この熱が届くまで
悠真と陽菜は山を下り、麓のキャンプ場へと戻ってきた。
荷物を置いてひと息つくと、陽菜が悠真のそばへ寄ってくる。
「悠真。夕飯は何作るの?」
「ん? そりゃあ、お楽しみって言いたいけど……作ってるところ見てれば分かるかな〜」
「ふふ。そうだね」
悠真は調理道具を取り出しながら笑った。
「とりあえず、ダッチオーブンを使った料理が一つと、もう一品作ろうと思ってるよ」
「なら、私も手伝うから何でも言って」
「そうだね。まずは火起こしだな」
「分かった。今回はどうするの?」
「オガ備長炭を使うよ。火が付きやすいし、火力も安定してるから料理向きなんだ」
悠真は火起こし器を陽菜に渡す。
「これ貸すから、あとはやっといてくれる?」
「うん。任せて」
「頼むな」
陽菜が炭の準備を始めると、悠真もさっそく料理に取りかかった。
「よし。俺はこっちだな」
取り出したのは、一羽丸ごとの鶏。
その表面に岩塩と胡椒、そしてお気に入りのスパイスをたっぷりとすり込んでいく。
「お腹の中も忘れずにっと」
外側だけでなく、腹の中までしっかりと味をつける。
続いて取り出したのは、あらかじめ用意しておいたガーリックエビピラフ。
それを鶏の腹いっぱいに詰め込み、開いた部分を爪楊枝で閉じていく。
「野菜は〜……大きめでいいかな」
野菜をざっくりと大きめに切り分ける。
ダッチオーブンの底にアルミシートを敷き、その中央に丸鶏を置く。
さらに、その周囲を囲むように切った野菜を並べていった。
仕上げに、野菜の上からガーリックオイルを回しかける。
「陽菜〜。炭はどう〜?」
少し離れたところから声をかける。
「え? 分かんないから見て」
悠真が覗き込むと、炭にはしっかりと火が回り始めていた。
「お。いい感じ」
「結局、こっちで火起こししてたから何にも見れなかったじゃん」
陽菜が少し不満そうに言う。
「まあまあ。お楽しみが増えるだろ?」
「まあ、そうだけど」
悠真は笑いながらダッチオーブンに蓋をする。
火のついた炭をコンロへ移してダッチオーブンを載せ、さらに蓋の上にも炭を並べていく。
上下からじっくりと熱を入れる。
「これで、一時間くらいは放置かな〜」
「そんなにかかるの?」
「ああ。でも、その間にもう一品作るからさ」
悠真は玉ねぎとトマト半分をみじん切りにすると、挽肉と一緒にフライパンで炒め始めた。
肉の焼ける音とともに、香ばしい匂いが辺りに広がっていく。
「陽菜。その間に残りのトマトとアボカドをサイコロくらいの大きさに切ってくれる?」
「分かった」
陽菜も包丁を手に取り、二人並んで料理を進めていく。
しばらく挽肉を炒めた悠真は、フライパンの中を確認する。
「よし。こんなもんかな〜」
そこへカレー粉を加えて炒め、さらに刻んだトマトを入れて水分を調整していく。
スパイスの香りが一気に立ち上った。
「ね〜。すごいいい匂いするんだけど」
「だろ〜?」
陽菜は切り終えたトマトとアボカドを見ながら首を傾げる。
「でも、このカットしたトマトとアボカドは何に使うの?」
「ん? それはこれから使うよ」
悠真はレタスを一枚ずつ千切って広げ、その上に炒めた具を載せる。
さらに、陽菜が切ったトマトとアボカドを載せ、最後にチーズを散らす。
それを食べやすいようにレタスで包んだ。
「よし。キーマカレーのレタス包み、出来上がり」
「ヤバい、めっちゃ美味そう〜」
「まだあっちは時間かかるから、先に乾杯しながらこっち食べよう」
「賛成〜」
プシュッ。
二人でビールの缶を開ける。
「乾杯〜!」
缶を軽く合わせ、二人はビールを一口飲む。
続いて、キーマカレーのレタス包みにかぶりついた。
「ん〜、美味い!」
「さすが悠真ね。お酒に合うカレーが存在するとは」
「はは。簡単だったろ?」
「うん。今度試してみる」
しばらく二人で食べたところで、悠真はダッチオーブンへ目を向けた。
「さて、こっちはどうかな〜」
蓋を開け、中の様子を確認する。
「もう少しだな〜」
「けっこうかかるんだね〜」
「うん。放置できるけど、時間はかかるね〜」
再び蓋を閉じると、二人は酒を飲みながら他愛もない話をして時間を過ごした。
やがて――。
「そろそろいいかな〜」
悠真が再び蓋を開ける。
中を確認すると、満足そうに頷いた。
「うん。出来た」
丸鶏を取り出して切り分け、周りの野菜と一緒に皿へ盛っていく。
鶏の中からは、ガーリックエビピラフが姿を見せる。
「よし。ローストチキンとガーリックエビピラフの出来上がり」
陽菜がさっそくチキンを口へ運ぶ。
「ん! うっま! チキンはほろほろでジューシーで、ガーリックが効いててすんごい美味い!」
「美味いよな〜。今度はみんなにも食べてもらいたいな〜」
「ん? みんなって?」
「え!?」
悠真の動きが一瞬止まる。
「あ〜……蓮とか美月とかだよ」
「ふ〜ん。ま、いいけどさ」
二人はそのまま料理を楽しみ、気づけば皿の上の料理もほとんどなくなっていた。
その頃には、辺りもすっかり暗くなっていた。
「陽菜。上見てよ」
「え?」
陽菜が顔を上げる。
「わ〜……すごい綺麗〜」
頭上には、満天の星空が広がっていた。
二人は焚き火のそばに並び、小川山の夜空を眺める。
しばらく星を見ていた陽菜が、ふいに口を開いた。
「悠真。あんた、好きな人とかいないの?」
「え? 俺?」
突然の質問に、悠真は少し考える。
「……気になる人はいる……かな?」
「はっきりしなさいよ」
「なら、陽菜はいるのかよ?」
「私は〜……」
陽菜は悠真の方を見る。
「……内緒」
「何だよ〜。陽菜もはっきりしないじゃんかよ〜」
「い〜の、私は」
陽菜は再び星空へ視線を戻した。
「でも、今日はありがとね」
「え?」
「ここまで連れてきてくれて」
「ああ、全然。俺と陽菜の仲だろ」
「は〜……そういうことじゃないんだけど」
「ん? なんだって?」
「なんでもない」
焚き火の薪が、パチッと音を立てる。
それからしばらくして――。
陽菜が隣を見ると、椅子に座っていた悠真はいつの間にか寝息を立てていた。
「悠真。風邪ひくよ」
「…………」
返事はない。
「……まったく、人の気も知らないで」
陽菜は小さく息を吐いた。
「でも、幼馴染ってのも厄介なもんだな〜」
もう一度、悠真を見る。
「おい! 悠真! 起きろー」
「ん……?」
悠真が眠そうに目を開ける。
「片付けはやっておくから、テントで寝なよ」
「ああ……悪い。おやすみ」
「うん。おやすみ」
悠真は立ち上がり、そのままテントへ入っていった。
一人残った陽菜は、その背中を見送る。
「はぁ〜……」
ため息をつきながら片付けを済ませると、陽菜もテントへ入っていった。




