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バレンタイン商法

こちらは帝国編が始まる前の時系列です。また一部書籍版の設定を逆輸入して有ります。予想外に長くなってしまった。

 それは溜まっていた領主の仕事をしていた時の事だった。


「クラフタ君チョコを用意して!!」


 勢い良くドアを開けて入ってきたのは、ウチの領地で料亭を営んでいる転生魔王アリスだった。


「なんだなんだイキナリ?」


 チョコだって? 一体何でまた?

 要領を得ないでいる俺を見るとアリスは呆れたようなリアクションをとる。


「もー、ホントにわかんないの?」


「分からんから聞いとるんだ」


 俺の言葉にアリスはしょーがないなーと言いながらもったいぶったアクションをとる。さっさと言え、こっちは忙しいんだ。


「バレンタインデーよ!」


「バン・アレン帯?」


 確か地球を360度ドーナツ状に包んでいるなんかの輪っかだっけ。外帯と内帯があるんだよな。


「ちーがーう! バレンタインデー! 女の子が好きな男の子にチョコを挙げる日よ!」


「ああ、製菓会社の陰謀な」


「君、女の子からチョコ貰った事ないでしょ」


「あ、あるわいチョコくらい!!」


「クラスメートからの義理? それともお母さんから?」


「妹からだよ!!」


「……」


 アリスが哀れむような目で俺を見てくる。やめろそんな目で俺を見るな。


「可愛そうに、女の子から本命チョコの一つも貰った事無いなんて」


「い、一応貰った事はある」


「ほっほーう、だれから? 誰が君に本命チョコを?」


 アリスはおいおい見栄を張るなよ。正直に言えば義理チョコくらいあげるぜって目でこっちを見てくる。


「……い、妹から」


「……」


 だからその目で見るな。


「……君ん家って……」


「何も言うな」


 俺は過去を捨てた男。主に家庭の事情を。


 ◆


「ま、まぁその件については置いておくわ。それよりもチョコよ! 乙女のハートを燃やして愛しの彼のハートをぶち抜くチョコを作るのよ!!」


 ぶち抜くな。


「けどこの世界にバレンタインデーなんてないぞ、なのにイキナリチョコなんて送られても相手が困るだろ。っていうかお前送る相手なんて居るのか」


 俺の至極もっともな指摘に対し失礼なと憤慨するアリス。


「送る相手くらい居るに決まってるでしょ!」


「へー、一体どこの色男だ?」


 アリスがじーっと俺の目を見てくる。

 念の為後ろを見るが誰も居ない。


「この辺にアリスにしか見えない誰かが居るのか?」


「人を何も無い所を見る猫みたいに言わないで貰える?」


 そうなると他にありえそうな可能性は……


「他にありえそうな可能性としては、初対面で私の裸を見た男の子に責任を取って貰う為とかかしら」


「……」


「返事しろ」


「その節は大変申し訳ありませんでした」


 いやまぁ、確かに見てしまいましたけどね。でもあれは偶然の産物だった訳で、いわゆるラッキースケベという奴ですよ。決して意図して見た訳では。


「君、フィリッカの裸も見たそうね。それにドゥーロの裸も。あとミヤと一緒にお風呂にはいって体を洗って貰ったんだって? そういえばいつもアルマと一緒にお風呂に入っているそうだけど、アルマは他の子の裸を見た事は知っているの?」


