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【第四十話】夜はまだ終わらない

【前回のあらすじ】

みくる達は遮楽から情報を聞き出す。その中で、クローヴィスが国の招聘を受けた際の出来事が語られた。辺境の国で起こったクーデター、覆された共存、そして侵攻の危機とクローヴィスの苦悩……重い背景に押し黙ってしまう一同。しかしひょんな事から、みくるが森の奥で目撃した仮面の人物と、二人が接触していた事が判明。遠い点が、急速に繋がり始めた。

 カタカタッと小さく音が聞こえた。吹き付けた風が窓を揺らしている音だ。別に何てことのない自然現象なんだけど、今はちょっと不吉で、不気味に聞こえる。


「えぇっ……!? ちょちょ待って、どういうこと……!?」

 次から次へ明らかとなった出来事に、混乱しきりのあたしは、意味も無く指折り数えながら今しがた聞いた話を繰り返す。


「リオルセアでクーデター起きて……クローヴィスさんと遮楽は逃げることになって……このままじゃ色々ヤバくて……んでそこに仮面の変な人が訪ねてきた……!?」

「ま、まァ、お嬢さんが森で見たってのと同じ奴かは確証が無ェが……」

「いやいや、ここに来てまさか別人ではないでしょうよ」

 

 自信の無さそうな遮楽の言葉を、シグレがばっさり切った。

 

「仮面で顔を隠してローブにフードまで被ってって、そんな妙な風体の奴が二人もいてたまるものですか」

「そーだよ! その人ぜーったいアヤシイ!」

 リーリアも便乗して拳を上げる。難しい顔のまま、遮楽はあたしを向いた。


「お嬢さんは、ソイツが何か話してんのを聞いたのかい?」

「えーっとね……はっきり内容がある訳じゃないんだけど……確か計画がどうとか言ってて、もうめっちゃくちゃ怪しかった! いかにも悪いこと企んでますって感じ!」

「……うーむ……」

 あたしが答えると、すっかり頭を抱えてしまう。


「遮楽さん。話し終えたばっかしのとこ悪いが、仮面が訪ねて来た辺りを詳しゅう聞いてええじゃろうか?」

 慎重に切り出したオルフェに、戸惑いの残る仕草で応じる。

 

「あァ、いいぜ。まさかこんな事になるたァな……」

 溜息を一つ。そして遮楽は、先程までと同じように語る姿勢になった。

 

「リオルセアを出たと言っても、あっしらは真っ直ぐここに帰った訳じゃねェ。状況が状況だからな……。万が一の追手を警戒して、大きく迂回するルートを取っていた訳だ。その道中に泊まった宿屋で、夜更けに訪ねてきた奴がいた。それが……まさにこんな奴だったんでさ」


 伸ばされた緑褐色の手が、メモ帳のページに描いた絵――黒いローブをまとって仮面を付けた、怪しい何者かを軽く叩く。


「名乗りもしなかったし、性別すらよく分からねェ。だがソイツは、自分もリオルセアから逃げているっつってな……。新王の暴走と戦争を止めてェ、その為に力を貸してくれと言ってきたんだ」

「いやいや、ちょっと待ってくださいよ。そんな不審すぎる奴の話をまともに聞いたんですか?」

 

 すかさずシグレが口を挟む。当然の疑問だった。怪訝そうな表情の問いに対して、どこかバツが悪そうに鼻を擦る遮楽。

 

「勿論最初は刺客を疑ったぜ? だが武器の一つも持っちゃいねェ、どう見ても身一つで命からがら逃げ延びたってな格好だったからな……。それに服装に関しちゃ、当時のあっしらも大体似たようなモンでなァ。追われる身なら、なるべく姿を晒さねェようにすんのは道理だ。仮面も用心の為と言われちゃ、無理に剥ぎ取る訳にもいかねェだろう? 何より――」

 

 そこで一旦言葉を切って、記憶をなぞるように息を吸い込む。


 「旦那が、邪険には出来ねェと言ったんでさ」

 ぽつりと落とした声。

 

「あん時の旦那は、本当に参ってた。ずっと塞ぎ込んだままで、碌に喋りも笑いもしねェでよ……。あっしが何言った所で、気休めにもならなかったんだ。そこへ協力してェっていう同士が現れたんで、心底嬉しかったみてェでなァ。食い入るように話を聞いて、顔付きもガラッと変えて話してんの見てっとよ……そこに水差すのも野暮だと思っちまった。これで少しでも旦那の気が軽くなるならってな」


