10部
「まあ、このあたりでいいでしょう。
ここにはめったに警察は来ないし、少しの間くらいなら身を隠しておくこともできるでしょう。」
老人はそう言って笑った、山本はあたりを見回して
「このあたりに警察が来ないと思う理由は?」
老人は首をかしげて、
「経験と言えばいいのかな?
普段このあたりで生活していると出入りする人間もわかってくるのでね。」
山本は老人と一緒に行動していても、老人がなぜ自分を助けるのかという本当の理由をつきとめることができずにいたので、
「もう一度聞くが、何で俺を助けるんだ?」
老人はきょとんとした顔で
「この前、話した理由では納得がいかないということですか?」
「納得できる奴の方を俺は疑うな。」
老人は呆れたように笑い、
「ホームレスのじじいの言葉では信用性が薄くて当たり前ですよね。
山本警部には祖父母はおられますか?」
「母方の祖父母は幼稚園くらいの時に亡くなった。
父親側の祖父母に関しては一切わからない。仏壇もなければ写真の一枚もなかったし、両親もその話をしたことはなかったからな。」
「なるほど、お父様と仲が悪かったんでしょうかね?」
老人は楽しそうに言った。山本が
「何で祖父母の話をした?
祖父母がいたら、あなたが俺を助ける理由がわかるとでも言いたかったのか?」
「いえ、そんなつもりではありませんよ。
ただ、自分のルーツとでもいうんですかね。
自分の家系や伝統、しきたり等から人は自分の未来を選択することもあります。
先祖から繋がれて今の私達がここにいるんです。
命を繋ぎ、使命を繋ぎ、そしていつかは成就することを願っている。
あなたの家にもそんなものがあるのかと思いましてね。」
「あなたにはあったんですか?」
「恨みはあったようですね。
でも、それが私が行動する理由にはなりえなかったというのもまた現実ですよ。」
老人は遠いところを見るような目で微笑んでいた。
「命を繋いだ先に、あなたの理想が叶うと思ってるんですか?」
「手厳しい言葉ですね。耳が痛くなりますよ。
私には手に入れなければいけない椅子があります。
でも、それを子や孫に託すことはしたくないので、手に入れてから死にたいものですね。」
「あなたが手に入れたい椅子ってどんな・・・・・」
山本が言いかけたところで老人が身構えるような態勢を取ったので、山本も老人の向いている方向を見ると、若い男が一人で立っていた。男を山本は知っている。
男は『独断龍』のあだ名を持ち、山本が所属している特別犯罪捜査課の巡査部長である伊達正輝である。伊達はニコリと笑って
「やっと見つけましたよ、警部。
まさかホームレスのじいさんに助けてもらってるとは思ってもみなかったですよ。」
「もうすでにこの辺りは警察官で包囲しているってところか?」
山本が聞くと伊達は声を出して笑い、
「そんなわけないじゃないですか。
僕が単独行動をとることは知ってますよね。みんなで群れて行動するなんてありえないですよ。松前のコンピューター技術と片倉の情報網を使って、警察がおよそ捜索しないであろう地域を割り出し、警部が逃げてからの日にちを考えて、ここで網を張っていたら見つけられたってだけの話です。」
「それで?俺を捕まえに来たのか?」
「まさか。
うちの課の人間には被害者の加藤を含めて警部を疑っている人はいませんよ。
ただ、警部はさらわれたのではないかとか考えてる人もいるので、その辺の確認をと思いまして。」
「三浦か?」
「鋭いですね。
藤堂あたりも話にはのってましたよ。でも、警部は自分で逃げていた。
これは何を意味するのか教えてもらえないですか?」
「お前が誰かに付けられている可能性は?」
「ないですよ、俺の周りは罠も含めて色々と追跡されないように手を打ってます。」
「加藤の処置をするために携帯で救急車を呼んだ後、加藤のところに戻ろうとしたら電話がかかって来た。機械で音声を変えていたから男か女かも判断はできなかった。
電話の主は自分が加藤を銃撃したと言い、状況的に俺が疑われると言った。
あほらしいって言って電話を切ろうとしたら、電話の主が俺の関係者の誰かを殺すと言って来た。
