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新秩序 -New Order-  作者: 不覚たん
検非違使編

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58/67

ファントムペイン

 ニューオーダーへ戻ると、すでに白鑞金の私物は回収されていた。ロッカーにはネームプレートさえない。死亡した職員の痕跡は、すぐさま抹消される。おそらくは住居も解約され、明日にはもぬけの殻になっていることであろう。

「ご苦労だった。報告は聞いている。今日はもうあがっていい」

 課長の源三は、そう声をかけた。

 彼も白鑞金と同じく、数年前の生き残りだ。仲間の死に動揺していないはずもなかろう。それだけに言葉は少なかった。

 犬吠崎は「じゃあお先に」と帰った。

 弓子は動けなかった。

 なにが起きたのかは分かった。しかしあまりに納得がいかない。たしかに検非違使庁は、例の非人道的な技術を見張っていた。そこに国外から金が入ってきて、雇われたフラッシュバムが爆破事件を起こそうとした。だから処分する。そこまではいい。

 問題は、なぜ白鑞金が死んだのか、という点だ。

 ほとんど自殺だった。

 彼は、なにかを闇に葬り去ろうとしていた。


 荒くなった呼吸を整えていると、源三が近づいてきた。

「もう帰れ。命令だ」

「……」

「体調管理ができないようなら、自宅待機を命じることになる」

 つまりは謹慎処分だ。

 その間、検非違使として働けなくなるから、もし謹慎中に行動を起こせば、それはただの犯罪行為とみなされる。事件も追えなくなる。

 弓子は意を決し、こう告げた。

「次の班長、私にしてください」

「ムリを言うな。班長は犬吠崎だ」

「あの人じゃ戦えません。私を班長にしてください」

 これに源三は、虎のマスクの下で片眉を動かした。

「戦う? 誰と戦う気なんだ?」

「敵です」

「その敵が誰だか言えるのか?」

「悪い人間、全員です」

 どうしようもない憎しみが湧き上がってくる。悪人がいるから世界はおかしくなる。そいつらを皆殺しにすれば、いまよりはマシな世界になるはずだ。一刻も早く、ひとりでも多く殺すべきだ。弓子は焦っていた。

 源三は溜め息をついた。

「これで二度目だ。今日は帰れ。話はまた明日聞く」

「はい……」


 *


 弓子は品川の自宅アパートへ戻ると、まずはバッグを放り投げた。

 まだ日は高い。

 ニュースでは、昼間の爆発事件について報じていた。アパートで発生した火災の影響で、埋まっていた不発弾が誘爆したという虚偽の内容だ。さいわいにして被害者はゼロ。

 すべてがウソにまみれている。


 弓子はスーツのままベッドに仰向けになり、まだ明るい天井を眺めた。

 世界がぐるぐる回っているように感じられた。


 アメリカの撤退が遠のいたから、ロシアは黒羽との正式な契約を渋るだろう。となると、状況はしばし膠着することになる。

 あるいは先にアメリカが技術を手に入れ、それで決着がつくか。


 誰が悪人であるのか、弓子は考えてみた。まず、人を好き放題に操る技術でビジネスをするのが悪い。つまりはそれを開発した機構も、黒羽も悪い。そこへ資金を提供するアメリカもロシアも悪い。彼らに協力する連中も悪い。

 協力する連中――。フラッシュバム。そして白鑞金。

 悪人は死ぬ。道理だ。もし生きているなら殺さねばならない。

 想定される敵は多岐に渡る。

 アメリカの手先と化した剣菱、つまりは警察、あるいは警察と癒着するザワニスツ、もっと言えばこの国の政財界エスタブリッシュメント。ヘタすると日本そのものが敵となる。となれば、逆算的に検非違使も敵となる。自己矛盾だ。

 ロシアの手先は東アジア支部の残党。あるいは機構。黒羽。そしてまたザワニスツ。

 ここで末端の組織を潰しても、しかし意味がない。ゲームのプレイヤーたるアメリカかロシアがさらに金を突っ込めば、勢力図はいくらでも塗り替わるからだ。もし潰しても、よそから別の駒が来る。

