白狼会の滅び
火葬竜との戦いから二週間後。
セタンタ君はクアルンゲ商会のフェルグスさんに声をかけられ、商会の遠征の手伝いとして都市郊外に赴き、帰ってきました。
市壁の門をくぐって伸びをし、遠征部隊を率いていたフェルグスさんを見つけて声をかけにいきました。
「オッサン、お疲れー」
「ああ、お前もご苦労だった。今回も助かったぞ」
「ホントに? じゃあ明日でも良いから久しぶりに手合わせしてくれよ」
「明日どころか暫く仕事で立て込んでいてな……。手合わせは了解したが、すまん、日取りはまた別に決めてくれ」
「へーい」
「遅くとも一ヶ月後ぐらいには予定が開くはずだ。ああ、それとセタンタ、立て続けで悪いがまた遠征の予定があってな」
出来れば予定を開けておいてくれ、とフェルグスさんは言いました。
セタンタ君は少し迷ったものの、「まあオッサンの頼みならいいか」と決め、詳細を聞かずに返事を返しました。
「2、3日、遅くとも5日以内には声をかけれるはずだ。諸々の準備はこちらで行うから、お前は今回と同じ装備だけ整えてくれればいい」
「了解。整備しつつ、待ちつつ、都市内でダラダラしてるよ」
「すまんな」
フェルグスさんは遠征隊をひとまず解散。
商会の商館へと帰っていきました。
「……せめてどこに行くかぐらいは聞いておけばよかったかな?」
セタンタ君は首捻りつつ、少しだけ後悔しましたが「まあ、いっか」と思い直し、ひとまず寮に帰ろうとしました。
帰ろうとして、まだ昼時である事を思い出し、昼食を食べてから寮に帰る前に一つ、寄り道をする事にしました。
白狼会の事務所に行くようです。
レムスさんが上手くやってるか、様子を見に行くようですね。
モクモクと謎の煙が出て来る隣家を眺めつつ、白狼会の事務所の扉を「ちわーっす」と潜ったセタンタ君は脚を組み優雅に座っている獣人さんと出くわしました。
レムスさんの双子の兄であるロムルスさんです。
アンニアちゃんがそのお膝に座っています。
色黒の弟さんとは真逆の白い肌を持つロムルスさんは柔和な笑みを浮かべつつ、セタンタ君に軽く挨拶をしつつ――対面に座るレムスさんに話しかけました。
「弟よ、結論から言うが、このままでは白狼会は滅びるぞ。確実に」
「んなっ、何でだよ兄者。依頼はちゃんとこなしてるんだぜ?」
「依頼をこなせばクランは存続するわけではない。お前は……ああ、セタンタ、別に出直す必要はない。聞いてくれてて構わないよ」
「ホントに? じゃあ、ちょっと台所借りまーす」
「タンタちゃん、あしょんで~」
「お茶淹れたらな」
セタンタ君は足元にまとわりついてくる現実のアンニアちゃんをいなしつつ、四人分のお茶を淹れ、アンニアちゃんの遊び相手になりながら獣人兄弟の話に聞き耳を立てました。
ちょっと目を離しているうちに、白狼会は存亡の危機に突入中のようです。
一度、弟さんから距離を置いたロムルスさんがわざわざ来ている辺り、「よっぽどの事なんだろう……」とセタンタ君はボンヤリと思索。
原因を考え、直ぐに問題点を察しました。
「兄者、自分で言うのも何だが……白狼会の仕事は順調そのものだぜ? クラン設立から今日まで6件の依頼をキッチリこなしてんだから」
「ああ、報告は受けている。鷹の集団繁殖地撃滅、大海蛇10体の引き上げ討伐、マルペール周辺の巡回、アルヒでの迎撃戦参加、魔物熊の追跡駆除、ティアマトの捜索隊参加……どれも求められた仕事をちゃんとこなしたそうだな。お前の実力なら余裕だったろう」
「兄者めっちゃ詳しい。俺の追っかけだったの……?」
「人をやって白狼会の事を調べさせていただけだよ」
