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少年冒険者の生活  作者: ▲■▲
三章:血汐の円卓
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三人の歩幅と、二人の選択



「今日は……その……ありがとう」


 セタンタ君達を送り出したガラハッド君は、深々と頭を下げました。


 頭を下げられた二人はぷらぷらと手を振り、茶化さずにいました。


 そのまま帰ろうとした二人でしたがガラハッド君が見送りにわざわざ訓練用のブーツを履き、出てきた事に目を留めました。


「ああ、これからちょっと、市壁の上をひとっ走りしてこようと……日課だ」


「危ねえ事するなぁ」


「冒険者としてやっていくなら視界の利かない暗闇の中を走る時もあるだろう? 暗視の魔術の練習も兼ねて、な。それに市壁の上だからそこまで暗く無いさ」


「ふーん……オレ様もついていっていいか?」


 ガラハッド君はパリス少年の申し出を断りませんでした。


 セタンタ君もついていく事にして、市壁にたどり着くまでは都市内転移ゲートも使いつつ小走りでしたが、市壁上からは段々と速度が上がっていきました。


 すっかり日も暮れているとはいえ、まだ魔術の灯りなどに照らされた首都の夜景は柔らかな灯火は綺麗で、酒場などの喧騒が市壁上にも届いてきます。


 街の真反対、都市郊外はシンと静まり返っています。


 ボンヤリと見ているだけでは飲み込まれそうな黒い闇が広がっていて、パリス少年はちょっと怖くなってきましたが、それでも走って二人についていきました。



「それじゃ、私はここから全力疾走させてもらう。さらばだ」


「何だとー! サヨナラにならないようオレ様もついていってやる!」


「……ああ、でも、手は抜かないぞ」


 ガラハッド君が前傾姿勢になり、魔術で一気に加速しました。


 パリス少年も加速はしましたが、ガラハッド君ほど劇的なものではなく、「ちくしょう……!」と悔しげに呟いても、追いつける気配はありませんでした。


 元々才能のあったガラハッド君の身体強化魔術は脚にも強く及び、力だけではなく走行速度のうえでもそれなり以上のものになりつつありました。


 これからもまだまだ速くなり、どんどん先に行ってしまうでしょう。


 パリス少年より、どんどん先に行ってしまうのでしょう。


 パリス少年はその未来を思い描き、歯噛みしました。



「くそぅ、ゼッテー追いついてやる……!」


「おう、がんばれよ」


「セタンタはアイツを追え!」


 パリス少年の叫びに対し、セタンタ君は逡巡しました。


 追いつけない事は無いですが、それはパリス少年を置いていく事になります。


 まだまだ危なっかしい年下の少年を見守っていたい気持ちが身体を留めました。


「オレ様はいいから、行けって!」


「……よし、じゃあ、先に行ってるぞ」


「直ぐ追いつく! オレ様も、負けてらんない!」


 パリス少年の言葉に答え、セタンタ君も疾走を開始しました。


 パリス少年は先に行く二人に追いつくため、歯を食いしばって腕を振り、足も魔術も全力で動かしましたが……二人との差は開き続けました。


 幼い頃から訓練を積んできたセタンタ君。


 高い身体強化魔術の才があるガラハッド君。


 そのどちらも持ち合わせていない、パリス少年。


 三人が揃って全力を出せば、誰が負けるかは火を見るよりも明らかでした。



「くそぅ……やっぱ、二人共、早えなぁ……!」



 パリス少年が表情を歪めました。


 勝てなくても追いすがりたくて、追いつきたくて、全力を振り絞りました。


 風を切り走る最中、声を聞きながら走り続けました。


 それはセタンタ君の声でした。


 前だけを見て走るセタンタ君が、虚空に手指を走らせ、唱えたのです。



ThurisazスリサズEhwazエワズ



 唱え、セタンタ君が魔術を行使した地点を通過したパリス少年が加速しました。


 転ばない程度に、緩やかに加速していったものの、パリス少年は自分が本来持ち合わせている力量以上の速さになっている事、そして自分の身体がいつもより数段軽くなっていっている事に気づきました。


