奇跡 1
-地上界ー
大陸南方から数千キロ離れた海上、静かな海面の状態であったっが突如として海面が荒れだし、島が現れた。現れた島は、上空から見れば三日月のような形をし、その島の中央に天から禍々しい気配を放つ球体が落ちて来て、球体は地面に追突する前に速度を落とし、静かに着地をした。球体の周りには注連縄がされてをり、まるで封印されているかのようであったが、球体からは瘴気が発せられ島全体を覆い、人が立ち入ればたちまち気分が悪くなり、死に至る状態にしてしまう。
そう、この島は天之竜河大神が創造し、球体は魔神の核である。この島は魔神の核のために創造したのである。そして、注連縄は封印ではなく女神ウルスラに時が来るまで、気付かれないようにするための物である
この島から魔神の核は人類の負のエネルギーを吸収していくのであった。
北方の雄であるラモール王国は、他の国家よりも気温が低く、特に王国北部は厳しい環境である。その為か質実剛健を旨とする国風があり、軍も勇猛果敢で精強な騎士団がそろっている。そのためにサウス帝国よりも国力が劣るとはいえ帝国の進攻を幾度も返り討ちにしている。そんな王国の王都リーグは、王国最大の都市であり王城は過剰な装飾はされておらず、要塞というのが相応しいような城であった。そしてラモール王国、特に北部の人々は、厳しい環境もあって勇敢な人々が多いのも特徴であった。
そんな王国の北に、人口数百人程の村であるフキノ村が存在していた。その村の会議場では重苦しい空気の中、あることについての話し合いがされていた。
「また生贄を決める日が来てしまった・・・。」
「これが続けば、我々はいつの日か全員死ぬことになる。」
「だが、奴を討伐しようにも我々にはその力がない・・・。」
彼らが話し合っていること、それは村の近くに住みついてしまったモンスターのことである。モンスターは、毎月生贄を求めてくるのである。もちろん村人も生贄など出したくはない、だが村人の力ではモンスターを倒すことはでない。冒険者や領主に依頼しようにもある問題があった。それは、
「冒険者に依頼をしようにも・・・我々が出せる報酬では奴を討伐できるほどの力ある冒険者は依頼を受けないだろう。」
「そうだな・・・それに、領主にお願いしようにも奴がいるという確実な証拠がなければ、討伐隊を派遣してくれないだろう。」
「証拠など!奴に生贄を求められていることが奴がいるという証拠ではないか!」
「奴は賢い、領主による調査がされた時だけ姿をくらました・・・その後の見せしめを思い出すと、とても領主にまた依頼をするなど・・・。」
そう、討伐した冒険者に支払う報酬が村では払えないのである。なぜならモンスターの強さに問題があるのだ。モンスターはA級である雪巨人であり、これを討伐するにはA級~S級クラスの冒険者でなければならない、だがこのクラスの冒険者は報酬も莫大な物になり、フキノ村ではとても支払えないのだ。
領主に討伐隊の派遣を求めても、モンスターが確実に存在するという証拠がなければ派遣しないのである。また、調査されたとき雪巨人は姿をくらまし、自分が存在するという証拠をつかませず調査隊が帰還した後に、二度と領主に依頼が出来ないように生贄を村人たちの前で食べるという光景を見せつけたのだ。もう一つ、村を離れるという選択もあるが、それには村の再建費以外に大きな問題があった。それは、雪巨人は一度獲物を定めると決して逃がさない習性だ。つまり、どこかに逃げても執拗に追いかけてくるのだ、そのため村人達は手詰まり状態なのである。
「次の生贄は確か・・・」
「俺の娘だ。」
「サクラちゃんか・・・」
「彼女は今何を?」
「・・・・準備をするとのことだ。」
この言葉に皆はまだ若い娘のことを思うのであった。
