70.臨時観測
七月に入って、ハワード・ベイル大尉から呼ばれた。
「オペ室から依頼が来ている。休養日も索敵データがほしいそうだ」
「はい」
「場所は第二補助観測点だ。リンクを繋いで、十分ごとに結果を上げてくれればいい」
「迎撃任務の日は」
「今まで通りだ。休養日だけの話だ」
リュシアは頷いた。
「了解しました」
索敵に使う魔力は僅かで、回復量の方が多い。十分ごとの観測なら合間もある。第二補助観測点は壁上の東端にあり、風が抜ける。視界も取りやすい。
「夏にしては動きが多いらしい。斥候だけでは追い切れん」
ハワードはそれだけ言って、別の書類に目を落とした。
話があってから最初の休養日、第二補助観測点に上がった。
壁上の端に張り出した小さな観測台で、普段は無人だった。石の手摺りが腰の高さまであり、足元に木箱が一つ置かれている。斥候が使う記録板が掛けてあったが、直近の記録は三日前だった。
リンクを繋ぐ。オペ室の応答は短かった。
「接続確認。十分間隔でお願いします」
「了解」
一回目の索敵を行う。
魔力を薄く広げて、壁外の反応を拾う。警戒任務でやっていたのと手順は同じだが、これは定点観測だ。オペ室が欲しい形で揃える必要がある。
七月の壁外は緑が濃かった。霧はない。視界は開けている。だが、索敵で拾える範囲に、小型の反応が散っていた。
数と位置を整理し、報告する。
「南南西、推定距離八百。小型、三から四。移動中。北東寄りに緩やかに転進」
「受領。次、十分後」
それだけだった。
合間は空いた。手帳を開いて、前日の記録を読み返す。風が壁の外から吹いてくる。七月にしては涼しい。
十分後、二回目を流す。先ほどの小型群は北東へ五十メートルほど動いていた。新しい反応はない。報告して、また待つ。
午前中に六回。午後に六回。計十二回の索敵を上げて、その日の依頼は終わった。
壁を下りる時、身体に疲労はなかった。魔力もほぼ減っていない。索敵の合間にノートの整理もできた。休養日としてはいつもよりも体を休めている感じすらある。
次は昨年のデータや他地点の観測データを借りられれば持ち込んで比較したかった。
翌日、食堂でミラとすれ違った。
「昨日のデータ、助かりました。夏場にあの頻度で動きがあるのは珍しいらしくて」
「定点観測は初めてなので、改善点があれば教えてください」
「充分です。動きがない時もデータが揃っててありがたいです」
「良かったです」
「何かあれば勉強会の時にでも聞いてください」
「了解しました」
ミラは軽く頭を下げて、自分の席に戻った。リュシアも配膳の列に並んだ。
月末のケンプとの面談で、勤務時間の話が出た。
ケンプは記録簿を指先で押さえたまま、声を落とさずに言った。
「フォルティス少尉。今月の勤務時間、上限を越えています」
「索敵の分ですか」
「そうです」
「あれは休養日です」
「拘束されている限りは勤務時間としてカウントしています」
リュシアは頷いた。把握していなかったわけではない。ただ、索敵の負荷が軽いため、実感として超過している意識がなかった。
「体調に問題はありません」
「それは結構です。ですが、本人が承諾していても、勤務時間の超過は上に報告します」
言い方に含みはなかった。責めているのでも、心配しているのでもない。手続きとして必要なことを伝えている。
「了解しました」
「無理をしているかどうかという話ではありません。仕組みの問題です」
ケンプはそう付け加えて、記録簿を閉じた。
翌週、迎撃のシフトが一時間短くなった。
ハワードからは何も説明がなかった。シフト表を確認して、リュシアは少し考えた。ケンプの報告が上に届いた結果だろうと推測した。
だが交代の人員が来るわけではない。シフト上は一時間早く迎撃が終わることになったが、壁上にはそのまま残った。残りの時間は索敵に充てた。
エドガーにも何も言われなかった。
やることは同じだったが、索敵に充てられる時間が増えた分、データが厚くなった。オペ室からの応答も、日を追うごとに手短になっていった。手順が定着しつつあるということだった。
ある日の夕方、ハワードが珍しく雑談のように言った。
「遊撃の方から、お前の名前が出ている」
「遊撃ですか」
「索敵適性が高い兵を、臨時で遊撃に出せないかという話だ。まだ正式じゃない。フォルティス家の了承も要る」
「そうですか」
「本人としては、どうだ」
リュシアは少し考えた。
「行けるなら行きたいと思います。索敵が活かせるなら」
ハワードは頷いただけで、それ以上は何も言わなかった。




