44. 準備
ダークエルフの女性、エルナーザさんの案内で夜の森を突っ切る。
魔物には一度も出会うことなく、城へと帰り着くことができた。
「おおっ、トーマさん、帰ってきたか!」
門のあたりでジュナンに出迎えられた。
「トーマさーん!」
ついでに『弓兵』の職業を持つ青年にもしがみつかれる。
出迎えとしては大げさだが、エルナーザさんは俺のところに来る前に、城にも来ているらしい。
この城のことが、裏切り者のダークエルフに伝わったことは彼も知っているだろう。心配だったのかもしれないな。
「ヨシュア、情けないぞ……」
ルマールさんは、頭が痛そうに弓兵の青年……ヨシュアくんをを見ていたが。
「それで、例のダークエルフの件は、もう聞きましたか?」
ルマールさんに、うなずく俺。
「ええ……。俺も、冒険者ギルドで情報をもらっていて。実は、そのダークエルフと、つながりがある貴族にこの城を狙われているようなんです。かなりの数の、傭兵を集めているとか」
「ほほう……。……ですが、この城の兵器があれば負けない気もしますが」
「多分、そうでしょう。ただ、普通の冒険者なども集まっているようで……。彼らを相手に戦闘をおこなうのも気が引けますので、『城』を別の場所に移動させて逃げようかと考えています」
「そんなことができたんですか!?」
ヨシュアくんが反応した。
「『転移石』というのを手に入れないとダメみたいだけど……。そのためにはハイ・リッチと呼ばれるアンデッドと戦う必要があるんだよ」
俺はジュナンに訊ねる。
「そのためにゴールド・サフから作る薬……お酒が必要みたいだから、エルナーザさんから作り方を聞いて量産してくれないかな?」
「お酒?」
「ああ。なんでも聖水が効かない敵なんだけど、その神酒って呼ばれるお酒が、聖水の代わりにもなるらしいんだ」
しばらく考え、さらに一言を足す。
「もちろん、城から逃げてくれてもかまわないんだけど」
その場合、酒造りはエルナーザさんとか、ダークエルフ達を頼ることになる。
「いや、城に残るぜ! ここの工房を守る!」
なんか、ジュナンがメラメラと燃えている。
それを見て、うなずいたエルナーザさん。
「では、ジュナンに酒の作り方を伝えてから……あとは魔物の死骸が必要なんだったか? それを持ってくるとしよう」
死骸は呪気の対策に必要ということだったが、頼み込んで、持ってきてもらうことにした。
「すみませんが、お願いします」
そう彼女に頭を下げたのだ。
「まかせたまえ」
うなずいた彼女。ジュナンにお酒の造り方を教えた後、夜の森を帰っていった。
Side: ガルーダ
トーマが城に帰還した、次の日――
「ハア? ビリー達は、こっちに戻ってくる気がないのか? 傭兵契約を解除するぐらいの金は渡してたろ?」
ガルーダは、冒険者ギルドの一室で、サリーに疑問をぶつけていた。
「はい。どうも、トーマさんに命を助けられたとかで恩を感じているらしくて。彼の手助けをしたいと考えているみたいです」
「……そんなことがあったのか?」
「私も知らなかったんですが……」
困った様子の彼女。
「ただ、潜り込ませたビリー君たち以外の人間は、一人が危険を感じて戻ってきてしまっていまして……。最後の一人も、情報の伝達以外は何かをする気はないみたいなので」
「……もしかして、何か傭兵達への工作をやるとしたら、あいつらを使う以外ないのか?」
「ま、まあ、残った人間もフォローぐらいはしてくれるはずですから……」
「……最低限、戦闘になる前に逃げてくれりゃいいんだけどな」
ため息をついたガルーダ。
そんな彼らのもとに、ユモン・スカルシアが雇った傭兵達が進軍を開始したという情報が届く。
トーマ達の城までは、通常であれば、一日足らずの距離だった。
Side: トーマ
昨日の夜に城を出たエルナーザさんだったが、日が高くなったころに戻ってきた。
「ハイ・リッチの封印を解く了解をもらってきた。ゴールド・サフから作る神酒ができているなら問題ないそうだ」
十体ぐらいの、馬の倍ほどの大きさがあるトカゲを連れている彼女。
その背に積まれた死骸などを、石壁の門のあたりに降ろしていく。
魔石なんかもあるが、あれはジュナンが頼んだのかな……?
「それで、この魔物たちをどうするんだ」
どう返答しようかと考えていたら、先にイェタが反応する。
「ポイント化するの!」
「ポイント化?」
エルナーザさんに「うん」とうなずいたイェタが、ポンと魔物の死骸に触れる。
死骸が、キラキラと光る粒子のようになり、空中に溶けるように消えた。
「ほう」と驚きの声を上げたエルナーザさんが、首をひねる。
「……どうかしたんですか?」
「いや、『聖樹様』に魔物の死骸をささげたときと、魔力が似たような動きをした気がして」
「聖樹様?」
「ああ、うちの集落にある、神様から授かったとされる木なのだがな。呪気を、無害な魔力に変換してくれる儀式の要になっている木なのだ」
へー、そんなものがあったのか。
魔物の死骸とシルバー・サフで、何か魔法の儀式をやっているのは知っていたが……
「おっ、エルナーザ来ていたかー!」
徹夜明けのジュナンが城の外に出てきた。
「神酒できたぞ!」
なにやら黄金に輝いている液体を見せる彼女。
「本当に、こんな短時間で作ったのか……うちの職人でも一週間はかかるんだがな」
エルナーザさんが、うなっている。
この城の調合室を使ったため、早くできたんだろう。
ルマールさんが怪我したときとか、十日かかる回復薬の作成を、一時間で終えたりしているから。
「匂いをかぐ限り、本物のようだな。前にハイ・リッチを封印したときは、これが霊薬のビンで二十本ほど必要だったらしいのだが」
「二百本は用意してある!」
「……本当に、君たちはどうなっているんだ? そもそも原材料のゴールド・サフが、そんなにあったのか? ここの薬草園を、私にも見せてもらっていいかな?」
そうエルナーザさんに、詰め寄られることになったのだ。
しかし、これでハイ・リッチとの戦闘の準備は、一応だが整ったことになる。
もうちょっと準備をしたくはあるが……
「きゅっ?」
そんなことを考えていたら、イェタの足下にいたウニが急に鳴き声をあげた。
「鳥さん……?」
イェタの言うとおり、木の首輪をした四枚の羽を持つ鳥が飛んできた。
バサバサと羽音を立て、エルナーザさんの肩に、そいつが止まる。
魔物だが、多分、ダークエルフ達の従魔だな。
魔物よけの結界などはあるが、城の中にいる生き物が招けば中に入れる。
エルナーザさんが招いた感じになるのだろうか。
しばらく、その従魔の鳴く声を聞いていたエルナーザさんだったが、渋面になった。
こちらを見る彼女。
「仲間から連絡が来た。例の貴族の集めた傭兵かな、そいつらが森に向かっているそうだ」
つまり、この城に向かっているということか……
もうちょっと準備を整えたいと思っていたのだが、その時間はなくなったようだ。
残念がる俺の肩を、エルナーザさんが叩く。
「まあ、神酒が二百本もあれば、問題なく転移石を奪ってこれるはずだぞ」
こころ強い彼女の言葉だったが、急ぐ必要はありそうだ。