会議場に程近い村長宅でサクラは準備を進めていた。サクラは穏やかな雰囲気をし、芯のしっかりとした美しい娘であり村長の自慢の娘であった。そんなサクラのもとに幼馴染であるタチバナが訪れた。彼は温和な性格であり、サクラとお似合いであると言われるなど二人の仲は誰もが認めていた。
「サクラ・・・」
「タチバナ君・・・へへ、どうかなこの恰好?」
「ああ、似合っているよ。」
「ありがとう。」
二人はそれ以上何を言えばいいのか分からなかった。生贄が次は自分かも知れないという恐怖はあった、だが、心のどこかでこれからも一緒に暮らしていけるという思いもあったのだ。だから、生贄に決まりこうして対面していると、もう一緒にいることが出来ないという悲しさが心から溢れ出し、二人はいつしか抱き合っていた。
「なんで、なんで僕達がこんな目に会うんだ。僕達は何もしていないのに!」
「タチバナ君、私もまだ生きて、あなたと一緒にいたかった!」
「サクラ!・・・僕は、無力だ!」
二人は運命の非情さに嘆き、タチバナは己の無力さを呪った。
しばらく抱き合っていたが、落ち着いてくると二人は離れ、サクラは毅然と顔を上げるのだった。
「でも、私もこのまま奴の餌になるつもりはないわ!」
「サクラ?」
「ただ食われるだけじゃなく一矢報いてやるの!」
「何をするつもりだい?」
「それは、お父さん達に話してくるわ。」
「あ、まってよ!」
そう言うとサクラは会議場に向い、その後をタチバナがあわてて追いかけた。
会議場では女神に対しての不満が出ていた。
「ウルスラ様も、慈悲の女神といいながら何もしちゃあくれない。」
「まったくだ、女神様は世界樹で優雅に過ごされているんだろうよ!」
「女神様にとっては人間なんてどうでもいい存在ということだろ!」
「ウルスラ教の司祭達も何もしてくれないしな。」
「女神も女神なら、仕えている奴らも同じようなもんなんだろ!」
そう、村人達はウルスラ教の教会にも助けを求めていたのだ。だが、教会は助ける代わりに莫大な報酬を求めてきたのだ。これに反発し教会を非難すれば、教会の敵即ち女神の敵とされ、大陸中から迫害を受けるため文句も言えず、おとなしく引き下がるしかなかったのだ。そのため、教会に対しての不満は強かった。そんな、女神や教会に対しての不満を述べている時に、サクラの声が響いた。
「お父さん!」
人々が入口を見るとそこには、タチバナと生贄の格好をしたサクラがいた。
「おぁ、サクラどうした?まだ、時間はあるぞ?」
「お父さん、私はただ食べられるだけでなく、例え倒すことが出来ずとも奴に一矢報いたいと思います!」
「「「「!!」」」
その場にいた人々はサクラが言ったことに驚愕した。
「な、何を言う!お前に、いや、我々になんとか出来るはずがないだろう!」
「いいえ、一つだけ方法があります。」
「なに!」
「私のこの身に猛毒を仕込むのです。奴が私を食べれば猛毒が奴を襲うでしょう。」
「!そ、そんなこと・・・」
「どうせ死ぬ命なのです、この身を使って奴に目にもの見せてやります!」
「サクラ・・・。」
サクラの覚悟を決めた表情を見て、誰も何も言う事が出来なくなった。
「僕も付いていきます!」
そんな中、タチバナの声が響いた。
「タチバナ君!」
「タチバナ、お前・・・」
「たとえ傷つけることが出来なくても、奴は死体も食べます。奴に殺されても、サクラと同じように猛毒を仕込んでいれば奴に一矢報いることが出来ます!それに、サクラ一人行かすなど僕にはできません。」
「タチバナ君。」
「タ、タチバナ・・・。」
それ以上何もいう事が出来ず、沈黙が場を支配したとき女性の声が響いた。
「私達も一緒に行きます。」
「ウメ!」
「お母さん!」