 そして、本来はどれだけ走っても――独力では――追いつけない筈のセタンタ君の後背へと辿り着きました。


 パリス少年は観測魔術を使い、セタンタ君が魔術を身体強化以外の魔術を使い続けている事を察しました。


「お前の魔術か、セタンタ」


「ルーン魔術で加速の加護エンチャントをかけた。お前も全力でついてこい」


「で、でも、これはオレの実力じゃ……」


「あくまで一時的に強化しているだけで、土台の部分にはお前が必死に積み上げてきたものが残ってる。俺に出来るのは多少の底上げだけだ」


 セタンタ君は振り返らずに走り続けました。


 パリス少年を加護の魔術で牽引しながら走り続け、不敵な笑みを浮かべました。


「行こうぜ! ガラハッドを驚かしてやろう!」


「どうやって!?」


「消音魔術で、お前と俺の足音を消せ!」


「む、ムリだ! オレ、自分一人分が精一杯で……!」


「いまこの時に、二人分出来るようになれ!」


「む、無茶言うなよ! オレは、お前らほど才能ねーんだよ!」


「無茶でも、これが出来たら――絶対、お前のかてになるぞ!」


「…………!」


「魔術も技術も知恵も、自分に出来る事を持ち寄って勝つのが冒険者なんだよ。俺の加速加護みたいに、お前も……魔術で俺を助けろ!」


 セタンタ君が速度を上げました。


 オレには無理だと、パリス少年は泣きそうな顔をしていました。


 それでもセタンタ君の言葉を信じ、全力で消音魔術を行使し始めました。


 今の限界を過去の限界に追いやるべく、セタンタ君の加護のように、仲間の力を底上げして助けるべく、歯を食いしばって、奮い立ちました。


 一人どころではなく、複数人の音を――痕跡を消す事が出来るのであれば、冒険者として活動していく中で確かな助けとなるでしょう。


 魔物との不必要な戦闘を忍び足で避け、無音で近づく事により複数人による不意打ちを成功させやすくする、パリス君のわざとなっていたでしょう。


 最初は二人分の足音など消せませんでした。


 でも、それは……あくまで最初だけの話でした。




 ガラハッド君も全力を振り絞って走り続けました。


 走り始めは聞こえていた三人分の足音は自分一人だけのものになり、他二人の声も止み、自分はただ一人で独走していると思いました。


 その事に一抹の寂しさも抱きました。


 振り返り、背後を仰ぎ見ても、二人の姿はありませんでした。


 二人は待っていたのです。


 ガラハッド君が振り返るまで待ち、振り返った隙に死角から一気に――狙い通り上手くいった事に笑みを浮かべながら――抜き去っていきました。


 まず風を感じ、次いで自分の目の前に二人の姿がある事に気づいたガラハッド君は驚きの声を上げ、パリス少年と同じように加護の魔術で拾われていきました。


 三人は、三人で夜の市壁上を走り続けました。


 市壁側を歩いていた人々、市壁傍で暮らしている人々が少年三人分の笑い声を聞き、不思議そうな顔で見上げてきても構わず笑い、走り続けました。


 それは笑い疲れ、市壁上に三人で座り込むまで続きました。



「あー、走った走った……遠征半日分ぐらい走った気分だ」


「これで半日分か」


「酷い時は、この数倍を踏破しないといけない時もあるぞ」


「ひぇー、ここで満足してらんねーな!」


「そうだな……ホントにそうだな」


 パリス少年とガラハッド君が顔を見合わせて苦笑しました。


 苦笑して、ガラハッド君の方はうつむきながら自嘲気味の笑みを浮かべました。


「キミ達みたいな……誰かのためにかけれる魔術もあるんだな」


「だな。色々だな。工夫のしがいがあるぞ」


「……私にはそういう魔術ものが無いから、羨ましい」


「「…………」」


「自分の内に向かうばかりの、利己的な魔術しか持ってないからな、私は」


 ガラハッド君の言葉にパリス少年はむくれました。


 そして「オレ様はお前の方が羨ましいぞ」と言いつつ、一拍置いて少しだけ労るように一言付け加えました。


「これから覚えていけるだろうし……それに、ガラハッドみたいにガッツリ前衛を張れるようなヤツがいるからこそ、他の魔術も活きるんだと思うぜ」


