話はいったん我々に任せておいてください。
それでいいですか?」
二人は気まずそうに頷き、家の中に入っていった。
「どう思いますか、上田さん?」
「ただのひきこもりじゃなく、自殺願望のある人だったんだろ?
夫婦の仲もあまりよくなさそうだったし、自殺をしたいと思ったのは自分のせいで両親の仲が悪くなったからと考えていた可能性もないとは言えないな。」
「例の会社の方はどうですか?」
「全然だな。まっとうにひきこもり支援をしているだけの会社かもしれないし、NPOに限界を感じている人も多いって話は聞くからな。
会社がどうとかより、そこに入り込んで悪さしている人がいないかってとこだろうな。まあ、まずはその会社自体も調べてみる価値はあるよな。」
上田が行ったところで、三浦の携帯が鳴り、
「今川ですね、向こうも何かわかったんですかね。」
三浦は電話に出て
「何かわかったか?」
『前科のある人のところをあたったんですけど、失踪するような原因はわかりませんでしたね。』
「どんな感じの人のとこ訪ねたんだ?」
『名前は苗木和也、お酒を飲んだチンピラに絡まれて、やり返したところ当たり所が悪く、チンピラが死亡してしまい、傷害致死で3年間刑務所に入ってました。
出所後は、元々付き合っていた女性の家に住んでいたみたいです。
その女性からも話を聞いたんですけど、就職しようと色々と挑戦はしていたみたいですが前科のこともあって上手くいかなかったみたいです。
幸いというのもなんですが、女性が高収入で苗木は働かなくてもそこそこいい暮らしができていたみたいです。』
「女性のひもだったってことか。
何か変わったところとか、いなくなる前に不自然なことをしていたとかはないのか?」
『どちらかというと外出はほとんどしなかったらしいですし、女性も働いていたので日中は何をしていたかまではわからないそうです。』
「そっか、藤堂は今何してる?」
『周辺の住民に話を聞いてもらってます、あ、帰ってきましたね。
代わりますね。
藤堂、三浦さん。』
『お疲れ様です、苗木に関して面白い話を聞きましたよ。
なんでも、女性の方が苗木のことを好きすぎて外に出さないようにしてたみたいですね。』
「どういうことだ?」
『軟禁状態だったらしいです。
事件を起こした後も献身的に苗木を支えるいい人だって印象を周りの人が持ってる感じだったんですけど、ちょっとコンビニに行くだけでも女性がぴったりとくっついていたり、苗木が勝手に外出したら仕事から帰った女性が大きな声で文句を言っていたりしたそうです。
苗木も養ってもらっている上に、就職がうまくいかず逆らえずにいたみたいですね。』
「つまり、苗木は失踪したい理由があったってことか。
あっ、そっちで株式会社蝶々って名前出てきたか?」
『なんですか?』
「ひきこもり支援の会社らしいんだけど、軟禁状態ならひきこもりと似たような部分はあったかもしれないなと思ってさ。」
『今のところ聞いてないですね。
こっちで調べましょうか?それとも大谷に任せますか?』
「大谷に頼むよ。
そっちは引き続き、聞き込みを頼む。」
『了解しました。』
藤堂はそう言って電話を切った。三浦が
「いいですね、女性に養ってもらえるなんて。」
「それが窮屈だから、苗木はいなくなったんだろ?」
上田が呆れた感じで言い、
「金持ちの彼女とか欲しいと思わないんですか?」
「三浦、自分より金持ちの女じゃあ、付き合うの大変だなとか思わないのか?」
「彼女がいればそれで充分幸せな気がしますよ。」
「それも言えてるな。」
二人は同時にため息をついた。