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【第四十二話】闇を暴く光

【前回のあらすじ】

満月の夜に備え、みくる達は裏に思惑を秘めつつも全ての準備を整える。そして時を迎えた一行は、クローヴィスと共にセレフィア湖へと向かい、ついに大精霊セレフィエルの再顕現に成功。聖なる力を宿したルーンを授かった。異変に侵された森を救う為、そして全ての謎を明らかにする為……不穏な予感も渦巻く中、彼らは再びアムルーナの森へ赴く。

 セレフィア湖からアムルーナの森までの道のりは、そう遠くない。道中の魔物も、今のパーティーにとっては足止めにもならなかった。

 そういう訳で、今回のクエスト最後の目的地だっていうのに——そこへは拍子抜けするくらい、あっさり辿り着いてしまった。


 手元の明かりを頼りに、まだ辛うじて無事な所を抜けて、問題の異変に侵された区域へ。

「……到着だ」

 案内役代わりに、先頭を歩いていたクローヴィスさんが立ち止まると呟いた。


「改めて見ても最悪だな……」

 ジタンがぼそりと言う。どす黒く変色した草花や木の代わりに、我が物顔で埋め尽くす赤い根のようなもの。時たま夜風が唸り声に似た音を立てる以外は、虫の鳴き声一つしなくて、まるでこの場所の生気そのものが丸ごと吸い取られ尽くしたみたいだ。


 ただでさえ夜の森は不気味なのに、こんな荒れ果てた場所ともなると一層おどろおどろしい。周りの景色の輪郭が曖昧なのとは対照的に、異質な赤色だけは妙にくっきりと浮かび上がっている。


「ふえ~ん、やだぁ……!」

 既にかなり怖がっている様子のリーリアは、ジタンのマントにしがみ付いてあんまり前を見ないようにしていた。


「きゅ~ぅ……」

 ダイフクも不安そうに体を寄せる。その体を抱き上げて撫でると、あたしの気持ちがちょっと和らいだ。

 

「う~二回も夜に来たくなかったよこんなとこ」

 思わず口に出すと、シグレが振り向く。

「ああ……そういえばアナタは一度来てたんでしたっけ? 一人で」

「うん。我ながらよくこんなとこ一人で歩き回ったと思うよ……」

 今度はみんな一緒にいるから、あの時よりはだいぶ冷静に周りを見れる。


「……まさか、また怪しい人とかち合ったりしないよねぇ?」

「はん、今回はワタクシも付いているのですよ? むしろ見つけたらラッキーと思うべきですね。軽ーく叩き伏せて捕まえるまでです」

 まるで平気とでも言うように短剣を弄びながら言うシグレ。


 するとクローヴィスさんがしゃがみ込んで、赤く覆われた地面へそっと指先をかざした。

「……侵食の進行速度が増している気がするな。あまり悠長にもしていられない」

 声は落ち着いていたけど、その言葉の端には、ほんの少しだけ急くような硬さが混じっている。そして立ち上がると、ジタンの方を向いた。


「それでは、早速だがセレフィエルのルーンの力がどれ程のものか、試してみようじゃないか。月の魔力が有効という仮説が正しいのならば、きっとこの汚染を退けられる筈だ」

「……そう、だな」

 相槌を打ったジタンが、そっとルーンを取り出した。開いた掌の上、枝の間から降る月光を受けて、複雑な色味に輝く石。


 するとその瞬間、周囲の赤色が一斉にうねった。

「うぇぁっ!?」

 ブーツの下の生々しい感触に、思わず声を上げると飛びのく。


「全く生き物なんだか植物なんだか、つくづく気色悪い物体ですよ」

「じゃけどこの反応、警戒しとるようにも見えるわい」

「ああ、私もこんな動きは初めて見る……。取り出しただけでもこうなるとは。流石、聖月の名を冠する大精霊の加護と言うべきか」


 感心するように周囲を見回していたクローヴィスさんは、その後道を譲るように体ごとよけると、ジタンへ右手を差し向けた。


「いよいよ真価を確かめたくなるな。さあ、こちらへ。浄化がどのような形で働くのか……それによって、次に取るべき手も変わってくるだろう」

 促されるまま数歩前に出たジタン。そして首を傾げながら呟く。

 