 今度は、シグレがちょっと気まずそうに視線を逸らす番だった。

「ま、まあそれなら……分からなくもないですが。ふん、身内は随分甘やかすじゃないですか」

「シグレ」

 憎まれ口をたしなめるようにオルフェが割って入って、それから遮楽の方を見る。


「ほいじゃぁ、その仮面とはどがぁな話を?」

 それを受けて、指先であごをなぞりながら遮楽は口を開いた。

 

「本人は古代文明だか魔術だかを研究してると言ってたか……。トゥーガラ侵攻を食い止める為に策を練っている、上手く事が運べばリオルセアの軍隊を阻めるかもしれねェ、それには旦那の魔法の知識と技術が必要だと」

「何だ策って……国境に結界でも張り巡らすつもりか?」

「そがぁな大仕事じゃったら、腕利きの魔法使いが何人も要る。とても逃げながら秘密裏に出来る事じゃないわい」

「まさか新王を直接倒しに行くとかじゃないでしょうねぇ」

 

 口々に言いながら、みんな答えを期待する目で遮楽を見る。

 

「あァ……それなんだがな……」

 するとどういう訳だか、遮楽はそこで言葉を濁した。

 

「……いや、悪ィ。実はそっから先はよく知らねェんだ」

 予想外の返答に、あたし含め全員がキョトンとする。

 

「どういうこったそりゃ……。あんたも傍に居たんじゃねぇのか?」

 とりあえず代表して、表情に疑問符を浮かべたジタンが尋ねた。


「あっしがソイツと直接顔を合わせたのは、最初の一回きりでなァ。以降は、出来るだけ旦那と二人きりで話を進めてェと言い出したんだ……。水面下で目立たず動く為にも、関わる人数は出来るだけ少ねェ方が良いとよ」

「えーっ!? なかま外れにされたのぉ!?」

 丸い目を見開いてリーリアが言った。ところが頷く遮楽の態度は不服そうでもなく、平然としたもの。

 

「まァそれ自体は通らねェ理屈じゃねェさ。どこから秘密が漏れるか分からんからな……それからあっしはせいぜい、壁や扉を隔てた場所で見張りに立ってた程度だったんでさァ」

「そんなぁ。クローヴィスさんからは何も聞いてないの? 遮楽にはちょっとくらい話したってよくない?」

「旦那はそういう所、律儀だからな……黙っていろと言われりゃ、おいそれと喋ったりはしねェ。それに当時の旦那にしてみりゃ、八方塞がりの中でやっと掴めたチャンスでもあったからな。無下にはしねェさ」


 ――だけどそう言った後で、遮楽は険しい顔をして座り直した。

 

「だが……こうなってくると、それもきな臭ェか?」

 

 眉間にシワを寄せて、オルフェも頷く。

「ほうじゃのぉ。上手く言いくるめて、遮楽さんを遠ざけたように思えてならんわい。話を聞いとると、どうもその仮面の狙いは、最初からクローヴィスさん一人じゃったようじゃし……」

 

 あたしは思わず自分の二の腕を掴んでいた。薄気味悪さで、背筋がぞっと冷える。密会する中で、クローヴィスさんはどんな話をされたんだろう?

 辛いことが続いて、精神的に弱ってる時に、わざわざ訪ねてきてくれた協力者。そりゃぁその手を払うなんてできる訳がない。状況を変えられるなら、どんな小さなものでも掴もうって思うはず。


 だけど、もし……もしその人が、最初から悪意を持っていたら?

 悩んでるとこに付け込んで、クローヴィスさんの持つ魔法の力を、別の目的に使うために接触していたとしたら?


 それを見抜けないまま、ずるずる引き摺り込まれていっても……おかしくない気がする。

 

「ひょっとして……クローヴィスさん、その仮面に騙されてるだけなんじゃ」

 恐る恐る声に出したそれは、半分希望も込めた言葉だった。悪い人は別にいて、クローヴィスさんがただの被害者だったなら……これ以上、疑いの目を向けなくてよくなるし、スッキリした状態で協力もできる!