 弓子という個人が、ロシアやアメリカと戦って勝てるわけがない。だからどこかで妥協し、局所的な勝利を得て満足するしかない。可能なことは限られている。標的を一点に絞るしかない。

 白鑞金を死に追いやった原因を探し出し、復讐するのだ。


 彼は技術の発展に興味があると言った。言い回しは冗談めかしていたが、最後の最後に残したセリフまでウソであるとは弓子も思いたくなかった。

 技術は、機構と黒羽が有している。機構には強制装置があり、黒羽には共感能力の移植技術があることが判明している。

 白鑞金は、そのどちらかの技術に、あるいは両方の技術に、なにかを期待していた。人を操るような不快なテクノロジーに、だ。みずからの命を賭けるほどに。

 生前の白鑞金は、人を好き放題に操りたいタイプには思えなかった。しかし内面は違ったのかもしれない。ドス黒い感情でも秘めていたのかもしれない。


 初めて会ったあの日、白鑞金と犬吠崎は、弓子の父を殺害しようとしていた。弓子はバイクで突っ込んで妨害し、家から持参した刀で応戦した。

 まるでかなわなかった。幼少期から父に鍛えられていたのに、だ。

 白鑞金は強かった。ナイフの直撃を受けて刀を落とした。が、命までは奪われなかった。

 敵として出会った。

 その後、弓子が検非違使で働くことを条件に、父の処刑は延期された。活躍すれば父は助かると思い込んでいた。現場で制止も聞かずに飛び出して、ファイヴに足を奪われた。

 そうして死ぬ気で戦ってきたのに、父はみずから命を絶った。

 戦う理由がなくなった。

 居場所もなかったから、弓子はずっと一班にいた。敵の監視下に。

 白鑞金も、犬吠崎も、しかし敵というにはあまりによそよそしかった。父のことをずっと悔いているように見えた。それで弓子に遠慮していた。

 そんなのは、もう、敵とは呼べない。

 まだ庁舎があったころ、白鑞金はよく缶コーヒーをくれた。落ち着くからと。砂糖とミルクの入ったやつだ。自分はブラックを飲むのに。ナメられていると思った。なのだが、飲んでいると少し気持ちが落ち着いた。

 狭い車内でタバコを吸われるのもイヤだった。咳をしながらも吸っていた。長生きできなくて当然だ。

 家族はいなかったようだ。


 *


 翌日、弓子はなにごともなく登庁した。

 やるべきことはもう決めてある。

 犬吠埼とは朝の挨拶だけ交わし、特に会話もしなかった。

 やがて源三が来た。

「おはよう。揃ってるな。まず、一班。犬吠崎を班長とする。今後の方針についてだが、一班は引き続きアメリカを担当、二班はハバキを担当、三班は研修の継続。以上だ。質問はあるか? なければミーティングを終える」

