狼と獅子
「こっちについてくるとは……セタンタ、お前も罵られたかったんだなっ」
「ちげーよ!」
セタンタ君はアンニアちゃんを抱っこしたロムルスさんと別れ、レムスさんについて街を歩いていました。
罵られる事に興味があるのではなく、レムスさんが雇う――事になるかもしれない――女性に興味が沸いたのです。
「士族長家、それもバッカスで五指に入るほどの有力士族のカンピドリオの人間に対して、『直接頭下げに来い』って誘うなんてどんな人だよ。ちょっと見たい」
「士族長家って言っても俺は兄者みたいに偉くて賢くないからなぁ」
「そのロムルスさんが頼みに言った時点で注文つけてきてるんだぜ?」
「……確かに! 勇気あるなぁ、その子。気の強い子も結構好きだぜ」
レムスさんはちょっと関心。
セタンタ君は「親しい知り合いなんじゃない?」と問いかけ、レムスさんは「そうなのかも?」と言いつつも首を捻りました。
そんな会話をしているうちに、二人はロムルスさんに指示された場所へとやってきました。そして、今度はセタンタ君が首を捻りました。
「あれ……? ここ、マーリンの家じゃん」
「マジで?」
「まあ家って言ってもアパートの一室借りてるだけだけどさ」
セタンタ君はチラリとレムスさんが持つ紙を見せてもらいましたが、そこに記された部屋番号はマーリンちゃんの部屋ではありませんでした。
という事は同じアパートに入居しているだけの別の人なんだろう。
二人がそう考えつつ、紙に記された部屋の扉を軽く叩き、訪ねると中から水着にエプロン姿の獣人の女の子が出てきました。
「はいはーい。あ、セタンタとレムスさんじゃん。どったの?」
「お前の格好がどうしたんだよ」
「ああ、ちょっとカードで負けたから着させられてるとこ。でも可愛いでしょ?」
「マジ可愛いぜマーリンちゃん!」
レムスさんがデレデレと相好崩し、マーリンちゃんは「えへへっ、ありがと」とニヘッと笑って答えました。
セタンタ君はエプロンのおかげでマーリンちゃんの股間が隠されている事に安堵しつつ、部屋を間違ったかと思い、壁に記された部屋番号を確認しましたが……。
「ここであってる……よな?」
「マーリンちゃん、俺、兄者にここに来るように言われたんだが、ひょっとして俺呼んだのってマーリンちゃん? マーリンちゃんでも歓迎だぜ?」
「ああ、それは――」
「アタシよ、アタシ。良いから中に入ってきなさい」
部屋の奥からマーリンちゃん意外の声が聞こえてきました。
それを聞いたレムスさんは心当たりがあるらしく、「ゲッ、この声は……」と嫌そうな顔をしつつも、重ねて「入ってこい」と促されると従いました。
セタンタ君もそれに追随して行くと、アパートのものとしては少し広めのベランダにて優雅にお酒を飲んでいた女性の姿が立ち上がるのを目にしました。
それはスレンダーな体つきの女性でした。
テーブルに手を添えつつ立ち上がった姿はすらりとした、という形容がとても似合うもので、にんまりと微笑しつつ、挑発的な目つきでセタンタ君の方を――いえ、レムスさんを見ています。
種族は獣人。
マーリンちゃんのような猫系獣人にとてもよく似ていましたが、猫と表現するには少し獰猛そうな印象を受ける方でした。
実際、猫系ではなく、獅子系獣人と呼ばれる戦闘に秀でた種族の方です。
「ようこそ、カンピドリオ士族家の若様」
「ゲェー……兄者が言ってた子って、お前かよ、アタランテ」
「ゲェー、とは何よ。まあ助けてあげるから座んなさい」
アタランテ、と呼ばれた女性はニマニマと楽しげに笑いつつ、レムスさんとセタンタ君に席につくよう促しました。
「マーリン、こいつらに何か淹れてやって」
「はーい、ご主人さまー」
「何かお前とは久しぶりだなぁ」
「言うほどじゃないわよ。士族の新年会で飲み比べしたでしょ?」
「あ、そうだった。つーか、何でお前がマーリンちゃんをアゴで使ってんだよ。羨ましい。俺もマーリンちゃんに侍女服着てもらってお世話してもらいたい……」
「酒の肴に今日限定で侍女になってもらっててるだけよ」
マーリンちゃんの部屋はアタランテさんのお隣。
お隣さんかつ冒険者仲間で同性同士――まあ一応は同性同士――という事もあり、親しくしているようです。
「要は女友達ね」
「センセー、女友達は酔っ払って自分の部屋とボクの部屋を間違って押し入ってきたり、三日に一度は人に夕飯作らせて自分はダラダラしたりしないと思いまーす」
「まあまあ、そう言いなさんな。恋の相談とか乗ってあげてるでしょ?」