「パリスの言う通りだ。加護の魔術も補助の魔術も基本は足し算で、土台の部分が無いとどうしようもない時あるから、ひたすら自分を磨くのも一つの手だよ」


 ガラハッド君は二人の言葉を聞いても、まだ浮かない顔でした。


 セタンタ君はその顔色を伺いつつ、一つ提案をしました。



「ガラハッド、お前、装甲術に手を出してみろよ」


「……円卓会の冒険者のように、か」


「ああ」


「…………」


「装甲術だけは、嫌か?」


「…………」


 ガラハッド君は静かに頷きました。


 パリス少年はちょっと眉間に力を入れ、その姿をじっと見つめました。


 せっかく才能があるのに、変なところで選り好みしていると思ったのです。


 でも同時に、「そういう選択をする理由がガラハッドの中にはあるんだろうな」と思い直し、眉間の力を抜き……パリス少年は、そっと問いかけました。


「なあ、何で装甲術はイヤなんだ? 今日、鎧屋に行った時も、装甲術の事を嫌がってたんだろう?」


「…………」


「試すだけ試してみろよ! 上手く使えそうならもっともっと強くなって、お前がなりたいって思ってる、最強の冒険者だってきっとなれるさ!」


「…………」


「どうしてもイヤなら、言ってくれ! オレにはお前の考えてる事とか、大事にしたい事とか、全然わかんねえ。でも、言ってくれたら……わかるから……」


「…………」


「……言ってくれなくても、言いたくないのはわかるから、この話はもう――」


「円卓会の、ランスロットさん絡みなんじゃないか?」


 セタンタ君が横から投げかけた言葉に、ガラハッド君が顔を上げました。


 驚いた顔でセタンタ君を見つつ、直ぐにバツの悪そうな顔をしながら視線を逸し、迷った後にポツリと肯定しました。



「セタンタの言う通りだ。よく……わかったな」


「カマかけただけだよ」


「なっ……!」


「半分ぐらいはな。けど、ギルドでアレだけおかしな反応してたり、顔立ちとか……髪とか瞳の色見たりしてりゃ、少しぐらいは察したりは……な」


「…………」


「俺の当てずっぽうで言うぞ。嫌だったら殴ってでも止めてくれていい」


 セタンタ君は背筋を伸ばし、自分の推論を語り始めました。


 ガラハッド君はランスロットさんと何らかの複雑な関わりがある。


 他人じゃない。


 その事が原因で円卓会に殴り込みもかけたんじゃないか――と。


「円卓会のランスロットさんはバッカスでもそれなり以上に有名な冒険者だ。お前が望むバッカス最強の冒険者って地位からも、そう遠くない人物だ」


「…………」


「単に強くなりたいとか、単に最強になりたいとかじゃなくて、あくまで最強の冒険者になりたいって望んでるのは……あの人に勝ちたいとかじゃ、無いのか?」


「勝ちたいなどと言う、高尚な気持ちじゃない……アイツは、父親なんだ」


 ガラハッド君のこぼした言葉にパリス少年は驚きの声をあげました。


 ただ、セタンタ君は半ば察していた事なので、ただ黙って微動だにせずガラハッド君が語る言葉の続きを聞きました。



「円卓会のランスロットは、母さんと私を捨てた男なんだ……」


「「…………」」


「捨てたから、父親なんて思いたくもない。けど、血縁上は……嫌でたまらないが……実の父親らしいんだ。負担になる子供だけ母さんに作らせて、母さんを捨てて、冒険者としての栄誉だけ掴み続けている、男なんだ」


 父親がバッカス冒険者の中でも、名の知れた腕利き冒険者という事。


 ガラハッド君もつい最近まで――父親が誰か――知らなかった話を彼に教えたのは、ラカムと名乗る猫背のエルフさんだったそうです。


 自分の父親が誰かは知らなかったものの、ガラハッド君にとっては突拍子も無い話で――それでも気になって円卓会の事務所に確かめに行ったそうです。


 そこでランスロットさんに会う事が出来て、問いただして、返ってきたのが何とも気まずげな曖昧な返事だったこと――そして自分と似た容姿だった事で確信を得て、ランスロットさんを殴りつけたそうです。