 それだけ告げて、彼は店を出た。

 質問などない。


 犬吠崎が小さく息を吐き、弓子へ向き直った。

「班長になった。これからよろしくな」

「はい」

 弓子の希望は通らなかった。いや、当然のことだ。年齢や序列だけでなく、経験からいっても犬吠崎が班長になるべきなのだ。弓子だって分かっている。

 犬吠崎はやや気まずそうに続けた。

「そんな顔するなよ。俺が間違ってた。もっと君の主張を聞くべきだった」

「私に班長を譲ると?」

「はっ? そんな話はしてないだろ。だが、今後はもっと君の言葉に耳を傾ける。意見があれば聞く。できる範囲でな」

 失ってから気づくのは愚者だ。しかし失ってなお改めないよりはマシと言える。

 弓子はこう応じた。

「では提案します。白鑞金さんは、機構と黒羽の技術に関心を示していました。ですので、その技術がなにをもたらすのか、その裏側を調査したく思います」

「個人的な感傷じゃないといいんだが」

「身内の起こした不祥事について掘り下げることは、今後のためにもなるはずです」

「一理ある。では機構と黒羽の調査を始めよう。俺らはアメリカ担当だが……どうせ回り回ってアメリカも絡んでくるはずだ。だが大仕事になるぞ? ふたりでやるのか?」

 この犬吠埼の質問は、しかし茶番だった。すでに答えが用意されている。

 弓子もうなずいた。

「研修も兼ねて、三班を出します」

「結構」

 すると隣のテーブルから、ペギーも返事をした。

「なんでも言って。こっちはいつでも動けるから」

 先日、あれだけの成果を上げたのだ。次の仕事も必ず成功させることだろう。


 *


 その後、四人でビートルに乗り込み、黒羽麗子の執務室へ向かった。呼び出しがあったのだ。用件の内容までは伝えられなかった。

 執務室には麗子だけが待っていた。

「あら思ってたより大人数ね。適当にかけて」

 白衣にメガネにひっつめ髪という、勤務用の格好だ。

 椅子はふたつしかなかったので、それぞれベッドなどに腰をおろした。

 彼女はやや言いづらそうに告げた。

「先に私の立場を教えておくわ。見ての通り、検非違使庁の保健部に勤務してる。黒羽の主要な研究には参加させてもらえてないから、姉と母の計画についてはほぼノータッチなの。だから私を責めないでね。いえ、別に言い訳してるわけじゃないのよ。きっと知りたいと思って」

 しかしこれが言い訳でないとしたらなんなのであろうか。

 犬吠崎も渋い顔になった。

「それで、ご用というのは?」

「姉を通じて、チャイカが私に接触して来たわ」

「チャイカが? いったいなんの目的で?」

 するとこの問いに、麗子はぐっと眉をひそめた。

「目的なんてひとつしかないでしょ? ザ・ワンよ。いえ、ハッキリそう言われたわけじゃないけど。共同で研究したいって。けどここにある研究材料はザ・ワンしかないわ。妖精もいるけど、そんなの姉のところにもたくさんいるわけだし」

 彼女の主張はもっともだ。本当に妖精の研究が希望なら、姉の亜弥呼と一緒にやればいい。それがここへ来たということは、あきらかに他の目的があってのことだろう。

 ロシアはいま強制装置を所有している。ザ・ワンには共感能力があるから、移植手術ナシでもそのまま使える。政治的な意味は大きい。

 麗子は切羽詰まった様子で言葉を続けた。

「もうここへは置いておけないわ。どこかへ移送したいの。手続きは進めてるのよね? 早くしてくれないと、ロシアに取られるわよ」

 しかし残念なことに、移送先の選定はまだ済んでいなかった。いまや他界とて安全ではない。となると例の南の島が候補となるのだが、いまそこは妖精学会が所有している。

 犬吠崎は溜め息をついた。

「なんとか引き伸ばせませんか?」

「やってるわよ。けど、相手は姉よ? しつこいの。長くは持たないわ。だいいち、この施設だって黒羽の所有だし。その気になれば私の意見なんて無視して持っていくこともできるんだから」

「分かりました。課長に言っておきますから」

 亜弥呼ほどの女ともなれば、麗子さえ押しまくることができるらしい。

 厄介なことになった。

 麗子は目を細めた。

「いまいちやる気なさそうね。もっと深刻に考えて頂戴。ザ・ワンがロシアの手に渡れば、話の筋が変わってきちゃうの。メインは、人間の意識を操作する技術を誰が独占的に契約するのかって話だったのに、また誰がザ・ワンを所有するかって話になっちゃうでしょ? あんなごたごたはもうたくさんよ」

 前回の戦いでは甚大な被害が出た。おかげで東京はまだ回復できていない。

 ここでふっと笑ったのはペギーだ。

「ちょっと違うんじゃない? もし妖精に装置を使うってことになったら、黒羽の移植技術は不要になる。そしたらロシアは機構とだけ契約すればいい。そうなるのがイヤなんでしょ?」