「申し訳ございません」


 何故か分からないが俺は土下座していた。「土下座する」ではなく、「既に下座して」いた。


「女の子にとって裸を見られるって本当に恥ずかしい事なのよ。わかる?」


「誠に申し訳ございません」


「という訳でチョコを沢山用意してくれる?」


「お任せくださいアリス様」


 こうして俺は大量のチョコを用意する事となったのだった。


 ◆


「チョコねぇ……ん?」


 ふと疑問に思った事をアリスに聞いてみる。


「所でなんでもう直ぐバレンタインデーって分かったんだ? お前転生したから時間の分かるモノなんて何も持ってきてないだろ?」


「うん、服も持ってこれなかったわ」


 俺は再び土下座をした。


「面を上げい。簡単な事よ。転生する前の日にちを覚えていた、只それだけの事よ」


 ドヤ顔で胸を張るアリスに俺は大切な事を教えたくなるのを踏みとどまった。

 こっちの世界に転生するまでのタイムラグって無かったのか、と。

 まぁそのあたりはアリスを転生させた『混沌』にしか分からないので口にするのも野暮というものだ。


「とりあえずチョコといえば王都のカフェにチョコケーキがあったな……」


「どうしたの?」


 突然俺が黙り込んだ事をアリスが訝しがる。


「いや、ここってさ、お前にとっては異世界じゃん」


「ええ、そうね」


「でも俺この世界でチョコケーキ食べたんだわ」


「へー、美味しかった?」


 興味津々で聞いてくるアリスに王都のカフェの話をしてやると、アリスは目を輝かせて自分も食べてみたいと声をあげた。


「そのカフェに行けばチョコを仕入れている問屋の事も教えて貰えるんじゃないかしら!?」


 ふむ、確かに直接取り扱っている店に仲介して貰うってのはありかもな。


「んじゃ、行ってみっか」


「やったー!!」


 ◆


 と、いう訳で早速俺達は王都までやって来た。


「到着」


「へー、ここが王都なんだ。あっという間だったから全然実感が無いわね」


 そう、俺達は王都まで転移装置を使って移動して来たのだ。

 転移装置のマーカーに距離制限がある為、数回転移を繰り返さなければいけないのだが、それでも長い距離を飛翔機で飛んでいくよりも遥かに早い。


「えーっと、あの時の店はどっちだったかな?」


 記憶を頼りにチョコケーキを食べた店を思い出す。


「あのお店でしたら向こうの通りですよ」


「ああ、そうだった。良く覚えてたな」


「それはもう、なにせ私達が初めてデートしたお店ですから」


「……アルマ?」


「はい? 何ですかクラフタ様?」


 後ろを振り向いた先にいたのは、俺がとてもよく知っている人物、そうアルマだった。


「えーっと、いつから付いてきてたんだ?」


「はい、クラフタ様がアリス様と王都に行くと仰った頃からです」


 よし! アリスの裸を見た事は聞かれてない!……ハズ……


「ご主人、はやくケーキケーキ!!」


「私もそのケーキという物を食べてみたいですね」


「……私も食べてみたいです」


 なんと付いてきたのはアルマだけではなかった。ドゥーロ、にミヤそれに護衛のレンまで一緒だったのだ。


「ってかなんでレンまで居るんだ?」


 忘れている人も居るだろうがレンはシャトリアで俺が救った元魔法少女だ。

 日本人のリリスに洗脳されて自分を魔法少女という存在と思い込まされていたのだが、俺が洗脳を解いた事で正気に戻り今では武道家として武術に邁進している。

 で、色々あってそんなレンを俺は雇う事にした。

 まぁ俺は外見が子供であるという事もあって、箔を付ける為に護衛とかも必要なわけだよ。

 けど俺は並みの戦士では相手にならないくらい強いので実際は領主の館の衛兵と言った方が近い。

 とはいえ、四六時中一緒に居られると古代魔法文明の技術の継承者としては見られたら不味い技術などが山程あるのでやりづらい。で、結局ミヤの直属の部下として彼女の元で仕事をさせる事にした。


「は、はい。今日はミヤさんの指示でアリスさんの護衛をしています」


 あれ? そうだったっけ? そういえば執務室に居た時はアリスが姦しかったから後ろは見ていなかったな。


「レンは役に立ってるわよ。料理の手伝いだけじゃなくて食材を運ぶ手伝いもしてくれるから」


 へー、そうなのか。


「アリスさんがお生みになられた魔物をダンジョンに放しに行くのも私の仕事なんですよ」


「あ、バカ!」


 慌ててアリスがレンの口を塞ぐ。

 そういえばアリスは世界に混乱を招く為の役目の一環として定期的に魔物を生む体質なんだったっけか。

 以前アリスにどうやって魔物を生むのか聞いてみたのだが、頑として教えてくれなかった。けどこの口ぶりだとレンは知ってるっぽいな。

 後でアリスが居ない時に聞いてみよう。


「と、とにかく! せっかく来たんだから早くチョコを食べに行きましょうよ!」


「はいはい」


「懐かしいですねクラフタ様」


 そう言いつつ俺の右腕に腕を絡めてくるアルマ。何気に正妻アピールだ。


「ご主人様、チョコと言う物はどのような食べ物なのですか?」


 といいながらミヤが左腕に腕を絡めてくる。

 両サイドに密着するもののボリュームが凄いな。


「ん? ミヤはチョコを食べた事がないのか?」


「はい、初めて聞く食材です」


 ふむ、それは珍しい事もあるもんだ。

 古代魔法文明の時代から生き続けているミヤが知らない食材とは。

 考えられるのはトマトの様に当時はチョコの原料であるカカオが食材として認識されていなかったとかか?

