01:獣騎士ちゃんと竜騎士さま
「ではこれより、獣騎士隊の説明をいたします。講師は私、獣騎士ベルナデッタ・ルルチェカが勤めます」
よろしくお願いします、とベルナデッタが頭を下げれば、向かいに並ぶ騎士達が深く頭を下げて返してきた。
「よろしくお願いいたします!」と口々に告げてくる声はどれも大きく、そして活力に満ちている。さすが新人騎士達だ。なんて初々しいのか。
いずれはこの声も統率が取れて一つになり、より大きくなるのだろう。……揃うと些か煩すぎるのだがそれはさておき。
「特に難しい説明ではないので、みなさんリラックスして聞いてください」
「「「はい!!」」」
挨拶こそまだバラバラだったが返事は揃っている。
うるさい……、と心の中でベルナデッタは呟いた。目の前に立つ騎士達は総勢三十名、それが揃えて返事をするとちょっとした圧さえ感じかねない。
「リラックスしてください。気負わなくていいですよ。そもそも今日はただの体験、聖獣に親しんでもらうのが目的ですから」
「「「はい!!!」」」
「うるさ……。いえ、なんでもありません。元気なのは良いこと」
ちょっと耳がキーンとするけど……と彼らに聞こえないよう小声で付け足し、ベルナデッタは改めて手元の資料に視線を落とした。
向かいに立つ騎士達は背筋を伸ばして立ち、次の指示は何か、何を言われてもすぐに反応できるようにと待ち構えている。
……約一名、「新人に対しての気配り、優しい……」と熱っぽく呟いている者もいるのだが、こちらに至っては誰も顔を向けようともしない。
そんな中、漂う微妙な空気を一切気にも掛けずベルナデッタが「さて」と話を始めた。
「まずは聖獣について知ってもらいましょう。聖獣とは獣でありながらも獣ではない存在。獣騎士が共に戦うパートナー。この子が私の聖獣、虎型のロニアです」
ベルナデッタが自分の傍らにいる大型の虎へと視線をやった。
橙色の体に黒い模様、金色の瞳。猫のような顔だが迫力は一入。グァと豪快に口を開ければ鋭利な牙が露見する。
どこからどう見ても虎である。だがその大きさは通常の虎よりも二回りほど大きく、一目で虎であって普通の虎ではないと分かる。
虎型の聖獣。名前はロニア。
その迫力に新人騎士達がゴクリと生唾を呑んだ。気圧されたのか後退る者もいる。
もっとも、隣に立つベルナデッタはと言えば、
「ロニアは猫にも負けぬ愛らしさですが、獣騎士隊一の強さの持ち主でもあります。肉球はポップコーンの匂いだし、毛並みもさらさらでお腹はお日様の匂いがします。でも警戒すると毛並みが光って神秘さを見せます。つまりキュートでありセクシーなんです」
と説明の合間に己の聖獣の良さをアピールしていた。その割合は説明とアピールが3:7である。
新人騎士達もこれには苦笑いをするしかない。一名は相変わらず「聖獣への愛が溢れてる……、可愛い……」と熱っぽく呟いているが。
「ロニアは虎型ですが、他の動物の聖獣もいます。猫や犬、鳥、爬虫類も。そんな聖獣と共に戦うのが獣騎士。皆さんは己の身一つで戦う純騎士ですね。そして我が国にはもう一つ騎士隊があります。何か分かりますか?」
まるで教師のような口調でベルナデッタが新人騎士達に尋ねた。
本来であれば新人騎士たちは生徒よろしく手を挙げて答えるべきところだろう。仮に別の場であれば彼等も率先して手を上げて発言していたに違いない。
だが今だけは誰もが気後れの表情を浮かべ、ちらちらと周囲を……、というより一人を様子見している。
答えは分かる。
……分かるのだが、答えて良いのかが分からない。
ここは譲るべきなのだろうか。いや、でも彼が答えるのもそれはそれでどうなのか……。
新人騎士達の胸中は揃ってこれである。
だがそんな空気を、一人の青年が破った。
「はい!」
張りのある威勢の良い声。迷いなく、まるで空に浮かぶ雲を掴むかのようにスッと高く上げられる右手。
中指に嵌められた黒色のシグネットリングが太陽の光を受けてキラリと光った。
濃紺色の騎士隊の制服は見目の良い青年をより精悍に見せ、裾についた銀色の飾りが高々と掲げられ、晴れた空に美しく映えている。
……とりわけ、新人騎士達のものより飾りが多いから尚更。
「ではアイザック様、答えてください」
「はい! もう一つの騎士隊、それは竜と共に戦う竜騎士だ!」
「正解です。さすがアイザック様ですね。みなさんアイザック様に拍手を」
ベルナデッタが拍手を送る。もちろん「わー」という盛り上げの声も忘れない。褒められたアイザックも嬉しそうに頭を掻いている。
そんな盛り上がる二人に対して、周囲の新人騎士達は何とも言えない表情でパラパラと拍手を送っていた。
そりゃ、竜騎士なんだから答えられて当然だろう……。
という感想を誰もが抱いたのだが、先輩獣騎士と、そして先輩でなおかつ国宝と呼ばれる竜騎士を相手には誰も言えなかった。
そんな新人騎士達の胸中に気付かず、ベルナデッタは手元の資料を確認しつつ説明を進めていた。
最初こそ一番後ろの列に居たアイザックがいつの間にか最前ど真ん中にいることもさして気にしない。いつもの事だ。
