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後編

 きっと聞き間違いだ。そうに違いない。リア様が私と同じように日本で暮らした記憶を持つだなんて、そんなことは……ない、と言い切れるはずがない。なにせ私という前例があるのだから、同じような人間がいないとなぜ言い切れる。むしろ同じ境遇の人間がいると考えるのが妥当ではないのか。

 私はいつもの食堂で夕食の肉を噛みしめながら考えた。

 リア様が私と同じ元日本人だとしたら、どうしよう。どうしたらいい?



 考えた結果、何もしないことにした。

 だってね、もしも違ってたらよ? 私は頭のおかしなちょっとヤバイ奴ってことになってしまうわけで、そんなことが公爵様のお耳に入ったら、職を失うかもしれないわけで……。そりゃあ、リア様が元日本人なら、ちょっと嬉しい。懐かしい故郷の話をしたいし、いろんな苦労話を語り合ったりなんかもしてみたい。けど、話したところでどうなる? 昔を懐かしんでどうなる? そんなことをしても、何が変わるわけでもない。私が男なのも。この世界で生きていることも。

 だったら、別に今のままでいいじゃないか。例えリア様が元日本人だろうが、私の勘違いだろうが。

 そうと決めた私は、何もしないことにした。いままで通り、寡黙な騎士、ユリエル・ミラーとしてリア様の警護をしていこう。

――かわいそうな子扱いされかけた過去は、結構尾をひいているのだ。

 

 

 と、思っていたのに。

 リア様はなんというか、失言の多い方だった……


 例えばこうだ。


 その日、王城に出向いていた公爵様は大変難しい顔をして帰ってきた。

 帰ってくるなり、執務の補佐役やらの重鎮を集め、執務室にこもってしまわれた。

 そんな御父君の様子を案じられたのか、次の日、リア様は公爵を庭でのお茶に誘われたのだ。

 初夏の陽気の中、大木の木陰に設えられた席について、リア様は心配そうに父君に何があったのかと尋ねる。最初は婦女子であるリア様には関係のない話だと言葉を濁していた公爵だったが、一歩も引かないリア様に根負けした。仕方ないと言った様子で語られた話によると、なんでも税収の配分について揉めているとか……。

 前述したとおり、ここ何代か賢王が続いており平和だ。国も富んでいる。しかし東隣の国では跡目争いが起こりそうだという。もし内乱なんて事態になれば、難民が流入する。その際の費用をどう分担するかで諸侯を集めた話し合いは紛糾したそうだ。

 公爵領は国内でも一、二を争うほど豊かだ。農産物も豊富にとれれば、交易路も通り、賑やかで活気もある。当然、多目に負担してくれるよねーと圧力をかけられたらしい。多少の負担はやぶさかではないが、公爵家にばかり負担を強いられては困る。だが王国を支える一員として、少しばかり無理をしてでも尽力すべきなのか……と公爵様の心は揺れ動いているようだった。

「まあ……難しい問題ですね……」

 リア様は公爵様の心労を労わるように、そっと微笑んだ。

「私はお父様がどのような決断をくだされようと、ついてまいります。お父様を信じていますもの。領地の皆もそうです。お父様を信じ頼りとしております。お父様が全てなのですから」

 それ、暗に領地を優先しろって言ってるよね……

「そうか。リアにそう言ってもらえたら心強いよ」

 リア様のお言葉をどうとられたのか、公爵様は少しばかり気鬱が晴れた様子で執務室へ戻って行った。その後姿を見ながらリア様はボソッと呟く。

「そこは公爵領ファーストっしょ」

 ………………………聞こえてません、聞いてません。2017年のなんとか語大賞にノミネートされた言葉なんて聞いていませんったら。

 心の耳に栓をして、遠くを眺める私。その横から、すっと栗毛パイセンが進み出て、リア様に尋ねる。

「リア様、本日も街へいかれるので?」

 リア様は天使のような笑顔で頷いた。

「ええ、またお世話をかけてしまうけどいいかしら?」

「では、馬車の手配をしてまいりましょう」

 栗毛パイセンは私に目配せし、その場を後にした。庭に残されたのはリア様と、お茶の後片付けに忙しい侍女と私。だからその声を拾ったのは私だけだったと思う。リア様は白魚のような手を翳し、空を見上げてぼやいた。

「ああ。もうすぐ夏か。あっちいわー。タマが蒸れるー」

 ついてねえだろ!?