そう言いつつ、ポツリと「依頼に関してはよく頑張っているな」というロムルスさんの言葉にレムスさんは鼻高々。
順調に依頼はこなしていて、認めてもらえているだけに、それでもなお「滅ぶ」と言われた事はよくわからず、レムスさんは首を捻りました。
アンニアちゃんはそれを見て、無邪気に笑いながら「れむにいたん、もうすぐおうち無くなるのん?」と言いました。
「無くなんねえよぅ。無くなったらそこのアンニアの机どうするんだよ?」
「おうちもってカエルーよ」
「そ、そっか……そうならないようにガンバルーよ、兄ちゃんは」
「がんばえ~」
「んで、兄者、どうして白狼会がヤバイんでしょうか? 心当たりねえんですが」
「本当に心当たりは無いか?」
「う、うーん……その、タルタロス士族の子と少し揉めたぐらいかなぁ……?」
「アレはもう手打ちとなっている。気にしなくていい。今後、白狼会が活動していくうえで張り合われるかもしれないが、それはお前の方で頑張りなさい」
「あれっ、その事も知ってるか。んー……わりとマジで、わかんねえ!」
「弟よ、お前はクランの帳簿はちゃんとつけているか?」
「ちょうぼ?」
レムスさんはヒョットコのようなひょうきんな顔を浮かべました。
何と答えるか察していたロムルスさんはニッコリ笑って眉間に青筋浮かべつつ、「やはり金勘定をちゃんとしてないんだな」と言いました。
「愚弟よ、自分のクランの財政状況ぐらいキッチリと把握しなさい」
「えぇ~、してるよ~。だって依頼なら毎回カンペキにこなしてキチッとお金貰ってるんだから、儲けてるだろ? ズズ~ンとお金貯まってるはずだぜ!」
「それを本気で言ってるなら相当おめでたいぞ貴様」
「えへっ? 褒められてる?」
「もういい、とりあえずこれを見ろ」
ロムルスさんは頭を振り、弟さんに一つのファイルを渡しました。
「クランの活動とは別に金の出入りに関してもざっと調べてもらっていたのだが、入ってくる金以上に出ていく金の方が多いのだ。圧倒的に」
「へぇ! そうだったのか……えっと、どこ見ればいい?」
「…………」
ロムルスさんは辛そうに眉間を押さえました。
「もう、具体的にどれだけ赤字出てるか見てみろ」
「はい。ドンドコドコドコ?」
「ここだ」
「ふぁっ!? 1000万の赤字!?」
「ブフォッ!?」
財政的な問題と予想していたセタンタ君もお茶を吹き出す金額。
ビックリしたあまり、「マジかよ」と半信半疑でレムスさんの背後に周り、アンニアちゃんと一緒に覗き込むと「マジだった」と呟きました。
「保険代がかかったわけじゃあ無いっしょ?」
「うん。何でだろうなぁ」
「お前が、依頼後の打ち上げで、大盤振る舞いをしすぎた所為だ……!」
ロムルスさんはニッコリ笑いながらキレました。
実力的には白狼会は順調そのもの。
総長たるレムスさんの実力は一線級で、士族外の知り合いも相応に実力者が多く一時雇用とはいえ揃えられる面子は中々の精鋭。
レムスさん本人がロムルスさんの下でガンガン魔物を狩ってきた事もあり、ギルドからの評価も高く、回してもらえる仕事も報酬面では良いものが多いです。
報酬に比例して危険度も高まりますが、危険をはねのける実力も持ち合わせています。十分にこれからもやっていけるポテンシャルはあるのです。
それを全て台無しにするほど、レムスさんが丼勘定という問題はありますが。
「酔っ払って気前よく全員に奢り過ぎだ馬鹿者め。打ち上げをする度に宴会代だけで報酬が軽く吹き飛んでいるんだぞ」
「ふぇ~、ホントだ、ウッカリしてたなぁ」