「だったらその人、森の異変に関わってるヤバい人かもって、教えてあげないと……! 何も知らないで手を貸してるんだとしたら危ないよ!」

「いや、多分……何も知らねぇって事は無ぇな」

 ――そんなあたしとは真逆な低い声で、ジタンが言った。

 

「……ほうじゃの。わしもそう思うわい」

 オルフェまで同調して、静かにそんなことを言う。

 

「えっなんでよ!?」

 思わず口調が強くなったあたしへ、ジタンは冷静に返した。

「お前が仮面の話を最初にした時の事を思い出せよ。クローヴィスのおっさんも一緒だったろ……。なんであん時、この話が出なかったんだ?」

「……あ……!」

 

 ヘルマレ洞から神具を持ち帰って、宿屋のロビーで話していたあの夜。ダイフクが現れたのをきっかけに、あたしは仮面の人物の話もした。だけどその時、クローヴィスさんは驚いた様子も、思い当たる様子も、何一つ見せなかった。


 騙されてて、善良な協力者だと思い込まされていたなら……あそこで、今の遮楽と同じ反応になるはずなんだ。だけどそうじゃなくて、平然と流してた。


 てことは、あそこに仮面が居たのは、クローヴィスさんにとって別に意外ではなかったってことで……。


「アムルーナの森に仮面が出入りしとる事を、既にクローヴィスさんは知っとったんじゃ」

 ごちゃごちゃと混乱するあたしの思考を巻き取るように、両手指を組んでオルフェが呟いた。

 

「だな。仮面の思惑を分かってんのかはともかく、少なくとも森の異変に関わってる奴だって事は承知の上で、それをオレ達には黙ってんだよ」

 

 相槌を打ったジタンの顔が動く。視線の先には唇を引き結んでいる遮楽の姿があった。そして眉根を少し寄せて目を閉じると、首を掻く動作混じりに言う。

 

「悪ぃが、これでクローヴィスのおっさんが潔白だって可能性は、むしろ低くなったように思えるぜ」


 遮楽は何も言い返さなかった。ただ目の前の物事をじっと受け止めるかのように呼吸を繰り返して、やがてうつむくと重苦しく呟く。

 

「……旦那は……何を……」

 膝の上で、拳がぐっと握られる。


「あっしが、迂闊だったのかもしれねェ……。何か良くねェ事に巻き込まれてんだとしたら……あん時、あっしが通しちまったばっかりに……!」

「遮楽……」

 

 これまでの豪快で、あっけらかんとした姿とは真逆の、苦い後悔が滲む態度。思わず声をかけようとして、手も少し伸ばしたけれど……結局正解が分からずに曖昧な位置で止まって、開いた口もそのまま閉じた。


 じわじわと、再び重たい沈黙が広がって――


 パァンッ!

 

「……!」

 突然の破裂音。びっくりしてそちらを向くと、その方向にはシグレがいた。さっきのは手を叩いた音らしい。

 

「全く……辛気臭くなってんじゃないですよ!」

 そして我慢ならないという風に言った。沈みかけていた空気をぶった切るような声。そのまま腰に手を当てて、ぐっとあごを上げるとずけずけと続ける。

 

「済んだことを悩んだってどうにもならないでしょうが! まだ明日の夜まで時間があるんですから、今のうちにどうにかすればいいんですよ! その上ワタクシ達がついてんですから、むしろ助かったと思うべきでしょう!?」

「…………」

 呆気に取られて固まる遮楽。


「い、言い方はともかくとして……シグレの言う通りじゃ、遮楽さん」

 ちょっと強引に背中を押すシグレとは違った、静かに寄り添う声音でオルフェも重ねた。

「今じゃったら、状況を変えられる。それが、クローヴィスさんを助ける事に繋がるんかもしれんのですけぇ。自分ばかり責めて悲観しとるよりゃぁ、ずっとええでしょう?」


 それを受けて、遮楽は口の端に少し笑みを浮かべた。それは苦しい気持ちを押し殺したようでもあったけれど――それでも、さっきよりはずっと和らいでいた。

「ハハ……全く返す言葉も無ェや。こうしてたって埒が明かねェわな」


 それを見たシグレは満足げに頷くと、腕を組んでこっちを向く。

「……で、どうするんですかこれから」

「お前言うだけ言って丸投げかよ」

 眉をしかめて返すジタン。とはいえこうなることはある程度読めていたのか、その後すぐにオルフェへ向き直った。


「結局のところ、クローヴィスさんの意図を探らんといけん事に変わりはないようじゃの」

「話を聞く限りじゃ、リオルセアのトゥーガラ侵攻を止めてぇっつぅのが鍵にはなってきそうだけどな……」

 

