冒険者の保険
火葬竜と飛竜の戦いから二日後。
セタンタ君は痛む頭を押さえながらソファにて目覚めました。
自分でもどこにいるのかわからず、周囲を見渡しているうちにそこが白狼会の事務所である事から、段々と状況を思い出してきました。
「……そういや宴会してたんだったな」
白狼会の初仕事が終わった後、「宴だーーー!」と騒いだレムスさんが皆を打ち上げに誘ってきたのです。
費用は全てレムスさん持ちで、エレインさんが一次会で帰った後、他の面子でゲラゲラ笑いながら二次会、三次会とハシゴし、四次会を白狼会で行い、そのまま寝落ちしてしまったようです。
マーリンちゃんが「フヒ……フヘヘ……」と心底楽しげな顔で別のソファに寝かされているの眺めていると、話し声が聞こえてくる事に気づきました。
レムスさんと誰かが事務所の外で話をしているようです。
聞き耳を立てるのも失礼だと思ったセタンタ君は給湯室に行き、水を貰って頭痛を収めるべく薬を飲みました。
そうこうしているうちにレムスさんも話し終わったようです。
事務所内に頭を掻きながら戻ってきて、青年と少年は互いに挨拶を交わし――レムスさんはセタンタ君にお金の入った袋を寄越しました。
「それ、お前の分な」
「報酬なら昨日貰ったけど?」
「俺からじゃねえ。まー、アレだ、迷惑料だな」
つい先ほど来ていたお客さんが置いていったようです。
「一昨日、アイちゃんのパーティーを助けただろ? 一応」
「うん」
「そのアイちゃんのお父さんがやってきてなぁ……娘が大変ご迷惑をおかけしました、と金一封置いていったんだよ」
名目は救援の御礼。
実際は「娘の大失態をあんまり言いふらさないでね」という口封じの意味も込められています。セタンタ君も察して嫌そうな顔を浮かべました。
「いまから返してきていい?」
「まあまあ。アイちゃんの家……というか、士族としての面子もあるんだよ」
「別に言いふらすつもりは無いけどなぁ。どうでもいいし。バッカス最大規模の士族のくせに、タルタロス士族もみみっちい事を気にするなぁ」
「最大だからこそ、かもしれねえぜ」
返せとは絶対に言わないから、パッと適当に使っちまえと言ったレムスさんが笑い、マーリンちゃんの寝顔を覗き込みました。
寝顔を「アンニアに似てる。カワイイ」と評した後、出かける準備を始めました。冒険ではなく、街を歩くようです。
「俺ちょっとパリスとエレインさんのとこに行ってくるわ。白狼会で雇ってた全員分を押し付けられたから、礼金渡しにいかねえと」
「パリスもう帰ったんだ」
「今日は商会の仕事ある~、って早朝のうちに慌てて帰っていったぜ」
「ガラハッドは?」
「便所から奇妙な音が聞こえてきてるだろ?」
二人はそっとしておく事にしました。
レムスさんが書き置きを残すのを見つつ、セタンタ君も手を振って事務所を退去。どうしたものか、と思いつつ金袋を弄んでいます。
「捨てるのも気が引けるし……うーん、押し付けるか」
どうやら使いみちを決めたようです。
街をうろつき、知り合いの子供を見つけてゴニョゴニョと耳打ち。
何かを伝える事を託し、自分は貸し荷車を借りて行きつけの商店――それもお菓子専門の商店へと向かいました。
「おやっさん、こんちわー」
「おう、セタンタか。いつもの箱買いか?」
「うん。お釣りいらないからこれで適当に見繕って」
「釣り銭出ないよう、キッチリ使い切ってやるよ」
商店の旦那さんは慣れた様子で倉庫と店を往復し、直ぐに十種類ほどのお菓子を箱と一部袋詰めで用意し、荷車に詰んでくれました。
セタンタ君はお礼を言いつつ商店を後にし、都市内転移ゲートをくぐりながら首都3丁目へとやってきました。
そして、3丁目にある神殿のような建物の外へと荷車を止めました。
建物内に用事があるのではなく、待ち合わせ場所に使っているようです。
「チビ共、まだ来てないか……仕方ねえ、待つか」
どうも買ったお菓子を子供に引き渡そうとしている様子。
その辺の子供、ではなくセタンタ君も入っていた孤児院――赤蜜園に差し入れする腹積もりのようですね。
赤蜜園の孤児達は生活費、教育費、卒院後の生活に必要な道具などなどに多大なお金が使われているのですが、全て孤児院長さんの自腹。
借金として「そのうち返してね」と言われる事もなく、恩返しに寄付させてくれと言っても「受け付けてません」と突っぱねられるため、元孤児がそれぞれ突っぱねられない程度に物や労働力を贈ったりしているのです。
全員がそうではありませんが、セタンタ君は「せめてチビ達のおやつぐらい」と、ちょくちょく差し入れをしていました。
「まだですの!? もう二日も待たされているというのに!」
「あのねぇ、アイアースちゃん、二日前から言ってるけど順番というものがあるんだよ? ちゃんとやってるから、そうせっつかないで欲しいなぁ」
「あ、そろそろ最初の一人ですよ」
「だってさ。後の順番はもう連続かな」
「ホントですの!?」
「……どっかで聞いた羊の声がしたな?」
子供達を待っていたセタンタ君は、自分が待ち合わせ場所にしていた神殿――もとい、神殿風の建物を覗き込みました。
すると、中にある受付らしき所で巨乳の少女が――アイアースちゃんが騒いでいました。騒ぎ、建物の奥から出てきた箱を見て歓声をあげました。
その様子を覗き込んでいたために、知人の職員さんに「おーい、セタンタ君。どうした?」と声をかけられ、同時にアイアースちゃんに気づかれました。
気づいたアイアースちゃんは頬を染めつつ、プリプリとした様子で近づいてきました。これは……セタンタ君にホの字なのでしょうか?
