85. 思わぬ味方
「大丈夫そうですね」
『城』の魔動兵器に撃ち倒されていく魔物を見て、話しかけてきたユイさん。彼女に「ええ」と、うなずく。
「なんか連弩の攻撃に生き残る魔物もいるけど……」
「まとっている黒い霧を盾のような形にして、連弩の攻撃を耐える魔物がいるようだね」
ジュナンに答える。
そういうやつは『魔動投石機』の爆石で問題なく排除できていた。
「『パワー・ショット』放ちます!」
ヨシュア君の号令で、『弓兵』の職業を持つ住人から、強力な矢が放たれる。
今はある程度敵を『城』の近くに引きつけているし、あれはもともと飛距離の長い技だ。問題なく敵まで届いている様子。
この距離だと、小さな『魔動速射型連弩』の矢も届く。
大型連弩は槍ほどの大きさの矢を放つが、こちらは普通程度の大きさの矢を一秒に十二発の速度で放つ。
「こちらも、うつぞ!」
ダークエルフ達も、彼らの横で矢を放っている。ジュナンの魔法の矢に飛距離を伸ばす魔法をかけ、それを射ているようだ。
「魔力回復薬です!」
「追加の矢を持ってきました!」
その他の『城』の住人は、必要な消費アイテムを必要な場所へ届ける役をしていたな。魔動兵器の監視役などもいて……
魔動兵器は半分自動で動いてくれるようだが、ほうっておくと全部の矢や爆石を使い尽くしてしまう。人のアドバイスがあったほうが、効率よく動いてくれるみたいだ。
「いざというときの訓練が役に立ちましたね」
ユイさんの言うとおり、人間に攻められたとき、魔物の大軍に襲われたとき……、そういったときの訓練もしていたから。
他の場所でも兵士が配置につき、魔物が『城』のバリアを破ったときの白兵戦の用意や、回り込んでいる魔物がいないかの監視をしているはずだった。
「……ただ、こうやって見てるだけってのは、あんまり慣れませんけどね」
訓練のときも思ったのだが、ただ立ってるだけってのは。
最初の命令以外は、『城下町』にした隣国の村の様子を見て、バリアを展開したぐらいしかしていない。
俺も、魔動兵器に魔力を込めたり、矢を届けたりしたい……
「トーマさんは司令官だし、魔動兵器の矢や爆石を補充する役目があるからな」
ジュナンの言う通りなんだよな……。そんな能力が『城主』にはあった。
魔力を使って、兵器の矢などを補充する能力は、魔物狩りをしていたときに目覚めた新しい能力だ。
他にも、魔力を投石機などに込めたとき、爆石などの攻撃力を高める『城主』だけの能力。それも強化されていた。
「魔力回復薬も材料があまってヒマだったときに大量に作ってあるし、このままなら問題なく魔物を一掃できるんじゃないか?」
ジュナンの言う通りだと良いんだが、ひとつ気がかりがあるんだよな……
「きゅっ!」
俺の不安に応えるような、ウニの警告の声。
「トーマ、あそこ! 姿が変わってるけど、来たみたいだよっ!」
「あれか? 肌が、黒っぽい木の皮のようになっている」
黒い木が、そのままダークエルフの形になったような生き物だ。
周囲をまとわりつく影のようなものが他の魔物に比べて多いことから、そう判断した。
「魔力の波動を隠していない! あいつがゲルグだ!」
近くにいたエルナーザさんが、推測を肯定してくれた。
「あれが『魔王』か……」
こいつの存在が不安だった。
「放て!」
ダークエルフ達がいっせいに、魔法の矢を使ったが。
「まったく効いていないな」
彼の前面に、大きな半円形の目に見えない盾でもあるのか、全ての攻撃がはじかれている。
「あの目に見えない盾……バリアかな? だんだん巨大になっているみたいだけど」
「後ろにいる魔物を、矢や爆石から守るつもりだろうな」
ジュナンに答える。
魔物たちが、彼の後ろに集まっていた。
盾がイェタの『城』ほどの大きさになったようだ。ゆっくりと、こちらに歩いてくる彼。
「ニヤついているな……」
何が楽しいのか。こちらの攻撃が彼に届かないことが楽しいのだろうか。
「なら、これはどうだ?」
俺が魔力を込めていた『魔動投石機』。それに爆石を投げさせた。
爆発音――
「防がれたか……」
魔力を込め、爆発力を強化していたのだが。
「……でも爆発したのは、見えない盾のところじゃなかったぞ」
「空中で魔力を当てて爆発させていた! 前見たときよりも威力が格段に上がっているな! 警戒している! もっと撃ってくれ!」
ジュナンが俺の言葉に答え、エルナーザさんが、爆発力を強化した爆石の発射を促す。
敵は見えない盾に爆石が当たるのを恐れたようだ。
ゲルグからも何か赤い光の弾が飛んできたが……
「ダメージはあったけど、耐えられそう!」
こちらのバリアには問題がない様子。
いまいましそうな顔をして、こちらに向かってくる彼。
投石機からの爆石を当てようとするのだが、俺が魔力をこめた攻撃だけ、空中で爆発させてくれる。
「神器をわたせ! そうすれば苦しめずに殺してやる!」
近くに来たゲルグの言葉。魔法でも使っているのか、『城壁』の上と下という距離、そして爆発音の中でもハッキリと聞こえる声量だ。
「誰が!」
返答代わりに爆石をお見舞いするのだが、防がれた……
「我がもとに来い!」
ニヤつくヤツの手に、どこからか槍があらわれる。
召喚魔法か?
