第161話 客引き効果と大盛況
最初の内は見向きもされなかった屋台だけど、時間が経つごとに人が増えて、それなりに盛況になっていた。
一人でも来れば、後は人がいるところに人は集まる、なんてナナちゃんは言っていたけど、どうやら本当だったみたい。
「ナナリーちゃん、肉団子一つ」
「はいなー!」
「こっちはクッキーなー」
「はいはーい、まいどー!」
ナナちゃんが手際よくお客さんのオーダーを捌くのを横目に、私はどんどん料理を作っていく。それなりに余裕はあるけど、あんまりゆっくりしてると無くなっちゃいそうだ。
まさか、ここまで繁盛するだなんて全く思ってなかったよ。
「それもこれも、ユリアちゃんのおかげかな?」
私が料理の合間に目を向けた先では、ユリアちゃんがライム達を引き連れ、きょろきょろと歩き回ってる。
いや、これは私のミスなんだけど、ユリアちゃん、困ったことに接客ってほとんど出来ないから、売り子としてはなんとも微妙なんだよね。だから、客引きの代わりにライム達のお世話をしてもらうついでに、周辺のモンスターの掃討、もとい屋台の護衛をお願いしたんだ。
その結果……。
「うおお、なんかすげええ!!」
「えっ、今の何? 何やったの今!?」
歓声の上がる先で、ぷるんとした緑の球体が空に飛んでいく。
ユリアちゃんに預けた、ウィンドスライムのモチだ。
「ほっ……」
モチの後を追うように、ユリアちゃんの小さな体が跳び上がる。
ハロウィンの可愛らしい衣装にいつもの大鎌を構え、本当に吸血鬼みたいな姿のユリアちゃんは、《浮遊》スキルで空中に静止したモチを足場に、更に上空へ舞い上がった。
その先から迫るのは、お化けカボチャが五体。
「《デススライサー》」
手始めに、先頭の一体が黒いエフェクトを纏った鎌で斬り裂かれる。
とはいえ、いくらユリアちゃんでもそこは空中、そのままじゃ後続に無防備なところを襲撃される……と思いきや。
「よいしょっ」
今度は片手で投げナイフを掴み取り、次々に投げつけた。
向かってくるお化けカボチャ達にそれが突き刺さり、その突進の勢いが鈍る。
「《空歩》」
その隙に、ユリアちゃんは空中で一度だけジャンプが出来るスキルを使って更に跳び上がり、連続して鎌を振るうことで次々とお化けカボチャをポリゴン片に変えていく。
その間合いの外を回り込むように、更に他のお化けカボチャが迫る。
「お願い」
「ピィ!」
そんなユリアちゃんを横から殴り飛ばすように、フララの風魔法が炸裂した。
空中でいきなり軌道を変えたユリアちゃんは、横から迫るお化けカボチャを斬り飛ばす。
「よっ……」
その途中、モチの傍を通る間に、肩に乗っていたライムが触手を伸ばして絡みついた。
空中に固定されたモチに引っ張られて、ユリアちゃんの体が急停止する。
そんなユリアちゃんの目の前を、体当たりを仕掛けたお化けカボチャが素通りしていく。
「《ダークネスクロウ》」
攻撃が空ぶって、無防備になったお化けカボチャの背に向けて、ユリアちゃんのアーツが炸裂する。
最後のお化けカボチャが砕け散り、自由落下するユリアちゃんは、その下で待っていたムギにぽよんっと受け止められ、ファメルの背に乗っかった。
「ん、おっけ……次探そう」
小さな小さな吸血鬼による、流れるような戦闘シーン。随所で力を貸すモンスター達との連携も完璧で、もはやプレイヤー達もイベントのことを忘れて完全に魅入ってた。
うん、正直気持ちは分かる。というか、あくまで私のモンスター達なのに、私と一緒に戦闘する時よりも生き生きしてる気がするんだけど、気のせい? 気のせいだよね? 気のせいだと信じたい……。
「そこの死神! 俺と決闘しろー!」
「えぇ……私、邪魔なモンスターの処理で忙しい……」
「どうせすぐにはリポップしねーよ! 頼む、一戦だけ!」
「……分かった。すぐ終わらせる」
そして、服装は違えどユリアちゃんが《死神》だっていうのは既に知られているようで、こうして度々決闘を挑んでくる好戦的なプレイヤーもいたりする。
モンスターとの戦闘に加え、こうしたプレイヤーとの決闘まで加わって、私達の屋台の傍では常に激しくて高度なプレイヤーの立ち回りが見物できるということで、当初狙っていた客層とは異なり、そうしたドンパチを見に来たプレイヤー達が、もののついでとばかりに屋台で料理を買ってくれるようになっていた。
