20 ただ一人の聖女
◇◇◇
「儀式に出られる聖女が一人しかいないだと。どういうことだ!」
バルタザールは周りを気にすることもなく、声を荒げた。
「そ、それが、神殿に残っていた聖女さま方は、すでに聖力が失われたらしく……この機会に引退を申し出ておられます。この10 年で、新しく聖女候補になったのはテレサ・ローレンスとセシル・アルヴェーン様の二人だけ。そのうち聖女となられたのは、セシル様だけですので、セシル様にお任せするしかない状況でして……」
「チッ……そうだったな。散々聖女として持て囃されてきたくせに、いざとなると使えないヤツらだ」
まぁ、大した聖力も無いくせに、聖女だなどとチヤホヤされてきただけの小娘共だ。儀式に参加した所で、大した違いも無いのだが。と、バルタザールは顔をしかめる。
(しかし、残されたのが聖力の欠片もない偽物だけとはな……)
「……どうします?儀式は中止しましょうか……」
バルタザールの顔色をうかがいながら、恐る恐る尋ねる若い神官を、バルタザールは怒鳴り付ける。
「今更そんなことできるか!王家も呼んでいるんだぞ!セシル様に頑張っていただく他無いだろう!グダグダ言っている暇があったら、早く準備に取り掛かれ!」
バルタザールに恫喝されて、慌てて部屋を出ていく神官。
(全く!どいつもこいつも使えない奴らめ!)
腹の虫が治まらなかったバルタザールは、思わず飲んでいたワインのグラスを床に叩き付けた。勢いよくガラスが飛び散り、飛んできた破片が頬を掠める。
「つっ……くそっ!」
流れる血を見て、さらに怒り狂うバルタザールだった。
◇◇◇
「雨乞いの儀式?嫌よ。どうしてこのわたくしがそんなことしなきゃいけないのかしら」
セシルのために建てられた新たなる聖女宮で、お菓子を片手に寛いでいたセシルは、儀式の依頼を受けて露骨に嫌な顔をした。
聖女としてのお披露目式以来、一切の公務を行わず、部屋でのんびり過ごすか、私的なパーティーやお茶会のみに参加していた。
数年間聖女として箔をつけた後、引退して良家に嫁ぐのだ。神殿の仕事や煩わしい行事など、参加するのも馬鹿馬鹿しい。
そんなものは、高貴なる身分の者がすべきではない。下々の者にやらせておけばいいのだ。
「そ、それが、現在神殿にいらっしゃる聖女様はセシル様だけなのです。王太子殿下もいらっしゃってますし、ただ一人の聖女であるセシル様においでいただかないと、神殿の立場が……」
先ほどまで興味なさそうにそっぽを向いていたセシルは、その言葉にぴくりと反応した。
「他の聖女はどうしたの?」
「皆さん聖力を失われたので、儀式をご辞退され、今日付けで引退されました」
「ふ〜ん、聖力が無くなったのね……では、この国で聖女と呼べるのはわたくしだけってこと?」
「はい!セシル様だけが頼りです!」
「ふふふ、そうなの。それじゃあ、仕方ないわねぇ」
セシルはニタリと微笑む。
「出てあげてもいいわ」
「ありがとうございます!すぐに準備いたします!」
準備をするために、バタバタと飛び出していく神官。
「あの、いいのですか?公爵閣下から、なるべく神殿の行事や公務に参加するなと言われておりますが……」
ご機嫌でドレスを脱ぎだしたセシルに、侍女の一人が、心配そうに尋ねてくる。
「……仕方ないじゃない。わたくししかいないのだもの。下手に断ると怪しまれるわ。それに、雨乞いの儀式でしょう?すぐに結果が出なくても関係ないもの」
「それはそうですが……」
「それに聞いた?ユリウス様がいらっしゃるのよ。一度お会いしてみたいと思っていたのよ……ああ!楽しみだわ!急いで支度してちょうだい」
バタバタと慌ただしく、聖女の正装に着替えるセシル。開け放たれた門の前では、すでに大勢の民衆が、聖女の登場を今か今かと待ち侘びていた。
「聖女さまだ!」
「聖女さまがいらっしゃったぞ!」
集まった民衆に感情のない眼差しを向けるセシル。しかし、貴賓席に座るユリウスに目を留めると、その瞬間、口角を緩めた。
そして、美しいその姿は、偽りの輝きを纏って、民衆に微笑みかけるのだった。




