第163話 食道楽とモンスター襲来
「んー、これ美味しいねー」
「――!」
お祭り状態の庭園を回りながら、私はコンテストに出品された料理をお腹の中に納めつつ、ライム達に食べさせていく。
流石というべきか、料理コンテストに出品するだけあってどれもレベルが高く、ゲームだからと現実じゃあり得ないようなドデカイ料理を出品している人もいた。
『ファイナルウェディング~人生の墓場へようこそ~』っていう料理名はどうかと思ったけど、食事用じゃなく鑑賞用みたいな感じで人だかりが出来ていて、ついでとばかりにそのタワーの如き異様を利用した早食い競争なんて行われていたから、ちょっと参加して遊んだりもした。もちろんライムが。
「なんか思いっきり人の宣伝をお手伝いしちゃった気もするけど……まあ、楽しかったし、別にいいよね」
私からすれば、ライムを早食い競争に出すのは反則じゃないかとすら思ったけど、そこはドマイナーなスライムモンスター。あっさりと許可が降りて、ライムはその無限の食欲を存分に見せ付けることになった。
一抱えほどの大きさしかないライムが、見上げるような巨大ケーキをみるみるうちに平らげていく衝撃的な光景は、元々集まっていた人だかりを倍にするくらいの効果があり、出品者には大層喜んで貰えた。
まあ、「仲間と一緒に君の出品料理も食べさせて貰いに行くよ」とは言って貰えたし、完全なタダ働きじゃないはず。うん。
「ピィピィ」
そんな感じで見回っていると、不意にフララが切なげな声を上げる。
構って欲しい……って感じじゃないよね、これは……。
「喉渇いたの? 確かに、さっきから食べ物ばっかりで、飲み物って出品されてないよねー」
「いや待て、今のどこにそう聞こえる要素があるのだ?」
「あ、ネスちゃん!」
突然の声に振り返ってみれば、そこにはパーティ料理の定番、ピザを手にもぐもぐと口を動かすネスちゃんの姿があった。
そんなに口に詰めた状態でよく普通に喋れたね……。
「どこにって……なんとなく? 以心伝心?」
「ピィ」
「ほら、今のはうんうん、みたいな感じが」
「いや、分からぬ。まあ、ミオがおかしいのは今更ではあるのだがな」
「ええ!? よりによってネスちゃんに言われた!?」
「ちょっと待て、よりによってとはどういう意味だ、そこのところ後でじっくりと語り合おうではないか」
だって、フララの言いたいことを何となく察しただけで変人扱いはおかしいと思うの。
まあ、ネスちゃんはちょっとおかしなところが可愛いから、そのままでいいと思うけどね。
「というか、モンスターの言葉が分かるのもそうだが……いくらテイマーとはいえ、そんな状態で料理を見て回っているのはお主だけだぞ」
ビシッと指を指された先にあるのは、私が最近料理の宣伝がてら始めた商売の道具、屋台を運ぶための荷台だ。
その上に、フローラやビート、ムギ達スライム隊、クロルなどが乗り込み、更にはあちこち見て回る中でたくさん貰った料理が山と積まれていて、それをファメルが牽いてる形になってる。
コンテストの最中はタダで料理を貰える一方で、持ち帰りよろしくインベントリの中には仕舞えないみたいだから、うちの子達がゆっくりたくさん食べられるように、こうして荷台を取り出したわけだ。
まあ、確かにこんな大所帯で動いてるプレイヤーは他にいない。
「これはまあその……テイマーだし?」
「テイマーでもここまでしておるのはおらんだろう」
一応言い訳してみたけど、バッサリと切り捨てられる。
ですよねー、と肩を落として溜息を吐くと、不意に地面が揺れ始めた。
「む? 地震か?」
「いやここ、ゲームの中だから。そうじゃなくて、これは……」
「先輩~、はろ~」
小さな揺れの発生源に目を向けると、人をかき分け現れたのは巨大なマンモスと、聞き慣れた後輩の声。
だから、そこにいるのがフウちゃんとその相棒たるムーちゃんであることはすぐにわかったけど、一瞬その判断を疑いそうになった。
何せ、目の前にはふかふかの壁があるだけで、フウちゃんの姿もムーちゃんの顔も見えないから。
「ここですよ~、もっと上です~」
言われて空を見上げれば、そこには確かにフウちゃんの姿があった。深緑のポニーテールが手の動きに合わせてゆらゆらと揺れているのが可愛らしい。