元々、気軽に食べられる物をってことで一口サイズの料理をメインにしてたのも追い風になって、完全におつまみ感覚で買われていく。
唯一、パンプキンスープだけはちょっと違ったんだけど、客層の変化をいち早く察知したナナちゃんの提案で、コップを使って提供するような形に移行したことで、これまた結構売れ行きを伸ばしてる。
いやほんと、これはユリアちゃんにも売り上げから給料支払わないといけないレベルだよ。
「いや~、儲かってるみたいですね、先輩~」
「あ、フウちゃん、来てくれたんだ」
そうしていると、見知った顔が裏から回り込んで、私のところにやって来た。
店頭じゃないと注文は受け付けられないんだけど……まあ、フウちゃんのことだし、ここでのんびり雑談したかったんだろうな。
「それはもう、先輩がお店開くなら、後輩としては来ないわけにはいきませんよ~。というわけで、お一つ奢ってくださ~い」
「欲しいなら、ちゃんと店頭に並んでお金払ってねー」
「ちぇー、仕方ないですね~。なら、せめてオススメだけでも教えてくださいよ~」
断られることは最初から分かっていたのか、さほど残念そうでもない顔で、しれっとそう尋ねて来る。
うーん、オススメ、オススメかぁ。
「今のところ、一番売れてるのは肉団子かな? やっぱり、爪楊枝で刺して食べるっていうのが、たこ焼きっぽくて食べやすいのかも。次に売れてるのは一応クッキーなんだけど、コップに変えてからはパンプキンスープの方がよく売れてるかな? 肉団子とセットで買ってくれる人が多いみたいなんだー」
減った物から都度作って補充してるから、記憶頼りの曖昧なデータではあるけど、多分そんなに間違ってもないと思う。
そう伝えると、フウちゃんは「ほえ~」と感心したように声を漏らした。
「意外と細かいところまで考えてるんですね~」
「まあ、どれが売れてるかは当たり前として、なんで売れてるかまで考えてやるべきだって。……ナナちゃんが言ってた」
「なるほど、勘と動物愛で動く先輩がそこまで深く考えるはずないですもんね~」
「それどういう意味!?」
失礼なことを言うフウちゃんに抗議していると、外で「おおっ」とどよめきが起こった。
どうやら、さっきの挑戦者をユリアちゃんが返り討ちにしたらしい。
「とりあえず、この様子だと料理コンテストは大丈夫そうですね~。これだけ人気なら優勝間違いなしです~」
「いやあ、これ屋台というよりユリアちゃんの人気だから、どうだろう?」
予定通りといえば予定通りなんだけど、ユリアちゃん効果が大きすぎて、私の名前どころか食べてる料理が何かっていうことすら、ちゃんと記憶されてるか疑問が残る。
なんだろう、試合には勝って勝負には負けた的な?
「まあ、大丈夫じゃないですかね~? 先輩の料理美味しいですから、それなりに記憶には残ってると思いますよ、多分~」
「あはは、ありがとフウちゃん。そういえば、今日はムーちゃん達どうしたの?」
「あ~、ちょっと今は諸事情で連れてきてません~。まあ、そう遠くないうちにお見せ出来ると思いますよ~」
「? そう? ならいいけど」
よく分からないけど、フィールドにいてムーちゃんに乗ってないフウちゃんというのはかなり珍しい。
手頃な位置で揺れるポニーテールに釣られて、私はフウちゃんの頭を撫で回す。
「……あ、ずるい」
そうしていると、決闘が終わったユリアちゃんがそれに気付いて、こっちにとてとてとやって来た。
「ミオ、私頑張った。褒めて」
「うん、ありがとうね、ユリアちゃん」
乞われるままに頭を撫でると、二人揃って気持ちよさそうに目を細める。
すると今度は、一緒にいたライム達まで甘えるように擦り寄ってきた。
「あはは、分かってる分かってる、みんなもよく頑張ったね……って、ちょ、ちょっと待って、みんな勢い、勢い強すぎ~!」
ライム、フララ、フローラ、ムギにバクと、次々に圧し掛かられ、私はバランスを崩してその場に倒れる。
そんな私達の様子を遠巻きに見ていたファメルが、呆れたように鼻を鳴らし、お客さんの相手をしていたナナちゃんがぷんすこと頬を膨らます。
「こらミオ、何をサボっとるんや! はよ補充してくれ!」
「わ、分かった!」
ナナちゃんに怒られ、私は慌てて調理に戻る。
モンスターと幼女に翻弄され、せっせと働く私の姿は、周りから見てまるで店長には見えなかったみたいだけど、それに私が気付くのは、もっと後になってからだった。




