領主。
悠真は使いの者とともに、馬車で領主の館へ向かっていた。
「すみません。どういった要件で呼ばれたんですか?」
向かいに座る使いの者へ尋ねる。
「私は領主様から、悠真様をお呼びしてきてくれと頼まれただけですので、詳しいことまでは分かりません」
「そうですか……」
「ただ、悪いことではありませんので、ご安心ください」
使いの者はそう言って、窓の外へ目を向ける。
「そろそろ到着いたします」
「分かりました」
しばらくすると馬車の速度が落ち、そのままゆっくりと停車した。
悠真が馬車を降りると、目の前には大きな館が建っていた。
使いの者に案内され、館の中へ入っていく。
廊下を進み、一つの部屋の前で足を止めた。
コンコン。
「失礼します。悠真様をお連れしました」
「入ってくれ」
中から低く響く声が返ってくる。
扉が開き、悠真は部屋へと入った。
まず目に入ったのは、執務机の上に山のように積み上げられた書類だった。
その向こうに座っている男は、一目で身分の高さが分かる立派な服を身につけている。
だが、その雰囲気は堅苦しいというより、どこか豪快そうな印象を受けた。
男は書類を一枚ずつ確認しながら、何かを書き込んでいる。
「お〜、よく来てくれたな〜」
顔を上げた男が、悠真を見る。
「もう少しで区切りがつくから、座って待っていてくれ」
「はい」
悠真は勧められた椅子へ腰を下ろした。
しばらく待っていると、男は最後の書類に目を通し、ペンを置いた。
そして立ち上がると、悠真の方へ歩いてくる。
「待たせたな。俺はこの街の領主を任されている、ヴィンセントだ。よろしく」
「悠真と言います。一応、冒険者をやっています」
「あ〜、話は聞いてる。神殿のことも、古代種のことも、封印のこともな」
「え?」
「その時のために備えなきゃいけないことは、もう王都から通達が来ている」
「そうだったんですね」
「ああ。騎士団や魔法師団の増員、強化、それから街の防衛も、これから進めていくつもりだ」
ヴィンセントは続ける。
「今日も悠真の仲間が魔法師団の訓練に付き合ってくれたと、報告を受けている」
(フィルのことか)
悠真は昼間の話を思い出した。
「それと――」
ヴィンセントが悠真へ向き直る。
「今回、川の氾濫から街を救ってくれたこと。それから、流された橋を一瞬で錬成してくれたことも礼を言う。ありがとう」
「いえ。僕らは、たまたまその場に居合わせただけなので」
「ははは! そうか!」
ヴィンセントは豪快に笑った。
「それから、あの館は好きに使ってくれ」
「え?」
「また旅に出るとは思うが、あの館はもうお前たちの物だ」
「ええ!? 本当ですか?!」
「ああ。こっちで買い取って、報酬として渡すことに決まったからな。王都からもそう言われている」
ヴィンセントは笑みを浮かべる。
「ここを拠点にして、旅を続けてくれ」
「ありがとうございます」
悠真は素直に頭を下げた。
「それと、今日はこのあと時間はあるか?」
「はい。大丈夫です」
「なら、夕食を一緒にと思ってな」
「分かりました」
「そうか。それなら、まだ仕事が残っているから、別室で待っていてくれ」
ヴィンセントは近くに控えていた使いの者へ声をかける。
「おい。悠真を案内してくれ」
「かしこまりました」
使いの者が悠真へ向き直った。
「悠真様、こちらになります」
「はい」
悠真はその後について部屋を出た。
案内されたのは、先ほどの執務室とは離れた場所にある客間だった。
中へ入ると、広々とした部屋の奥に浴室まで備えられている。
そして、室内には着替えも用意されていた。
「悠真様。湯浴みをされてから、こちらにお着替えください」
「はい。分かりました」
悠真は浴室で湯浴みを済ませると、用意されていた服へ着替えた。
普段着慣れない服に少し落ち着かなさを感じながらも、部屋に用意されていた紅茶を飲み、時間が過ぎるのを待つ。
しばらくすると――。
コンコン。
扉を叩く音が聞こえた。
「はい」
「失礼します」
扉が開く。
そこには、綺麗な服に身を包んだ一人の女性が立っていた。
「私は領主の娘、リリスと申します」
女性は悠真へ丁寧に頭を下げる。
「お父様から、悠真様をご案内するよう言われて参りました」
「はい。よろしくお願いします」
「こちらへどうぞ」
悠真はリリスに案内され、部屋を出た。
廊下を歩いていると、隣を歩いていたリリスが悠真へ話しかける。
「悠真様は、街を救っていただいた英雄だと聞いております。そのような方と、こうしてお話しできることを私はとても嬉しく思います」
「え? いや、僕一人ではなくて、みんなの力で解決できたので」
その答えを聞いたリリスが、少し驚いたように悠真を見る。
「悠真様は謙虚なのですね。パーティーでは、メンバーの功績も普通はリーダーのお手柄になると聞いておりますけど……悠真様は、そんなことはないのですね」
「はい。やっぱり、みんなの力があってできることの方が大きいですから」
「……そうなのですね」
二人はそのまま廊下を歩いていく。
悠真はふと気になり、リリスへ尋ねた。