警視庁内で銃撃を行えるような奴の言葉だから、そいつの要求をのむことにして今の現状にいる。
どうだ、わかったか?」
「誰かにこのことを話せば実行するとも言われてそうですね。
誰かに恨みを持たれるようなことは・・・・してますね。
調べればすぐに身の潔白が証明されそうな事件を起こしているということは本当に警部を捕まえさせる気はない。
何かの時間稼ぎかもしれませんね。
その点についてはどうですか?」
「俺が警察にいて損をする人物が誰かいるってことだろ。
何か悪いことを企んでる奴じゃないのか?」
「影山秀二の可能性が高いってことですか。
命を狙われてますからね、何か起死回生の策を成すために邪魔な警部を排除しようとしたと考えられなくもない。
他に何か、警部が持っていて不都合な物を持っているということはないですか?」
「俺が持ってて不都合な物って何だよ?」
「さあ?何かの証拠品とか、落とし物を拾ったのに警察に届けてないとか?」
「お前は俺を馬鹿にしているのか?」
山本が睨むと伊達は笑いながら、
「可能性ですよ、そういえば桂先生の部屋を調べている時にUSBケースがあって、一つだけ空きがあったんですよ。何かを入れていたような跡があったのに肝心のUSBが見つからないんです。
桂先生に聞いても、場所を決めずに適当に使っていたものなのでUSBは今ある個数だけだと仰ってました。」
「それなら、そうなんじゃないのか?」
「警部にこっそり渡したりとかしてないですか?」
「知らないな。」
「そうですか・・・・・じゃあ、こっちでもう少し調べてみますよ。
これ渡しときますね。」
伊達はそう言って携帯を一台取り出した。山本は受け取って、
「連絡用か。
確かに俺の携帯で連絡を取れば履歴が残って、敵に知られるかもしれないからな。」
「そうですね、敵は警察官の可能性が高い、その認識は上も同じみたいですから、部下からの連絡でも簡単に電話に出ないようにしてくださいね。」
「わかった。」
山本がそう答えると伊達は老人を指さして
「それで、そのじいさんは誰なんですか?」
「詳しくは知らないが助けてもらったことには変わりない人だよ。」
「失礼ですが、お名前を教えてもらってもいいですか?」
伊達は丁寧に老人に聞いた。老人はニコリと笑って、
「さあ、田中だったこともありますし、鈴木だったこともありますし、ああ、そうだ山本だったこともありますね。」
山本は老人の言っている意味がわからなかったが、伊達は何かを理解したように
「金のために戸籍を買ったり売ったりしたということですか?」
「日陰者は生きていくために必死なんですよ。」
老人はどこか余裕を感じさせる物言いだった。
「それで警察に捕まるとは思ってないんですか?」
伊達が聞くが老人は笑って、
「ホームレスの家が路上から拘置所や刑務所になるだけの話ですから。」
「屋根付きになるだけ、マシってことですか?」
「そうかもしれませんね。」
「胡散臭いじいさんですね、もっとまともな身分証明ができる物とかはないんですか?」
「胡散臭いですか・・・・、あなたのおじいさんよりはまともだと思いますよ。」
「どういう意味だ?」
伊達が物凄い形相で老人を睨みつけた。老人は笑顔で
「何度か、ホームレスの実態調査に来られたことがありますよ。
我々にも人権があるというのなら、文化的で最低限度の生活を送らなければいけないとか言いながらね。」
「気に入らないジジイですね。
僕の前であのくそジジイの話をしないことが最善ですよ。」
「そうですか。それでは私も忠告です。
あなたとお連れの二人は中立を気どっているのかもしれませんが、変わりゆく世界で中立など存在しません。
必ずどちらかに入らなければいけない。強制的に併合される前に自分から加入することをお勧めしますよ。」
伊達は険しい顔になり、山本に向かって
「では、僕はこれで失礼します。
また連絡します。」
そう言って足早に去っていった。山本が老人に対して
「さっきのはどういう意味ですか?」
「難しい立場ということですよ、彼も。」
そう言って老人は黙って歩き始めた。山本は老人の後姿を見ながら、何者なのかわからないこの老人を本当に信用して良いのかと心の底から思った。