「初回からスゲー大盤振る舞いだなぁ、と俺も思ってたんだけど、回を追うごとに宴会代が右肩上がりだ。すげえよレムスさん」
「だろ? 俺は日々右肩上がり男よ。ハハハハハ! すみません」
レムスさんは笑いながら素早い動きで机上土下座をしました。
ロムルスさんは深い深い溜息をつきつつ、眉間を少し揉みました。
「私も、悪かった……お前が金勘定苦手な事ぐらい、知っていたというのに」
「ごめんなさーい。ホントごめんなさーい」
「れむにいたん、メッ! だよ? ばちゅとして、あんにゃにサクサクおいちぃ揚げクレープを100個おごってね? むふっ」
「ん~~~! 仕方ないにゃあ~~~!」
「そういうのを止めろ……! 弟よ、頼むからやりくりというものを覚えてくれ。一番酷いのは宴会代……接待費だが、消耗品や食料品代など稼業に必要な物品を買い揃える費用もバカのように使いすぎだ」
「むむむ……気をつける。けど、どうすりゃ覚えれるんだ?」
「節約を意識しなさい。爪に火を灯すようにケチケチしろとまでは言わないが、現状は酷すぎる。帳簿もお前なりにつけてみなさい」
「えぇー……。あ、兄者、やっぱ、俺一人じゃ無理だ! 兄者にコキ使われて、小遣いとかの管理も兄者にしてほしいぜ!」
笑って言ったレムスさんでしたが、ギロリと睨んできたお兄さんの目つきに思わずツバを飲み、シュンと落ち込みました。
何とか順調に進み始めたと思われた冒険者クラン運営。
設立して三週間と経たないうちにお先真っ暗な白狼会と自分の未来に、レムスさんは思わず涙ぐみそうになりました。
お兄さんに手を差し伸べられないと、ホントに泣いていたかもしれません。
「私も対策は考えてきた」
「対策……?」
「最初からお前一人にクラン運営を任せたのは間違いだった。なので、帳簿の付け方と資金繰りも含めて詳しい者を一人、白狼会に雇いなさい」
「おっ! なるほど! そいつに金の事は全部任せればいいわけだ!」
「違う。実際にやるのはお前で、指導役として招くのだ」
ロムルスさんはピシャリと告げました。
「お前自身がしっかり取り組まない限り、金銭への意識が低いままになる。金勘定が良い加減な代表には下のものが苦労させられる事になるからな……」
「むむむ……難しそうだな」
「励め」
「あ、そっか! 親父を参考にやればいいんだな?」
「我らの親父殿は上級者過ぎて参考にならんぞ……」
「むむぅ。まずは帳簿わかるヤツを雇う、だな?」
誰かいいヤツいねえかな? と聞いてきた弟さんに対し、ロムルスさんは「自分で探せ」と冷たく言い放ちました。
が、そこからさらに言葉を続けました。
「自分で見つけるのが一番ではあるが……今回はこちらで探してきた」
「マジで? 流石は兄者だぜ」
「あいつも……もとい、先方も『雇われてやってもいい』と言っている。ただ、『レムスが直接頭下げに来ないと行ってやんない』とも言っているのだ」
「誰だそいつ! なんかエラそうだな!? ムカつく男に違いない」
「女性だ」
「マジかよ、俺はちょうど女の子に罵られたいと思ってたんだ」
手のひらくるくる。
「とりあえず、暇なら今から行ってきなさい。紙に住所は書いておいた」
「兄者は一緒に来てくれねえの?」
「私にはアンニアに揚げクレープを奢るという大事な使命があるのでな」
「まことに~!? あんいゃ、ろむにーたん、だいしゅき♡」
「あっ、あっ、俺もそっち参加したい」
「駄目だ。セタンタ、キミも来るか? 何か奢ろう」
「いやいやセタンタ! 俺と一緒に罵られに行こうぜ!?」
「うーん……」
セタンタ君は「面白そう」と思った方について行く事に決めました。




