奇跡 2
フキノ村の人々は、雪巨人に一矢報いることを決めると、さっそくその準備に取り掛かった。
護身用に用意していた数本の剣や雪かきをする時に使うスコップなど、武器になりそうな物で武装し、狩りに使用する本来は薄めて使う毒薬を原液のまま武器に塗ると同時に、懐に携帯するのであった。
そんな中サクラとタチバナは最後になるかもしれない時を二人で過ごしていた。
「まさか村の皆と一緒に雪巨人に戦いを挑むなんて、思ってもみなかったわ。」
「僕もだよ、それだけ雪巨人に対して怒りが強かったということなんだろうね。」
そんなことを話している二人であり、二人は落ち着いていた。勿論恐怖はある、しかしそれ以上に、今まで好き勝手してきた雪巨人に対して、目にもの見せてやりたいという気持ちが強かったのだ。
「・・・ねぇ、こんな時に何だけど。・・・今までサクラと一緒にいられてよかった。大好きだよ。」
「ふふ、本当にこんな時に言うんだから。・・・私もタチバナ君と一緒にいれて嬉しかったし、大好きだよ。」
二人は抱き合い、いつしか二人の影は一つとなるのであった。
村の広場には村の人口数百人全員が集まっていた。そして、村長であるヤマが皆の前に立ち、檄を飛ばすのであった。
「皆の者!遂に準備が整った。今まで我々は、家族を生贄として奴に差し出してきた。そのことに皆、奴に対する怒りと、それに倍する何も出来ない自分達の無力さに対して、怒りがあったであろう。」
ヤマの言葉に、広場に集まっていた村人達は顔を伏せたり目を瞑ったりして、今までのことを思うのであった。
「だが!それもこれまでだ!今までの怒りを奴にぶつけ、我々がただ食われるのを待つだけの餌ではないことを思い知らせてやろう!」
「「「「おお!!」」」」
広場を村人達の声が満たし皆、覚悟を決めた表情をしていた。
自分達は死ぬことになるだろう。だが、ただでは殺されてやらない、自分達に手を出したことを後悔させてやる。
そんな、想いを皆が持っていた。そうして、雪巨人の住み家に向けて出発するのであった。
村の北には森が在りその先に山がある。その山の麓に大きな洞窟が在りそこが、雪巨人の住み家である。
洞窟の前に村人達が着いたとき、雪巨人はその姿を現した。大きさは人間の数十倍は有るだろう巨体で、全身青白く、眼だけが濁った赤色であった。
「なんだ~餌どもが集まって。食べられにでも来たのか?」
「だまれ!もう我々は貴様に生贄を出さない、貴様と戦う!そう言いに来たのだ!」
「なに~貴様、餌の分際でなに生意気言ってんだ。全員殺すぞ。」
「殺したければ殺せばいい!だが、我々もただではやられんぞ!」
「ぎゃはははは!ただの餌の分際で何が出来る!今なら生贄を二人に増やせば許してやる、とっとと帰れ。」
「ふざけるな!我々はもう生贄は出さん!」
「この俺の慈悲が分からんか。だったら望みどおり全員食い殺してやるわ!」
雪巨人は、餌でしかない人間が自分に歯向かってきたこと、自分の慈悲を無下にされたことに怒り、村人達に襲いかかってきた。
「かかれ!ここで引いても待っているのは死だ!だったら攻めて攻めて攻めまくれ!」
「「「「おお!!」」」」
ヤマの号令とともに村人達は雪巨人に向かって行った。
「死ね「グシャ!」
「思い知れ「ゴシャ!」
村人達は武器を振り上げて雪巨人に向かっていくが、次々と叩き潰されていった。武器が当たっても雪巨人に傷をつけることはできなかった。それも当然である、相手はA級モンスターである雪巨人であり、一般的な冒険者や武器では、傷ひとつ付けることが出来ない。A級~S級クラスの冒険者のような実力者や、優れた武器を使えば傷付けることはできるだろう、だが村人達が持っているのは農具や一般的な剣でありまた、訓練や戦いも経験がないのだからこの結果は当然であった。
