5.魔法騎士試験
魔力量測定は、一瞬で終わった。
測定器に手を置き、合図と同時に魔力を流す。
金属の柱の中で、淡い光が縦に走った。
数字を読み上げる係の試験官が、ぴたりと黙る。
「……おい」
「桁、合ってるか?」
「確認している」
ひそひそとした声が飛ぶ。
リュシアの耳にも届いていたが、気にしないことにした。
測定器の誤差か、校正の問題だ。リュシアは淡々と結論づける。
魔力量が足りないということだけは、まずあり得ない。
試験官が、最終的に数字を読み上げないまま「次」とだけ告げたので、
リュシアは素直に測定器から手を離した。
三つ目の試験は、持続出力の確認だった。
「得意な属性は?」
担当官に問われ、リュシアは迷いなく答える。
「雷です」
「では、こちらを使え」
机の上に、二つの金属輪が並べて置かれた。
拳一つぶんほどの間隔を空けて固定された輪と輪の間に、細い電光をつなげ――それを維持しながら、口頭試問に答えろという。
「出力がぶれると、火花が大きくなる。あるいは線が切れる。それで分かる。
……開始」
合図と同時に、リュシアは呼吸を一つ整えた。
輪と輪の間に、細い雷を引く。
針金のような線が、ぴたりと二つの金属を結んだ。
試験官が、間髪入れず質問を投げてくる。
「王都防衛隊と南方方面軍の指揮系統の違いは?」
「王都防衛隊は王城警備を含む都市防衛が主務で、編成上は――」
答えながら、雷の線を意識の端に置く。
電光は、揺れない。
試験官は、言い回しを変え、少しひねった問題を混ぜてくる。
教本の丸暗記だけでは引き出せないような問いだ。
それでも、リュシアの声が止まることはなかった。
むしろ、話している方が安定する。
考える方向が一つに定まっている方が、出力の微調整がやりやすい。
会話と魔力制御を同時にこなしながら、彼女はそんなことをぼんやりと思っていた。
やがて試験官が、「そこまで」と区切る。
金属輪の間の雷が、ふっと消えた。
試験官は輪を確かめ、別の係官と目配せを交わす。
「……はい。終了だ。退室してよい」
何の評価も告げられなかったが、リュシアは気にしなかった。
魔力量測定も、持続出力の試験も終わったあと、最後に体力試験があった。
決められた距離を走りきるだけの、簡素な内容だ。
簡素なはずなのだが、終盤には喉の奥が焼けつくように痛み、口の中に錆の味が広がっていた。
想像以上に、体力はない。
それでも、足は止めなかった。
完走はできた。
事前にユリウスは言っていた。
『体力試験でよほどの大失態でもしないかぎり、あなたの魔法適性で落とされることはありませんよ』
その言葉を思い出しながら、リュシアは荒い息を整えた。
**
試験場を後にし、用意されていた馬車に乗り込む頃には、朝の緊張はほとんど消えていた。
受かるだろう。
胸を張って喜ぶでもなく、かといって不安に怯えるでもなく。
ただ、「そうなるのが妥当だ」と淡々と思う。
その程度の自信はあった。
フォルティス公爵家・王都邸に戻ると、家族は既に結果が出たものとして動いていた。
「魔法騎士団の規定装備については、こちらで確認しておくわ」
カタリナが、既に軍務省から取り寄せた書類の束を卓上に並べている。
「体力は、領地に戻ってから鍛えればいい」
カイルは、訓練内容の大まかな目安を紙片に書きつけながら言った。
「最低限これくらいできるようにしておけば、新兵訓練で死ぬ確率は下がる」
「了解しました」
リュシアは頷く。
父レオンハルトだけが、少しおかしそうに娘を見ていた。
「……結果が出る前から、ずいぶんと段取りが早いな」
「落ちる理由がありませんので」
リュシアは、素直に答えた。
「もし不合格であれば、試験問題か採点基準に重大な欠陥があるということになります。その場合は、別の手段で国に貢献する道を検討します」
「そういう言い方をするから、お前は……」
エレオノーラが、苦笑混じりにため息をつく。
「もう少し、『受かっていたらいいな』くらいの可愛げはないの?」
「結果が出れば、喜びますよ」
少しだけ考えてから、リュシアは付け加えた。
「先に準備をしておいた方が、効率的だというだけです」
「まあ、あなたのそういう自信家なところが戻ってきたのは嬉しいけどね」
「自信ではなく根拠の問題です」
カタリナとレオンハルトが、目を合わせて微笑む。
「そういうところは、変わらないわね」
「変わらんからこそ、魔法騎士が向いているのだろうさ」
合格通知が届いたのは、それから数日後だった。
朝食の席で、執事が恭しく封書を差し出す。
「王国軍務省より、フォルティス公爵家令嬢リュシア様あての書状にございます」
封蝋には、軍務省の紋章が押されている。
リュシアはそれを受け取り、丁寧に封を切った。
中には、簡潔な文面が収められている。
『貴殿、今年度魔法騎士団候補生選抜試験において所定の成績を収めたため、
これを合格と認める。
ついては、四月一日付にて新兵訓練課程への参加を命ずる――』
一通り読み終えてから、彼女は顔を上げた。
「……合格していました」
「そう。おめでとう」
カタリナが、静かに微笑む。
「妥当な結果だな」
レオンハルトは短く言い、ワインではなく水の杯を持ち上げた。
「おめでとう、リュシア。……本当に、行くのね」
エレオノーラが、少しだけ寂しそうに笑う。
リュシアは、首を縦に振った。
「はい。新兵訓練までに、できることを全部やっておきます」
その声に、浮き立つような興奮はない。
ただ、次に進む段取りを確認した者の、いつもの調子だった。
こうして、フォルティス公爵令嬢リュシア・フォルティスは――
王子妃候補の席を降りたあと、自ら望んだもう一つの場所へと足を踏み入れることになる。
王都新兵訓練所。
十七歳の令嬢が、本来なら踏み込むことのないはずの場所へ。




