【エッセイ短編】犯罪手引き書と報道規制
※そもそも世の中の一人でも多くの人の心が平穏になれば良いなと思って書いているエッセイです。其の為、不安を助長するつもりは毛頭ございません。なので、このエッセイは掲載しますが後に私が何か考えを変えた場合は速やかに削除されます。(例:あれ?このエッセイこそが手引書じゃね?みたいな風に思った場合です)
名探偵アニメの映画の中で出てきたのです。
警察とか検察のことは全然わかりませんが、事件の詳細を記した資料というか記録みたいなものがあるらしいのですが、それを『犯罪手引書』みたいだと言ってました。
確かに・・・!!
だって、もし誰か悪意を持ってやった人がいたならそれについて『どのようにして事件を起こしたのか』『どう言ったものを使って被害規模を大きくしたのか』が書かれているわけです。
事故であっても一緒です。『こういう状況とこういう状況が重なってこのような大事故が起きた』など、偶然を装って同じことが出来そうな犯罪手引書なんです。
で、タイトルにあるもう一つの【報道規制】はなんだ?と思いますよね。
人間って、知らないままなら何もしないのですが、知ってしまうとやりたくなってしまう事があるらしいのです。夢の国があると知らなかった小さな子供が、夢の国を知ってしまったら行きたくて仕方なくなってしまうような感覚に似てます。知らなければそのままなのですが、知ってしまったが最後、気になって仕方なくなることがあります。
そう、ニュースで事件を報道するのは良いのですが、『模倣犯』が出てくる可能性があるわけです。
詐欺の被害もそう、『こういう手口です』と報道します。でも、同じ内容の報道、ニュースを見ている人がどれだけいると思いますか?中にはタイミングが合わずに最新の詐欺の手口を知らない方だって沢山いらっしゃいます。
『注意してくださいね』
と、注意喚起のためにした報道とその詳細を、出始めの知らない人が多い時期には、悪用して模倣し始める人がいるのではないだろうか。だからこそ、報道を規制する出来事もあるのではないでしょうか。それは、同じ事件を起こさないために。また、規模によっては多くの人に恐怖心を抱かせる事になる場合には、報道規制をすることもあるでしょう。
知らない方が幸せな事とはこの事だろうか・・・と一瞬思いました。
なので、注意喚起や・・・まぁ、報道の自由だかなんだか色々そう言ったのがあるのだとは思いましたが、事件を報道すること、詳細を伝えること、それは模倣犯を作るリスクを高めているのです。
しかしながら、一般的に知られていない知識を広めて、うっかりの事故を防ごうという気持ちの方が大半だと思います。
冬場の○○はこうすると危険なので———
夏場の○○は放置すると発火する可能性があるので———
などです。最近ではモバイルバッテリーの発火ですよね。あれは本当に持ち歩く場所と時間などを注意しなければいけないと思いますのでとてもありがたいです。
しかし、それを逆手に取られたら・・・?な訳です。
だからこそ、事件の詳細の伝え方って大事ですよね。怨恨の事件の詳細を聞いて驚くことが多々あります。
「えっ?!それが理由?!」
と正直驚きます。いえいえ、馬鹿にしてるわけではありません。ただ、その時は『自分は当たり前のように我慢してきた』事だったりするからです。
しかし、他のエッセイにも書いてますが、人の心の痛みはわからないものです。『たったそれだけ?!』と思うことであっても、本人からしたら事件を起こすまでの事だったとい言うことです。あと、これは私の勝手な考えですが、『たったそれだけ?!』の事で人が悪事を働くとは思えません。言わないだけで絶対他にも沢山色々原因がありますよ。ただ、それが引き金となってしまっただけってこともあると思います。
なのに、その『たったそれだけ?!』だけを聞いて、『あぁ!そうやって怒る人いるんだ!自分だけじゃないんだ!事件を起こすほどだったんだ!』と勘違いさせてしまうのが問題だなと思います。共感してしまエバ、やり方は違えど模倣犯と大差ないわけです。触発された感じですよね。
重要な情報は知っておきたい。しかし、どの報道が誰のどんな心を変えてしまうかわからないですよね。
だから私はあまり報道を見ないようにしたいと思っているのです。だいぶ良くなってきましたが、ニュース見るだけで体調が悪くなる時もありますので。