「言いがかりよ。だいいち、あなただって他人事じゃないのよ? 精霊ついてるんだから」

「そうだったね」

 ペギーは半人半妖だ。体内に小さな精霊を有している。しかし共感能力は、あるともないとも言えない控えめなものだった。

 麗子は深い溜め息をついた。

「ダメね。まったく理解してない。黒羽の移植技術は、白鑞金さんも支援してたってこと知ってるでしょ? それとも、もう仲間じゃないからどうでもいいワケ?」

 口を滑らせたのだろうか。それとも本当に分かっていないのか。麗子は話の核心に触れた。

 弓子は思わず立ち上がった。

「白鑞金さんが?」

「あら、聞いてないの? ああ、でも……そうね。あなたには言ってないかもね。ごめんなさい。いまのは忘れて頂戴」

「いえ、ダメです。教えてください。とても気になります」

 すると麗子は、眼前の弓子を避けるようにして、後ろの犬吠埼に尋ねた。

「本当に知らないの?」

「いままさにその件で動いてたところです」

 犬吠崎はあまりに素直だった。

 麗子はこの情報を交渉材料にも使えただろう。が、そうはしなかった。

「あらそう。じゃあ教えてあげる。三角プシケの細胞を使った再生医療の話は知ってる? 彼女の体を使えば、拒絶反応ナシに人体を回復できるの。今回、人間に共感能力を移植するときも、その技術を応用した。まあ、アメリカのはムリヤリって感じだけど」

 だが疑問は残る。

 弓子は先を促した。

「なぜ白鑞金さんはその技術を欲しがったのでしょう?」

「あなたよ」

「えっ?」

「右足、なくなっちゃったでしょ? それを治療したかったみたい。もう時間が経ってるからムリだって言ったんだけど、技術が進歩すれば治るかもしれないとか言って……。つまり、そういうことよ」

「……」

 言葉が出てこなかった。

 あれは自分のミスだ。後ろにさがっていると言われたのに、功をあせって前へ出てしまった。それを白鑞金がずっと悔やんでいたとは、少しも思わなかった。

 麗子は一同へ背を向け、パソコンのディスプレイへ目を向けた。

「とにかく、移送先の選定、頼んだわよ。川崎さんに言っておいてね。人の話ちっとも聞いてくれないんだから」


 *


 まだ明るい都内の車道。

 ほとんど走る車もないのに、かつての名残でやたらと信号機だけが多かった。

 信号待ちのさなか、犬吠崎はビートルのハンドルに寄りかかり、ぽつぽつと語りだした。

「ま、俺は納得したぜ。師匠、たまに足のこと言ってたからな。だからって、まさか黒羽を支援してたとは思わなかったが……。たしかに、ロシアかアメリカが金を突っ込めば、あの手の研究は進むわけだ」

「……」

 ちっとも嬉しくない。それが弓子の率直な感想だ。

 足を失っても生きていける。しかし命を失えば、もう二度と会うことができない。

 こんなことに命をかけて欲しくなかった。

「私が殺したようなものです」

 犬吠崎は溜め息をついた。

「そう言うな。どっちにしろ長くなかった。だから意地を通したんだろ」

「理解できません」

「しなくていい。俺だって理解してない。あの人、肝心なこと言ってくんねーからよ。もう十年の付き合いだってのに……」

「……」

 犬吠崎も悔しいのだ。しかしあえて感情を爆発させず、弓子の攻撃の的になっている。彼も白鑞金と同じ後悔を抱いているのかもしれない。

「犬吠埼さん、私、足のことなんとも思ってませんから。あれは私のミスですし」

「そうは言うが……。もし新人が入ってきて、自分の部下が同じ目に遭ったら、君だって少しは落ち込むだろう」

「……」

「あんまり自分を責めないでくれ。師匠のこともな」

「そうします」

 素直に応じる気になれた。

 先日加入した新人は、素人とは呼べない経験者だった。しかし今後、右も左も分からぬものが入ってきたとしたら。弓子も犬吠崎と同じ感情を抱くかもしれない。あるいは白鑞金と同じことをするかもしれない。


 ともあれ、白鑞金の目的は分かった。

 あとは行く末を見守り、戦うべき敵と戦い続けるだけだ。


(続く)

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