表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
10/11

10 贈り物

その一部始終、事の成り行きを見守っていたのは隣の部屋で、おにぎりを食べていたみすず達年長の園児だった。時折、大人の大きな声が聞こえ、子供たちを不安にさせてのだ。付き添っていた先生はいた。いつも子供たちを見守っているみすずの担任の遠藤先生と、パートの原先生だった。二人は、ドアのそばから子供を離そうとしたのだが、子供たちは、大人たちの唯ならぬ空気を察していた。そして、誰一人先生の言う事を聞かず、ドアの近くに立ちつくしていたのだった。

 遠藤と原は、途中でその場から無理に子供を離すのを止めた。子供たちも、事の成り行きを見守る資格がある、と思ったからだった。緑川夫人が席を立つ頃、子供たちの中には、話が理解できるのか、涙をいっぱいためる子たちがいて、遠藤も原もたまらず、子供たちを抱きしめていたのだった。


 子供と言うのは不思議なもので、親同士の刺々しい会話の中で、何が正しくて、何が間違っているのかを、理解できないだろう会話の中でも、しっかりと判断している時がある。子供だからと言って、親が言葉に注意しないと、子供から、まるで大人同士のように叱られてしまったりもする。今回の説明会も結局はそうなった。扉一枚隔てた向こうで、親がエキサイトするのと同時に、子供たちは親の無慈悲な会話に腹を立てていたのである。そうして、みすず達は、みすず達なりに実はある作戦を考えていたのであった。


 翌日。

 年長組の全員が、

「今日は歩いていきたい」

 と言いだして、親を困らせた。車で通う全員が、

「ママ(パパ)車はパーキングに停めるんだよ。」

 と、注意する。

 

 そうしたある寒い日、子供たちが園庭で、西側のその木々の向こう側に向かって、

「きよ~し、この夜、星はひかり~。」

 と大きな声で一斉に歌いだした。慌てた職員たちは、大きな声で静止しようとして、園庭は騒動になった。

「何を大きな声で。歌は中でうたうよ。」

 遠藤先生は、声の主たちを抱きかかえるように、その場から離そうとした。「また、怒られちゃうから。静かにして。」そう子供たちに言い聞かせていた時だった。

「だから、煩いって言ってるだろ。」

 そう言って、落合さんの窓が開き、中から、いつもの怖いおじいさんが、子供たちに怒鳴ったのだった。

「頼むから、静かにしてくれ。」

 その日、子供たちのほとんどが、やはり、落合さんのおじいさんの声にしり込みをした。皆が、一斉に引いたのだった。でも、引かないそう決心して、まずは、みどりちゃんが大きな声を張り上げた。

「落合さん。ごめんなさい。」

 みどりちゃんは、大きく深呼吸して、もう一度言った。

「落合さん。ごめんなさい。」

 すると、その声に合わせるかのように、子供たちが、一斉に、

「落合さん。ごめんなさい。」

 と言ったのだった。落合さんは咄嗟の事に声が出なかった。声の出ぬまま、窓の外を見降ろしていた。

「だめだ。子供を使うなんて。お前たちはおかしいぞ。」

 落合さんの怒りは、やはり収まりそうにない。どうやら、その『ごめんなさい』は、大人に言わされていると思ったようで、さらに怒りが増幅しそうになったのだった。

「きよ~し、この夜、星はひかり~。

すくい~のみこは、みははの胸に~」 

 みどりちゃんの勇気のあとに、続いた子供たちの勇気が、クリスマスの歌となって園庭の西側に響き始めた時だった。

 窓を閉めようとした落合さん手を、そっと止める細い手があった。

「幸恵…」

 それは、子供を無くし、心を閉ざしていた落合さんの娘さんの細い手だった。

「眠りたもう、ゆ~めや~すく。」

 まっすぐな瞳は、落合さんの東側の窓をじっと見据えていた。

「きよ~し、この夜、星はひかり~。

すくい~のみこは、みははの胸に~」

 

「ううっ…。」

落合さんの目から大きな涙があふれたのだった。

「泣いちゃった……。」

 落合さん、泣いちゃったよ。

 皆が口々に言いだしたとき、その窓の奥から、落合さんの娘さんが、そうっと、窓の外に顔をだして、折れそうな細い手を振りながら、

「ありがとう。」

 そう呟くように言ったのだった。隣で、いつもの怖い落合さんは、その細い体を抱きながら、やっぱりいっぱいの涙を流していたのだった。



 そんなこととは知らない大人たちは、

「やっぱり、そんな奴はほっておけない。」

「警察に相談した方がいい。」

 そう言って、迎えにやってきたのだけど、子供たちの自信に満ちたその顔に、皆がびっくりしたのだった。

「ママ、きょうね。みどりちゃん、すごかったんだよ。アタシびっくりした。みどりちゃん、やっぱり凄い。」

「?」

 でもそれはみどりも同じで、

「ママ、きいて。みすずちゃんね。すごくきれいな声でね、きよし、この夜って、すごく上手に歌えるんだよ。みんなで歌ったんだよ。」

「?」

「落合さんに歌ってあげたんだよ~。」

「!!」


 あれから、ほんの少しずつだけど、大人がマナーを守り始めて、子供たちが近所の人に挨拶をするようになった。園庭にあったロープが解かれて、そうして、みすずがやりたくてたまらなかった雲梯で、こどもたちの、きゃっっきゃっとした笑い声が響くようになった。

「みて~。落合さん。みすず、うんていできるんだよ!。」

閉ざされていた落合さんちの東側の窓は、開け放たれている事が多くなった。

 

 卒園の日。保育園に小さなバラのブーケが届いた。卒園時全員のそれぞれの胸につけられたそれは、隣の落合さんと緑川夫人からの贈り物だった。

 皆が、その胸にバラのブーケをつけて、どの顔もその瞳を輝かして、そこに立っていたのだった。そうして、巣立った。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