「貴方! 何でここにいますの!? ブチ殺しますわよ!」
「殺意高い。単に待ち合わせ場所にしてただけだよ」
ロマンスの気配はまったくありませんでした。
「お前こそ何でここにいるんだ」
「質問を質問で返さないでくださいな」
「すみません」
「私は仲間の蘇生待ちをしているだけです!」
「ああ……そっか、ここ、保険屋だからなぁ」
「ええ。状況を理解出来ましたか?」
「お前らのパーティー、バンバンと人が死んだからなぁ」
「むっ! むうぅぅぅ……!」
セタンタ君の言葉にアイアースちゃんが涙目になりつつ、頬を膨らませました。
両手でブンブン振って怒っているようですが、セタンタ君は涼しい顔です。
「死んでも問題無し! ですわ」
「いや問題はあるだろ」
「死んでも保険に入っているのだから、いくらでも取り返しはつきますもの」
「金と寿命引き換えだけどな」
二人がそんな会話していると、建物の中にいた方が「もう始めちゃうよ?」と言い、アイアースちゃんが慌てて駆けていきました。
セタンタ君も物見遊山気分でそれに追随。
そして、建物の中にいた方――この事務所の職員さんが蛍光色の鉱石と大きな布を空っぽ箱に入れ、閉じ、魔術を行使しました。
「はい、まず一人。生き返らせたよ」
「感謝します!」
アイアースちゃんが満面の笑みを浮かべ、箱を開くと――人が入っていました。
先ほどまで鉱石と布しか入っていなかった箱の中には女の子の姿がありました。
「ばかばか! あんなとこに逃げ込んでも、危ないだけでしょ!?」
「ふわっ……アイちゃん? ご、ごめん……一人だけ、逃げて」
「ふん……まあ、逃げたくなる気持ちもわかるので、そこはいいのです」
箱から出てきた冒険者ちゃんは、二日前に火葬竜に殺された子でした。
洞穴に逃げ込み、焼かれず窒息死した冒険者ちゃんです。
ここ、首都3丁目にあるオルフェウスの館では保険を取り扱っています。
保険と言っても事故時に保険金が給付されるものではありません。
命が還ってくる保険なのです。
使っているのは蘇生の魔術。
ただ、通常の蘇生魔術では命を落として直ぐに術をかけないと魂が砕けて完全に死んでしまうため、死亡して時間が経ち過ぎた人は蘇生出来ません。
ですが、保険はそんな状態でも蘇生する事が出来ます。
事前に霊子鉄という特殊鉱石に本人の血を垂らしておく事で魂と鉱石を紐付けしておくという準備は必要になるものの、やっておけば遠隔地で死んでもこうして後日、蘇生が可能。
遠隔蘇生は寿命が少し縮むという問題点もあるものの、万が一の事を考えるとバッカスの保険は大変便利。
今も裸に布だけ巻きつけた冒険者ちゃんは「ふぇぇ、ごめん、ごめんねー」とアイアースちゃんに抱きついて泣きながら、生の喜びを謳歌しています。
特に危険な都市郊外を征く冒険者にとって必需品と言っても過言ではないぐらいのもので、火葬竜達にボコボコ殺されたアイアースちゃんのパーティーの皆さんも保険加入済みであったため、こうして生き返ったわけです。
寿命の減少以外にも、問題点はあるのですけど。
「再会を喜んでるとこ申し訳無いけど、再加入どうする?」
「どうしましょ……」
保険――もとい、遠隔蘇生機構は一回使い切りのシステム。
死に戻ったら再加入する事で使えるようにはなるものの、蘇生に使う霊子鉄が希少鉱石のため「加入費用が高い」という問題もあるのです。
「えっと、いま再加入おいくらですか?」
「235万」
「ウッ……! ちょ、ちょっと手持ち無いので……」
数ヶ月分の稼ぎが吹っ飛ぶ額だけに、冒険者ちゃんは目を泳がせ、ガックリとうなだれながら「パパとママに相談してきますぅ……」と涙ながらに呟きました。
命あっての物種とはいえ、毎回保険頼りで蘇生されていると、人命以前に財布がお亡くなりになられます。命は大事にしましょう。
アイアースちゃんが「私も責任取って援助しますから……」と言うのを聞きつつ、セタンタ君は保険屋さんの事務所の外に出ました。