「は!? のってもらってないし!!」
「マーリンちゃんごめんなー、横暴な女で」
「まー、食費貰えるからいいけどね。一人も二人も変わらないし、むしろ材料消化出来るから助かってるとこもあるし。でも押し入ってくるのは止めてほしい!」
冷たい飲み物を用意しつつ、台所から顔を覗かせて喋っていたマーリンちゃんでしたが、ついでとばかりにレムスさんに問いを投げかけました。
「今日知ったんだけど、アタランテさんとレムスさんって知り合いだったんだ」
「幼馴染だよ。コイツ、カンピドリオ士族の生まれだし、ガキの頃からよく遊んだり、一緒に訓練励んでたんだ。アンニアも『ねーたん、ねーたん』ってちょこちょこ歩いて、コイツの足に抱きついて慕ったりしててなぁ」
「へぇー、そうだったんだ」
「あと、元カノと元カレって仲なのよ」
「へぇー!? そうだったんだ!?」
恋話の予感に胸が高鳴ったマーリンちゃんがワクワクした様子でやってきて、続きを聞きたがりました。
セタンタ君は逆に「気まずくないんだろうか」と思いましたが、それを指摘するのが気まずそうなのでそっとしておきました。
が、セタンタ君の心配とは裏腹にレムスさんとアタランテさん――元恋人同士はケロリとした様子で昔の事を語ってくれました。
「お互い、士族の戦士として育ってきて、ガキの頃からケンカしながら張り合ってきてよぅ。あんま異性としては見てこなかったんだが――」
「成人祝いを皆で合同でやったんだけど、そん時にレムスが祝いの席で友達がいつの間にやら恋人作ってイチャイチャしてるの見て、いいなぁって言ってたから『仕方がないから付き合ってあげようか?』と私が手を差し伸べてあげたのよ……」
「捏造すんな! いいなぁって言ってたのはお前だろ!? ああいうのも幸せの一つなんだろうなぁー……って寂しそうに言ってたから、俺が勇気出して『俺がいるだろー!』って言ってやったのによぉ」
「はあ? 自分の都合の良いように改変しないでくださいますぅ?」
「こっちのセリフだ! こっちの! オメーは相変わらず意地はるんだから!」
「仲いいなー」
「「良くない!」」
「あ、はい……ごちそうさまです。でも、何で別れたの?」
「お前ずいずい切り込んでいくな……」
セタンタ君は幼馴染の言動に戦慄しました。
レムスさん達はちょっと唸り、顔を見合わせて「言っていいものか」と迷った様子でしたが、直ぐにケロッとした様子で答えを口にしました。
「気心知れた仲ではあったんだけど、知れすぎて喧嘩してるのが普通でねぇ」
「当事者同士は別にそれでもいいじゃん、と思ってたんだけど、仮に結婚した時とかに子供の教育上よろしくないし、元の関係の戻ろうぜ、ってなったんだよ」
「ね。身体の相性も良かったんだけど、毎度毎度主導権の取り合いになって、そっちも喧嘩しながらが当たり前で疲れるって事もあってさぁ」
「マジでそれな。ベッドで殺し合いしてるみたいなのでな! ハハハ!」
「コイツ大人しく寝てりゃいいのにがっついてくるから可愛げないの」
「可愛げ無いのはお前だろぉ!? 顔も身体もメッチャ良いもん持ってんのに常に責めに回ろうとすっからさぁ。俺に任せときゃいいのにー」
「人が寝てんのに縛って勝手に身体使ってくる野郎に任せられるか!」
「あの時はメッチャ良い反応示してくれたよなぁ……拘束されてキレてたのに、悔しげに涙目になって、声そのうち我慢できなくなってたりなー」
「それ以上、余計な事を言ったらアンタのケツを完全破壊する」
「ゴメンネ」
「その辺はさておき……レムスが連れてきた男の子、どなた?」
「コイツはセタンタ。チビだけど腕っ節は中々だぜ」
「チビじゃねーし! まだ成長期終わってないし……!」
セタンタ君がケタケタと笑うレムスさんにキレつつ、アタランテさんに対してはペコっと頭を下げました。
アタランテさんの方はセタンタ君の名前を知っていたらしく、「ああ、あの……」と呟きつつ、直ぐにニマニマと笑い始めました。
「セタンタ君ね。噂は……ふふ、色々と聞いてるわ」
「フーーーッ!!」
「おっと、あんまペラペラ喋ると、そこの猫ちゃんが怒るから自重しとこ。んじゃ、本題に入るとしますか。猫ちゃんそっちの資料取ってくれる?」
アタランテはマーリンちゃんに命じ、室内の紙束を取ってこさせました。
どうもロムルスさんが白狼会の実態調査に使っていたのと同じもの。アタランテさんに「弟を助けてほしい」と頼みに行った際、貰ったようですね。