「リリスさんは、どうして僕の案内を?」
すると、リリスが足を少し緩めた。
「リリス、とお呼びください。それと、私には普段の喋り方で構いませんので」
「え? でも……」
「お願いします」
「わ、分かりました。では……リリスは、どうして僕の案内を?」
リリスは少しだけ頬を赤らめる。
「それは……私が悠真さんに、少しでも早くお会いしたかったからです」
「え?」
「お父様にお願いして、少しでもこうしてお話しできたらと思いまして」
リリスは照れたような表情を浮かべながら話している。
悠真はその様子を不思議そうに見た。
「でも、なんで?」
「お父様から、悠真さんのことはいろいろ聞いていました。そんな英雄みたいな方と一度お会いして、お話ししてみたかったんです」
そしてリリスは、悠真を見つめる。
「そしたら……とても素敵な方だったので」
「え……?」
悠真はどう返せばいいのか分からず、戸惑ったままリリスを見る。
「……ダメだったでしょうか?」
リリスが少し不安そうに悠真を見る。
「いや、僕も話ができて良かったです」
「良かった」
リリスは安心したように微笑んだ。
「では、こちらになります」
案内された部屋へ入ると、そこはとても広い食堂だった。
中央には長いテーブルが置かれ、その両側には椅子がずらりと並んでいる。
その奥の方には、四人分の皿や食器が並べられていた。
悠真は案内された椅子に腰を下ろす。
すると、リリスもその隣の椅子へ座った。
それからしばらくして、扉が開く。
入ってきたのは領主のヴィンセントと、その隣にはリリスによく似た綺麗な女性がいた。
悠真は二人の姿を見ると、椅子から立ち上がった。
「待たせたな」
ヴィンセントが声をかける。
「いえ。リリスさんが話し相手になってくれたので」
「そうか。紹介しよう」
ヴィンセントは隣に立つ女性へ目を向けた。
「隣にいるのが、俺の妻のリアーナだ」
リアーナが悠真へ丁寧に頭を下げる。
「妻のリアーナと申します。リリスの母でございます」
「悠真です。よろしくお願いします」
挨拶を終えると、ヴィンセントがリリスへ顔を向けた。
「リリス。悠真はどうだった?」
「はい、お父様」
リリスは嬉しそうに答える。
「悠真様は、想像していたより素敵な方でした」
「あら。それは良かったですね、リリス」
「はい、お母様。お父様にも頼んで良かったです」
「そうか。それなら良かった。はははは〜!」
ヴィンセントが豪快に笑う。
悠真は三人の会話を、不思議そうな顔で聞いていた。
「まあ、座ってくれ」
「はい」
悠真が再び椅子へ腰を下ろす。
ヴィンセントも席につくと、控えていた使用人へ声をかけた。
「おい。夕食を用意してくれ」
「かしこまりました」
豪華な料理が次々とテーブルへ運ばれてきた。
肉料理や魚料理、色鮮やかな野菜を使った料理など、どれも手の込んだものばかりだった。
悠真たちは料理を楽しみながら、これまでの冒険や、悠真が暮らしている現世について話していた。
ヴィンセントは悠真の冒険の話に豪快に笑い、リアーナやリリスも興味深そうに耳を傾けている。
そうして夕食も終わりに近づいた頃――。
「お父様。私、もう少し悠真様とお話ししたいです」
リリスがヴィンセントへ声をかけた。
すると、リアーナが微笑む。
「そうね。どうせなら、泊まっていってもらったらどうかしら? ねぇ、あなた?」
「そうだな。それがいいな」
ヴィンセントも頷いた。
「本当ですか?」
リリスの表情がぱっと明るくなる。
そのやり取りを見ていた悠真は、何かを察したように口を開いた。
「いや、僕はそろそろ帰ります。みんなも待ってると思いますから」
「そうか? まあ、無理に引き留めるわけにもいかないからな〜」
ヴィンセントは近くに控えていた使用人へ声をかける。
「館まで馬車で送るとしよう。おい、頼めるか?」
「かしこまりました」
「……残念です。もう少し一緒にいたかったです」
リリスが少し寂しそうに悠真を見る。
「リリス。あまり悠真さんを困らせてはいけませんよ」
リアーナが優しく声をかける。
「はい、お母様」
リリスは返事をすると、もう一度悠真へ顔を向けた。
「悠真さん。また来て、お話ししてくれますか?」
「はい。時間があれば、また来ますよ」
「本当ですか?」
リリスは嬉しそうに微笑む。
「あまり待たせたら、私が伺ってしまうかもしれませんからね」
「はははは! だいぶ悠真のことが気に入ったみたいだな〜」
「お父様! そういうことは言わないでください。恥ずかしいです」
リリスは顔を赤らめながらヴィンセントを見る。
「では、今日はご馳走様でした」
悠真は席を立ち、三人へ頭を下げた。
「ああ。こちらこそ、長く引き留めてしまって悪かったな」
「悠真さん」
リリスが悠真を見つめる。
「約束ですよ?」
「はい。それでは、失礼します」
悠真はもう一度頭を下げると、使用人に案内されて食堂をあとにした。
館の外には、すでに馬車が用意されていた。
悠真が乗り込むと、馬車はゆっくりと走り出す。
そして悠真は、自分たちの館へと帰っていった。




