12話 遭遇
朝の光が瞼の裏に差し込んできて俺は目を覚ました。起き上がるとすでに2人は起きていた。
「大丈夫か?」
ハインツが聞いてくる。
俺はこくりと頷いた。それを見て2人が安心したように息をつく。どうやら昨夜気を失うように眠りについたことで心配させていたようだ。
「帰りましょう」
リーゼがさっさと立ち上がる。それに遅れて俺とハインツも立ち上がった。
まだ疲れがとり切れていない。おそらくハインツとリーゼもそうだ。わずかだがふらついている。
俺たちは道を下っていく。覚醒しきっていない頭を強いて動かしながら警戒する。昨日いたゴブリンが今日いないわけがない。ゴブリンがいた道とは別の道だが、出会わないと決めつけて歩くことはできない。
しかし、警戒してはいても十分ではなかった。道の奥からひとつの影がこちらに向かってきていた。その形からゴブリンであることが分かる。
途端に頭が冴えていく。背後から緩やかな風が吹いていた。臭い消しを塗っていない。
「まずい」
俺がつぶやくのと同時に2人が息をのんだ。ゴブリンに気づいたようだ。
「道変える?」
リーゼが言う。
「気づかれてる。戦うしかない」
俺が言うとハインツの肩が強張るのを感じた。
「なんで……」
「臭い消し」
端的な答えにハインツが押し黙った。
俺たちが話しているうちにゴブリンがある程度見えるとこまで来た。いやにゆっくり歩いてきているなとは思っていたが、その顔を見て分かった。俺たちを侮っている。子供が3人だからだろう。ありがたい。
「……距離を保ちながら戻ろう」
すでに下がり始めてはいたが、走り出してしまうのは困るため、指示を出しておく。
俺たちの中で致命傷を与えられそうなのはリーゼしかいない。俺には魔力も腕力もないし、ハインツは火を灯すくらいはできるがナイフに十分な魔力を通すだけの技量がない。リーゼは魔力の扱いが上手く、身体強化もナイフの強化もある程度できる。物理的に大きなダメージを与えられるのはリーゼだけだ。
徐々に寝床にした場所に近づいていく。あそこまで戻れば集めた枯葉がある。あれを服に詰めて火をつけ、ゴブリンに投げつければ怯ませられるだろう。その隙にリーゼに急所をついてもらうくらいしかとれる作戦がない。
2人に作戦を伝えながら歩く。ハインツが服に枯葉を詰めている間、俺が敵の注意を引く。リーゼは奥に逃げたように見せかけて迂回し、機をうかがう。火をつけた枯葉をハインツが投げつけ、怯んだ隙にリーゼが襲い掛かる。あまりに杜撰だ。しかしこれ以上は思いつかないし伝える時間もない。
「右胸でいいのね?」
リーゼが聞く。狙う場所だ。
「うん。昨日狩ったゴブリンはぜんぶ内臓が反転してた。あいつも同じだと考えるべきだと思う」
「……分かったわ」
納得しきっていない声だが、ここで言い争っても良いことはないと判断したことがうかがえる。俺の判断が間違っていたとしても、胸に深く刺されば致命傷だ。魔石が砕ければなお確実というだけで。
寝床の場所まで間もなくとなった。そろそろリーゼに駆け出してもらおう。
俺の言おうとしていることを察したのか、リーゼの空気が鋭くなった。リーゼがハインツを見る。ハインツは一歩ごとに強張ってきていた。そんなハインツをリーゼは力強い目で見据えた。
「頼んだわよ」
たった一言。それでハインツが纏う緊張の種類が変わった。
ハインツが頷いたのを見てリーゼが駆け出す。ワンテンポ遅れてハインツが枯葉を集めに向かい、俺はナイフを構えた。ゴブリンが堪えきれない笑いを漏らす。
