02:国宝の竜騎士さま
新人騎士達への説明を終えて昼食時、ベルナデッタは獣騎士隊の詰め所に戻ってきていた。
王都に務めている獣騎士は総勢十五名、その半数が詰め所で昼時を過ごしている。騎士隊と考えると人数は少ないが、誰でもなれるわけではないのだから当然でもある。
「今日もアイザックが来てたんだな。午前の仕事を終えてから来るなんて律儀なやつだ。午前の仕事なんて十一時五十九分に終わらせりゃ良いのに」
「アイザック様が来てくださると竜騎士のお話も出来るし有難いです。竜騎士は獣騎士よりも少ないし、新人騎士だと接する機会が少ないんですよね」
「確かに。純騎士は俺達と組むことは多いが、竜騎士とは組まないもんな。そう考えるとアイザックの乱入も良い機会か」
なるほど、と納得しながら頷くのは、ベルナデッタの上官にあたる獣騎士隊隊長のヴァレール。年は三十半ば、面倒見と人柄の良さが外見にも表れたような奇っ風の良い男だ。
彼の手元には大きめのハムサンド。向かいに座るベルナデッタの手元にはピーナッツバターサンド。ベルナデッタの足元では既に食事を終えたロニアが丸くなって眠っている。
詰め所でお昼休憩の一時。長閑な時間だ。
最初は他の同僚達も交えて他愛もない雑談を交わしていたのだが、いつのまにか新人騎士への説明になり、アイザックの乱入とセルジュの回収……と話が続いて先程の会話である。
ちなみにアイザックの乱入に関して、他の騎士達も慣れたもので、
「アイザック様、熱心だよな」
「しかしどこからスケジュールが漏れてるんだろうな」
「俺、今月頭に頼まれてベルナデッタのスケジュール表を横流ししたわ」
「お前も? 俺は先々月渡した。横流しすると良い店のクッキーアソートくれるんだよな」
と、他人事である。
一部は他人事どころではない気もするのだが、それも含めて誰もあまり問題視していない。
当のベルナデッタも気にしておらず、自分のスケジュール漏出をピーナッツバターサンドを食べながら聞いていた。むしろ「そのクッキーアソートの半分は私が貰う権利があるのでは」と気になっていた。これはあとで話し合わねば。
「でもアイザック様がいらっしゃるなら、一緒に竜を連れてきてくれると新人騎士も触れて良いんですけどね」
「いやぁ、竜は難しいだろ。歴の長い純騎士だって竜に触らせて貰えないやつもいるし」
「竜は気位が高いからな。触らせる相手はかなり厳選するんだ。それも人間の価値観と違うから問題が起こりやすい」
「そっかぁ、聖獣は人間に対してフレンドリーな子が多いから、やっぱり竜とは違うんですねぇ」
「でもアイザックのパートナーは始祖竜だろ、お前が指示を出せばいけるいんじゃないか?」
「あいつはあいつで強情だから、そううまくいかないんだ」
困ったものだと溜息を吐くのはアイザック。
彼の手元にはチキンサンド。それを一口食べ、「この間もさ」と竜騎士隊で起こった問題を語り出した。
曰く、異国の王族が竜を見たいと訪問してきたが、どの竜も触らせるどころか姿を見せるのも拒否したのだという。
言ってしまえば来賓を門前払いだ。この事態に外交官達は焦り、来賓の王族は憤慨したという。
国家間の関係に亀裂が入りかねない事態で、なんとかその場はうまく収めたとアイザックが溜息を吐いた。
「竜騎士も大変ですね。ところでアイザック様はいつの間に一緒にご飯を食べてるんですか?」
「五分くらい前だな。正面口は部下に押さえられてるから、裏の窓から入ってきた」
「また抜け出して来たんですか?」
「会議中なんだよ。昼食時に酷くないか? まぁ今やってる議題は俺が居なくても平気だから問題無いはずだ。進み具合から考えるに、あと十分くらいで俺の意見が必要な議題に」
議題になると言いかけたアイザックの言葉に、バンッ! と扉が開く音が被さった。
現れたのはもちろんセルジュである。ツカツカと大股気味にこちらへと近付くと、アイザックが持っていたハムサンドを取り上げた。
「なに会議中にしれっと抜け出してるんですか……!」
「昼飯時に会議する方が悪い」
「悪くはありません! さっさと会議室に戻りますよ!」
