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新秩序 -New Order-  作者: 不覚たん
零号事件編

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方向性

 ハイエナどもがハケると、ようやく落ち着いた時間が戻ってきた。

 天愛羅はストローからコーラをすすり、やや不満げに口を開いた。

「やっぱ受けるんすね……」

「行けそうだからな」

 ひとりなら絶対に受けなかった。しかし状況が変わった。

 三郎はピーナッツをビールで流し込む。

 ちまたではしきりに若者のビール離れが喧伝されるが、ここではそんな現象は起きていない。やたらと冷やして飲むような味の薄いものとは違い、ここのビールはコクもあるし個性もある。クリアとは真逆。ほんのりとした苦味とあまみが混じり合い、芳醇な味わいとなって流れ込んでくる。古き「飲むパン」のスタイルだ。

 かくしてビールをがぶ飲みする三郎を、天愛羅は怪訝そうに見つめている。

「酔ってます?」

「酔ってない。べつに正常だ。なんだよ。なにか意見でもあるのか?」

「いや、そういうわけじゃないですけど……。それってあたしも参加していいんすよね?」

 参加する気でいる。

 三郎は遠慮なく溜め息をついた。

「ふざけんな。お前は留守番だ」

「えーっ? でも十億ですよ? いくらかシェアしてくれてもいいじゃないですかぁ」

「役に立つならな。だが、いまのお前じゃ足手まといにしかならない」

「待ってくださいよ。あたしだってあれから成長したんすから。また模擬戦してくださいよ。エアガンだって買っちゃったし」

 店で貸し出しているのだから、わざわざ買う必要はない。自宅での訓練に使っていたのかもしれないが。しかしエアガンを買ったくらいで急成長するなら誰だって苦労しない。

 とはいえ、この女が説得で諦めるとも思えない。

「分かった。じゃあ模擬戦な。そのとき俺に一発でも当てられたら連れてってやる」

「ホントに!?」

「けど一発も当たらなかったら、素直に引退しろ。お前になにかあると、俺が姉貴に八つ裂きにされる」

 実際、いちど八つ裂きにされたことがある。生きているのが不思議なくらいだ。

 天愛羅はやや迷ったようだが、意を決した様子で身を乗り出した。

「分かりました! やります! 絶対に一発当ててみせますから! あ、そういえばこないだ映画観てて、面白い撃ち方見つけたんすよ。デルトロ撃ちっていうんすけど。三郎さん、知ってます?」

「知らないが、映画なんか参考にするなよ。危ないから」

 映画を作っている人間も、必ずしも分からないから無茶をやらせているわけではない。実用的でないと分かった上で、演出を優先させているだけだ。実戦でやったら、それこそおかしなことになる。

 天愛羅はしかしうなずかない。

「いやいや、かなり行けそうなやつですから。見たら驚きますよ?」

「勝手にしろ」

「あ、信じてませんね? はいはい。いいですよ。絶対にぶち当ててみせますから。そのとき謝ったって遅いですからね」

「……」

 よほど自信があるようだ。しかしどんな人間も、ひとりのときは行けそうな気がするものだ。そして敵もまた、自分では行けそうな気がすると思っている。どちらが上かはぶつかってみるまで分からない。慢心したら死ぬ。


 *


 翌日、模擬戦が始まった。

 平日だというのに天愛羅は来た。留年してでも作戦に参加したいようだ。

「いつでもいいですよ! 始めてください!」

 ジャージ姿にゴーグルとエアガンという遊びのような格好だが、こんな訓練でもしないよりはマシだ。

 三郎はうなずいた。

「よし。じゃあ前回と同じ要領でいくぞ。建物を探索しつつ、ダミーを撃ちながら前進しろ。俺に当てたら合格。できなきゃ引退だ」

「はい!」

 返事がいい。本当に引退してくれるのだろうか。

 三郎は半信半疑のまま、アスレチックエリアの奥へ向かった。

 ちょっとした街を模したエリアだ。通路は路地裏のようにゴミゴミしており、二階建てのビルが三棟ある。三郎は地面など移動しない。機動力を活かして屋上から屋上へと移動し、天愛羅を急襲する。

