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11 20年目の涙

20年。

そんな思い出から20年。相変わらず仲の良いみどりちゃんと、私は、同じ時期に結婚して、来年の春、殆ど同じ時期に母になる。みどりちゃんは、ママになるってわかったとたん、仕事を辞めてしまったけれど、私は嫁ぎ先で高原野菜を作り続けるつもりだ。

「あっ、もしもし、みどりちゃん。」

「みすずちゃん。いつこっち戻ってくるの?」

「え~っとね、あさって。」

「あさって。うわ~楽しみ。同じ産院に通えるように紹介状、ちゃんと持ってきてよ。」

「大丈夫。着いたら連絡するからさ。ゆっくり話そうね。」

「わかったよ、時間はいっぱいあるからね。」

「うん。じゃ、その時ね。」


 信州松本はもう、初氷が張った。大学時代の同級生と結婚して、この地に嫁いだ。朝晩の冷え込みが厳しくて、カラマツ林に霧氷を見るようになると、吐く息はもちろん白く、大きなおなかを抱えて、脚を滑らせないかと、結婚相手はもちろん、東京に居る父と母からも毎日のように電話がかかってきたりした。

少し早いけれど、安全なうちに帰るといいよ、そんな優しい言葉に甘えて、7か月目に入るかどうかの頃に東京に帰ることになったのだった。

 久しぶりの東京にワクワクした。あの頃の思い出が行ったり来たりする。よく覚えている、と言えば嘘になる。それが、本当に脳裏にやきついた思い出なのか、大人達から聞かされた思い出話なのか、実は、まったくはっきりしない。でも、必死で通ったあの保育園の前を通って実家に戻ろう。この子にも、あんな時間を過ごして欲しい。そう、思って懐かしいあの場所に立ったその時だった。


「えっ…」

 みすずは言葉を失った。

 20年だ。20年という時が、ここまで変えてしまったのか。

 長坂保育園のあの西側にあった落合さんの家が無くなっていた。いや、落合さんの家だけではない。その隣接していた何件かの民家はすべて無くなり、8階建のマンションが建っていた。見降ろされたように、長坂保育園はあった。園庭は荒れていた。手のつけられていない庭木は伸び放題で、雑草に覆われた遊具があった。隅には煙草の吸殻が散っている。どうやら、隣のマンションから投げ捨てられたもののようだ。子供たちの姿はなく、もちろん園舎に灯りのついている様子がない。

みすずを毎日苦しめた長い坂の方に廻ってみると、そこには入口のガラスが投石か何かで割られて、砕け散ったくすんだガラスの破片が散っていた。門のわきにはひっそりと、

『長坂保育園移転のお知らせ』

 が掲示されていた。

茫然と坂を見降ろすと、その右側には懐かしい緑川家の大きな門がそのままに残っていた。みすずはなんとなくホッとして、その坂を下り始めた。ずいぶん前に、緑川夫人が亡くなったと母に聞いたのだけど、その場所が残っていた事にホッとしたのだった。でも、緑川家もまた同じだった。表札が外され、その主と共に門の中のあの大きな家は消えていた。聞けば、大きな不動産会社がここを買い長坂保育園敷地と合わせて、ここにもまた、マンションが建つ事になったらしい。

時がすべて変えたのだと言えばそれまでだろう。だけど、あまりに悲し過ぎた。


                 了





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