06. ギルド長
「こっちが肺の病気に効く薬草で……、おっ、これは疫病の予防薬になるのか」
翌日、朝食を終え――
俺は中庭の薬草園で、図鑑片手に薬草の採取を行っていた。
どれが品不足の薬草なのかわからない。
なので適当に、多くの種類を、町へと持っていくつもりだった。
「いいのあったー?」
庭の真ん中にある池、その小さなハスの上を飛び跳ねていたイェタが、こちらに歩いてくる。
彼女の足に、銀貨八枚のネムラール草とか、金貨二枚のコビトビ草とか、銀貨二枚のトネコ草とかが踏まれているのが気になるものの、この薬草園、足の踏み場もないほど草が生えていて、それが全部薬草みたいだからな。あきらめるほかない。
まあ、イェタは池から飛び出た小さなハスの葉に乗れるほど体重を軽くできるみたいだから大丈夫だろうか。
むしろ薬草にとっては、俺のほうが脅威だろう。体重を軽くしたりはできないから。
近づいてきたイェタに、布の袋……その中に入れた薬草を見せる。
「とりあえず、これを持っていってみようと思うんだ」
ひょい、と覗き込んだ彼女。
「薬草の良い香りがする……。喜んでくれると良いね!」
笑顔を見せていた。
「じゃあ、いってらっしゃーい!」
町へ行く支度をした俺は、イェタに城の入り口で見送られていた。
「町に行く途中、魔物とかを狩ったら、倉庫に入れておくから。お土産に甘いお菓子とかも買ってくるから、危ないことはしないで待ってるんだよ」
「はーい!」
ぶんぶんと手を振る彼女に手を振り返し、町への一歩を踏み出したのだ。
森の中、襲ってきた狼の魔物の群れをどうにか追い散らす。
目の前に現れた、四つ目のイノシシや、角がたくさんある鹿の魔物には襲いかかり、死骸を倉庫にしまう。
戦うと時間がかかりそうな魔物の群れからは逃げ隠れて……
そんな風にして、昼ちょっと前には城近くの町へとたどり着いた。
予定では、薬草をギルドで売って、あと、お土産も買って……
多分、暗くなる前には城まで帰れるはずなんだが。
町の門番にギルドカードを見せ中に入ると、まずは薬草を売るため、冒険者ギルドに向かった。
「あっ、トーマさん!」
ギルドの中、声をかけてきたのは受付の女性だ。
薬草依頼の担当者……、鉱石なんかも彼女だったかな?
前にイェタからもらったカーマ草などを持ち込んだときも、彼女に見てもらった。
その彼女が受付を出て、入り口近くに立つ俺のところまでやってきた。
「この前の依頼人さん、お薬が間に合ったそうですよ! お子さんは、まだ体力的にはかなり弱った状態ではあるみたいですが、多分もう大丈夫じゃないか、と……。トーマさんに感謝の言葉を伝えておいてくださいとおっしゃっていました!」
「そうですか……! それは良かった」
イェタに、良い土産話ができた。
「……ところでトーマさん、また薬草を持ってきてくれたんですか?」
そうだけど……
「どうしてわかったんですか?」
「……珍しい薬草の香りがしましたから」
そうニッコリ笑ってキュッと俺の手を握った彼女。
なんだなんだと思う間に、手が絡み、彼女と恋人つなぎのような状態になった。
よくわかんないけど、美人さんと手をつなげた、と、のん気に喜んでいた俺だったが――
「トーマさんが、今度、貴重な薬草を持ち込んだらお話したいってガルーダさん……ギルド長が言ってたんです。……ついてきてくれますよね?」
質問の形で投げかけられた、その言葉。
ホールドされた俺の左手から、絶対に逃がさねーよ、という彼女の鉄の意思がうかがわれた。
こうして、女性の肉体的接触には裏があることを学んだ俺は、冒険者ギルドの一室で、その長と面会することになる。
「この町の冒険者ギルドの長をしているガルーダだ。ギルド長と呼ばれるのは好かん。ガルーダと呼んでくれ」
「が、ガルーダさん……ですか……」
いかつい短髪の男。
五十代ぐらいだが筋肉質で、素肌にはたくさんの古傷が見えた。
元冒険者がギルド員になり、そこからギルド長になったタイプだろうか。
「君が、例のカーマ草やレドヒール草を持ち込んだ冒険者……、トーマだな?」
「は、はい……」
うなずいた俺に、鋭い眼光を向ける彼。
「……単刀直入に聞くが、あの薬草は、ダークエルフ達から仕入れたものかね?」
ダークエルフというのは、肌の黒いエルフ達……
イェタの城がある森の奥に住んでいるが、別に人間達と敵対しているわけではない。
この国とは、相互不干渉の約束をしていたはずだ。
「……なぜ、そう思われたのですか?」
不審に思って聞くと、ガルーダさんが答える。
「君がカーマ草を売ったときに、誰かから『もらった』というようなことを言っていたそうだ。それが理由の一つ……。また百年ほど前、同じような薬草の不作の年に、彼らからの薬草の供給が影であったと思われること。これが理由の二つ目。――あとは薬草の葉の形だな」
「形、ですか?」
「ああ。野生のものと違い、ダークエルフが育てたものは、虫が食べた痕などもない綺麗な葉ができるらしいのだ。伝聞にあるその薬草の特徴と、君の持ち込んだ葉っぱの特徴が一致しているように思えた」
……なるほど。全然、気がつかなかった。
葉の形がきれいなのは、イェタの薬草園の能力だろう。
ダークエルフが育てるのと同じような、きれいな薬草ができていたようだ。
どう答えるのが、一番イェタに迷惑をかけないか……
そんなことを考えていたのだが、ガルーダさんは、その沈黙を別の意味に捉えたようだ。
「……まあ、言えない理由があるなら無理強いはしない。彼らや、彼らとコンタクトができる冒険者にへそを曲げられても困るからな。……ただ、ひとつ頼みがある」
部屋の隅に立つ薬草担当の彼女に、彼が視線を送る。
「こちらを」
彼女から、俺に数枚の紙が渡された。
「それは供給が足りておらず、価格が暴騰している魔の森の薬草のリストだ。薬がないために苦しんでいる者……死んだ者もいる。うまく手に入れてくることはできるか?」
ガルーダさんの言葉を聞きながら紙をめくると、城の薬草園に生えていたものの名前がかなりあった。
それぞれの薬草について、レドヒール草の葉百枚など、どのぐらいの量が欲しいのかも載っている。
「……えっと、持っていって良いか聞く必要はありますし、全部は無理かもしれませんが。……ただ、薬草を誰がギルドにおろしているのかはわからないようにしていただきたいです」
薬草園もイェタも特殊な存在っぽいから。
変な人間に目を付けられても面倒だ。
俺の要求を「わかった」と受け入れたガルーダさん。
「……ちなみにだが、魔の森の薬草が不足している原因について、君は何か情報を持っているかね?」
「え……、いえ」
俺は首を振る。
「そうか……。……あの森の薬草は、ダークエルフの『巫女』の魔術儀式により、繁殖力を強化されている。その儀式が、今年は行われた形跡がないのだが……」
俺の顔を確認しながら、そんなことを話していたガルーダさんが首を振る。
「……この国は彼らと相互不干渉の約束をしているからか、調べようとすると御上がうるさくてな。もし何かわかったのなら教えてくれ。手を貸せることがあれば、協力しよう」