 となると、カカオを加工してチョコにしたのは、この世界に来た日本人なのかも知れないな。


「あっ、着きましたよクラフタ様!」


 アルマがチョコケーキを販売しているカフェを見つけて声をあげる。

 どうやら考え事をしている間に到着したみたいだ。


 ◆


「んー、美味っしー!!」


「フィリッカ様、食べすぎです。あまり食べ過ぎると夕食が食べれなくなりますよ」


「そんな事言って、レノンだって三個目じゃないの」


「い、いえその。騎、騎士は訓練で激しく体を動かしますから、疲れた体に栄養が必要なのです!!」


「お前等こんな所で何してんだ」


 そう、そこに居たのはルジウス王国の第一王位継承者であるフィリッカとその護衛であるレノンだった。


「んぇっ!? え? クラフタ君!?」


「マ、マエスタ侯爵!? あ、いえコレはですね……」


 突然現れた俺に驚く二人。ホント何してんだコイツ等。


「王女がこんな時間から町を出歩いてて良いのかよ」


「こ、コレは市井の調査よ。人の上に立つ者として市民の流行を知るのも仕事のウチなのよ」


「そ、その通りです。そして私もフィリッカ様の護衛としてお供している訳なのです」


 だったら何でそんなに慌ててるんでしょうねぇ。

 すっかりフィリッカに感化されてしまって。


「すいませーん、チョコケーキと紅茶のセットをお願いします」


「私も同じ物をお願いします」


 俺がフィリッカ達と話している後ろでアリス達が注文を始めている。

 アリスはともかくアルマまで、政務をサボってる姉は放置ですかい。


「はぁ、しゃーない。店員さん、俺はビターチョコと紅茶のセットで」


「はーい少々お待ちください」



「んー、結構いけるわねコレ。異世界のチョコも中々美味しいじゃない」


「このお店は王都でも人気なんですよ。昔はそれ程でもなかったんですが、ここ最近新しいケーキを提供する様になってそれが大ウケし一気に人気店になったそうです。名物であるチョコを食べる事が出来るのはこのお店だけなんだそうです」


 アルマがスラスラと店の情報をアリスに紹介している。ちょっと意外だ。

 

「フィリッカ姉様が教えて下さいました」


 ですよねー。

 ホントそう言う情報には詳しいのなアイツ。


「コレがチョコですか。ふむふむ、栄養素的にあまり頻繁に食べるのは注意した方がよさそうな品ですね」


「おいしーのー」


「なんだかいくらでも食べれそうな味です」


 ミヤは食材の栄養素に興味津々でドゥーロとレンは単純に味が気に入ったみたいだな。


「で、どうだアリス」


 俺が聞くとアリスは何が? って顔で俺を見る。おいおい、忘れたのかよ。


「チョコの仕入れだよ。ここのチョコで良いのか?」


 元々チョコを仕入れる為に来たんだから食べるだけで満足してたら困る。


「ああ、そうだったわね。うん、良いんじゃない? 向こうのチョコと遜色ないし。あ、店員さんすいませんけど店長を呼んで頂けませんか? ちょっとお話したい事があるんですけど」


 ようやく本来の目的を思い出したアリスは早速店長を呼ぶべく店員に話しかける。フットワーク軽いなコイツ。


 ◆


「申し訳ありませんがそれをお答えする事はできません」


 アリスに仕入れ先の事を聞かれたカフェの店長は、そう言ってアリスの頼みを断わった。

 まぁ、普通に考えれば商売敵が増えるのはお断りだよな。


「いえ違うんです! ……えっとですね、私達はこのお店にケンカ売りに来たわけじゃないんですよ。ただ材料の仕入先を知りたいだけなんで。えっとそれにですね、ウチのお店は……そうそうマエスタ領ですから、このお店とは客を取り合ったりする心配はありませんから」


 イキナリ断わられた事がショックだったのだろう。アリスは自分が商売敵では無いと必死で弁解する。

 確かに移動手段と情報伝達の発達した地球なら、遠く離れた店だろうと自分の店のオンリーワンな商品の牙城を崩される事を危惧するだろうが、移動手段と連絡手段が中世レベルのこの世界ならそこまで心配する事もあるまい。

 遠く離れた店に何日もかけて足を運ぶ位なら直ぐ傍の店を選ぶ程度の住み分けになる筈だ。

 マエスタ領の住民がマエスタで開店した店に来ても、王都の固定客目当ての店には何の影響もない……んじゃないかとは思う。まぁそれを向こうが信じるかは別問題なのだが。

 いくらか紹介料を支払えば態度を変えてくれるだろうか? 