「次は訓練場に移動して、実際に聖獣に触れてみましょう。ロニアの他にも準備してもらっているので、種族の違いによる触り心地や大きさの比較なんかもしてみてください。怖がらなくて大丈夫ですよ。ポップコーンの匂いを嗅いでも良いです」
「楽しみだな。なぁ?」
もはや隠れる気もないようで、最前ど真ん中を陣取るアイザックが隣の新人騎士に同意を求めた。
まさか話しかけられるとは思っていなかったのか、新人騎士はビクリと肩を震わせ、それでも「は、はい!」と背筋を正して答えた。
緊張するのも無理はない。なにせ相手は竜騎士、それも竜騎士隊の中でも頂点に君臨する、国宝と呼ばれるほどの存在なのだ。
……そんな国宝の竜騎士が新人騎士隊の説明に交じり、尚且つ最前ど真ん中で誰より楽しそうにしているのは問題なのだが、いったいどうして新人が指摘できるというのか。
唯一指摘できる存在であろう先輩獣騎士はといえば、問題を前にして「日向ぼっこしたのでお腹もお日様の匂いですよ」と嗅ぎどころを紹介している。
「では、今から移動を……。あ、でも待ってください」
移動を促しかけ、ベルナデッタが足を止めた。
上着の内ポケットから懐中時計を取り出して確認する。短針は十を指しており、長針は四。午前十時二十分。
手元の予定表には訓練場への移動は午前十時半と書かれている。移動時間は約五分、些か早い。
「ちょっと待った方が良さそうですね。何しようかなぁ……。誰かロニアの肉球を嗅いでみますか?」
「あ、あの……。よろしいでしょうか」
恐る恐ると言いたげに新人騎士の一人が手を挙げた。
「はい。じゃぁこっちに来てください。ロニア、寝っ転がって肉球見せて」
「いえ、肉球を嗅ぎたいんじゃありません。質問の許可を………、早い分には移動しても良いんじゃないでしょうか? なぜここで待機を?』
新人騎士が理由を問えば、周囲の騎士達も頷いたり顔を見合わせて同意を示している。
「まだ訓練場へは行ってはいけないのでしょうか? 何か訓練中とか……、もし訓練中なら見せて頂きたいのですが」
「今はなにも訓練はしてないと思いますよ」
「それならどうして待機を?」
「訓練場に行けないというよりは、二十五分まではここに居ないといけないんです。なぜなら……」
「な、なぜなら……?」
質問していた新人騎士が緊張を抱いた声色で更に問う。
それに対してベルナデッタもまた真剣な声色で「なぜなら」と改めて前口上を置いた。
「セルジュさんがアイザック様を回収に来るんです」
そうベルナデッタが答えるのと、「アイザック様!!」という怒号が被さった。
現れたのは黒髪の男性。騎士隊の制服を纏っており、その制服は新人騎士達のものより豪華だ。アイザックと同じである。
竜騎士隊副隊長セルジュ。年は三十前半、貴族の出である品の良さと騎士らしい逞しさを併せ持つ男だ。
国宝の竜騎士アイザックに続いて副隊長まで登場し、新人騎士達がぎょっとして道を譲った。まるで波が起こるように道ができ、セルジュが足早にアイザックへと向かっていく。
そうして彼の首根っこを掴み……、はさずがにせず、ガシと肩を組んだ。
友情で肩を組んだわけではない事は誰が見ても分かる。
なにせセルジュは間近でアイザックを睨みつけており、対してアイザックは露骨にそっぽを向いているのだ。
「アイザック様、今は仕事中ですよね?」
「午前中の仕事は終わった」
「それなら午後の仕事を前倒しで行ってください! 執務室に戻りますよ!」
「はぁ!? 午後の仕事は午後にするもんだろ! 待て、やめろ引っ張るな! 俺はこれから『聖獣触れあいコーナー』でポップコーンの匂いを嗅ぐんだ!」
セルジュが強引にアイザックを引っ張っていく。国宝の扱いと考えると杜撰過ぎるのだが、これもまた新人騎士達が指摘できるわけがない。
そして先程同様、唯一指摘できる立場のベルナデッタはと言えば、
「アイザック様、私、午後からもう一組案内するので、お暇でしたらいらしてくださいね!」
と、連行されていくアイザックに手を振っていた。
「絶対に行くー!」
「アイザック様! 仕事をしてください!」
「分かってるよ! 今日の仕事終わらせりゃ良いんだろ!」
「今日の仕事を終わらせたら明日の仕事を前倒ししてください!」
「逃げろ新人共! ここは地獄の労働所だ!! まだお前達なら間に合う、逃げろ!!」
そんな喚き合いをしながら、アイザックとセルジュが去っていく。
後に残されたのはまるで台風が過ぎ去ったかのような静けさ。誰も何も言えず、ただ唖然とするばかりである。
だがベルナデッタだけは最後まで元気よく手を振り、彼等の姿が見えなくなるとパンッと手を叩いた。
「それじゃあ訓練場に移動して、聖獣触れ合いコーナーを始めましょう!」
元気よく仕切り直しである。更に「では出発!」と気合いたっぷりに歩き出す。
もちろんこの切り替えにも新人騎士達が着いていけるわけがなく、みな先程の光景に唖然としつつ、一人また一人と歩き出した。