「で、どうやんだこれ」

「手に携えて祈る、ゆうて言うとったが……」

「だよなぁ。普通に魔法使う要領で念じりゃいいのか?」

 オルフェと会話しながら、物は試しとルーンを前方にかざした。


「お……!」

 すると、変化はすぐに起こった。


 パァッとルーンが光る。眩しくない程度の淡い光だ。


 その瞬間、びっしりと地面や木を覆い尽くしていた赤い筋が……ぼろぼろと朽ち果てるように崩れていった。


「おぉ……!」

 全員の口から簡単の声が洩れる。


 原形を無くしたそれは、やがて残骸一つ残すことなく消え去っていく。それと同時に、森を満たしていた嫌な重さが、ほんの少しだけ薄れた気がした。


「うお、すげぇ」

「あっ、あれ!」

 驚くジタンの肩口で、リーリアが前方を指差した。


 木の陰に潜みながらこちらに近付いていたのは、赤と黒のまだら模様をしたアメーバのような生命体。触れただけで魔力を吸い取られる上に、どんなに攻撃しても倒せなかった厄介な敵……。

 

 だけどそれもルーンの放つ光に触れると、同じく上の部分からあっけなく崩れて、跡形もなく消えていってしまった。あたし達に襲いかかるどころか、近付くことさえ叶わない。


 静かで控えめなのに、圧倒的な聖なる力。

 気付けば、あたし達の周囲に赤色はすっかり無くなっていた。


「だいせいれいサマの力、すっごーい! もうこのヘンなの、こわくないよ!」

 さっきまでの怯え方からは一転、すっかり元気を取り戻したリーリアが寝かせていた羽を大きく広げて飛び上がる。その隣で、クローヴィスさんもほうと息を洩らした。


「全くだな……素晴らしい。今までどんな対処も意味を為さなかったというのに、一瞬でこれ程まで……!」

 緩く握られた拳や、唇の端が細かく震えた。こみ上げているような表情だった。


「それにしても、案外力の及ぶ範囲は狭いんですねぇ。てっきり一気に浄化されるものかと思っていましたよ」

 そんな中、額に手をかざして奥の方を眺めながら言ったのはシグレだった。そこにはまだ、消えずに残る赤い筋がちらりと見えている。

 

「……ふむ。いくら大精霊といえども、術者の手を離れた魔力では出力も範囲も限られるのだろう。まだ力が戻り切っていないと、本人の口からも語られていたし……」

 目を少し伏せて、考えながら答えるクローヴィスさん。

 

 すると、オルフェが二人に一歩近づいて言った。

「じゃけどそん為に、策を用意しとってくださったんじゃ。ほうでしょう?」

 

 彼の方から話を振られるのが意外だったのか、クローヴィスさんは少し目を丸くして応じる。

「うむ。そうだな……やはり念の為に備えていて正解だった。僭越ながら、此処で私の出番という訳だ」

 そして彼は、上着の内側から一本の巻物を取り出した。黒っぽい上品なデザインの巻き紙。


「助かりますわい。よろしゅうお願いします」

 穏やかに言うオルフェ。流れも態度もごく自然だ。


 でも……あたし達から見れば、差し向けているのは明白だった。


「せ、セレフィエルの力を増幅して、拡散させる……んだった、よね?」

「その通り。よく覚えていたね」

 遠慮がちなあたしの言葉に、クローヴィスさんは優しい笑顔で答える。それに対してあたしも笑顔を返したけれど、内心バクバクしている心臓を隠すのに必死だ。


「魔法陣の上にルーンを置いて発動させるんだ……少々待っていてくれ」

 そう言って杖を脇に抱えると、巻物の紐を解こうとする。動作につられて、杖の先にぶら下がっている飾りが揺れて音を立てた。

「それを持ちながらでは開きにくいのでは? ワタクシが持っておきますが」

 そこへ、隣へ立つシグレが声をかける。

 