だが、そんなことは村人達も当然理解していた。自分達では傷付けることが出来ない、だが何とか一矢報いたい、そんな思いを実現できたのが、サクラが考えた自らに毒薬を仕込むことであった。雪巨人は殺した死体も食べるのである、その為に死んだ後も反撃できるのだ。
このように、フキノ村の人々の勇敢さや団結力は驚嘆すべきものがあった。他の村などではこうはいかないであろう。これはラモール王国北部の環境に理由がある。ラモール王国は他の国家よりも厳しい環境で勇敢な人々が多いのが特徴であるが、そんな王国の中でも北部は一段と厳しく、一年中雪が降り、雪が降らない日はない、と言ってもいいほどである。それ故に、人々は互いに助け合って生活しなければ生きていけないのである。そんな環境の中で培ってきた団結力、困難に立ち向かう力がいま生かされているのである。
もっとも、村人が死を覚悟しての団結というのも悲しいものがあるが。
「はははは!どうしたクズども、戦いにもならんぞ!所詮この程度か!」
雪巨人は暴れ回りながら村人達を馬鹿にするのであった。叩き潰され、引き千切られ、殴り飛ばされるなどし、数百人はいた村人達はすでに二十人程になってしまい、そこらじゅうに死体が転がっている凄惨な光景になっていた。
「くくく。所詮お前達は餌に過ぎんということだ。さて、お前達を食い殺した後に、新しい餌場を探さなければならないからな、さっさと終わらせるぞ。」
雪巨人はそう言うと、残った村人達に向かってくるのであった。
「まずは貴様からだ、小娘!」
そう言いサクラを殴り飛ばそうとするが、割り込んできた影があった。
「危ない!ぐぁ!!」
「!タチバナ君!!」
影はタチバナであった。サクラが殴られそうになっていたので、とっさにかばったのだ。タチバナは全身の骨を砕かれ、吹き飛んでいった。
タチバナは、今までのことを走馬灯のように思い出していた。
(あぁ、僕もここまでか。結局、奴からサクラを守ることが出来なかったな。・・・・生きてほしい、サクラも、村の皆も、生きてほしい。そう願わずにはいられない。)
生きてほしいとタチバナは願うのであった。この願いは誰にも届くことなく、サクラも残りの村人達もみな、雪巨人に食い殺されることになるはずであった。彼がいなければ、だが。
カァ!!
「その願い、聞き届けた!」
空から光の柱が降り、声が響くと同時に、辺り一帯を尊厳な神気が満たすのであった。神気と分からなくても空気が変わったことは、誰でも気づくほどであった。誰もが我を忘れて、光の柱の中にいる見慣れない服装をした青年を見つめた。
「我が名は天之竜河大神。長き眠りについていた創造神である。(中々いいタイミングだね、あとは言葉遣いを気をつけないと。)」
天之竜河大神は、威厳がでるように言葉遣いも気をつけながら話すのであった。天之竜河大神はそんな感じであったが、聞いている方は畏怖により誰一人、そう、雪巨人ですら身動きが一切できなかった。
容姿は平凡だが、その存在を感じるだけで、魂の奥底から目の前の人物が超越した存在であると理解し、声を聞くと魂を押し潰されるような感じを受けるのだ。そんな緊迫とした中、村長の妻であるウメは、勇気を振り絞って震えながら問いかけるのであった。
「そ、創造神とおっしゃいましたか?」
「ああ。私は、世界を創造したあと長き眠りに付いていたのだが、あることをきっかけに目を覚ましたのだ。そんな私のもとに人の子よ、そなたの声が届いたのだ。」
そう言うと天之竜河大神は、何とか意識があるタチバナに視線を向けた。
「ぼ、僕の、声?」
「そうだ、お前の一途なまでの願いは、強力な想いとなり天界にいる私のもとまで届いた。無論それだけで願いを叶えてやろうと思ったわけではない。」
そして、天之竜河大神は村人達を見渡し、その視線に村人達は身を竦めた。
