第六話『宵闇を切り裂く銃声』1
――ホリック・アルケミーによる香港公演前日。香港に滞在していた稗田黒江は特命を受け、プリミエールと共に誘拐されたアリスの救出へと急行した。
夜の闇が刻々と深まる港湾施設。月明かりに揺れる水面は幻想的な輝きを帯び、魔法使いの来訪を祝福しているようだった。
人類の英知が生み出した人工的な途方もない美しさに人々が魅入られている中、距離が離れたコンテナターミナルは異様な静けさに包まれていた。
だが、穏やかな海がそばに広がるこのコンテナターミナルで数発の銃声が恐ろしくも突然鳴り響いた。
――今のは威嚇射撃よっ!
辺りがコンテナに囲まれた薄暗いコンクリートの上、稗田黒江は暗がりに揺れる影に向けて声を張り上げた。
急速に増幅していく緊迫感に包まれ、薄っすらとした照明に照らされる二つの影。
正面に対峙したライル・ローレンスに黒江は両手で拳銃を握り射線を向けた。
視界が悪い中、威嚇射撃を放った黒江。
煙を上げる黒江の持つ拳銃。
作戦行動中、狙われたライルは黄色い瞳を輝かせ、表情を一切変えず、警告に動じることなく拳銃を向けて対抗した。
どちらが次に発砲するか、一触即発の事態。
口を噤んでただ睨み合い、膠着状態となると思いきや、ライルの背後から金髪碧眼の少女、プリミエールが拳銃を向けた。
「チェックメイトです! 大人しく銃を下ろしなさいっ!」
力強く警告の言葉を発するプリミエール。
年齢も格も違う、油断ならない相手を前にプリミエールは黒江の力になるため、勇気を振り絞って銃を向けた。
背後からも狙われたことで観念したライルはゆっくりと銃を下ろした。
想定以上にあっさりとした幕切れ。
だが、それでもライルが自分達の生命を脅かす、魔女狩りの主導者であることを知る黒江は緊張を解くことはなかった。
「ライル・ローレンス。ここで貴方を殺すことも出来るけど、まずは拉致したアリスを引き渡してくれるかしら?」
不意打ちを受けないよう、一定の距離を保ったまま厳しい態度で言い渡す黒江。
抵抗を止めたライルは表情を変えることなく淡々と大人しく黒江の言葉に従い、アリスを監禁しているコンテナまで二人を案内した。
「中には見張りを付けている。私に忠誠を誓う我が子だ。
抵抗しないよう私が直接声を掛けよう」
ライルの言葉に後頭部に拳銃を向けたまま黒江は頷く。
プリミエールは黒江の指示に従い、緊張状態を保ったまま扉を開いた。
月明かりに照らされる、拘束されたアリスと、そのすぐそばで直立不動で立ち尽くすアリシア。
アリシアの表情が驚きと警戒に包まれる中、ライルは口を開いた。
「アリシア……抵抗する必要はない、捕縛したアリスを解放しろ」
黒江が見守る中、告げられた言葉に従い、結んだロープを解くアリシア。
拘束が解かれ、自由の身となったアリスは立ち上がって埃を払い、何の反応も示さぬままコンテナの外へと出た。
「それじゃあ、帰るわよ、プリミエール」
アリスの救出に成功した黒江は間髪入れず、プリミエールに告げた。
「よろしいのですか?」
「始末しておきたいほど危険な男だけど、私は人殺しをしに来たわけじゃないわ。今日のところは見逃しておいてあげるわ」
金髪碧眼のプリミエールの瞳が鋭くアリシアとライルに注がれるが、黒江の言葉に従い、視線を外して黒江の後ろに付いて引き上げた。
黒江達は救出したアリスを連れて隙を見せることなく撤退していく。
魔術行使をすることのないまま、決着を迎えたコンテナターミナルでの静かな戦い。
もし互いに本気を出し合い、死力を尽くしたならば、どのような結果を迎えたか。それは誰にも分からないこと。
しかし、本気でやり合えば両者ともに甚大な被害は避けられない。
特に黒江はかつてのような魔力行使も出来ない。戦闘経験の乏しいプリミエールに負担を強いるのも得策ではない。
誤ってもアリスに傷をつけるわけにはいかない黒江にとっては、犠牲を払うことなく、戦わずして任務を達成できることが、最も望ましい結末だった。
「あれが舞原市の厄災を生き抜いた日本の魔女、稗田黒江だ。アリシア、よく覚えておくのだ」
「はい……力はそれほど感じませんでしたが、付け入る隙がなく恐ろしいほどの威圧感を感じました。あれが魔女の持つオーラなのですね」
ライルは最後までポーカーフェイスを崩すことなく、一つの任務を終えた。
だがこれはまだ、本当のミッションが始まる前の前哨戦。
アリシアは初めて見る魔女、歴戦を潜り抜けて来た稗田黒江の姿を決して忘れることのないよう瞳に刻み込んだ。
「本当に計画通り、稗田黒江は明日来るのでしょうか?」
「来るさ、あの女は何よりも仲間を大切にする魔女だからな」
アリシアの真剣な眼差しに答えるライル。
肌寒い波風を受けながら、二人は言葉を交わし、明日へと向かっていく。
非情な覚悟を持って劇場を鮮血に染め上げる、忌み嫌われる魔女狩りとして。