「あぁ、すまない気が利くね。少しの間だけ頼むよ」

 微笑んで、あっさりと杖を渡すクローヴィスさん。受け取ったシグレは、何でもない顔で下がる。あくまで巻物を広げる邪魔にならないように、という感じで……ごく自然に、離れた。それは手を伸ばしたくらいでは、届かないような距離だ。


 やがて丁寧に広げられた巻物が、地面に敷かれた。あたしはかがんで、そこに描かれた魔法陣にじっと目を落とす。

 円や記号を組み合わせたような緻密な紋様、びっしりと連ねられた古代文字。やっぱりこうして見ると、細工なんてしてないように映る。


 立ち上がる瞬間、ふとポケットの中に入れているものが太腿に当たった。丸くて硬い感触が布越しに伝わる。


「……では、ジタン君。セレフィエルのルーンを此処へ」

 クローヴィスさんが背筋を正すと、改まった声音で言った。そして魔法陣を、手で指し示す。

「これで……ようやく解決する筈だ」


 風が吹いて、散らされた小枝や枯れ葉がカラカラと軽い音を立てた。夜は音が余計に響いて聞こえる。

 月明かりを遮って立つ姿。その影に沈んで、顔の細部はよく見えない。闇に溶けるように揺らめく黒の長髪と、対照的に白くはためく裾の長い上着。

 

「あァ、分かってるぜ」

 あっさりと、ジタンが巻物の前に立つ。場の緊張感が、ぐっと高まった。そして彼は一つ息をつくと、まるで独り言みたいにぼそりと言う。

 

「だがその前に……確かめねぇとな」

「確かめる?」

 

 何を、と問う声には答えずに、ジタンはある物を取り出した。それは金属製の水筒だった。そのまま無言で蓋を回し開ける。


 そして、訝しげに眉を寄せる顔を一瞥してから――

 

 水筒を、ひっくり返した。


 一気に中身がぶちまけられて、たちまち水浸しになる巻物。


「な!? 何をしているんだ!?」

「心配いらねぇ、ただの水だからよ」

 驚くクローヴィスさんに、しれっとした表情で返すジタン。

「だがな……」

 巻物を見下ろす青い目が細まる。一瞬遅れて、クローヴィスさんの顔色がサッと変わった。


「あっ……!」

 そしてびしょ濡れの巻物を一目見たあたしは、小さく息を呑んだ。


 水を吸って、すっかり濃い茶色に変色した紙。だけど中央の一部分、ちょうど二つの魔法陣が重なり合う部分だけ――あからさまに全く、色が変わっていなかった。まるでそこだけきれいに水を弾いたみたいだ。


 ――幻影魔法(イリュージョン)が使われとるかを判別するんは、実は意外と簡単なんよ。

 

 あたしの脳裏に、昼間の宿屋で言われたことが蘇った。

 またみんなで集まって、最後の作戦会議をしていた時の、オルフェの言葉だ。

 

 ――立体物じゃったら、触って確かめりゃええ。今回みたぁに、上から被さっとる場合も、すぐ見破る方法がある。

 ――幻影を掛けられとる物自体に、何かしらの変化を与えるんじゃ。色を変えたり汚したり……。幻影はあくまで元の状態の見た目を真似とるだけで、その後の干渉は一切受けん。じゃけぇどがぁに精巧でも、偽りがハッキリ炙り出される筈じゃ。


 そのセリフ通り。

 誰が見ても明らかなくらい、明確に浮かび上がった"嘘"。

 

 ここだ……間違いない、内容が幻影で書き換えられてる!