 っつーか、前世男? 男だったんですか、リア様!?

 この陽気が原因では決してない汗が、額を流れる。絶世の美少女顔でタマとか言わないでー!

 動揺を殺すことに必死な私に、席を立ったリア様がつっと近付いた。かと思うと、紫の瞳をぱちぱちと瞬き、首を傾げた。

「ユリエルも付いて来てくれる?」

「え、ええ。もちろんです。リア様」

 私の仕事ですからね。ついていかないわけないでしょ?

「ありがとう」

 そう言ってリア様はふんわり微笑まれた。スカートの裾を軽やかに翻し、庭を歩く。

「そりゃそーだよなー。護衛だもんな。付いて来るのなんて、あたりまえだのクラッカーっなんつってな」

 と、一人ごちながら……

 古い! 古すぎる! リア様何年生まれ!? もしかして大先輩っすか?


 とまあ、こんな具合に、美少女の口から数々の衝撃的な台詞が零されるものだから、その度に私の精神はガリガリ削られていた。

 それでも私は耐えた。リア様が元日本人なのは最早疑いようがない。性別が変わってしまったが故の失敗談を面白おかしく愚痴り合いたい。けれど公爵令嬢であるリア様と貧乏男爵の三男坊である私では地位が違う。それこそ天と地ほども。せめて、性別が同じなら友人になれたかもしれないが、リア様は女で、私は男である。何気に抜け目のない質であるらしい栗毛パイセンが鋭い目を光らせているのだ。

 親しく昔話など出来ない立場なのだと今更気付かされた。

 きっと私が元日本人だとリア様に知れたらややこしいことになる。

 だから、やっぱり私は寡黙な護衛騎士、ユリエル・ミラーとしてリア様の警護に励もうと決めた。



 のに、世の中ままならないものである。

 その騒動は夏も終わりにさしかかろうかという頃になってもたらされた。


「た、大変でございます。一大事にございます。旦那様はいずこに!?」

 冷静沈着どんな時も取り乱さない、家令の鏡のような人だった老紳士が、血相をかえて公爵を探していた。

 ただ事ではない何かが起こったのだと屋敷中の人間が察したようだ。下働きの者までが一様に心配そうな顔をしている。

「公爵様ならリア様と遠駆けにいかれておりますが」

 侍女頭が怪訝な顔で告げると、老紳士は一目散に馬房へ駆けだした。

 私は慌てて、その後を追う。どうやら馬で探しに行く気だったらしい彼から、慌てて手綱を取り上げた。

「お待ちください。もうすぐ戻られるはずです」

「おお、ユリエル。そなたはどうしてここに? 公爵様はリア様とご一緒と聞いたが」

「私の馬の調子が悪く、幸い警護の手は足りておりましたので、残らせていただきました」

 公爵様付きの騎士が大勢いたからね。

「今から、探しに出ては行き違いになってしまいます。どうか落ち着かれて……」

 そう、家令を宥めていた時だった。遠くから蹄の音が響いたのは。どうやら遠駆けの一団が帰って来たらしい。

 私は家令と共に公爵様達を出迎えに向かった。

「旦那様。大変にございます。オ、オリアーナ様が、オリアーナ様が……」

 公爵様が馬から降りるのも待たず、家令は必死に言い募る。どうやら半年前に嫁がれた長女のオリアーナ様の身に何事かが起こったようだ。

「オリアーナがどうした?」

 公爵様が馬から降りて尋ねる。

「オ、オリアーナ様が、駆け落ちなさいました!」

 は? 駆け落ち? 嫁がれて半年で?