 などと思ったのだが、カフェの店長にとってはそういう問題ではなかったらしい。


「いえ、そうではなくてですね。チョコの原材料については他言無用なのです」


「他言無用?」


 俺の質問に店長は頷く。


「はい、このチョコの原料を売りに来る冒険者から、自分の事は絶対に内緒にして欲しいって言われているんです」


 だから教えれないか。

 ふむ、仕入れ先である冒険者自らが情報の流出を嫌ったか。

 だがこの店は王都でも有数の人気店だ。

 その理由の一つがこの店が独占販売しているチョコなのは言うまでも無い。

 だと言うのになぜ秘密にする? 自分が仕入先だと多くの人に知れれば大量にチョコが売れ大儲けするだろうに。

 それをあえてしない理由。


「何かあるな」


「どうしましたかクラフタ様?」


 隣に居たアルマが俺の漏らした独り言を聞きつける。


「ん、いやちょっとな。アリス、そこまでにしておけ」


「え、でも……」


 なおも言い募ろうとするアリスを制して店長に謝罪する。


「ツレが申し訳ありません。美味しい食事を口にするとつい熱くなってしまうんですよ」


「い、いえ。お気になさらないで下さい貴族様。私達も料理人、気持ちは理解出来ますから。ですがこのチョコの仕入先については本当に喋れないんです。どうか、どうかお許し下さい!」


 な、なんか必要以上に怯えられてるんだが。

 ちらりと店主の視線が俺の後ろに行く。視線の先を辿ると……そう言う事か。


「いえ、礼を欠いたのはこちらの方です。誠に申し訳ない」


 そう言って会話を打ち切ると俺は俺達は少々早めに店を出る事にした。


 ◆


「もー、なんで交渉を打ち切っちゃったのよ。これからが本番だったのに」


「もっとケーキ食べたかったー」


 無理やり引っ張ってきたので皆不満顔だ。


「ってか、私達関係ないのに何で私達まで」


「レアチーズケーキが……」


 ついでに連れてきたフィリッカ達もご機嫌斜めだ。けどなぁ……


「寧ろあの場面じゃお前等が一番問題だったんだよ」


「へ? どう言う事?」


 そう、あの時店主が見ていたのはフィリッカだったのだ。

 そう考えると店主があそこまで下手だったのと俺を貴族と言った事にも納得がいく。

 俺の知名度は寧ろ名前が先行していて顔出しをしたのはアルマとの結婚式なんかのイベントばかりだ。

 そうした式典で遠くから見てもはっきりと顔を覚えたりは出来ないだろう。

 子供貴族と言うあだ名で白衣の子供という記号では目立っていても実際に見て気付くかは別問題だ。

 それにその白衣も王都の大人達が出世のジンクスみたいに勘違いして、自分の子供に白い服を着せる事が流行した為珍しいものではなくなっていた。

 それと城下町で俺の顔を知っているのは錬金術や魔術に関わる品を扱っている商人ばかりだしな。

 だと言うのに俺が貴族だと気付かれた理由、それは間違いなくフィリッカだった。

 王族だというのに頻繁に城を抜け出して城下町で遊びまわっていればそりゃあ顔も売れるってもんだ。

 そんなフィリッカとタメ口で話す白衣の子供が居ればそりゃ俺が本物の子供貴族クラフタだとバレる訳だ。

 それをフィリッカとレノンに教えるとフィリッカは納得がいったように、レノンは顔を青ざめさせていた。

 うん、フィリッカの護衛役って事は一緒になって遊んでるようなもんだからな。そりゃあ青くなるのも当然だ。


「でも、ソレだったらフィリッカの権力をカサに来て教えて貰う事も出来たんじゃないの?」


 俺の憶測に対してアリスはやや懐疑的だ。


「いや、店長は教えられない約束だといっていた。と言う事は俺達が教えた事がバレたらチョコの仕入れ先がなくなるのは間違いない。なにしろこの王都でチョコの取引をしている店はこの店だけだ、情報が漏れるとしたらこの店しかない」


 俺の言葉にあっ、という顔をするアリス。


「でも、なんであの店にしか仕入れないのかしら? 普通に考えれば沢山の店に仕入れた方が儲けになるのに」


 確かにな。あの店で売っているケーキの値段を考えると、やや高いが特別高級品とは思えない。もしかしたらコレから希少という理由で少しずつチョコの値段を上げる気なのだろうか? なにしろあの店でしか食べられないものな訳だし。とはいえ理由は違うだろうな。