セルジュがアイザックの腕を掴んで無理やりに立ち上がらせる。
アイザック自身も迎えが来たら抗う気はないようで、文句を言いながらもそれに従っている。……だいぶ不満そうではあるが。
突然のこの回収劇に、だが詰め所内は一切動じることはなかった。それもそのはず、この回収もまたいつもの事なのだ。
もちろんベルナデッタもさして驚かず、二つ目のピーナッツバターサンドを食べながら二人のやりとりを見上げていた。
「……ベルナデッタ、二度もご迷惑をおかけして申し訳ありません。ただちに回収します」
「いつものことですし気にしないでいいですよ」
「その言葉に救われていいのやら呆れればいいのやら……。それと、今日は三度目もあると思いますので、なにとぞ」
苦々しい顔で三度目の迷惑を予告し、セルジュがアイザックを引っ張って詰め所の出口へと向かう。
ベルナデッタは一応の礼儀かと考え、出口まで彼等を見送ることにした。ピーナッツバターサンドは手放さないが。
「ベルナデッタ、また後でなー。次はもう最初から一列目のど真ん中にいるからよろしくー!」
まったく悪びれることなく犯行予告を高らかに告げながら、アイザックが引きずられて去っていく。
ベルナデッタは今回もまた彼の姿が見えなくなるまで手を振り、
「次は誰か肉球嗅ぐ人いるかな?」
と傍らで座るロニアに話しかけた。
返事はふんっという強めの鼻息だった。
◆◆◆
騎士隊は大きく分けて三つの隊で構成されている。
聖獣と共に戦う獣騎士隊、竜と共に戦う竜騎士隊、己だけで戦う純騎士隊。
前者二つの特殊さゆえ、人数の比は明らかに純騎士が多い。
なにせ獣騎士と竜騎士はそれぞれ聖獣と竜に選ばれなければ就けないのだ。
聖獣も竜も生息数は少なく、誕生についてもいまだ解明できていない。ゆえに自然と騎士の人数も限られる。とりわけ竜はどの国も十頭いるかいないか、中には竜が一頭も生息していない国も少なくない。
そんな稀少な竜。
中でも黒一色に身を染め始祖竜と呼ばれる存在はなおのこと特殊で、竜達を統べる長とされている。
その始祖竜と共に戦うのが竜騎士アイザックである。
入隊試験では実技も座学も歴代最高得点を叩き出し、いまだその記録は抜かされていない。更には最年少で騎士隊長の座にまで上り詰め、自国の国宝とまで呼ばれている。
見目も良く、身長も高く四肢も長い。紫色の髪は彼の芸術品のような顔立ちを更に麗しく印象付け、同色の瞳は勇敢さを物語るように強い意志を感じさせる。美丈夫とはまさに彼のこと。
「……それほど凄いやつなんだけどなぁ」
とは、ヴァレールの言葉。
彼の隣で、ベルナデッタは「アイザック様は凄いですよ」と答えつつ大きく手を振っていた。
誰に?
もちろん、午後の説明会にも乱入し、そして触れあいコーナー直前でセルジュに回収されていったアイザックにである。
「私の説明会に来るために、今日の分の仕事を終えてきたそうですよ。凄いじゃないですか」
「仕事量もスピードも凄いんだけどなぁ」
「そういえば、先日アイザック様が学会で発表した論文が国内どころか他の国でも評価されてるらしいです。私も、よく分からないけどアイザック様の視界にいるように頼まれて常に視界に映っていたかいがありました」
「文武両道とはまさにあいつの事なんだけどなぁ……。いや待て、視界ってなんだ、そんなことしてたのか」
ヴァレールに問われ、ベルナデッタは「はい!」と威勢よく答えた。
あれは数ヵ月前、論文の仕上げに追われていたアイザックと、彼の論文の仕上げを追い込んでいたセルジュの二人から、
『論文が完成するまでアイザックの視界に居て欲しい』
と頼まれたのだ、更には、
『獣騎士の仕事はこちらで対応する、休日は特別手当も出す。暇にならないよう常に娯楽も提供する。寝てもいい』
という好条件付き。三食おやつに昼寝付きどころか、そこに娯楽まで加わった好条件中の好条件。
「……必死だな」
「それで、面白そうな仕事だなと思って受けたんです。常にアイザック様の視界に映り込み、うちわやポンポンで応援もしましたよ!」