わらわらと赤蜜園の子達がやってきたのです。
「ごめーん、遅れちゃった」
「いいよ、そんな待ってないし、運ぶために人集めてきてくれたんだしな」
「うん。皆でケパロスさんとこのワンワン撫でて寄り道してたの」
「おい。というか、誰だよそれ。知らない人についていくなよー」
「わーい、セタンタ兄だ」
「えっ、セタンタ兄って生きてたの?」
「生きてちゃダメか……?」
「んーん? 赤蜜園、全然帰ってきてくれなかったから~」
「セタンタ兄は孤児院長にフラれて傷心なだけだよ」
『あっ、かわいそう』
「ちょっと待て、それ誰に聞いた」
「マーリン姉が言ってたー」
「そうか」
セタンタ君は復讐を誓い、ひとまずは子供達にお菓子を明け渡しました。
荷車を貸してあげたいところですが、密かに食料庫に運び込ませるのが目的なので手分けして運んでもらうようですね。お駄賃渡してサヨナラです。
一緒に帰ろう~、と誘われたものの、曖昧な表情で唸りつつ固辞したセタンタ君は皆を送り出しました。
「さて……俺も荷車返して帰るかな」
「お待ちなさい!」
呼びかけに応え、振り返った先にアイアースちゃんが仁王立ちしていました。
仁王立ちしていましたが、胸以外はちんまい事も手伝ってあまり威圧感はありません。羊角が刺さると痛そうかなぁ、程度のものです。
セタンタ君は睨みつけてくるアイアースちゃんに眉を潜めつつ、「何だよ」とぶっきらぼうに言葉を返しました。良い印象が無い事も手伝って。
「ここでもケンカ売ってくる気か? 色んな意味で勘弁してくれねえかな」
「ちっ、違いますわ……その……どうも、ありがとうございました」
「何が?」
「二日前に助けていただいた事ですっ!」
アイアースちゃんは歯噛みしつつ、叫びました。
おめめがちょっとうるうるしてて、憎まれ口叩かずにいれば可愛らしい子です。
ちょっとプリプリ怒りつつ、「まったく、もう」と言いながら髪をいじっていましたが、怒りとは別の要因で頬を染めてもいました。
セタンタ君の方をチラチラと見ながら、そわそわとした様子でもいます。
しばし黙っていたアイアースちゃんでしたが、セタンタ君が肩をすくめて「要件それだけなら、じゃあな」と帰ろうとしたとこで再び呼び止めました。
「お、お待ちになってくださいな」
「んだよ。要件あるなら一度で済ませてくれ」
「ご、ごめんなさい……」
「何か大事な要件か?」
「えっと……貴方、お強いのですね……?」
「弱えよ。弱いから周りに助けられてばっかりだ」
「でも、火葬竜は華麗に撃退していました。強いうえに、そうやって謙虚な応対をするところ……私はステキだと思います」
「あ、そう」
「直ぐ傍で見て、救われ、と……とても格好の良い方だと思いました!」
「それはどうも」
「なので、あ、貴方様のお名前を、直接、教えていただけませんか?」
アイアースちゃんは可愛くはにかみながら問いかけました。
問いかけて、セタンタ君の目つきがとても冷たいものだと気づきました。
「悪いけど、友達をクソみたいに貶すヤツに名乗る名前は無いよ」
「あっ……えっ? その……?」
「じゃあな」
セタンタ君、今度こそスタスタとお帰りです。
アイアースちゃんはオロオロしながらその背を見守り――柱の影から見守っていた蘇生された冒険者ちゃんに「がんばれ!」と促された事もあって、もう一度だけ声をかけました。
「ひ、一つ忠告、です! ここ最近、貴方様のような赤蜜園出身の冒険者を狙う者が出没するという噂があるのは、ご存知ですか?」
「…………」
「わ、私はバッカス最強のタルタロス士族の人間です。わたくしと同じパーティーにいれば、タルタロス士族の長の名を恐れ、悪いヤツも寄ってこなくなります」
「…………」
「あ……貴方も、私と一緒に、冒険者生活を送ってみませんか?」
「…………」
セタンタ君は一言も応えず去っていきました。
アイアースちゃんはポツンと取り残され、涙目でむくれました。