「たぶん仕入れ量が少ないんじゃないかな。仕入先を秘密にする約束って事は後ろめたい方法で商品を仕入れている可能性も高い」


 まぁ、たかがチョコを密輸する理由も不明なんだが。


「じゃあどうするの? まさか諦めるの?」


 アリスの質問に俺は被りを振って否定する。


「いや、何でそこまでして正体を隠すのかも気になるしな。ここは本人に直接交渉する」


「え? どうやって?」


「簡単さ」


 俺は意地の悪い笑顔をアリスに見せた。


 ◆


 深夜、とある店の裏口に数人の人がやって来た。

 全員がマントにフードをしていて性別も分からない。

 その人物達が裏口をノックすると戸が開き中から人が現れる。

 こんな夜更けに随分と無用心な事だ。

 もちろんこの店は件のカフェだ。やって来た人物達は店の中から現れた人物を店の中に招きいれる。

 全員が店内に入り、数分ほどすると再び店の裏口が開き彼等は現れた。

 彼等は無言で元来た方向に向かって帰っていく。

 俺はスキルの気配遮断を使用しながら彼等を追跡して行く。

 店から離れると緊張していた彼等の空気が少しずつ浮き足だち始める。

 無言だった帰路に少しずつ会話が生まれ始めた。


「なぁ、そろそろ販路を拡大しないか?」


「何言ってんだ、そんな事してバレたらどうするんだ」


「そうよ、向こうからの持込は堅く禁止されてるんだから」


 むむ、なにやら気になる発言。これはもしや…… いや、もう少し聞いてみよう。


「それにバレない様に持ち込むには小さなモノじゃないといけないしね」


「確かに、こっちの世界に出る時にわざわざ人の居ない場所を調べるのも面倒だからな」


「でもこっちのアパートに出ればバレないんじゃないの?」


「お前知らないのか? こっちのアパートは向こうから来れない位相なんだよ。確か向こうじゃ河のど真ん中だぜ」


「え、マジ? 全然気付かなかった」


 コレはもしかしなくてもアレだな。コイツ等日本人だ。

 会話の内容からして、日本から持ち込んだ品をこっちの世界で売りさばいている密売人って所か。

 しかし位相とかちょっと気になるな。俺は即効でこっちの世界に永住する事になったからなぁ。

 けどコレなら上手く行きそうだ。

 

「君達、ちょっと良いかな?」


 マントに身を包んだ謎の人物達こと、日本から来た密売人達に後ろから声をかける。

 案の定、俺が声をかけた事で全員がビクリと身を竦ませる。後ろ暗い事をしている証拠だ。

 恐る恐る振り替えった彼等だったが、子供である俺の姿を見てほっと胸を撫で下ろした。


「おいおい、脅かすなよ。ガキがこんな夜更けになにしてんだ」


「そうよボク、夜は危ないから早くおうちに帰らないと」


 俺が警察ではなく只の子供だと分かった途端彼等はこちらに舐めきった態度で接してきた。


「危ないって、例えばお兄さん達みたいな密売人がうろうろしているから?」


「っ!?」


 図星を突かれた全員が驚きでこちらを見る。


「な、なにを言ってるんだい坊や?」


「そ、そうよ、密売人だなんて失礼な子ね」


 明らかに挙動不審な様子で俺の言葉を否定する彼等だが全くもって説得力がない。


「さっきのお店、この王都で唯一チョコを扱ってるお店だよね。あのチョコってどこから仕入れてるんだろうね?」


「っ! まさか私達の事を嗅ぎまわってる貴族って貴方!?」


 おや、どうやら店の店長が俺の事を話したのかな? まぁ、別にかまわないけど。


「だったらどうなのかな? 後ろめたい事が無いのならもっと堂々とすれば良いんじゃないかな? でも、もしも悪い事をしているのなら、牢屋に入れられちゃうかもね」


 淡々と告げる俺の言葉に全員が真っ青な顔になる。


「ちょっと、どうするのよ!」


「いや、どうって言われても」


「だから販路を拡大するのは反対したんだ!!」


「まだしてねぇだろ」


「こうなったら……」


彼等の中の一人の言葉に反応して全員がジロリと俺を見る。


「こ、コレは仕方ないよな」


「そうね、こんな夜更けに子供が一人でうろついているのが悪いのよ」


「そうだ、俺達が悪い訳じゃない、こんな所にのこのこやって来たお前が悪いんだ」


 どうやら全員やる気みたいだな。まぁいちいち説得するよりも楽ではある。


俺は七天夜杖を取り出して双剣モードで構える。


「変形した!? 魔法具か!」


「慌てないで、相手は子供よ。自力で迷宮に潜って手に入れた物じゃないわ!」


 驚く男に対し冷静な言葉で指摘する女。確かにこの世界において、古代魔法文明の遺産である魔法具は遺跡から発掘するしかない。現代人が作る事の出来る魔法具は性能が低くて使い物にならないしな。