その声の主はサクラの母で、村長であるヤマの妻であり、彼女の後ろにはこの場にいる男たちの妻たちがいた。
「な、何を言っている!お前達も行ってしまえば、村はどうなる!」
「私達はこの窮地を脱する手段がありません。そのため、緩やかな死しかないでしょう。違う村や町に逃げても、奴は執拗に追いかけて来るので、避難した場所にも被害を与えるかもしれず、また、一生その場所から出ることが出来ないでしょう。それに、雪巨人によって村が襲われ、壊滅したことが知られればどの場所も受け入れてくれません。」
「それは、そうだが・・・」
「このまま、緩やかに死を待つよりも義父達の仇を討てるのなら、討ちたいのです!」
その言葉に女性たちは頷き、男性たちも顔をうつむけた。なぜなら今までの生贄は、ウメとヤマの母親や父親ように年を取った村人達が自ら志願して生贄となっていたのである。
ウメとヤマは、その時の父とのやり取りを思い出していた。
ー回想ー
『ウメ、ヤマ、後のことは任したぞ。』
『お義父さん!なんで、なんで志願しちゃうの!』
『そうだよ父さん!なんで!』
『儂等のような、お迎えが来ちまうような年寄りが生贄になれば、村への影響も少なくて済むだろ?』
『そんなことない!父さん達の知恵は村に必要だ!』
『そうですよ!それに生贄なら私たちでも!』
『ヤマ、もう儂等がいなくてもお前なら上手くやっていけるさ。ウメ、お前達はまだ若い、まだ死ぬべきじゃない。儂等は長く生きた、だからいいんだよ。次の世代のために、この命が少しでも役に立つなら嬉しいじゃないか。』
『そんな・・・。』
『確かに今していることは、村の壊滅までの時間稼ぎでしかないかもしれない。じゃがな、もしかしたらその稼いだ時間で村を救う手段が見つかるかもしれない。そんな小さな可能性を見つける時間を儂等の命で稼げれるのなら、この命、奴にくれてやる!』
『お義父さん・・・。』
『お前達は自慢の息子に娘だ。達者でな。』
『・・・父さん、今まで、ありがとう!』
『お義父さん、今まで、ありがとうございました!』
-回想終了ー
このようにして、多くの年寄達が次の世代のために自ら志願していったのだ。彼等が命をかけて稼いだ時間であったが、何も対策が見つからず今日まで来てしまったのだ。そのため、サクラの話を耳にし、このまま死を待つよりも一矢報いることが出来るのならと、彼女達はサクラについていくことを決意したのだ。その気持ちはヤマを含め皆、理解が出来た。
「だが・・・」
「これは村人全員の意見です。」
「「「「!」」」」
そう言うと彼女達は広場に向かい、その後をサクラとタチバナ、そして男達が追うのだった。
広場には村人全員が既に集まり覚悟を決めた表情をしていた。それを見てヤマたちは絶句するのであった。
「お前達・・・」
「村長!このまま、生贄を出し続けても待っているのは緩やかな死だ!だったら、討ってででやろうじゃないか!」
「そうだ!奴を倒せなくとも、目にもの見せてやろう!」
「今まで好き勝手してきた奴をこらしめてやろう!」
そんな皆の意見に、ヤマの周りにいた男達も皆の意見に賛成をし始めるのであった。
「そうだ・・・このまま死を待つよりも戦おう!」
「奴に痛い目を見せてやる!」
そして、村長であるヤマに賛成を求めるのであった。
「「「「村長!」」」」
「お父さん!」
「あなた!」
「・・・・そうだな、村の皆は家族だ、その家族から生贄を出すなどもう我慢できん!このまま座して死を待つより、たとえ敵わなくとも奴に目にもの見せてやるか!」
「「「「おお!!」」」」
村長であるヤマも賛成し、広場は皆の覚悟を決めた鬨の声が上がるのであった。
こうしてフキノ村の人々はその身に猛毒を仕込み、たとえ死してもその身で雪巨人に一矢報いることにするのであった。