一歩近づくたびに心臓が高鳴るのを感じる。かつてない恐怖だ。前世ではゴブリンなど歯牙にもかけなかったというのに。
発火の音がした。視界の端にハインツが映る。
「いくぞ」
ハインツが枯葉を詰めた服を投げる。ゴブリンが一歩後ずさった。足元に落ちたそれは枯葉をまき散らし、炎が広く飛び散る。それと同時に藪からリーゼが飛び出した。足元の炎に気を取られていたゴブリンは一瞬遅れてリーゼに気づく。
リーゼの出現と共に俺も駆け出す。リーゼが失敗すればそこからはアドリブだ。一瞬の判断力が重要な場面では俺が最も強い駒になる。リーゼが傷をつけてくれれば、そこに攻撃を通すことができる。ここで決めてくれればそれが最善。胴体に傷を付けられれば次善。それ以外は考えたくもない。
リーゼは潜り込むようにゴブリンの懐に入った。右胸を狙って一直線にナイフを突き出す。迷いのない、鋭い一撃。しかし、ゴブリンは身をよじってぎりぎりかわした。
体勢の崩れたゴブリンにリーゼが追撃を加える。俺は右に膨らみながら距離を詰め、リーゼの反対側に迫る。ゴブリンは俺には一瞥もくれない。魔物も魔力の多寡を測ることができるからだ。魔力のない俺は脅威に映らない。
リーゼと正対し、体勢を立て直しつつあるゴブリン。駆ける勢いをそのままに膝裏めがけて体当たりをした。がくりとゴブリンが崩れたのが分かる。頭上でゴブリンのうめき声がした。リーゼが有効打をくらわしたらしい。
ゴブリンから急いで離れる。それと同時にリーゼが飛ばされたのが見えた。ハインツが駆けてくる足音が聞こえるが、ゴブリンはこちらを見ている。体勢を崩されたのに腹が立ったらしい。その目から怒りが見て取れる。
ゴブリンは腕にいくつもの裂傷を負っており、腹から胸にかけて一本の傷もある。右腕にはひときわ出血の多い傷もある。これがリーゼが最後に食らわせた攻撃だろう。
ゴブリンは左腕を伸ばしてきた。それを屈んでよけ、傷にナイフを素早く刺して抜く。予想外の痛みだったらしく、ゴブリンは思わず引いた。すかさず近づいて右腕の傷を狙う。しかし、その右腕を振り回されて俺は飛ばされてしまった。
俺と入れ替わるようにハインツが懐に飛び込んだ。両手で握りしめたナイフには以前見たときよりも魔力が満ちていた。そのナイフがゴブリンの腹に突き刺さる。
ゴブリンの背後にはリーゼがすでに迫っており、背中の左側にナイフを切り下ろした。ハインツを打とうとしていた左腕から力が抜け、ゴブリンが前後の痛みで一瞬だけ硬直する。
俺はすかさずナイフを投げた。ナイフはゴブリンの目に根元まで突き刺さる。
ハインツは慣れない足取りで下がり、リーゼは先ほどとは反対側の背を突き刺す。
ゴブリンの体がぴくりと痙攣し、前に崩れ落ちた。
数秒間の沈黙が流れ、俺たちは勝利を認めた。
3人ともその場で膝をついた。息が荒い。まさに奇跡の勝利だった。能力と練度と度胸が食い違っていたからこそ、攻撃に時間差が生まれ、連携のようなものが成立した。何かがひとつでも欠けていればこの勝利はなかっただろう。
「5分休んだら行こう」
俺の提案に2人は返事もなくうなずく。なるべく早くこの場から離れなければならない。別の魔物がやってくるかもしれない。だが、体力も限界だ。せめて警戒しながら進めるだけの体力は欲しい。
そんな俺たちの願いも遠くの足音についえた。
下からゴブリンがやってきている。2体だ。あたりをうかがいながら歩いてくる。
俺たちは互いを見回し、どこからともなく自嘲じみた笑い声が漏れた。