「よし、始めろ」

「お願いしまぁーす!」

 かくして模擬戦が始まった瞬間、三郎は前回と様子が違うのに気づいた。

 天愛羅の居場所はバレバレである。しかし風の流れが普通ではなかった。少しでも風を操ろうという意志が見られた。

 警戒しすぎではあったものの、彼女は壁を背にし、物陰にも注意を配っていた。もちろんただ用心しているのではない。風を使って探っているようだった。

 三郎はエリア全体の空気の淀みを把握している。少しでも人為的な干渉があれば分かる。まだ微弱だし、コントロールも雑だが、天愛羅はあきらかに風を操っている。

 彼女はビルに入り込んでエアガンを撃ち、二階の窓から周囲を警戒した。

 三郎はその対面のビルの屋上にいるが、気づかれていない。あえて撃たなかった。もう少し様子を見ようと思ったのだ。

 天愛羅は移動を開始した。

 前回のように、大はしゃぎで撃ちまくっていた素人とはまるで別人だ。もちろんまだ未熟だが、確実に成長している。

 緊張で過呼吸になっているのか、天愛羅は消耗しているようだった。しかし周囲を確認し、なるべく通路に身を晒さないよう移動していた。

 三郎はその背後に着地して、エアガンを撃ち込んだ。

「あいたっ」

 そして彼女が振り向いたときには、もうその場から移動している。

 前回なら、彼女はそこで苦情を言いながら無闇に発砲していたところだ。が、今回は違った。すぐさま物陰へ身を潜め、空気をまさぐって三郎の居場所を見つけようとしていた。

 でんでん虫のツノのようなものだ。三郎が壁にBB弾を撃ち込むと、彼女はひっと息を呑んでセンサーを引っ込めた。

 そして硬直。

 天愛羅はじっと息を殺している。

 用心深くなったのはいいが、今度は引きこもるようになってしまった。これでは防戦一方となる。

 この状況、もしひとりならピンチとしか言いようがない。しかし仲間がいる場合は状況が違ってくる。この戦闘力の低い女が敵の攻撃を引きつけてくれれば、背後から挟撃しやすくなる。

 三郎は声をかけた。

「そのままでいいから聞いてくれ。お前、さっきから風で俺の場所を探ろうとしてるだろ? いいアイデアだ。ただし、漠然とやるな。方向を決めて集中してやれ。ぐるっと周囲を探る感じでやるんだ。そうすれば敵の気配をつかみやすくなる」