 だから子供である俺が手に入れる方法は遺跡から帰ってきた冒険者から買い取るしかないと思うのも当然だ。


「なるほど、そんな物を持ってたら調子に乗るのも当然か。けど運が悪かったな、俺達は本物の冒険者なんだぜ!!」


「本物なのに密輸なんてセコイ事して日銭稼いでるんだ」


「っ! ウルセー!!」


 図星を突かれた男が激昂して襲い掛かってくる。

 しかし本物の冒険者という割には動きが悪い。

 コレじゃほとんど素人だ。


「ほい」


 男の攻撃をすっと避けてそのまま双剣の峰で後頭部を軽く叩く。

 それだけでへっぴり腰で襲ってきた男はバランスを崩してすっ転んだ。


「リュージ!」


「この子供只者じゃない!?」


「マキ、魔法で援護を」


 リュージと呼ばれた男があっさりと倒された所を見て残った仲間達が色めきたつ。

 やれやれ、実際に戦わなければお互いの力量の差も測れないとは……いや、俺もわかんないんだけどね。

 とはいえこのリュージという男と戦ってよく分かった。コイツ等大して強くない。

 で、そんな連中が俺とガチでやりあったらどうなるかと言うとだ。



「申し訳ありませんでした!!」


 とこうなる。

 俺にボロ負けしたリュージ達は俺の前で土下座している。


「さて、君達はこのルジオス王国の法に反して密輸を行なっていたらしいね」


 らしいではなくそのものズバリ密輸だけどな。

 リュージ達は土下座したまま小刻みに震えだす。コレちょっと面白い。



「とはいえ、内容によっては見なかった事にしてやってもかまわないんだがね」


「なにをすればいいんですか旦那! 今なら旦那の靴だって舐めやすぜ!!」


 バッと顔を挙げたリュージが三下キャラ全開で媚びへつらって来る。少し強く叩きすぎただろうか?

 あ、いや。リュージの仲間達の表情を見るにコイツいつもこんな感じっぽいわ。

 

「そんな事はしなくても良い。ソレよりもさっきの店に卸していたチョコって言うのをこっちにも回して欲しいんだよ」


「チョコですか?」


 と、ここまで言えば助かる為にリュージ達は喜んでチョコを回してくれると思ったのだが……


「そのー、申し訳ないんですけどちょっと在庫的に……」


 コレは意外。リュージ的にはカフェの店長にそこまで義理立てする理由などなさそうなのだが。

 ああ、そういえばさっき販路の拡大が出来ないって話してたっけ。

 とはいえそこまで量が少ないとは意外だ。


「それはさっきの店に対する義理立てかい?」


 念の為こちらに回せない理由を確認しておく。


「い、いえ。そう言う訳じゃなくてですね……」


 そうしてリュージ達が話し出した理由はおおむね先程の会話から予測したモノと同じだった。

 異世界人である事や転移に関してはボカシつつも、この国に大量のチョコを持ち込めない為、バレない様にギリギリの量のチョコを店に仕入れていたらしい。


「なんでチョコなんだい? コンパクトな品にこだわる必要があるのなら宝石とかじゃ駄目なのかい?」


 コレは本心の疑問だったりする。他にも時計とか電子機器なんかこっちの国に持ってくれば珍しいモノに目が無い貴族が喜んで買いあさるだろう。


「いやー宝石とかは仕入れ値が高いし、それにそんな物を売ったら足が付いちまいますから」


「私達の国は些細な品物でも簡単に買った店が分かるから誰に売ったかの目星が凄く付けやすいのよ。それがあまり買う人のいない貴重品ならなおさらね」


「そうそう、それにチョコならこの世……国に無いし、いざとなったら食べて証拠隠滅すれば良いかなって、バレても非常食って言い張ればいけるかもしれないし」


 成程、日本に居た時もテレビで犯罪者の遺留品を調べ、製品Noなんかから販売していた地域まで割り出して防犯カメラの画像から犯人を暴くって番組があったもんな。ソレと同じ事を日本政府が行なったらあっという間に密輸をしている冒険者達の正体がばれるだろう。