「……あ、あのさ」

 考え込む二人の横で、あたしはそろ~っと手を上げる。

 

「ここまで情報が集められたんだから……もういっそ、直接聞いちゃうのもアリなんじゃない?」

「おじちゃんに?」

「そうそう」

 横合いからひょっこり顔を出してきたリーリアに答えて、あたしは少し身を乗り出した。

 

「今は遮楽っていう証人だっているんだしさ」

「ふうん? 分かりやすくて結構じゃないですか」

 シグレが強気な笑みを浮かべる。

 

「その仮面とやらと何の話をしていて、そしてなぜワタクシ達に黙っていたのか、明日にでも問い質してやりましょうよ」

「……そう、だな」

 そこへ遮楽が一瞬だけ言葉を詰まらせて、それから首を縦に振った。

「……あっしも、ひとまず話が聞きてェ」

 

 次々に得られる賛同。よし、それなら……! と切り出そうとしたところで。


「いんや……それはちぃと考えた方がええ」

 待ったをかけたのはオルフェだった。

 

「今の段階で正面から行くんは、危ういわい」

「危ういって……?」

 あたしが聞き返すと、顔の前で手を組んで、きっぱりとした声で続ける。


「今あるんは、違和感を繋ぎ合わせた推測に過ぎんけぇ。いわゆる状況証拠っちゅうもんで、問い質す根拠としちゃぁちぃと弱すぎるんじゃ。誤魔化しようはいくらでもあるわい」

「まぁそうだな……。知らねぇとか、混乱させねぇために敢えて言わなかったとか言われりゃそれまでだしな」

 後頭部をがしがし掻いて、投げやり気味に言うジタン。それから一拍置いて、オルフェの目がすっと細まった。

 

「それにの、本人に直接聞くいうんは、逆に言やぁ何をまだ知らんか教える事にもなるじゃろう? 下手に直接的な手に出て、向こうに策を打たれてもまずいじゃろうて」

「うぐぐ」

 言われてみればその通りで、あたしはさっきまでの勢いを引っ込めた。まだ何を企んでるかも分からないのに、先回りして隠されたりしたら、本当に詰みだ。

 

「まあそれは分かりますが……とはいえ、もう本人に聞かなければ分からないことだらけなのでは?」

 それでもなお食い下がるシグレに、オルフェは小さく頷く。

 

「ほうじゃ。じゃけぇ、問い質す事自体がいけんたぁ言わんよ。大事なんは、状況とタイミングを見極めんと逆効果になるっちゅうことなんじゃ。その場で誤魔化しも言い逃れも出来ん、そがぁ状況でなけりゃぁ……」

「うーん、要するに証拠が無いとダメかもってこと?」

「そがぁ事になるのぉ」

 さっくりと話をまとめたあたしに、再び頷くオルフェ。

 

「そっかー! じゃ、ショーコってなぁに?」

 本当に分かっているのかいないのか、大きく前のめりな姿勢になってリーリアが明るく尋ねた。キラキラとした目でまっすぐ見る。


 すると彼は、途端に難しい顔で黙り込んでしまった。

 

「……んん……それを見つけたいんじゃがのぉ……」

「あーもう結局袋小路じゃないですか!」

 放り出すように言って、シグレがどっと壁に背中を預ける。


「ごちゃごちゃと考えるのは性に合わないというのに、いつまでこうしてんです!? 大体あんまりグズグズしている時間もありませんよ。明日の夜動くというのはもう変えられないんですから」

「まんげつの夜になったら、だいせいれいサマのとこ行かなきゃだもんね」

 

 リーリアが不安げに窓の外を見上げた。すっかり更けた夜の空は、端のほんの少し欠けた月を浮かべて深い紺色に染まっている。あの月が次に顔を出す時までが、実質あたし達のタイムリミットだ。

 