「みくる!」

「分かった!」

 ジタンから鋭く促されて、あたしはすぐさまポケットから竜の瞳を取り出した。夜の闇の中で透き通る、オレンジ色。それを見たクローヴィスさんの表情が一気に強張る。

 

「っ……駄目だ!」

 そして間髪入れず、駆け寄ろうとした。


 その瞬間。

 背後の木が、ガサッと音を立てて揺れる。


 直後、黒い影が飛び出してきた。


「――んぐッ!?」

 くぐもった声を上げるクローヴィスさん。その口を、大きくてがっしりした手が塞いでいた。さらに右腕も取って、動けないようにホールドする。


「……っ!? ……」

 必死に顔を動かしたクローヴィスさんは、背後から自分を拘束しているのが誰なのか、やっと認識した。


 そして……その目にこの日一番の、驚愕の表情を浮かべる。


「すまねェ、旦那……ちィとばかし、じっとしててくだせェ」

 低く冷静に、だけど沈痛な面持ちで、遮楽が言った。


 ――竜の瞳を使うその瞬間が、一番油断ならん。

 

 幻影をどうやって突破するのかが決まった後も、オルフェは難しい顔をして言っていた。

 

 ――念の為に、クローヴィスさんの動きは徹底的に封じておきたいんじゃ。妨害もそうじゃが、仮に幻影が消された瞬間、即再発動して上書き、なんちゅう芸当をされたらかなわんけぇのぉ。

 

 ――だったら、あっしに任せなせェ。

 

 その時あまり間も置かずに口を挟んだのは、遮楽だった。

 

 ――旦那は、あっしが村に居ると思ってる筈だからな。不意を突くってんなら一番向いてるだろうよ。

 ――いいのか? 真正面から盾突く事になんだぜ?


 眉をひそめて問い掛けたジタンに、彼は少しうつむくと、呟くように言っていた。

 

 ――何も分からねェままじっとしてるよりゃ、ずっと良いさ。


「おじちゃんごめんね! スペルロック!」

 続けてリーリアが両手を突き出すと、クローヴィスさんをぐるりと囲むように謎の文字が出現した。相手の魔法を一時的に封じるためのものだ。二重に動きを縛られて……これで、クローヴィスさんは一切何も手出しができなくなった。あとはもう、やるだけ!


 あたしは竜の瞳を突き出した。オレンジ色がさらに濃く燃えるように光って、その効果を発動させる。どんなに本物そっくりで、見ただけでは分からないような幻影でも、消滅させてしまう効果が。


「……見て、魔法陣が……!」

 水で変色しなかった部分が、たちどころにグニャリと歪んだ。そして、空中に解けるようにして消えてしまう。

 その結果現れたのは――隠されていた、本当の文字。


 多分これも古代文字で、あたしには読めないけど……さっきと全然違うっていうのだけは、分かった。

 

「オルフェ……これ」

 あたしが見上げると、オルフェは無言で頷いて、巻物の前にしゃがみ込んだ。

 

「ん、ん……!」

 喋れない状態のクローヴィスさんが必死な声を上げるけれど、迷う素振りも見せない。


 そして書かれた文字をじっと見つめていたその表情が……ぐっと険しくなった。

 

「なるほどのぉ……気付かんとこのまま発動させとったら、大変な事になったわい」

 そして立ち上がると、重苦しい動作で杖の先を地面に突く。

 

「増幅と拡散なんちゅう効果はありゃぁせん。こりゃぁ、性質反転の魔法陣じゃ」

 

 みんなの顔が張り詰めた。

 

「セーシツ、ハンテン……?」

「まるっきり逆になるってことですよ」

 おろおろと復唱したリーリアに、険しい表情で補足するシグレ。

 

 あたしもぞっとして胸の前で手を握った。邪悪なものを消し去って浄化する、セレフィエルの聖なる力。それが真逆に働いたりしたら……!


「……説明してもらえりゃぁせんですか、クローヴィスさん」

 静かに、だけど鋭い声音で、オルフェが言った。

 

「最初から、これが狙いじゃったんですか。大精霊を復活させて、その力を悪用するんが……! もしわしらがあなたの言う通りにしとったら、異変を解決するどころか、いよいよ取り返しのつかん事になっとった。なして、こがぁな事を!」


