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49. ある貴族の終わり

Side: ユモン・スカルシア


 森に張ったテントの中。

 ユモン・スカルシアは部下からの報告を聞いていた。


「ユモン様。集めた傭兵達に食事を配りました」


「そうか! 問題はないな」


「はい。みなが食事を口にしているかと」


 それを聞き、笑うユモン。


 食事には霊薬を混ぜてあった。


 飲んでしばらくすると頭が回らなくなり、しだいに戦いを熱望するようになる霊薬だ。

 身体能力も上げてくれる、兵士を作るスカルシア家の秘薬だった。


 これから森の中の『城』を攻めるつもりだ。傭兵たちは、そのことを説明したときに乗り気でなかった。これで彼らも、よく戦ってくれるはず……


「あとは戦闘に勝ち、薬草を持って帰るだけか。くそ、七つの群生地をつぶしたぐらいで、なんでこんなに苦労せねばならんのだ」


 恐喝などをおこない聞きだした、薬草の群生地の場所。

 彼は、そこで薬草を刈りつくし、複数の群生地を消滅させている。


 この行動が、薬草不足の深刻化を招き、王族達の怒りを買った。


 怒りを解くため、どこかから新たな薬草の供給場所を見つけなければならない。

 国の王族達から言い渡された期日まで、少し時間がなかった。


「ユモン様、そろそろ行軍を再開させても大丈夫かと」


 新たな部下がテントに入ってきて、彼に伝える。


「そうか。では、行くぞ。薬草と、私の『城』を手に入れるのだ」


 ユモン・スカルシアは立ち上がる。


 森の中にある不思議な『城』。それは、新しく配下となった、ダークエルフ達から聞いた情報だ。

 その『城』には、いくら薬草を採っても尽きることがない薬草園があるとか。


 他の不思議な力もあるかもしれない。あの()ダークエルフ達も興味を示していた。

 貪欲な彼は、薬草と一緒に、その『城』も奪うつもりだった。


 テントの外に出る――


 彼が与えた霊薬の影響で、一部でケンカが起こっている。

 効果が早くに出たものがいたようだ。


「騒ぎを起こしている者を捕らえ、懲罰を与えよ」


 部下が命令に従い、駆け出していくのを満足気に見てから、彼は配下の魔術師の元へと向かう。


「調子はどうだ」


 大人の顔ほどの大きさがある、羅針盤のようなものをジッと見つめる魔術師。

 ダークエルフ達から献上された、人よけの結界の場所を見つける魔道具だ。


「はい、いただいたアイテムにも問題は起こっていないかと。……あの方から教えていただいた魔術も素晴らしかったですが、この魔道具も素晴らしいですね」


 うっとりと魔道具を見る魔術師。


「……二人のダークエルフのうちの片方だな。自ら天才を名乗るだけはある」


 どうせわからないだろうと、褒美として見せた、スカルシア家が保存していた古文書の写本。


 そのダークエルフは、そこから初代『秘術使い』が使った魔法を復活させたりしている。


「あいつの魔法も、魔道具も役に立っている」


褒めている彼だったが、どこか苦々しい顔だ。


「……また、褒美を要求されないといいのだがな」


 そんな心配をする彼は、強欲な性格だ。部下に物を与えず、他人に八つ当たりするような性格でもある。


 ユモンと付き合い、彼に嫌気が差したダークエルフ達は、理由をつけて今回の行軍には参加していない。


「ユモン様、傭兵達の騒ぎを収めました」


 傭兵たちへの懲罰を終えた部下が、戻ってくる。


「よし。では、城へと向かおうか」


 人よけの結界を指し示す魔道具を頼りに、傭兵たちを移動させる。


「ユモンさま! あそこが目的地……の、はずなのですが」


 途中から勢いがなくなる魔術師。


「何もないではないか」


 森の中にポッカリと開いた空き地に入り、ユモンが吐き捨てる。


 どこにあるかがハッキリわかれば、人よけの結界は効果がなくなるはずなのだが……


「そういえば、ダークエルフから、『人よけの結界を指し示す魔道具に関して、何か対策がとられているかも』とも聞いていましたね」


 魔術師は彼らから聞いた話を思い出す。


波長()の似た『できの()()人よけの結界』と、『できの()()人よけの結界』の二つが近くにあると、この魔道具はうまく働くなってしまうのだとか」


「たしか、『できの()()ほうの結界』だけしか探し当てられなくなるとか言ってましたね」


 そう言ったユモンの部下に、魔術師はうなずく。


「ここに『できの悪い人よけの結界』を作って、城の『人よけの結界』を隠したんでしょう」


 エルナーザが新たに作った結界だ。

 このために、城の結界に細工をし、波長()の調整などをおこなっている。


「ぐぬぬ……、森での行軍で思わぬトラブルは続くし、いったい私が何をしたというのだ!」


 怒鳴るユモン・スカルシア。


「お前も、のん気に話などしてないで、とっとと城の場所を探せ!」


 魔術師にも当り散らす。


 行軍中の謎のトラブル……ビリーとテッドの足止め工作や、ダークエルフの邪魔が地味に彼らの移動を阻害し、ストレスがたまっていたのもあったのだろう。


 実際に、これらがなければ、彼らはもしかしたら城にたどり着けていたかもしれないのだが。


「で、できました!」


 ユモンに尻を蹴られながら、広場の人よけの結界を壊した魔術師。

 近くの人よけの結界を示す魔動具を見ると――


「あっ、あっちにも人よけの結界がありますよ!」


「それも偽物じゃないだろうな!」


「ち、近くに同じ波長の人よけの結界を三つも作るのは、技術的に難しいはずなので……」