「チッ……ただでさえやる事が多くて面倒臭ぇってのに、掻き回してきやがる」

 仏頂面を一層しかめてジタンが言う。そろそろみんな眠気も出てきて、ちょっとマズい状況かも……。


 と、その時。

 急に背後から、ドサドサドサッという物が崩れるような音が聞こえてきた。

「きゅぅ~ん」

 それと同時に、甲高い鳴き声も。


 見れば、リュックサックがベッドから落ちて、大きく開いた口からアイテムがいくつもこぼれ出ていた。そしてそれに埋もれる形で、ダイフクがひっくり返っている。


「あっこら、ダメでしょイタズラしたら!」

 ちょっと前まで丸まって寝てたはずなんだけど、いつの間にか起きていたみたい。ともあれ、あたしは慌てて駆け寄るとまずダイフクをベッド上に移動させて、散らばったアイテムの状態を確かめながらリュックサックに戻していった。


「わしらが話に夢中じゃったけぇ、退屈したんかのぉ」

 苦笑いでオルフェも手伝ってくれる。


 回復薬や、MP回復用のポーションなんかが入ったガラスの小瓶。良かった、割れたりヒビが入ったりしたものは無いみたい。それから細かいアクセサリー類、巻物系アイテム……あ、これ落ちた衝撃で解けちゃってる。くるくるっと巻き直して――


「ん……?」

 すると、その様子を見ていたオルフェがふと真顔になって、考え込むように下を向いた。


「どうかした?」

 あたしが聞くと、彼はあごに手を当てたまま呟いた。

「いんや、ちぃと思い出した事があっての……」

 それからみんなを見回す。ちょうど全て仕舞い終えたあたしも、何を言うのか注目した。

 

「クローヴィスさん、セレフィエルの力を強化させる言うて、自作の巻物を用意しとったじゃろう?」

 そう言われて、あたしの脳裏に昨日の夕方の出来事が蘇った。ヘルマレ洞から帰った日の宿屋のロビーで、クローヴィスさんが話してたんだっけ。


「あー、だな」

「あの訳の分からない巻物ですか?」

 ジタンとシグレの二人も頷く。


「巻物?」

 その隣で、唯一事情を知らない遮楽が聞き返した。あたしは輪の中に戻りつつ説明する。

 

「うん。セレフィエルの力が手に入ったら使いたいって、なんかすっごい複雑そうな魔方陣が描かれてる巻物を用意してて……その内容が、えー、何だったっけ?」

「魔力の増幅と拡散じゃ」

 

 顔を向けると、すぐに補足してくれるオルフェ。


「古代語で書かれた高度な魔方陣じゃった。自分なりのやり方で、森の浄化に役立てたいっちゅう風に言われとったんじゃが……」

 そこまで言ってから、ふと眉をひそめた。


「考えてみりゃぁ妙なんよ、こりゃ」

「へ?」

 まだピンと来てないあたしが間の抜けたリアクションを取ると、彼はモノクルを直して続けた。

 

「仮に、アムルーナの森を荒らした黒幕がその仮面で、クローヴィスさんも手を組んどるとしたらじゃ。それの阻止に動くわしらを、助けようとするんは……明らかな矛盾じゃろう?」

「あ……そ、そっか」

 言われてみればもっともだ。

 

「……これにも裏があるってか」

 厄介そうな表情で、ジタンが金髪を掻き上げる。


「しかし……他ならぬアナタ自身で、巻物を確認していたじゃないですか」

 一方で、シグレが胡坐から立て膝に姿勢を変えつつオルフェに尋ねた。

 

「ほう、じゃの……。ありゃぁ、確かに増幅と拡散っちゅう意味を持つ言葉じゃった」

「それならもはや、疑いようも無いのでは?」

「そりゃぁ……そうじゃが……」

 納得いかなそうなオルフェ。


「う~ん……」

「どしたのみくる」

 そんなやり取りをよそに唸っていると、リーリアが見上げてきた。

 

「あ、いや、別に大したことじゃないんだけどさ……。どうしてクローヴィスさん、わざわざあたし達に前もって、巻物見せたのかなぁって」

 何となく呟いたセリフに、みんなの視線が集中した。そこまで深く考えてなかったあたしは、慌てて両手を振りつつ重ねて言う。

 