そして、そんなフウちゃんの傍、壁のように見えた巨大な体から生えていたのが、どこか見覚えのあるマンモスによく似た巨大な頭だった。
「ええと……フウちゃん、この子って、ムーちゃんなの?」
「はい、先日マンムーから、グランドマンムーに進化しまして~。どうせだから先輩を驚かそうと思って黙ってました~」
大きすぎて、人前で出しにくかったというのもありますけどね~、と、フウちゃんは見上げるような巨体の背中に乗ったまま説明する。
うん、確かに、こうも大きいと乗って移動するにも色々と引っ掛かって大変そうだよね。お城の庭園はかなり広いからまだどうにかなってるけど、グライセの中だと難しそう。単にサイズが大きくなっただけでなく、牙はより凶悪に鋭さを増し、長い鼻の先端には鉄球を思わせるゴツゴツとした瘤が出来ていた。
なんというか、物凄く強そう。
よく見れば、ムーちゃんの傍にはグリフォンのグーたんもいたんだけど、ムーちゃんが目立ち過ぎて全く気が付かなかったよ。
グーたんも一応騎乗可能モンスターなだけあって大きめの体をしてるんだけどね。今のムーちゃんと比べると、どうしても小さく見える。
「というわけで、ちょっと今から降りるので、受け止めてくださ~い」
「え? いやなんで!?」
「乗り降りのための足場がないからですよ。と~」
「だったらどうやってそこに上ったの!? って、ちょ!? ムギ、来てー!!」
躊躇なく飛び降りてくるフウちゃんを見て、私はすぐさまムギにヘルプ。
ポヨンッと飛び込んできたムギの体が、フウちゃんの体を見事に受け止めた。
「む~、そこは先輩に受け止めて欲しかったです~」
「無茶言わないでよ、私のATKはそんなに高くないんだから」
ぶーぶーと頬を膨らませるフウちゃんに、私は呆れ顔で返す。
確かに、ゲームの中なら見た目か弱い女の子でも、ムキムキの大男を力で捩じ伏せるみたいな有り得ないシチュエーションを作れなくはないけど、それはあくまでそういう方向にステータスを伸ばした場合だ。
私は小細工とモンスターの力で戦うのがメインだから、力仕事は見た目通り……とまでは言わないけど、それに毛が生えた程度にしか出来ない。
「ちぇ~、まあいいです、せっかくこうして会えたんですから、一緒に回りましょ~」
「うん、いいよー。ネスちゃんも来る?」
「むむむ、おかしい、この二人といると、なんだか私が地味なように思えて来るな……次はもっと派手な登場を……」
「ネスちゃーん?」
「ん? おお、もちろん行くぞ、さあついて来るがいい!」
何やら一人自分の世界に旅立っていたらしいネスちゃんを呼び戻し、三人(とモンスターたくさん)で回り始める。
いくつもの料理を食べては、モンスター達にも食べさせ、ワイワイとお喋りしながら歩いていると――
ズズン!! と、大きな振動が会場を襲った。
「ふえ?」
「なんだ今のは? フウのモンスターの時とは比較にならん揺れだったが……」
ざわざわと、会場が騒がしくなる中、コンテストが始まった時と同じウィンドウが開き、何やら切羽詰まった様子の王様の顔が映し出された。
『冒険者諸君、緊急事態だ。街の近くに、とあるモンスターが現れた』
この時点で、多くのプレイヤーが先ほどの揺れと関連付けて、これもイベントの一環なんだと悟ったのか、未知への不安から好奇心へとその表情が変わっていく。
特に、私の隣にいるネスちゃんなんて、「ついに来たか!」って声まで出してる。
『モンスターの名は、パンプキング!! お化けカボチャ達の王である!!』
ぶっ! と、誰かが吹き出した声が聞こえた気がした。
パンプキング……まあ、カボチャの王様だし、分かりやすくていいよね、うん。
『ヤツの狙いは、この会場にある料理の数々で間違いない』
そういえば、お化けカボチャって畑のカボチャを襲って入れ替わる習性があったっけ……いや、だったら調理済みの食材と入れ替わっても仕方ないし、単純に食欲が凄いのかな? カボチャなのに。
『このままでは料理コンテストの続行が不可能になる! 冒険者達よ、力を貸して欲しい!!』
――緊急クエスト:秋の大収穫祭! パンプキング討伐作戦が開始されました。参加されるプレイヤーは特設エリア『王城前広場』にお越しください。
そのアナウンスと共に、このイベント唯一の、そして最大のクエストが始まった。