 結局、殴れたのは一発だけ。


 ランスロットさん自身は無防備にそれを食らい、二発目も抵抗する様子は無かったものの腕利きの冒険者達が詰める円卓会の事務所だっただけに直ぐ取り押さえられ、殴り込み事件として処理される事になりました。


「母さんを捨てて、のうのうと生きているアイツが許せなかった」


「「…………」」


「アイツが私達を捨てたから、片親だと陰口を叩かれて! 母さんは男に逃げられたなんてバカにされて! 侮辱してきた事が許せなくてケンカをしても、私だけが悪い事になって、母さんが私を怒るどころか悲しそうに謝ってくるのが嫌で、アイツが……円卓会のランスロットが憎かった! 母さんが、あまりにも不憫だから」


 だから、殺したいと思った。


 血の繋がりがあろうが父親だろうが関係無く、復讐をしたかった。


 それでも、ガラハッド君はそこまでは思いきれませんでした。成功しても失敗しても、お母さんに迷惑がかかる事を考えると、殴る事しか出来ませんでした


 怒るガラハッド君に対し、パリス少年は遠慮がちに言いました。



「殺そうとしなくて、良かったよ。お前は間違ってない……」


「…………」


「でも、ひょっとして……殺さないにしても納得は出来ないから……ランスロットさんを超える最強の冒険者になって……見返したかったのか……?」


「……そうだ」


 復讐のために、妻子を捨てた事を後悔させるために。


 ガラハッド君は「冒険者として強くなろう」と誓いました。


 学院を出た後に得た仕事を捨て、お母さんに冒険者稼業の危なさを説かれても止めず、放たれた矢のように冒険者の道を歩み始めたそうです。


「アイツより強くなりたい。でも、装甲術だけは嫌だ……アイツも、円卓会のランスロットも名の知れた装甲術の使い手だと、聞いた」


「でも、魔術の適正って遺伝しやすいものらしいし……ガラハッドも、同じことをすれば最強を目指しやすいんじゃないのか……?」


「同じなのが、嫌なんだ!」


 パリス少年の言葉に対し、ガラハッド君は悔し涙を流して吐き捨てました。


 その様子を見たパリス少年は「それは勿体無い事だろ」と言いかけて、ガラハッド君の表情を見て、「仕方のない事なのかもしれない」と言葉を飲み込みました。


 ただ、セタンタ君は違いました。


「選り好みするなよ」


「…………」


「見返してやりたいなら、なおのこと手段は選ぶなよ」


「…………」


「もちろん、捕まるような違法な手段はダメだ。けど、同じ魔術って言うなら向こうも身体強化や武器強化魔術も使ってるんだからな」


「……まったく同じなのが、嫌なんだ……」


「それで勝てなかったら、どうする」


「…………」


「あるもんは使えよ。使いたくても使えねえヤツもいるんだ。試すだけ試して、それでダメなら仕方ねえけど……お前のそれは、そこまで拘るべきもんなのか?」


「…………」


 セタンタ君はガラハッド君を睨みながら立ち上がりました。


 ガラハッド君に立ち上がってほしいと祈りながら、立ち上がりました。


 けれど、ガラハッド君は俯いて表情も見せず座り込んだままなので……少しだけ声色を柔らかいものにしてから言葉を投げました。


「拘るか否かはお前次第で、俺がとやかく言う事じゃねえか……」


「…………」


「けどな、ガラハッド……あと一つだけ、悪いけど言わせてくれ」


「…………」


「相手の得意分野で、装甲術で上を行くのも、良いんじゃねえか? 自分が得意なもんで負けたら、悔しいもんだろ。少なくとも、俺は悔しいって歯噛みする」


「…………」


「そんだけだ。じゃあな……また明日、エレインさんとこで会おうぜ」


 セタンタ君はそう言って去ろうとしました。


 パリス少年に帰らないのか問おうとしましたが、そうするまでもなく、パリス少年はガラハッド君から少しだけ離れた場所にどっしり座ったまま腕組みしていたので……後はもう任せて帰っていきました。


 市壁上に残された二人が言葉を交わすまで、いましばらくの時間が必要でした。




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