 確かオリアーナ様のお相手は北方に国境を接する国……の同じく公爵家だったか。家格の釣り合いもとれ、両国間のさらなる友好発展も兼ねて嫁がれたはずだ。

 オリアーナ様の夫である青年には、会ったことがある。公爵家に挨拶に見えられた時の一度きりだが。やや強引で高慢なきらいはあったが、なかなか整った容貌の青年だった。確か馬術が大の得意で、愛馬サラマンダー号で馬術大会に出場するのを趣味としており、三連覇中なのだとか。

「なに!? 相手は? 相手は誰なのだ?」

 公爵様の顔も家令同様、真っ青に染まる。

 国際問題だもんなー。

「それが、まだ情報が少なく、定かではないのですが。彼の国の馬術大会に突如現れ、早駆けで優勝をさらった者だとか……」

 それって、つまり夫君を負かした相手と駆け落ちしたということか? 彼のプライドはきっとずたずただろうな。私は思わず天を仰いだ。ん? なんか、どこかで聞いたような単語に話だな? ちょっと違うけど。なんだっけ? と首を捻る私の傍で小さな声が聞こえた。

「サラマンダーより……」

 ああ、そうだ。それだ。全国のいたいけな子供にトラウマをあたえたというあの台詞、確か続きは――

「……ずっとはやーい」

 するりと口からでた言葉。はっとして、口を押さえるがもう遅い。

 前半の言葉が誰のものだったのかは考えるまでもない。私はおそるおそるリア様に視線を向ける。どうか聞こえていませんように、そう祈って。

 リア様は笑って私を見ていた。それは、いつもの天使の微笑ではなく、ニヤアとした、今までにみたことがない笑顔だった……



 オリアーナ様の駆け落ち騒動で、公爵邸は蜂の巣をつついたような騒ぎに陥っていた。誰も彼もが混乱し、目端の利く栗毛パイセンも例外ではなかった。

 そんな人々の隙をついて、私はリア様の部屋に引き摺り込まれていた。侍女もいない二人きりである。 未婚の男女がとてもよろしくない。こんなところを誰かに見られたらどんな咎を受けることやら。やはりリア様に知られてはいけなかったのだ。

「あの、リア様、先ほどのことは、その……」

 口が回らない。動悸がする。冷や汗が止まらない。家令にも公爵様にも負けないほど顔が青くなっている自信がある。

「先ほどのことは、なあに?」

 天使に戻ったリア様が、大きな瞳で見上げてくる。けれどその背中の羽が真っ黒に見えるのは気のせいだろうか?

「先ほどのことは、その、以前、騎士仲間に聞いた話でして。彼はとても変わった男で、夢でみた話だと不思議な世界の話をよく私に聞かせてくれたのです」

 しどろもどろに言い募ってみるが、苦しい。

「へえ、騎士仲間に?」

 リア様はこてんと小首をかしげ……

「んな話、信じるわけねえだろ。ばーか」

 唇の端を釣り上げて皮肉気に笑った。

「で、ですよね」

 私はがっくりと肩を落とした。急転直下の展開に、全身から力がぬける。もう立っているのがやっとだ。

「ったくよ。やっと出しやがった尻尾を逃がすわけねえだろ。俺がどれだけ揺さぶりかけたと思ってんだ」

「えっ」

 私は絶句した。あれは失言ではなく、揺さぶりだったのか。

「いつから、気付いていたんですか?」

「ジャマダハル」

 簡潔に告げられた言葉に、聞き覚えはない。

「邪魔だ春?」

「は? 何言ってんだ。お前が護衛について初日に行った武器屋、覚えてるか? そこで俺が見てた武器の名前だろうが」

 私は息を呑んだ。

「あの、中二心をくすぐる武器?」

 リア様は綺麗な銀糸の髪をかき乱して、座り込む。

「お前……そっちに反応してたのかよ……」

 いやだって、ジャマダハルなんて名前知りませんし。

「同時に気付いたってことですか」

 どうやら最初の最初だけは本当に失言だったらしい。

「ま、そーいうこったな。けど、お前、全然何も言わねえし。態度かわらねえしよ」

 必死で抑えてましたから。可哀想な子を見る目で見られかけた過去の経験は本当に本当に後をひいてるんです。

 それよりそろそろ、そのヤンキー座りやめませんか。今の貴方は公爵令嬢なんですよ!