 成程、だからこその消耗品か。意外に考えてるんだな。

 となると、問題は商品の持ち込み方法って訳か。ほんとに密輸っぽくなってきたな。

 一番良いのは日本から転移する際にこっちのアパートに直接転移する事だが、さっきの会話から察するに日本の転移位置がそのままこちらの世界での転移先にリンクするっぽいな。

 まぁ陛下から異世界人と交易をしている事は聞いているけど、それをバラすと後で不味い事になるかもしれないしな。

 もし彼等が俺の事をばらしてもしらを切れる様になるべく与える情報は少なめにしよう。


「商品の輸送だが、大量に商品を運ぶあてがあるんだがどうかな?」


「え? マジですか?」


 あっさりとリュージが食いついてくる。ちょっと警戒心が足りんよお前。


「ああ、その代わり俺のお願いも聞いてもらうけどね」


 ◆


 所変わってここはマエスタ領。


「すいませーん、このハート型チョコ一つ下さい!」


「すいません、この友チョコを5つくださーい!」


「はーい、少々お待ち下さい」


 ここはアリスが用意した移動店舗まおう亭(屋台)だ。

 アリスの命令でバレンタインの情報を流した事でマエスタ領に住む年頃の女の子達がチョコを買いにやって来ていた。


「はい、ハートチョコ銅貨10枚です。友チョコは5個で銅貨5枚です」


 価格から言うと駄菓子チョコクラスで100円近い値段をとっているので凄い暴利だが、この世界ではチョコは希少な品だしバレンタインと言う負荷効果もあって飛ぶように売れていた。


「売れるもんだなぁ」


 意外なのは友チョコも一緒に売れている事だ。


「本命を隠すには友の中ってね。本命が居る子はそれを隠す為に絶対友チョコも買っていく。それが女心ってモノよ」


 そう言うものなのか。


「にしてもあっという間にバレンタインが広まったなぁ」


 そうなのだ、あの後俺はマジックボックスをリュージ達に貸し与えた。

 日本で買いあさったチョコをマジックボックスに入れこちらの世界に持って来させる。

 マジックボックスといっても外見は袋なので服に隠し持つには十分だ。

 一応変な気を起こさないよう入れれる量には限度を設けてある。あとマーカーもつけているので、彼等がどこに居るのかもちゃんと分かる様になっている。

 唯一の懸念はマジックボックスが日本でもちゃんと機能するのかだが、それは何とかなった。

 元々、こっちの世界に転移する為の転移の腕輪が機能していたのだから何とかなるだろうとは思っていたのだ。結果はその通りで今ではリュージ達を介して日本の商品を仕入れる事が容易になっていた。

 とはいえ、大々的に取引するとバレた時不味いので、ミヤに頼んで間にクッションを挟んで商品を仕入れている。リュージ達には仕入れた商品が何処に行っているのかは分からない仕組みだ。

 唯一わかっているのは、彼等が直接販売しているチョコレートだけだ。

 と言うのも、チョコについてはアリスがカフェでマエスタ領の事を話してしまった所為だ。

 なので輸入量が増えたチョコは複数の町で売るようにリュージ達には命じてある。

 ついでにバレンタインの事も彼等を通じて拡散させた。これはアリスの策略だ。

 バレンタインの情報が複数の町で拡散すれば、マエスタ領でバレンタインフェアが始まっても、噂を聞きつけた商人が早速商売に利用したと思われるだけだからだ。

 文化侵略とか言われて難癖付けられたくないし逃げ道は必要だね。

 

「しっかし、バレンタインを流行らせたいとはアリスも乙女だねぇ」


 今ではアリスが始めたバレンタインフェアのお陰で町中が甘ったるい雰囲気で包まれている。

 中にはこのイベントのお陰で恋人になれたカップルも多い事だろう。

 そう考えるとアリスは恋のキューピットかもしれない。魔王だが。


「は? なに言ってんの? そんなの売り上げの為に決まってるじゃない」


 何甘ったるい事言ってんのと言う目つきでアリスが俺を見てくる。

 アレ? 違うんですか?