「はい!」

 この会話の最中、三郎は自分がつかまれたのが分かった。

 しかし今度は集中しすぎであろう。力みすぎているから、相手にまで伝わるような探り方だ。筋は悪くないが。

 BB弾を撃ち込んで萎縮させ、三郎はその場を離れた。

 天愛羅は言われた通りサーチを続けている。空気がぐねぐね淀みまくるほどに。とはいえこの淀みも同じ風使いでなければ分からない程度だ。

 やがて安全だと判断したのか、天愛羅が出てきた。三郎はその後頭部に一発ぶち込んだ。

「あだっ! 上からっ!?」

「正解だ」

 三郎は着地し、ひゅっと駆けてまた物陰へ移動した。

 天愛羅もまた物陰へ。

「いいか。この業界、空を飛ぶヤツなんていくらでもいる。地面から出てくるヤツもな。常識は捨てろ。あらゆる方向を警戒するんだ」

「はい!」


 *


 かくして模擬戦を続けたが、しかし天愛羅の弾は一発も命中せずに終わった。

「ヤバ……ちょっともう……動けないです……休憩……」

 極度の緊張に加え、風を使いすぎて消耗したのだろう。

 三郎は安全装置をかけて、へたり込む天愛羅に近づいた。

「そろそろ時間だ。ここまでにしよう」

「待ってください! まだやれます!」

「いや、レンタルの時間が……。とにかく今日はダメだ」

「でも……やめたら引退しないと……」

 汗だくになりながらも、天愛羅は呼吸を繰り返していた。なんとか体を回復させようとしているのだろう。

 三郎はしかし背を向けた。

「引退は延期でいい。上で反省会やるから、着替えてくれ」


 *


 コーラをおごってやると、天愛羅はすぐに元気になった。

「ぷはぁーっ! いやー、いいんすか引退しなくて? まあ三郎さんなら分かってくれると思ってましたけど! どうです、あたし? かなりヤるようになったでしょ?」

 回復するにも限度というものがあろう。

 三郎は顔をしかめた。

「あのネギトロ撃ちってのはどうなったんだ?」

「いやいや、全然ダメですよ。ダミー人形に試したら指痛くなっちゃって。姿勢も固定されちゃうし。もうやらないです」

「そうか……」

「でもだいぶ上達しましたよね? あたし、もしかしてセンスあるのかも、なんて」

 センスは皆無ではない。

 鍛えれば、防御の役には立つかもしれない。攻撃面で使うのは厳しそうだが。

「風を使って敵の居場所を探るのはいい。極めれば生存率もあがる」

「でしょ? 思いついた瞬間、これだって思いましたよ。あたしそういうの考えるの得意なんで」

「……」

 メンタルの回復が早すぎる。というより、ダメージを負ったこと自体を忘れているかのようだ。

 彼女はコーラをすすり、こう続けた。

「三郎さん、ジャンプするときも使ってますよね? アレ、あたしもやりたいです。バレーに応用できたらスタメン入れたのになぁ」

「着地にも使えるぞ。あんまり高すぎると足やるけどな」

「ヤバ。それ駅のホームで転落したときに使えそう」

「そもそも転落するな」

「たとえですよ、たとえ! けど、出来ることいっぱいだなぁ。なんでもっと早く覚醒しなかったんだろ」

 他界からエーテルが流れ込んできて、多くの人間がなんらかの能力に覚醒し始めていた。だから能力はなかば公然と存在するようになった。

 この時代ならいい。

 しかし少し前まで、世間からは忌避されるような存在だった。三郎にしてみれば複雑な気持ちだ。

「喜ぶのはいいけど、大学はちゃんと行けよ。留年したらクビだからな」

「えーっ! あたし、ここでランカーになるつもりなんですけど!」

「大学出てからでもいいだろ、そんなの」

「時は金なりって言うじゃないですか。だって今度の仕事、億単位ですよ? こんなチャンス、逃すわけにはいきませんよ!」

「いや、お前は留守番だぞ」

「えーっ! なんで? 模擬戦に合格したのに!」

「合格じゃない。一発も当ててないだろ。引退を延期するってだけの話だ。それともホントに引退したいのか?」

 頭がおかしくなりそうなポジティヴさだ。

 しかしやる気のあるヤツは逆に危ない。前向きな勇敢さで命を落とした連中を、三郎は山ほど見てきた。大事なのは強さと、その強さを過信しない精神だ。彼女にはそのどちらもない。アクセルもブレーキも弱すぎる。

 天愛羅はふてくされた顔でコーラを飲みきった。

「分ぁかぁりぃまぁしぃたぁ。留守番しますぅ。や、もういいんで。あたしがもっと成長すればいいだけの話ですし。でも次は出ますから」

「こいつ……」

 パートナーは必ずしも強くなくていい。

 前に山野という男と組んでいた。射撃はヘタクソだったが、自分の実力をよく理解していた。フロントを三郎に任せ、自分は後方から支援しつつ状況を判断するタイプだった。

 なんでもいい。なにかしら持っていれば。そして互いに補い合えれば。

 天愛羅がそういう存在になれば一緒にやれる。しかしそうでないのなら、やはり引退させたほうがいい。無謀で死ぬのは誰のためにもならない。


(続く)

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