「だから、騎士連中に探りをいれた」

 リア様はまた、あのニヤリとした嫌な笑みを浮かべ、立ち上がった。ああ美少女が台無しだ。

「探りって、それで何かお分かりになったんですか……」

「そりゃあ、いろいろ分かったぜ。例えばユリエル、お前が童貞だってこととかな?」

 もう、泣いていいだろうか? なんだって絶世の美少女の公爵令嬢に、極悪人顔で甚振られなければならないのだろう。

「お前、女に興味ないんだってなあ?」

 私は目を泳がせた。

「奇遇だなあ。俺も男に興味が持てなくてな?」

 この人は何が言いたいんだ。

「仕方ねえよな。前世の性別と違うんだからよ」

 うう、やっぱりそこまでばれてる。思えばリア様の失言には一定の確率で下ネタが含まれていた。

「けど、お互い身分のある身だ。結婚して子を為さねえと外野がうるさいだろ?」

「いえ、私は男爵家の三男ですので、それほどは……」

 長兄と次兄はとっくに結婚して子供もいる。だから私は好きにさせてもらえているのだ。

「ほー」

 リア様の目が座る。

「つまり、何か? お前、同じ元日本人という同士でありながら、自分さえよければそれでいいと?」

 じりじりと近付くリア様。近付かれた分だけ、後ずさる。

「いえ、そんなことは……」

 上背も腕力もはるかに私が上だ。なのになんでこんなにこの人が怖いんだろう。

「俺はな、男に組み敷かれるなんてまっぴらなんだよ! この先どっかの男の元に嫁せられて、そいつに……なんて考えただけでぞっとする」

「心中お察しします」

 でも、私には関係ない話ですし。公爵家のご令嬢に生まれた運命を呪ってくださいとしか言えない。

「けど、お前見てて思ったんだよな」

「な、何をでしょうか?」

「こいつなら組み敷いてやれるんじゃないかってな」

 ひいっ。と声にならない悲鳴がもれる。

 やるってナニを!?

「いや、いや、いや、無理です。絶対無理です」

「無理じゃない。俺にまかせとけ。なあにモノの扱いは心得てる。お前よりずっとな」

「いやいやいや、無理です無理無理無理。だいたい身分だって違うんですよ!! 今、二人で部屋にいるのだって、後で先輩にバレたらどうなるか……」

「まあ、引き離されるだろうな。お前はクビ。俺は早々に嫁に出される。オリアーナの失態を挽回する為に、後釜にでも据えられるかもしれんな」

 分かってるなら、今すぐ解放してくれ。

 尚も近付くリア様から距離をとるべく、さらに後ずさる。と、足に柔らかいものが当たった。

「だから、さっさと既成事実つくっちまおうか?」

 それはそれはイイ笑顔でそう言うなり、リア様は私に向かってタックルをかます。

 咄嗟のこととはいえ避けられなかった自分は騎士失格だと思う。

 華奢なリア様の体当たりで、見事に背後にひっくりかえった私は、背をついたそこがベッドだと知って絶叫した。

「絶対無理ですってばーーーーーーーーーーーーーー!」






 後のことは言いたくない。

 もう記憶の彼方に消し去りたい。

 本当に私は騎士失格だ。

 体格も力も勝っていたのに、自分でもどうかしていたと思う。

 けれど、一番信じられないのは、リア様の力技で女公爵の夫の座に収まり、なんだかんだでほだされて、幸せを感じてしまっている今の自分だ……

 

 ちなみにオリアーナ様の駆け落ち相手が、身分を隠して参加した彼の国の第二王子で、オリアーナ様の夫が日常的に暴力をふるっていたことなども手伝ってあちらも大団円になったことを記しておく。


願わくば次は女として生まれ変われますように――

後で出す予定だったのですが、結局出番が少なくて端折った騎士たちの名前は下記の通り

底抜けに明るい赤毛の騎士、トメゥト

大家族で育ったせいか面倒見のいい濃紺の瞳の騎士、ナーズ

末っ子気質な金髪騎士、コーン

食えない栗毛パイセン、マロン

固有名詞を自動でつけてくれるサイトってないですかね……

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