28. 石壁の中へ
それにしても、ダークエルフの薬草園への侵入者は気になるな。
「……そういえば、ユモン・スカルシアという貴族でしたか。彼が魔の森の薬草を、他の貴族に大量に売りさばいていると聞いたことありますが」
彼女に聞いてみる。
「もしかしたら、その貴族が、薬草園への侵入者ですかね?」
「……我々の薬草園に侵入した者達の関係者かもしれないな。その男のことは調べなければいけないだろう」
真剣な表情のダークエルフの女性。
「ただ私は、その前に君のことを調べたいのだが」
そんなことも言われていたが……
イェタが元気に答える。
「トーマは、この城の主だよ!」
「……ほほう、この人よけや魔物よけの結界があり、謎の無人で動く強力な投石機や大型弩砲が設置された城はトーマくんのものなのか」
「そうだよ! 石壁とか魔動投石機とかも、トーマが魔物を狩って、わたしのために作ってくれたの!」
「なるほど……。君の可能性も考えていたが、彼のほうが作ったのか」
うなずいた彼女が、俺を見る。
「トーマくん。君は、いったい何者なんだ?」
いえ……その言葉は、イェタにかけて欲しいんですが。
城の設備がおかしいのは、俺のせいじゃない。
まあ、イェタに注目が集まらないのは良いことなんだけど。
彼女が狙われてもイヤだし。
「えっと……、俺はダークエルフさんの味方ですよ! シルバーサフ、もっとありますけどいります?」
とりあえず、もので釣る作戦で行こうか。
「……まあ、命の恩人だ。深くは聞かないことにしようか」
ありがとうございます……
「シルバーサフは欲しいのだが、人間達の貨幣を使う習慣はない。命を助けてもらった礼もしたいしな……。薬草、薬木、鉱石など、我々が手に入るもので何か欲しいものはないか?」
「……魔物の死骸なんかは?」
イェタのポイントになる。
「うっ、すまぬ。それは儀式に必要なのだ」
そうなのか。
どうしようかと困っていたら、なんかブラウニーが主張し始めた。
「きゅっ、きゅっ、きゅーっ、きゅっ!」
「そうか……、彼らのことを気に入ったか」
ブラウニーにコクリとうなずいた女性。
「それでは私の従魔を差し上げよう。この子は狩りの手伝いをできる、貴重なブラウニーなのだ」
ブラウニーを抱き上げ、俺に渡してきた。
「きゅっ!」
おおっ、こいつがいるのは心強いな。狩りが簡単になる。
「それは嬉しいですね! ……そういえば、こいつ名前はなんていうんですか?」
ずっと種族名で呼んでいたが、多分、この女性がつけた名前があるはずだ。
「……主人が変わるからな。できれば新しい名前を付けてやってくれ」
えっ、名前考えるの苦手なんだが。
「女の子らしい、かわいい名前を付けてあげてくれよ!」
……さらにハードルが上がったぞ。
「女の子だったんですね……」
そんなことを言って時間を稼ぎながら名前を考えるが、まったく思いつかない。
しかたがない――
「……イェタは、どんな名前がいいと思うかな?」
彼女に聞いてみる。
「『ウニ』ちゃんなんて、どうかな!」
ウニ……? なんで?
……あっ、もしかして、ブラ『ウニ』ーだから『ウニ』なのか?
一瞬そう思ったのだが――
「調理場のレシピブックにあった、おいしそうな食材の名前だよ! 海で採れるんだって!」
それは、なんというか。
「……おいしそうな名前だね」
そんな、よくわからない感想を発してしまった。
……そういえば、そろそろ夕食の時間だからな。
彼女もおなかが空いているのかも。
「何か料理でも作ろうか?」
「うん!」
元気よくうなずくイェタ。
「あっ、皆さんも一緒に食事しますか?」
俺達の会話を静かに見ていた獣人など他の皆さんにも聞いてみた。
「すみませぬ……。命を助けていただいた上に、食事まで」
獣人たちの代表か、カクシャクとした、武人風の老人が頭を下げる。
男性だ。
ついでに、石壁のあたりでしきりに壁を調べていたドワーフの少女も反応した。
「もしかして、壁の内側に入れるのか!」
つめよってくる彼女。
「あの連弩みたいなのや投石機にも触りたいんだが! なあ、いいかな! いいかな!」
ガクガクと揺さぶられる……やめて……
「ジュナンは少し落ち着け」
武人風の老人が、彼女を止めてくれる。
「しかし、もし石壁の中に入らせていただけるならば、大変ありがたいですな。魔の森を通ってきたせいで、子供達が怯えていて」
獣人たちは、女性や子供が多い。
言われてみれば、少し怯えているような表情か。
ずっと洞窟竜から逃げまどっていたみたいだから、森を怖く感じているのかもしれない。
「わかりました。では、こちらへ」
彼らを石壁の内側へと誘ったのだ。




