55. 兵士長
魔物の殲滅を終えた、町の外。
一緒に戦った獣人たちに怪我がないかを確認していると声をかけられる。
「おーい、トーマさーん! 領主であることを知らせるため、これ掲げといたほうがいいだろうって! ユイちゃんが!」
見ると、ドワーフの少女ジュナンだ。旗を持っている。
補佐役の文官、ユイさんが、持っていくように言った旗。それには紋章が描かれていた。この町か、もしくはスカルシア家の紋章だろう。
受け取ろうとすると、近くの獣人が代わりに持ってくれる。
しばらくすると、町の中から兵士っぽい男性が出てきた。カブトなんかに飾りがある。偉い人か?
ユイさんなら、飾りとかから地位を推測できるのだろうが。
「へ、兵士長をしております、ゴーグと申します! 新しい領主様でしょうか!」
その偉い人が、そんなことを聞いてきた。
そういえば地位は、俺のほうが高かった。
たくさんの兵士が見守っているから、第一印象が、ここで決まってしまいそうだ。
しかし、偉い人のような振る舞いのしかたはわからない。フレンドリーにいくか!
「そうです。新領主のトーマ……トーマ・スカルシアです」
よろしく、といって握手をしようとすると……
「助かりもうしたッ! スカルシア様ッ! いえ、トーマ様!」
ひざまずいた彼が、ガシッと、その手を握る。
「まるで子供のころに聞いた『秘術使い』様の伝説を、この目で見ているかのようなご活躍でした!」
「そ、そうですか」
なんか、どんどん握る手の力が強くなっているのだが……
「まさか、ゴブリンごときにやられてしまうのかと絶望したときに現れたあなたの姿! このゴーグ、一生忘れることができないでしょう!」
お、大げさな気もするが……
「い、いえ。俺も、皆さんが助かって、ホッとしましたよ」
「トーマ様ッ!」
なにか感涙している様子の彼。
「わたくしは、わたくしは……ッ!」
感動で打ち震えている彼を見て、どうしようか、と思っているとユイさんがやってきた。
「あっ、トーマ様……と、兵士長もいらっしゃいますね。ちょうど良かった」
後ろにイェタや従魔のウニ、他の獣人たちも連れていた。
彼が兵士長というのは、カブトの飾りなどから判断したのだろう。
「兵士長に、聞きたいことがあります、ちょっとよろしいでしょうか?」
俺から、彼を引き剥がす、ユイさん。
「ゴブリンたちの中に、クワやカマを武器として持ったものがいました……。けっこう錆びていましたが、あれは人が作ったものでしょう。どこかの村が襲われたのですか?」
「いえ! 今のところ報告は上がっておりません! 村の様子を見に、元気な兵の何人かを走らせておるところです。やられたのは、隣国の村の可能性もありますので」
兵士長のゴーグさんが、キビキビとユイさんに答える。
「なるほど。ちなみに、戦闘のときに兵の動きがよくなかったように見えたのですが……、何かあったのですか?」
「はい、それが食料がないせいで」
暗い表情を見せるゴーグ兵士長。
どうやら飢餓状態で、うまく戦えなかったらしい。
「……備蓄が、まだじゅうぶんあると聞いていましたけれど」
「実は、先ほどのゴブリンに食料の輸送部隊を襲われたり、『保存庫』が壊れたりと、いくつか問題が起こりまして……」
「『保存庫』?」
ユイさんの問いに答える、彼。
「はい、秘術使い様が造られたものなのですが」
……『秘術使い』っていうと、スカルシア家の初代か。
『聖剣の英雄王』と同時代の人物だから、年代ものだな。
「なーなー、兵士長さん、兵士長さん」
彼をつっつく、ジュナン。
ヨロイの隙間を、的確に狙っている。
「それって、もしかして魔道具なのかな! どんな風になっているか見たいんだけど!」
「スカルシア様が……トーマ様が、よろしいなら」
つっつかれるたびに身をよじらせながら、そう答えた。
「トーマさん!」
ジュナンは、魔道具について詳しい……
「かまわないよ」
むしろ、こちらからお願いしたいぐらいだ。
そう思って、うなずいたら、「ひゃっほーい!」と喜んでいた。
俺はゴーグ兵士長を見る。
「俺たちは、食料を持ってきています。兵士や町の方に、なにか食べるものを出しましょうか?」
「それは、ありがたいのですが……、その……食料はどこに」
……そういえば、食料は『倉庫』の中だ。
荷物はあんまり持っていないから、兵士たちや町の者たちに行きわたるほどの食料があるようには見えない。
「ここです!」
あわてて『倉庫』から『米俵』というのを一個、取り出した。
「おおっ!?」
驚いているゴーグ兵士長。
「これは……」
「『おこめ』という名の、食材です」
ポイントで、調理場のレベルアップというのをしたのだが、そのときに定期的に支給されるようになっていた食材だ。
大量の水や、その他の食料と一緒に『倉庫』に入れ、全て持ってきた。
「い、いえ、私が不思議だったのは、こんな大きなものが、いきなり空中に現れたことでして」
ああ、そっちか。
イェタも、でっかい岩を出したりしていたのだが、あれは魔法か何かとでも思われているのかもしれない。
しかも、俺のすぐ横で出していたから、あれも俺がやったと勘違いされている可能性もあった。
「えっと……、魔法みたいなので、こういう物品の出し入れができるんです」
「そんな魔法が……!」
感涙の目で、こちらを見てくる彼。
「トーマ様……ッ! あなた様こそ『秘術使い』の後継者!」
地面に、ひざまずく。
「見る目のない、愚かな私をお許しくださいッ! 実は、わたくしめは、スカルシア家を嫌っておったのです!」
頭を深く下げる、彼。
「トーマ様! そして、このゴーグの忠誠を! どうか、どうかお受け取りくださいーッ!」
と、そんなことを言われたんだが……
俺、スカルシアの人間じゃないし、この能力もイェタのものなんだよね。
罪悪感があったが、『城』を神器だと思わせにくくするため、注目をイェタに集めないためでもあった。
自分に言い聞かせながら、忠誠を受け取ることを伝え、手を貸す。そして、彼を地面から立たせたんだ。