「そなた達の、死を覚悟しての行動、誰も逃げずに立ち向かった勇気、これらは簡単にできるものではない。故に、ここで死ぬには惜しい者達だと思ったのだ。」
天之竜河大神はそう言い村人達を見渡した。その漆黒の眼には、太陽のように暖かく包み込むかのような優しさがあった。その為、村人達も今度は身を竦めることもなく、その視線を受け止めることが出来た。
(さて、この人達は傷を癒したり色々な奇跡を起こせば僕の信者になるだろう。あとは、力を見せておかないとね。)
そんな天之竜河大神の考えにより見せしめになったのは、存在を忘れ去られていたかのような雪巨人であった。
「まずは邪魔な存在を消すことにしよう。」
そう言われて村人達は、いま思い出したかのように雪巨人の方に顔を向け、天之竜河大神も視線を向けるのであった。視線を向けられた雪巨人は、今までの威勢の良さが嘘のように畏縮していた。そして、雪巨人は震えながらも声を上げるのであった。
「お、お前が、か、神なんて信じられるか!。」
「貴様と話すことはない。」
天之竜河大神の手に光が集まる。それを見て、雪巨人は脱兎の如く逃げだした。
「ヒィ~!」
「消え去るがいい不浄なるものよ。」
そして、光は放たれた。
「ギャアァァァ!」
たった一撃、それにより雪巨人は跡形もなく消滅した。一流の実力者でなければ傷付けることもできない存在である雪巨人、だが神の前では力の大小は全く関係がない、みな等しく無力なのである。
村人達は圧倒的な存在である雪巨人を簡単に殺したことから、目の前の存在の規格外さは感覚として感じてはいたが、実際に目で見て、改めてその存在の規格外さを理解するのであった。
「さて、邪魔者は消えた、そなた等の傷を癒そう。」
パァー!!
天之竜河大神から放たれた光は、先ほど雪巨人に放たれた光とは違い、太陽の光のような暖かさがあった。その光は、傷付いた村人達だけでなく、瀕死の状態であったタチバナさえも完璧に癒すのであった。
「おぉ!傷が、傷が癒えている!」
「凄い!傷が完璧に無くなってる!」
村人達が傷が癒えたことに喜んでいる中、瀕死の怪我が一瞬で癒えたことに驚愕しているタチバナに駆け寄る人物がいた。
「タチバナ君!」
「サクラ!」
「タチバナ君、私達生き残ったのね!」
「ああ!僕達は生き残ることができた!」
その人物は当然サクラであった。二人は抱き合い、生き残った喜びを噛みしめるのだった。だが、喜びもすぐに消え、悲しみが村人達を支配した。なぜなら数百人いた村人達は、二十人程になってしまているのだから。村長の妻であるウメは沈痛な表情をして周りを見渡した。
「私達は生き残ることができた。けど、夫や他の人達は・・・。」
村人達が悲しみに暮れていると、尊厳な声が響いたのであった。
「死した者達の行動も、そなた達と同様に素晴らしい物であった。情けをかけてやろう。」
パァー!!
天之竜河大神がそう言うと、先ほどよりも強い光があたりを満たした。
村人達は、光の強さに目を閉じる。そして、光が治まり目を開けると、そこには、
「え?」
「そんな。」
「本当に?」
なんと、叩き潰された死体、引き千切られバラバラになった死体など、目を背けたくなるような状態であった村人達が元の姿に戻っているのである。この事態に無事であった村人達は呆然としていたが、すぐに正気に戻ったウメは、夫であるヤマに駆け寄ると状態を確認した。
「!い、生きてる。生き返ってるわ!」
その言葉を聞き、村人達は最初、何を言われたのか理解できなかったが、その意味を理解すると歓喜の声を上げた。
「「「「おお!!」」」」
「凄い!奇跡だ!」
「こんなことが起こるなんて!」
村人達は近くの人と抱き合ったりし、喜びを顕わにした。ウメも涙を流しながら、ヤマを抱きしめるのであった。
絶望の場であった、雪巨人の住み家の周辺に歓喜の声がこだまするのであった。