「私も話半分で聞いてたんだけどさぁ……アンタ、いくらなんでも2週間で1000万の赤字は酷すぎない? 頭おかしいわ、金銭感覚的な意味で」
「しょ、初期投資だもんっ」
「そういうのはまともなもの買ってから言いなさい。まったく……マジで絶句しちゃうほどだったけど、仕方ないから私も少し手伝ってあげるわ、白狼会」
「え? 意外とすんなり……跪いて足を舐めたりしないでいいのか?」
「舐めたいなら舐めてもいいけど?」
「後でな」
「あらそう」
「けど、お前にクランの運営の事なんてわかるのかよ?」
レムスさんは訝しみました。
アタランテさんは「アンタとは違うのよ、アンタとは」と鼻を鳴らしました。
「ガキの頃から剣とか槍とか鈍器振り回すばっかりで、ロムルスの走狗と化してたアンタと違って、アタシは色々とお勉強させられてきたのよ」
「酷い言われようだ。お前も弓ばっか振り回してたじゃん!」
「昼間はね。夜はおうち帰ってお勉強、冒険者クランの事務作業の手伝いして、アンタと別れてからは冒険者として動きつつ、クランの運営側に回って色々と知識は蓄えさせられてきたの」
「ふぇぇ……なんか負けた気分……」
レムスさんは試験前に「全然勉強してないよw」と言ってた子が「実はガッツリ塾に通ってた」と知った時のような疎外感を感じました。
「ま、面倒になったから今は独立で冒険者してるけどね。幼馴染の窮地だし、多少マシになるまでは付き合ってあげるわ」
「マジかよ……これはついでに寄りを戻す流れかな?」
レムスさんはセタンタ君を軽く肘で突きつつ、「なっ?」と同意を求めるように言いましたがアタランテさんにはジト目で見つめられました。
「んなわけないでしょ。アンタ貰っても困るわ。他に報酬も貰えるしね」
「報酬? 白狼会に入った後の賃金の話か?」
「それもあるけど、ロムルスに別途貰う予定なのよ。ふふ……まさかアイツがアフロディーテの黄金の林檎を持っていたなんてね。是非とも私の物にしないと」
「なんだそれ?」
「バッカス建国初期に作られた有名な工芸品よ。三つ作られて、一つは楽獄都市に保管・展示されてるんだけど、残りの二つの所在は公になって無かったんだけど……まさか、ロムルスが持ってたとは」
「レムスさんの白狼会を立て直したら、工芸品が貰えるの?」
マーリンちゃんが問うと、アタランテさんは頷きつつ、「正確には立て直す、ではないけどね」と答えました。
「レムスがアタシ抜きでもクラン運営していけるぐらいになったらおさらばよ。そこまで育て上げたら講師料として黄金の林檎が貰えるの。タダで! 50億はくだらない一品をよ!?」
「へぇー! そんな貴重なものを? 太っ腹だなぁ」
「ロムルスも大概、弟に甘いからね」
「黄金の林檎……あ、なんかキンキラ金色の林檎か? 果柄に碧色の宝石で作られた葉っぱがついてる……?」
「うん、それだけど?」
「あー、あれなら、アンニアがよく齧ってるぞ」
「ふぇー!? そんな貴重なものを?」
「純金だったらヤバそうだな」
「……………………えっ? 何でそんな無体な事を?」
ちょっとフリーズしていたアタランテさんが戦慄しながら問いました。
「アンニアが兄者の部屋で寝る時、よくそのリンゴを抱っこして寝てるんだ。んで、寝ぼけて『りんごしゃん……りんごしゃん! がじがじ!』って齧ってたりしてなぁ。可愛いだろー? 歯の生え変わりとかで、痒いのかな?」
「ふ、ふざけんなーーー! はよ引き取らないと……!」
アタランテさんは大いに焦りました。
必ず、かの邪智暴虐王から美術芸術品を守らなければならぬと決意しました。
レムスさんを一人前の冒険者クラン総長に仕立て上げるのが早ければ早いほど、早期に林檎を助ける事が出来る。そう信じたアタランテさんは血走った目でレムスさんに詰め込み教育を行う事を決めました。
レムスさんは只ならぬ元カノの形相に震え、逃げようとしましたが尻尾を捕まれ、逃げ出す事は叶いませんでした。
「さぁ、今日からしっぽりお勉強会よ」
「ヤダァ!」
「口答えすんな!!」
「ヒッ……! セタンタ! マーリンちゃん! 助けて!?」
マーリンちゃんは飛んで逃げ、セタンタ君は転移して逃げました。
二人がマーリンちゃん宅で夕飯をつついている間も、隣室からはゴリゴリと骨を削るような音と、アタランテさんの「何でこれがわからないの!?」という怒声と、レムスさんの涙声が聞こえてきました。
聞こえてきましたが、孤児院時代の教育で「危ういものには近づかないようにしましょう」と教え込まれていた二人はその通りにしましたとさ。