 そっと、遮楽が拘束していた手を離した。そして正面に向き合う。


「旦那……! あっしにゃこの文字は読めやせん。言ってる事が本当なのかも見当がつかねェ。だから違ェなら違ェと……全部間違いだと、ハッキリそう言ってくだせェ!」

 声の端を少し震わせて、信じられない、いや信じたくないというように、必死な言葉を発した。


「……!」

 青ざめた顔のまま、揺れるクローヴィスさんの瞳が、遮楽の姿を捉えていた。不規則になる呼吸。

 その後オルフェから順にあたし達を見回して、最後に巻物へ視線を落とすと、そのままきつく目を閉じた。激しく震える両手が、ゆっくりと握られる。


 数秒後、ようやくその唇が開かれた。

 

 だけど次にクローヴィスさんが口にしたのは、弁解でも否定でもなかった。

 

「――魔術散解(ディスペル)

 

 低くそう発された直後。ガラスが割れるような音と共に、彼を取り巻いていた魔法文字が粉々に砕け散った。

 

「なんでっ……!?」

「魔法使えないはずなのに!」

「強引に断ち切りよったんじゃ!」

 慌てるリーリアとあたしに、オルフェの声が被さった。


 クローヴィスさんはそのまま、シグレに顔を向ける。あっ、杖取り返すつもりだ!

「く……」

 そうはさせまいと、シグレが素早く身を翻そうとする。

「ブリッツバインド!」

 ところが、瞬時に現れた何本もの細い光の鎖が、避ける間もなくその体をがんじがらめにしてしまった。


「うぐっ!」

「んの野郎っ……!」

 すぐさまジタンが取り押さえにかかる。一歩遅れてオルフェも動いた。その手が白い上着にかかる、直前。

 

「フラッシュ!」

 クローヴィスさんが再び魔法を唱えた。途端に強い閃光が炸裂して、視界が真っ白に染まる。とても目を開けてなんかいられない、頭がくらくらするくらいの凄まじい光だった。

 

「ううぅっ……!」

 たまらず顔を手で覆ってしまう。多分みんなも同じだ。短い悲鳴が聞こえてくる。


 やがて光が止んだ。まぶたを開けて、まだチカチカする視界の中必死で見回すと、クローヴィスさんの姿はどこにも無かった。

 

「い、いない……!」

「クソッ! 逃げやがった、空間転移か」

 あと一歩のところで取り逃がしたジタンが、苛立ちをぶつけるように地面を踏み締める。強烈な光を一番近い距離で浴びた分ダメージも大きかったようで、手のひら全体でこめかみを抑えていた。


「っ、不覚……!」

 隣では、拘束魔法が消えて自由になったシグレが絞り出すように呻いていた。その手に当然、杖は無い。


「おじちゃんどこ行っちゃったの!?」

 慌てふためくリーリアに、オルフェが抑えたような静かな声で言った。

「決まっとるわい……この奥じゃ。手を打たれる前に、わしらも向かわんと!」

「だな、これ以上かき回されて面倒になんのは御免だぜ。奥に何があんのか知らねぇが、元凶ごとぶっ潰すぞ!」

 

 そう言って大剣を背負い直すジタン。目線はもう、木々の連なる向こうへと向けられていた。


 あたしもリュックの肩ベルトをぐっと握り締める。この場から逃げ出す直前の、クローヴィスさんの顔が脳裏にこびりついていた。

 あれは焦りだとか、そんな単純なものじゃなかった気がする。ミレクシアで過ごしていた時には一切見せなかった、追い詰められて、ものすごく必死な、鬼気迫る表情――。


 クローヴィスさんは何を抱えたまま、何を言えないまま、森の向こうへ消えてしまったんだろう?


 その時ふと、横に立つ遮楽のことが気になった。放心したように顔をあらぬ方へと向けている。

 

「遮楽も……行く?」

 少し心配になって尋ねると、ハッとこっちを向いた彼は、一拍置いた後に短く息を吐いた。それから、いつもより低い声で言う。

「当然でさァ。旦那をあのまま、放っておける訳が無ェ」


 そして、パーティーは一斉に動き出した。ここまで来たらもう、後戻りなんてできない。

 目指すはアムルーナの森、最奥――今回起こった異変、その全ての秘密が眠る場所!


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