得意げにベルナデッタが胸を張って己の仕事を誇れば、ヴァレールが拍手で労ってくれた。
「しかし論文が世界的に評価されるとは、さすがアイザックだよな。でもベルナデッタもそこまで働いたんなら、協力者として名前を載せてもらってもよかったんじゃないか?」
「そうそう、俺もそう思って、論文の最初のページにデカい文字で『この論文をベルナデッタに捧げる』って書いたんだよ。まぁ、しれっとそのページが無くなってたんだけど」
「そんなぁ、名前を載せられるのは恥ずかしいですよ。そもそも論文は『竜の感情共有と……』……あと、なんだっけ、なんか難しい感じのやつだったんで、私とは関係ないですし」
「そうか、ベルナデッタは謙虚だな」
「謙虚で優しくて可愛くて働き者で、やっぱり論文はベルナデッタに捧げるべきだよな」
「そんなに褒めないでください。ところで、アイザック様はいつ戻って来てたんですか?」
気付けば当然のように会話に加わっているアイザックにベルナデッタが問う。
まるで元々三人で話していたかのような自然すぎる加わり方だ。ヴァレールに至っては今ようやく気付いたのか、「おぉっ、本当だ」と今になってぎょっとしている。
「忘れ物があったからセルジュを撒いて戻ってきた」
「忘れ物なら撒かなくても戻って来られたと思いますけど。でも、忘れ物って何ですか?」
「それは……、こ、これをベルナデッタに……」
先程まで普通に――突然会話に加わったとは思えないほど普通に――話していたというのに、途端にアイザックがしどろもどろになった。
麗しい顔に赤が指す。……どころではなく、次第に真っ赤になり耳まで染まっている。
そんな彼が手にしているのは一輪の橙色の薔薇。綺麗にラッピングされており、銀色のリボンが巻かれている。
目の前に差し出された薔薇にベルナデッタはきょとんと目を丸くさせた。ふわりと花の瑞々しい香りが鼻をくすぐる。
「薔薇……?」
「あ、あぁ、警邏の途中で花屋の手伝いをして、そこで貰ったんだ。だから、ベルナデッタにあげようと思って……。オレンジ色の薔薇ってちょっと珍しいだろ。明るい色で、それで、ベルナデッタに似合うなと思って……」
「私に? 良いんですか?」
目の前の薔薇とアイザックを交互に見つつ、ベルナデッタは差し出される薔薇を受け取った。
たった一輪。だが存在感のある一輪。薔薇らしい荘厳さを纏いつつ、橙色の花弁が溌剌とした明るさを感じさせる。銀色のリボンとの組み合わせもセンスの良さが感じられる。
「可愛い」とベルナデッタが呟けば、アイザックがパッと顔を明るくさせた。
「それじゃぁ、もう行くから! 触れあいコーナーと残りの仕事、頑張ってくれ!」
「ありがとうございます。アイザック様も、お仕事頑張ってくださいね」
「頑張る! もう逃げ出さずに……、あ、やべ、回収が来た。じゃぁなベルナデッタ、またな!」
慌ただし気に別れの言葉を告げ、アイザックが走り去っていく。
今回もまたベルナデッタはそれを手を振って見送った。片手には一輪の薔薇を持ちながら。
そうしてアイザックの後ろ姿が見えなくなると、貰った薔薇を大事に胸元に飾った。
濃紺色の騎士隊の制服に薔薇が良く映える。見ていると自然と表情が柔らかくなる。
橙色は自分の瞳を、そして銀色のリボンは自分の髪色を模してくれたのだろうか。だとしたら猶のこと嬉しい。
自然と微笑み、だがその表情をパッと切り替えると、背後へと……、立ち尽くすように見守っている新人騎士達へと振り返った。
「お待たせしました。では、訓練場に向かいましょう! 触れあいコーナーの始まりです!」
出発! とベルナデッタが意気揚々と歩き出せば、隣で待っていたロニアも腰を上げてのそのそと歩き出した。
対して、新人騎士達はわけがわからず、今の今まで見ていたものを言及していいのかも分からず、ただぞろぞろとベルナデッタの後を追っていくだけだ。
途端、静まり返った場で、
「アイザックのやつ、凄いと言えば凄いんだが、凄い残念な奴でもあるんだよなぁ……」
ヴァレールが何とも言えない表情で溜息交じりに呟いた。




