第四十二話 六名の足取り
午前九時。大図書館。
閲覧室の最奥。古書の山に囲まれた長机で、御子柴真は矢川の差し出したタブレットに表示された書面に目を落としていた。
『証拠保全申立書 理科棟分析室の即時使用について』
「依頼してから、まだ1日も経っていないよ」
御子柴は書面から目を上げずに言った。
「依頼人を使うのか」
「使える手段は全て使います」
「なるほど」
御子柴は署名欄にタッチペンを走らせ、図書委員会の電子印を押した。
「司法は捜査しない。だが、証拠が消えるのを見過ごす司法もない。……規則の範囲内だね」
書面が矢川の前に滑ってくる。
矢川が受け取ろうとしたとき、御子柴がふと思い出したように言った。
「ところで、矢川くん」
「はい」
「地下書庫の閲覧権限と聞いて、一番顔色を変えたのは誰だった?」
「……答える義務はありますか」
「ないよ」
御子柴は古書の頁をめくった。
「まあ、忘れてくれ」
午後三時。柔道場。
「六人の名前が出たぞ」
佐竹がタブレットを畳の上に置いた。
画面には、六人の名前が並んでいる。学年も、寮もばらばらだった。
「経路から逆に調べた。六人とも、小野寺と同じように、ある夜に全財産を匿名口座へ移してる。金額は八万から四十万」
「全財産を取られたら、本人が気づくでしょ」
玲奈が訊いた。
「気づいたさ」
佐竹は画面をスクロールした。
「だが、全員、自分の指紋と署名で契約してる。記憶がないと言っても、盗られた証拠はない。自分が何かやらかしたと思って、黙ってたんだろう」
佐竹の指が、名前の横をなぞっていく。
「で、ここからが本題だ」
指が止まった。
「六人とも、財産を失って二週間以内に、系列の教育機関へ編入されたことになっている」
道場が凍りついた。
「全員?」
「全員だ。寮費滞納、返済能力無し。手続きは規定どおり。書類の上では、本人の希望で転校したことになってる」
「金を抜かれた奴が、学校から消えている……」
蔵前が低い声で言った。
「そういうことだ。被害者がいなくなるから、残った生徒は気づかねえ」
小野寺の顔から血の気が引いていった。
自分が七人目になるビジョンが脳裏をよぎったのだ。
矢川は、佐竹の示した画面ではなく、それを見ている人物を見ていた。
高嶺が、一言も喋っていない。
握り締められた両手。その指の関節が白くなっている。顔は画面に向いたまま動かない。
「……編入先は」
高嶺が言った。
声は驚くほど平らだった。
「どこに移ったのか、分かるか」
「分からねえ。移送記録は機密指定だ。開示請求しても、『正当な理由無し』って弾かれるのが関の山だ」
高嶺は何も言わなかった。
ただ、ゆっくりと握りしめた両手をほどいた。握りしめたいのを、無理にほどいたような手だった。