「だってさ、何か企んでることがあるなら、何も知らせずに不意打ちでやっちゃった方が絶対良いじゃん?」

「ほうじゃねぇ。見せる事にもなんかしら意図があったんじゃろうか」

 相槌を打ちつつ天井を見るオルフェ。

 

「あれ偽物だったって線は無ぇか? 手の内見せて安心させといて、いざその時になったら別物にすり替えて出すって算段かもしれねぇぞ」

 するとジタンがひらっと片手を上げて言った。確かに偽物と本物二つ用意するっていうのは、ミステリー物のトリックでもよくある話だ。

 

「だったら問題無いじゃないですか。別物かどうか、オルフェが見れば一発ですし。作戦が潰されて、案外切羽詰まってんじゃないですか?」

「そんならええんじゃが、わしが魔方陣の記述を読んだ時、クローヴィスさんの様子は普通じゃったけぇのぉ。後からすり替える気じゃったら、もっと慌ててええ筈じゃ」

 

 そう、シグレとオルフェが応じる中で。

 ――あたしは、頭の片隅でどことなく引っ掛かるものを覚えていた。


 何だろう? もう少しで何か思い付きそうな。会話の中で出たワードが、ぐるぐる回る。

 

 わざわざ巻物を見せた意味……偽物かもしれない……全く違う別物を見せて、まるでそれが本物みたいに……


 本物みたいに……見せかける……!?


「……あ」

 頭の中にふっと、浮かび上がった光景があった。


「いや! やっぱあれウソかもしんない!」

 突然大きく声を上げたあたしに驚いて、全員がこっちを見る。

 

「じゃけどのぉみくる、巻物が偽物じゃったっちゅう可能性は薄そうで……」

「ううん違うよ! 確かに本物なんだけど――あたし達は違うものを見てたかもしれないの!」

「……はい? 何言ってるんです?」

 まるで意味が分からないと眉を寄せるシグレ。あたしは一度息を吸い込むと、はっきり口に出した。


幻影魔法(イリュージョン)だよっ!」

 そして、リーリアにぱっと顔を向ける。

 

「ねっ、リーリア! あたし達、実際にクローヴィスさんが使ってるとこ見たもんね!?」

「ふえ!?」

 

 最初は困惑していたリーリアも……やがて思い出したのか、表情を明るくすると言った。

「……うん! おじちゃんのマボロシ、いた!」


 クローヴィスさんの家に、二人で片付けのお手伝いも兼ねて遊びに行った時だ。

 一番得意な魔法と言って、見せてもらった幻影。触ってみるまで本物と見分けがつかなかったくらい、精巧に作られた“偽物”。


 あれと同じ魔法が、巻物に掛けられていたとしたら――仮に真の内容が全く別物だったとしても、分からないかもしれない。

 

「――そうか」

 一連の話を聞いていた遮楽が、重々しく頷いた。

「確かに、幻影魔法(イリュージョン)は旦那の十八番だ。あっしでも、見破るのは至難の業だぜ」


「……成程のぉ……!」

 ぽつりとオルフェが声を洩らす。

「その幻影を解く事が出来りゃぁ、それこそ動かぬ証拠になるわい。みくる、よう思い出してくれた!」

 

 褒めるような笑顔を向けられて、あたしは照れながら頭を掻く。すると、耳元でかすかに動くような物音。

『ファインプレーじゃないか、みぃ。あんまり停滞してるようなら流石に口を挟もうかと思ったけど、いらなかったな』

「へ、へへ、いやー冴えてるかもぉ」

 

 壁にぶち当たっていたと思われた状況に、これで少し光が差した。口元に手を当てて考えていたオルフェが、改めて場を見回す。

幻影魔法(イリュージョン)への対抗策は……ある程度心当たりがあるわい。明日の夜までに何とか準備せんとの。じゃけどもう遅いけぇ……みんな、もう寝んさい」

 

 そして、いつもの人を安心させる穏やかな笑顔を浮かべた。

 

「大丈夫じゃ。きっと、解決できるわい。そしたら――クローヴィスさんにも、改めて話を聞いたらええ」

「そっ……そうだよね! 分からないままじゃ終われないもん!」

「違ェ無ェ。旦那一人に、何もかも背負わせる訳にゃいかねェや」


 決起するみたいに全員が頷く。こうして、深夜の秘密会議はお開きになり――

 とうとう、次の日の朝を迎えた。


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