09. 薬草採取
食を優先し、放置していた床の塩。
俺とイェタは、夕食後、その片づけをしていた。
きれいな部分の塩はすくい、袋に入れる。
これは、まだ食べられる……。塩は町で買ってあるし、こっちは俺が野宿をするときに料理にでも使おうか。
床に近い、汚れてしまった部分も別の袋へ。
これは……どうするかな。石の床は、なかなかキレイだから、問題ない気もするが。
そんな作業をしながら、俺は彼女に質問をする。
「……そういえばイェタ、今日、冒険者ギルドで薬草が欲しいって言われてさ。中庭の薬草、持っていっていいかな? 要求された量が多いんだけど」
「ん? 別にいいけど……、ただ、あんまりとりすぎると、薬草なくなっちゃうよ?」
彼女が言う。
「カーマ草とか、全部食べたら、けっこう長い期間、薬草園に戻ってこなかった。絶滅だよ。根っこ残しておいたのに」
ほー。
まあ、でも薬草の群生地とか、根っこ残してても、全部刈り取っちゃうと全滅してしまうからな。
魔力を葉っぱから吸えなくなるのが問題って話を聞いたことはあるが、よくは知らない。
……とりあえず、冒険者が、薬草の群生地で採取をするときと、同じ方法を取れば大丈夫だろう。
「わかった……。一応、薬草は、間引く感じで半分ほどを刈り取る予定だよ。根っこは土の中に残す。根っこが必要な薬草の場合は、採取する数は少なく……。ここら辺を守れば大丈夫かな?」
「うん、それなら、ぜったい大丈夫だよ! ニ、三日後には、みんな復活してる!」
そんな断言をもらったのだ。
翌日――
町で買ったパンとハム、適当な野菜サラダで朝食をすませた俺達は、城の中庭で薬草採取をしていた。
「こんな感じかな……」
採取していたのはレム草という薬草。
根っこは土の中に残してあるが、半分は刈り取らず、そのままにしてあった。
薬草園は、一種類の草だけが密集して生えている区画や、何種類もの薬草が交じり合って生えている区画などがあり、なかなか多彩だ。
俺が今立っているのは、レム草だけが密集して生えている区画だな。
真ん中に立っていても、一歩か二歩歩けば、他の薬草が生えている区画についてしまうぐらいの大きさだ。
そんな俺に、同じように薬草を摘むイェタから質問が来る。
「ねーねー、そういえばトーマはさー。レドヒール草とか、怪我をしたとき用に持ってかないの? ここにある薬草は、いくらでももって行っていいんだよ? お金にして自由に使ってもいいんだからね?」
……そういえば、傷を癒す霊薬も、町で品不足気味らしいからな。
それを入手できなかったときのために、ここの薬草を予備に持っていってもいいのかなとは思っていた。
薬師の知り合いがいれば直接、薬草を持ち込むんだが、いないし。
ギルドに売ったとしても、それがいつ霊薬になって、薬などを売る店に並ぶのかわからないしな……
「……それに、あんまり生えてないけど、イール草もあるよ? けっこう便利なんじゃない?」
イール草か……
名前だけは知っている草だ。
薬草図鑑にも絵が載っていなかった貴重な薬草で、人にも効果はあるが、魔物への効果が特に高い毒薬が作れた。
少量なら薬草にもなるらしい。
毒物全般は、山賊などへの流通を警戒してだろう、国が取り締まっていたので、俺は持ち歩かないようにしていた。
C級冒険者になれば、一部の麻痺毒なんかはギルドで購入できるようになるんだが……
今は、せいぜい鼻がいい魔物を追い散らすための、唐辛子に魔力を混ぜられて作られた液体の霊薬を持つぐらいだ。
どうするかな……
迷っていたら、イェタが俺の手に触れてくる。
「トーマ、わたし、トーマが死んじゃったらって思うと怖いよ……」
……ちょっと迷うが、命には代えられない。
違法ではあるが、この城の辺りには強い魔物がいる……
「剣とかも傷むから、あんまり使いたくないけど、そういう毒も『倉庫』に入れといたほうがいい気はするな」
あそこに入れとけば、誰かに見つかるということもないだろうし。
「うん! ……じゃあ、トーマ、今日は毒つくる? 薬草採取はわたしがやっとくよ?」
といってもアルコールに一晩浸すだけらしいから。
「そうだな、薬草採りが一段落してから作るよ。心配してくれてありがとうね」
そう言うと、彼女は照れくさそうな笑顔を見せていた。
イェタとそんな会話を交えつつ、午後――
「おっしゃ、作業完了だー! ……けっこう採れたな」
多分、四回か五回、これと同じ作業を繰り返せば、ギルドが欲しいと言っていた薬草は全て彼らに渡すことができるだろうか。
イェタによると、今日採った分ぐらいは、三日か四日でまた生えてくるってことだ。そのときにまた、今日と同じ作業を繰り返すことになるだろう。
ちなみに、レドヒール草や、魔力や毒なんかの状態を回復してくれる薬草ももらい、長期保存できるように天日干ししているぞ。
「トーマ! トーマ! 今日はカーマ草でパーティーしようよ!」
その言葉に振り返ると、根っこがついたカーマ草を大量に持つイェタがいた。
「……どうしたんだ、それ?」
「抜いた! 困っている人たち、カーマ草以外の薬草が欲しいんでしょ? カーマ草を少なくすれば、そのぶん他の薬草を育てられるよ!」
薬草園の、カーマ草が生えていた一角を見ると、そこが五分の一ぐらいの面積になっていた。
甘くておいしいからとイェタが増やしていた草だったが……
……たしかに、冒険者ギルドが欲しがっていた薬草に、カーマ草は含まれていなかった。
あれは精力剤となり、さらには媚薬の原材料のひとつとなる草だ。
それ以上に優先すべきものが多いのだろう。
「そうか……、みんなも喜ぶよ。ありがとう」
頭をなでると、彼女も嬉しそうにした。
……カーマ草の半分は天日干しにして、長期保存できるようにするかな。
それで四分の一は、調理場にある『冷蔵庫』の中に入れてみよう。あっちでも、それなりに保存できるだろう。
最後に残った四分の一は、今日、イェタに食べさせる。
俺は食べず、とにかく、イェタに食べさせる。
けっこう効き目がある精力剤をしこたま食らうと、夜、大変なことになるからな!
調理場のレシピブックによれば果物の天ぷらとかあるみたいだし、甘いカーマ草も天ぷらにしてみれば意外においしいかもしれない。
そんな風にして作った、カーマ草づくしの料理たち。
全部あげようと思ったのだが、優しいイェタは当然のように俺に分けてくれ、結果、ベッドの中でもんもんとする夜を過ごすことになった。
――好意で分けてくれると、断れないんだ。
カーマ草は、普通に食べただけでは女性には効果がないみたいで……、イェタは、幸せそうに眠っていたよ。