「バレンタインと言ったら乙女がお金を湯水の様に落とす日よ! 冬の寒さで財布の紐が堅くなったOLも目当ての男を落とす為、社内の男共から持て囃される為、ホワイトデーに三倍返しをしてもらう為にお金を使いに使いまくる夢のような日なのよ」


 その夢は商売人の夢だ。


「いや、お前最初に話した時に乙女の恋とか愛とか言ってたじゃん」


「ええ、恋に盲目になった乙女が爆砕する事もいとわず夢の為にチョコを買ってくれるドリームデイよ!」


 英語になっただけなのに酷さが増した。

 なんと言う資本主義的思考。


「売れてるんだから良いじゃない! みんなチョコを買って幸せになるのよ。恨み言を言われる理由なんて欠片もないじゃない!!」


 うーん、なんだか腑に落ちないものを感じるんだが……


「クラフタ様!」


「ん?」


 店先で話し込んでいた俺達の元にやって来たのはアルマだった。


「どうしたアルマ?」


「はい、その……これ、バレンタインのチョコです」


 アルマは頬を染めながらチョコを手渡してくる。


「私達もう結婚しているのに、それでもこうしてチョコを渡すのはなんだか気恥ずかしいですね」


「あ……うん、ありがと」


「こちらこそいつもありがとうございます」


 まぁ良いか。良いんじゃないの異世界でバレンタインがあっても。


「そうそう、これ私からね」


 そういってアルマのチョコの袋の上にチョコを重ねてくるアリス。


「ああ、サンキュ」


「いえいえ、ホワイトデー楽しみにしてるわね」


 その風習は根付かせんぞ。

と、手元にごそごそとした感触が。


「何してるんだアルマ?」

 

 見るとアルマが自分のチョコ袋をアリスの袋の上に置き直していた。


「いえ、何でもありません」


 ありませんってお前今……


「ご主人様」


 お? 今度はミヤ達だ。


「ご主人様、バレンタインと言うお世話になっている人に感謝の気持ちを込めてチョコを送る風習があるそうなのでご用意させて頂きました」


「あげるー」


「別に恋愛とかは無いですけど雇い主ですし……」


 そう言ってミヤとドゥーロとレンが俺の腕にチョコを置いていく。当然上に置き直したアルマのチョコがまた下に埋もれてしまった。


「それでは私はコレで」


「またねー」


「仕事に戻ります」


 チョコを渡した彼女達は何だか妙にそっけない態度で帰っていく。


「別にそんなに慌てて帰らんでもいいのに。なぁ?」


 そう言って隣に居たアルマとアリスに同意を得ようと思ったのだが、何故か二人は俺をじっと見つめていた。いや、アルマはチョコの順番をせっせと変えていたが。


「君は地獄に堕ちるわ」


「何だイキナリ」


「わかんない? なら言ってあげるけどリ……」


『『『『リア充爆発しろぉぉぉぉぉ!!!』』』』


 突然彼方から謎の咆哮が轟く。


「何事!?」


 周囲の人間も一体何事かと声のした方向に顔を向ける。

 すると道の向こうから頭に鉢巻を巻いた上半身裸の男達の集団が正拳突きをしながら走ってきたではないか。なんだこの変態集団。

 当然その異常な光景に悲鳴を上げて逃げ出す女の子達。

 しかし俺が最も驚愕したのはその集団の先頭に居る人物だった。


「な……何やってんですかコル師匠!!」


 そう、男達の集団の先頭にいたのは、全身骨のアンデッド、リッチのコル=フィノ師匠だった。


「おーう、我が弟子じゃん、リア充死ね」


 俺の手の中のチョコを見ながら師匠が声をかけてくる。そんな挨拶みたいに言われても。


「一体なんですかその奇行は?」


 会話の最中も上半身裸で正拳突きを続ける師匠に問いかける。


「いやさ、クリスマスの壁殴りはもう指先一つで吹き飛ばせる奥義に開眼しちまってたじゃん。そこでこのバレンタインよ。世のモテない男をあざ笑うかのような悪魔の風習。俺達は心の底から憤ったね。何で俺達にはチョコが貰えないんだと!!」


 そんなだから貰えないんじゃないですかねーと言いそうになるのをギリギリで踏みとどまる。

 

「そんな時、偶然であった旅の冒険者が教えてくれたんだ。バレンタインにはリア充死ねと叫びながら上半身裸で正拳突きランニングをするという由緒正しい反撃方法があると。その名もトリーズナー(反逆者)!! それを聞いた俺達は痺れたね。即座にその正拳突きランニングを始めたのさ」


 それ教えたの絶対日本人や。

 こうして、ルジオス王国に広まったバレンタインに対抗すべく、正拳突きランニングもまた凄まじい勢いでルジオス王国に広まり、長きにに渡ってバレンタイン派と覇を争う事となるのだった。



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