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貴方を愛すること  作者: りな


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32/32

海と陵とコーヒー

指定された場所は、駅から少し離れたカフェだった。


 落ち着いた照明。

 木目のテーブル。

 昼と夜の境目のような、曖昧な時間。


 先にいたのは、陵だった。


 窓際の席。


 コーヒーには手をつけず、外を眺めている。


 扉のベルが鳴る。


 海が入ってくる。


 視線が、一瞬だけ交わる。


 陵は、わずかに笑った。


「どうも」


 軽く手を上げる。


 海は何も言わず、向かいに座る。


 沈黙。


 店内の静かな音だけが流れる。


「何か飲みます?」


 陵が先に口を開く。


 柔らかい声。


「コーヒーで」


 海が短く答える。


 注文を済ませる。


 再び沈黙。


 にこやかな陵だが空気は重く。

 張り詰めている。


 先に動いたのは、海だった。


「尾行に気づいていたらしいですね」


 陵は肩をすくめる。


「まあ、あれはさすがに」


 軽く笑う。


 だが、目は笑っていない。


「隠す気あったんですか?」


 海は答えない。


 代わりに、まっすぐ陵を見る。


「君、何者なんだい?」


 直球。


 濁さない。


 陵は一瞬だけ目を細める。


 そして、笑う。


「大学生ですよ」


 軽い口調。


「どこにでもいる普通の」


「申し訳ないけど普通とは思えないんだ」


 即答。


 間髪入れない否定。


 陵の口元が、わずかに歪む。


「そう思う理由は?」


「目、、、かな」


 海は淡々と言う。


「君、他人に興味ないでしょ?だけどきよかにだけは異常に執着してる」


 陵は一瞬だけ黙る。


 そして、くすっと笑った。


「きよかは僕の運命の人だから」


 コーヒーが運ばれてくる。


 二人とも手をつけない。


「君を調べたり尾行したのはすまなかった。あれは捜査ではなく俺の単独行動なんだ」


 海が言う。


「きよか、、、大事な妹の周りの人間がどんな奴か気になってしまった」


 その言葉が、空気を変える。


 陵の視線がわずかに鋭くなる。


「きよかとどういう関係なのかな?」


 数秒の沈黙。


 陵はゆっくりと答える。


「僕の運命の人で、好きな人です」 


 迷いのない声。


「それ以上でも、それ以下でもない」


「恋人同士ではないのかな?」


「これからですよ」


 笑う。


 だが、その言葉には確信がある。


 海は表情を変えない。


「冴島元樹」


 次の名前。


 陵の反応を、逃さないように海は目を離さない


 陵は、少し首を傾げただけだった。


「誰ですか?」


 完璧な反応。


 だが、海は違和感を覚える


 “何も知らない人間”の反応だがきよかの名前の後に男の名前を出したのに気にするそぶりもない


「失踪している男だ」


「へぇ」


 興味なさそうに頷く。


 その態度が、より海の目には怪しくうつる。


「きよかと接点があった男らしいんだ」


「そうなんですか?」


 少しだけ、目を細める。


「でも、それと俺関係あります?」


 静かな返し。


 攻撃ではない。


 だが、引かない。


 海はテーブルに手を置く。


「きよかのことどこまで知ってる?」


 低い声。


 圧が乗る。


 陵は、少しだけ考えるふりをする。


 そして。


 ゆっくり笑った。


「全部ですよ」


 空気が、止まる。


「……何?」


 海の声がわずかに低くなる。


 陵は前に少しだけ身を乗り出す。


「俺」


 静かに言う。


「彼女の全部、受け入れるつもりなんで」


 視線がぶつかる。


 逃げない。


 逸らさない。


 その言葉の意味。


 どこまで本気か。


 海は測る。


(こいつは何か知ってるのか……?)


 あるいは――


 どちらにしても。


 危険だ。


 確実に。


 海はカップを手に取る。


 一口、飲む。


 そして言う。


「彼女に近づくな」


 静かに。


 だが、はっきりと。


 陵は、少しだけ目を見開いた。


 それから――


 笑う。


「それ、無理ですね」


 即答。


 迷いはない。


「もう遅いですよ」


 空気が、冷える。


 カフェの中。


 二人の間だけが、異様に張り詰める


 カップを置く、小さな音。


 それだけで、空気が揺れる。


 海は、陵から目を逸らさない。


「……もう一つだけ聞く」


 低い声。


 感情は抑えている。


 だが、奥にあるものは隠しきれない。


「きよかに、何かしたか?」


 直球。


 一切の濁しなし。


 陵は、一瞬だけきょとんとした顔をする。


 それから。


 ふっと笑った。


「“何か”って?」


 わざと聞き返す。


 無邪気にすら見える声音。


 だが。


 海の目は、細くなる。


「……例えば」


 言葉を選ぶ。


「無理やり、何かを聞き出したり」


「脅したり」


「傷つけたり」


 一つ一つ、置くように並べる。


 陵は黙って聞いている。


 そのあとで。


 ゆっくりと首を横に振った。


「ないですよ」


 即答。


「むしろ逆です」


 少しだけ前に身を乗り出す。


「守ってるんで」


 微笑む。


 柔らかく。


 だが。


 その言葉の“重さ”が、異質だった。


 海は、その違和感を見逃さない。


(守る……?)


 その言葉を使う人間の目じゃない。


 もっと――


 独占に近い。


 陵は続ける。


「彼女、放っておくと危ないじゃないですか」


 何気ない口調。


「だから、俺がちゃんと見てないと」


 その瞬間。


 海の中で、何かが確信に変わる。


(こいつはダメだ)


 危険の種類が違う。


 (きよかはコイツの危うさにきづいてるのか?)


 完璧で隙のない人間。


 これ以上話をしても何も得ることはできないだろう。


 海はゆっくりと立ち上がる。


「今日はこれで終わりにしましょう」


 それ以上は言わない。


 ここで踏み込めば、逆に見失う。


 陵は立たない。


 ただ、見上げる。


「もう終わりですか?」


 少しだけ残念そうに。


「ええ」


 短く返す。


 背を向ける。


 数歩、歩く。


 だが――


 足を止める。


 振り返らないまま、言う。


「最後に一つだけ」


 静かに。


「きよかは“物”じゃない」


 その言葉に。


 ほんの一瞬だけ。


 陵の表情が止まる。


 だがすぐに。


 いつもの笑みに戻る。


「知ってますよ」


 軽く答える。


「だから大事にしてるんです」


 海は何も言わず、そのまま店を出る。


 ベルの音が、小さく鳴る。



 残された陵。


 ゆっくりとコーヒーに手を伸ばす。


 一口、飲む。


 もう冷めている。


 それでも気にしない。


 視線は、海が出ていった扉の方へ。


 数秒。


 沈黙。


 そして。


 小さく笑う。


「……いい人だな」


 ぽつりと呟く。


 心からそう思っている声。


 だからこそ。


 次の言葉が、歪む。


「邪魔だけど」


 カップを置く。


 静かな音。


 その目には、もう迷いはない。

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