 そう言いながらも不安が拭えない魔術師。


 しかし、魔道具の導きで進んだ先に、石でできた建造物が現れたのだ。


「おおっ、あれが『城』か! あとは薬草を奪って、それを王たちに納めれば、彼らの怒りを収めることができる!」


 ユモン・スカルシアは喜びの声を上げる。


「皆の者、戦いの支度だーっ!」


 ユモンが摂取させた霊薬により、頭が回らなくなり、戦いを熱望するようになっていた傭兵たちが喜びの声を上げる。


 ――城の転移()がおこなわれたのは、ちょうど、このときだった。


 ポン、と音を立てて消える城。


 それに続いて周囲の石壁なども消えてなくなった。


「な、ななな、なな」

「……透明になったのか? 城が?」

「『人よけの結界』の反応が消えていますね。強い魔力を感じましたし……、もしかしたら転移?」


 ユモン・スカルシア、その部下、魔術師。三者三様の反応を見せる。


「くっ、お前ら調べろ! 私の城がどこにいったのか!」


 森の中にポッカリと開いた、新たにできた広場。

 そこに傭兵を先導してなだれ込むが、残ったものは何もなかった。



Side: ???


 傭兵の姿をし、集団に紛れ込んでいた青年。名をベルフォードという。


 転移する城を見た彼が、舌打ちをした。


(サクの城と、その(あるじ)はうまく逃れたか。あの少年達は、この傭兵隊から追い出しておくべきだった)


 あまり動きすぎると目立つため、ちゅうちょしてしまったのだ。


(こっそりと殺してしまうのならば簡単だったのだが……)


 ベルフォードは、ため息をつく。


 彼は、ダークエルフ達の足止め工作の無効化を陰から手伝っていた。


 それに手いっぱいになっており、少年達……ビリーとテッドの足止め工作の無効化をいくつか失敗してしまっていた。


 その少年達も、そろそろ戦いがおこなわれるという前に、この傭兵の集団から逃げ出している。


(結局、城と傭兵達との戦闘をとめることで、『城の主』に恩を感じさせることはできなかったな)


 城の主の目の前で戦闘を止める。もしくは戦闘を止めたという実績を知らせる。


 恩義を感じさせることができれば、『魅了支配』の魔法をかけることができるはずだった。


 その魔法のための、現代では手に入らないアイテムも用意してあったのだが……


 彼は、それが無駄になってしまったことを残念に思う。


(もしかしたら、『聖剣の英雄王』のときと同じく、黒神サクからの介入もあったのだろうか)


 本来は与えることができない神からの声……というか文字を、『聖剣の精霊』を介し、王に与えたことがあったと聞く。


 聖剣の精霊については、一般に知られていないので、これはベルフォードなど、ごく一部の者しか知らない話だが。


 そのとき聖剣の精霊に与えられたメッセージは『文字化け』というのを起こしていて、読みにくくなっていたということだ。


(もし神がそこまで入れ込んでいる人間だとしたら、いずれ強い力を持つだろうな。父上は彼らを恐れるかもしれない)


 聖剣の英雄王の子孫である王……自分の父を思い起こしながら、ベルフォードは首を振る。


(敵対するのではなく、できれば味方に引き入れたい。……しかし、まずは傭兵たちをどうにかする必要があるか)


 周囲には、争いの声が響き始めていた。


 ユモンは戦いを熱望するようになる霊薬を傭兵たちに摂取させていた。


 その効果が頂点に達し、拳を振り下ろす場所がない彼らが、同士討ちを始めたのだ。


 指揮官であるユモンは、その同士討ちを止めることができない。


 自分の命令を聞かない傭兵たちに怒り狂い、剣を振り上げている。


 そんなことをすれば、当然のように、傭兵達から敵と認識されるのだが。


(『秘術使い』……スカルシア家の初代が(のこ)した薬は、取り扱いに細心の注意が必要なものが多い。彼には扱いきれなかったか)


 ベルフォードは、ユモンを助けようとする。

 しかし、その前に、ユモンは傭兵の槍につらぬかれてしまった。


 さらに他の傭兵の、槍や剣も彼に刺さり……


(ああっ、あれでは助からぬか!)


 ひどい悲しみがベルフォードを襲う。


(この感情は呪いだな。あんなどうしようもない男に、こんなに悲しみを覚えている)


 ユモンに対する愛情は、『聖剣の精霊』から、子孫である彼らに受け継がれてしまったものの一つだ。


 現在の王族たちは、『聖剣の精霊』と、初代の国王である『聖剣の英雄王』の子孫だ。


 彼らは、『聖剣の精霊』が愛した存在()を、同じように愛してしまう。


 この国の民を愛するのは問題ない。


 しかし、『聖剣の英雄王』の()()から産まれた子供達と、その子供達の子孫を愛してしまう性向は、たまに問題になることがあった。


 あのユモン・スカルシアは、『聖剣の精霊』が愛情を感じた、『聖剣の英雄王』と『秘術使い』の子供。それに感じる魔力も似ているようで、ひどく甘やかしてしまったそうだ。


(世代を経るごとに、この弱点は薄れているそうだが、完璧に消えるまで後どのぐらいかかるのか)


 ベルフォードの子や孫は、この弱点が、ほんの少しだけ薄くなっているはずだが、しかし、そう大きくは変わらないだろう。


 この国の国民や、他の国からも優秀だと見られている王族達ではあったが、その内情には危ういものがある。


 騒ぎを止めるため、聖剣の精霊から受け継いだ能力……毒などの効果を消し、怪我を回復する力を使いながら、王子であるベルフォードは静かに悲しむ。

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