9.寿司屋で父に「音庭ビート(仮)」を報告する
同級生の家の寿司屋から始まる物語。
# 寿司屋で父に「音庭ビート(仮)」を報告する
学校から帰って、大音量でギターの練習をした。すると、久々に父が早く帰ってきて言った。
「今日は、みんなで寿司を食べに行こう!」
家族4人で近所の寿司屋に行った。この店は、地元の同級生の家がやっている店で、家族で外食というと、この店に来ることが多い。
「へい、いらっしゃい! 鈴木さん、いつもありがとうございます!」
同級生の父親である大将が威勢のいい声で迎えてくれる。
テーブル席に座り、父さんが適当に握りを頼んでくれた。店内は近所の家族連れで混み合っていて賑やかだった。
「お兄ちゃん、今日はずいぶんギターの音大きかったね。なんか良いことあったの?」
卵焼きを頬張りながら、妹のアヤカが聞いてきた。昼休みのカセットテープ巻き込まれ事件のせいで少し落ち込んでいたものの、やはり「バンド名が決まった」という事実は、僕のテンションを少しだけ上げていたらしい。
「ふふふ。よくぞ聞いてくれましたー」と僕はちょっと得意げに胸を張った。
「実は今日、ついに俺たちのバンド名が決まったんだ。(仮だけどね)」
「えっ! 本当!? 何ていう名前なの?」
一番食いついてきたのは母さんだった。
「発表します。僕らのバンド名は……『音庭ビート』です!」
「……おとにわ?」
アヤカが不思議そうな顔をする。昼間のリョウコと全く同じ反応だ。
「そう。海外の有名なグランジバンド『サウンドガーデン』を直訳して音庭。そこにビートを足したんだ。カッコいいだろ?」
「なんか、お庭のお手入れをする人みたいだね!」
アヤカが無邪気に笑う。やっぱりそういう感想になるのか。
「お母さんは素敵な名前だと思うわよ。音の庭なんて、すごくロマンチックじゃない!」
母さんは両手を合わせて目を輝かせた。
「お母さん、初ライブには絶対に一番前で応援するからね! 今から『音庭ビート』って書いた大きなウチワでも作っておこうかしら!」
「や、やめてよお母さん! 恥ずかしいから絶対ウチワなんて持ってこないでよ!」
「ははは、お母さんは、昔、若い頃、アイドルの追っかけやってたって言ってたね。」と、アヤカも楽しそうに笑った。
ちょっと前に感じた嫌な予感が現実味を帯びてきて、僕は顔から火が出るかと思った。相変わらず母さんは熱烈すぎる。
「いいじゃない! 家族なんだから全力で応援するわよ!」
その後も、母さんが一人で盛り上がっている横で、父さんは黙々と鉄火巻きを食べていた。仕事には厳しい父さんだから、高校生がバンド活動にうつつを抜かすのを良く思っていないのかもしれない。僕は少し緊張して、父さんの様子をうかがった。
父さんは湯呑みでお茶を一口飲むと、僕の方をちらりと見た。
「……音庭ビートか。」
「あ、うん。まぁ、まだ仮なんだけどね……」
僕は言い訳をするように視線を逸らした。しかし、父さんはそれ以上小言を言うわけでもなく、ただ一言、短く言った。
「……頑張れよ。」
「えっ……?」
「やるからには、中途半端な真似はするなよ。しっかりやれ。」
言葉少なめだったが、その声には確かな温かさがあった。父さんなりの、不器用な応援だと分かった。
「うん! もちろん!」
僕は力強く頷いた。
まだまだギターも始めたばかりだし、練習も全然足りていない。前途多難なのは間違いない。
でも、家族からの応援(一部熱烈すぎるけど)をもらって、僕の心の中には、またふつふつと情熱が湧いてくるのを感じていた。
## 帰宅後の特訓と妹
家に帰ると、僕はまっすぐに自分の部屋へ向かった。
父さんの「中途半端な真似はするな」という言葉が、胸の中で熱く燃えていた。昼間のカセットテープ上書き事件のショックなんて、すっかり吹き飛んでいた。
「よし、やるぞ!」
僕は愛用のギターを手に取り、アンプにシールドを繋いだ。スイッチを入れると、「ブチッ」という頼もしいノイズが鳴る。
昼間にスタジオで合わせた感覚を思い出しながら、必死にコードをかき鳴らした。テンションが上がっていたせいか、無意識のうちにアンプのボリュームのつまみを普段より少し右に回してしまっていた。
ジャカジャーン! ギュイィィン!
自分の部屋に響き渡る轟音。これだ、この音だ。僕は完全に自分の世界に入り込み、熱血ギターバカの本領を発揮して無心で弾き続けた。
「……お兄ちゃん!!」
突然、背後のドアがバンッと勢いよく開いた。
振り返ると、そこには眉間にシワを寄せ、仁王立ちしているアヤカの姿があった。
「え、なに? アヤカ、ノックくらいしてよ」
「何度もノックしたよ! お兄ちゃんがうるさくて聞こえなかっただけでしょ!」
アヤカはツカツカと部屋に入ってくると、ズバッと言い放った。
「もう、音が大きすぎるよ!今、テレビでやってるドラマ、良い所なのに、ぜんぜん集中して聞けないじゃない!もう、近所迷惑だよ!」
「ご、ごめん……。でも、お父さんに『しっかりやれ』って言われたばかりだし、俺も気合が入ってて……」
僕がギターを抱えたまま言い訳をすると、アヤカは呆れたようにため息をついた。
「お父さんは『しっかりやれ』って言ったの。『近所に響くくらい爆音を出せ』なんて言ってないでしょ!」
ぐうの音も出ない正論だ。小学生の妹の方が、よっぽど冷静で大人だった。
「わ、わかったよ。ごめん。アンプの音は絞るから……」
「まったくもう。情熱があるのは良いけど、周りの迷惑も考えてよね!」
プンスカと怒りながら、アヤカはバタンとドアを閉めて出て行った。
僕はアンプのボリュームをギリギリまで絞り、なんならアンプの電源も切り、ペチペチというエレキギターの生音だけで練習を再開した。
「……まぁ、中途半端な真似はしないけど、音量はホドホドにってことだな。」
家族の応援と、容赦ない妹のクレーム。
ニルヴァーナのカート・コバーンにも、家族が居たんだろうけど、彼がギターの練習をしていた時、音がうるさいって怒られること、あったんだろうか。天才の子供の頃は、どんなだったんだろう。
幸せな家庭で育っている僕が、カートの複雑な家庭環境について知るのは、大人になった後だった。彼の両親は9才で離婚しており、父は再婚して継母や連れ子との生活が始まりますが、これが彼にとって大きなストレスになり、逃げるように音楽や絵に打ち込むようになったそうだ。それでも、ギターの音で家族から怒られたりしたんだろうか。大人になってからも、故人を偲んで、時々考えるのだ。
お母さんが熱烈すぎて引いてしまう件。