「気をつけろ! 槍に異様な魔力が集まっているぞ!」
ダークエルフの警告。
「爆弾を投げてください!」
急いで、兵たちに、用意させていたジュナンの爆弾を投げさせる。
魔術を打ち消し、魔法を使えなくする爆弾だが……
「ダメだ! 効果がない!」
「魔法を打ち消す効果が、打ち消されている!」
ダークエルフ達の悲鳴。
「来るぞ!」
エルナーザさんが警告し、魔王ゲルグが手に持った槍を投げた。
「突き刺さった!?」
空中でバリアに突き刺さったままの槍。
今まで見えなかった『城』のバリアにヒビが入っていく――
「ゲルグから槍に、魔力が流れ込んでいる! 大元を倒せ!」
ヒビが拡大しているのは、ゲルグが槍に魔力を流し込んでいるからなのか。
魔法を打ち消す爆弾を投げたり、エルナーザさんの指摘に、皆がゲルグを狙うのだが……
「ぜんぜん効果がないのかよ!」
目に見えない盾も、大半の方角を覆っているようだ。
攻撃は防がれ、俺が魔力をこめた爆石も軌道をそらされた。
「……でも盾は小さくなっているみたいだぜ」
ジュナンの指摘。
確かに、槍に魔力を流しているせいかな。
見えない盾は、ヤツと、その周囲数メートルを守る程度。
今や大半の魔物たちが、こちらの兵器の効果範囲だった。
ただ、できれば魔物は放って、魔王ゲルグだけを攻撃したいのだが……
――ドン! という爆発音。
「何だ!」
「生命力を使った魔物の自爆だって! 魔王の近くにいる魔物はこれができるみたい! バリアを壊せるように調整もされているよ!」
魔物たちは、変な影をまとっていた。その能力の一つだろう。バリアに取り付いて、それを壊そうと自爆をしている様子。
バリアを壊せるように調整したのはゲルグ自身だろうか。村にいる魔物が、これをできないのは幸運だが。
「バリアに取り付こうとする魔物を狙ってください!」
すでにそうしているから、意味のない命令だ。
それに他にも問題があるんだよな……。連弩の射撃に耐えられる魔物が、だんだん増えているのだ。
能力に慣れたのか、まとっている影を盾のような形にして、身を守れるものが増えてきていた。
バリアのヒビも、どんどん広がっていて……
「あきらめろ!」
こちらの苦悩を知るかのように、やつがにやけた顔で語りかけてくる。
人々の苦しみを糧に生きるそうだから、こちらの苦しみを楽しんでいるのかもしれないが……
どうするか。
悩んでいると、イェタの明るい声が聞こえてきた。
「トーマ! 兵器のコントロール権を借りるよ!」
疑問に思う間もなく、連弩や投石機のゲルグへの攻撃が止まる。
「何を――」
驚いて、彼女に問いただそうとしたときだった。
ボゴーン、という音。
「魔動タンクか!」
ゲルグのすぐ近くに、大地の下から数十台の魔動タンクが現れたのだ。
トンネルが開いたままだから、地面をモグラのように進んできたのかもしれない。
魔動タンクはゲルグに襲いかかろうとする。だが……
「ダメだったー……」
しょんぼり声のイェタ。
魔動タンク達は周囲の魔物に攻撃され、最後に魔王ゲルグの魔法を受けて全滅してしまった。
「……でも、なんかゲルグの動作がおかしかった気がするな」
「異様にあせっていた……」
「槍への魔力注入も止まっていた」
ダークエルフ達も同意見のよう。
「……そういえば魔動タンク達も、魔法を邪魔するような能力を持っていたな」
そんな記憶を思い出すが。
「あれ、もともとは魔王対策の機能なんだって!」
そんな情報が来てしまった。
「イェタ……魔動タンクの中央管理施設は、どうなってるんだ?」
たしか時間をかけ、『城』の施設にしている最中だったが。
「まだ終わってないよ! 途中だけど、無理やり外に出せるみたい! ポイントでの魔動タンクの生産とかもできる! 他のところで、ちょっと問題は出るかもだけど……」
それは、しかたない。
「味方の魔動タンクが出せるなら問題ない。出してくれ!」
「わかったー!」
彼女がピッと指を差した。




