始まりの夢
「はぁ……今日も終わったか。」
神崎悠真は、会社の更衣室で作業着から私服へ着替えながら大きく背伸びをした。
機械メーカー「東栄マシナリー」。
組立工として働き始めて三年。
仕事にも慣れ、職場の人間関係も悪くない。
毎日忙しくはあるが、不満のある生活ではなかった。
それでも――。
「何か面白いこと、起きないかな。」
そんなことを思う日が増えていた。
毎日同じ時間に起き、同じ仕事をして、帰って眠る。
そんな日々を繰り返していた。
⸻
帰宅。
シャワーを浴び、夕食を済ませる。
テレビを眺めながら時間を潰し、時計を見る。
午後十一時。
「そろそろ寝るか。」
部屋の明かりを消し、ベッドへ横になる。
静かな夜だった。
目を閉じると、すぐに意識が深く沈んでいく。
⸻
どこか遠くで鐘が鳴った。
──ゴーン……
優しく、それでいてどこか懐かしい音色。
悠真はゆっくり目を開けた。
眩しい光が自分を包んでいる。
「……なんだ?」
足元から光が消えていく。
そこは広大な草原だった。
青い空。
流れる雲。
頬を撫でる風。
草木の匂い。
「……夢?」
思わず足元を見る。
柔らかな草が揺れている。
しゃがみ込み、一株つまんでみる。
指先に伝わる感触。
土の湿り気。
どれも現実そのものだった。
「こんなリアルな夢……あるのか?」
立ち上がり、周囲を見渡す。
遠く、小高い丘の向こうには城壁が見えた。
その内側にはが家が並んでいる。
煙突から立ち上る煙。
ゆっくり進む馬車。
人の姿も見える。
「あそこには、人が住んで居るのか。」
自然と足が動いた。
夢なら怖がる必要はない。
むしろ見てみたい。
この世界を。
歩くたび、風景が変わる。
小川のせせらぎ。
花畑を飛び回る蝶。
木々の間を駆け抜ける小さな動物。
どれも美しく、どこか懐かしかった。
「本当に夢なのか……。」
時間を忘れ、歩き続ける。
丘を越えれば街はもう目の前だ。
その時だった。
──ゴーン……
再び鐘が鳴る。
「また、この音……。」
身体が淡い光に包まれ始める。
「え?」
手を見る。
腕が透けていく。
「待ってくれ!」
街まであと少し。
あと少しで着くのに。
光は強さを増し、悠真の身体を包み込んだ。
景色が真っ白に染まる。
⸻
「はっ!」
悠真は勢いよく飛び起きた。
部屋は真っ暗だった。
心臓が激しく鼓動している。
夢……だったのか。
時計へ目を向ける。
午前〇時十二分。
「……え?」
眠ってから、まだ一時間ほどしか経っていない。
だが、夢の中では半日以上歩いた感覚が残っていた。
ベッドから降り、窓を開ける。
夜風が頬を撫でる。
その感触が、夢世界で吹いていた風と重なる。
「……忘れられないな。」
街へ辿り着けなかったことだけが心残りだった。
もう一度行きたい。
そんな気持ちが胸の奥から湧き上がる。
夢の続きを見たい。
そんなことを思ったのは、生まれて初めてだった。
悠真は静かに窓を閉め、再びベッドへ横になる。
眠れる気はしない。
それでも目を閉じた。
もし、あの世界にもう一度行けるのなら。
遠くで、鐘の音が聞こえた気がした。
──ゴーン……




