音の魔術
「ガラハッド……オレ様と、勝負しろっ!」
「…………」
パリス少年は胡乱な目つきで見てきたガラハッド君に宣戦布告しました。
今日も二人はいつものように訓練をする事になりました。
訓練の内容は森狼討伐。実戦訓練です。
冒険者ギルドで森狼の駆除依頼を受け、都市郊外を護衛一人をつけ、討伐と捜索を一人でこなしつつ、本当に危ない時は護衛に助けてもらうという訓練内容です。
一応は訓練ですが、やる事は駆け出し冒険者と大差が無いものですね。
エレインさんは仕事のため不在。ガラハッド君が「訓練ばかりで嫌になる!」とわりと仕方ない鬱憤を溜めているため、その辺の解消と「ちゃんと前進している」という実感を与えるために今回の訓練を企画しました。
訓練に挑むのはパリス少年とガラハッド君。
パリス少年にはセタンタ君が護衛としてつき、ガラハッド君には非番で家でゴロゴロしてたフェルグスさんの息子さんの一人がついてきてくれる事になりました。
いざ訓練開始というところで、パリス少年が勝負を挑んだのです。
「……何で、私がキミと勝負しないといけない?」
「え? うーん……特に理由は無いな?」
パリス少年はあっけらかんに「ついでだからいいじゃん」と誘いました。
「どうせ別々に実戦訓練するならさ、夕方前まで狩った森狼の数を競おうぜ!」
「無駄な勝負だ。私がキミに負ける要素も無い」
「なんだよ、負けるのが怖いのか?」
「なんだと」
ガラハッド君はたやすく挑発に乗りました。
その様子を見たセタンタ君とガラハッド君側の護衛としてついてきてくれたフェルグスさんの息子さんの一人は顔を見合わせ、こっそり笑いました。
いざ勝負開始、という事になりガラハッド君は猛然とダッシュして森に入っていきました。セタンタ君と二人で森に入った時と同じような策で行くようです。
ただ、今回は片袖ではなく、盾を使って戦うようです。
本質的な戦術は小細工なしのゴリ押しになりそうですが、それで勝てるなら問題は無いでしょう。むしろスピーディーに討伐が進むかもです。
パリス少年も別方向へと進み始めました。
それに付き従うセタンタ君は気になったので、ちょっと問いかけてみました。
「勝つための策はあるのか?」
「無い」
「マジか。何のために勝負持ちかけたんだよ」
「自分を追い込むためだ。策は無いけど、試したい事がある」
パリス少年は努めて静かに森に入っていきました。
遠くからガラハッド君がガンガンと盾を鳴らし、魔物を誘き寄せてようとしている金音を聞きつつ、出来るだけ静かに走りました。
ただ、辺りには落ち葉が散乱しています。
忍び足で歩いたところで音は鳴ってしまうでしょう。
パリス少年は出来るだけ落ち葉を踏まないよう、土が露出しているところを歩きつつ、索敵魔術で森狼の姿を探し求めました。
風向きも確認しつつ、風下から風上へ向かう形で移動しました。
「あ、いた……」
「…………」
やがてパリス少年は魔物の姿を見つけました。
彼からは離れたところで木の股に頭を近づけ、ふんふんと鼻を鳴らして匂いを嗅いでいる森狼の姿があります。パリス少年達に気づいていません。
しかし、パリス少年の腕では仕留めるのは厳しい――離れた場所にいます。
パリス少年はセタンタ君に「ちょっと待っててくれ」と待機を願いました。
「どうする気だ?」
「もう少し近づく……消音魔術を使って」
セタンタ君はパリス少年に任せつつ、いつでも助けに入れるよう準備しました。
パリス少年は森狼に近づくための魔術を行使し始めました。
すると、パリス少年の足音がスッと小さなものになっていきました。土や葉を踏みしめる音も、無音とまではいかずともかなり小さなものになりました。
音の魔術に適正のあるパリス少年による消音魔術です。
まだ行使の技術も拙いので、効果範囲は足元程度。
それでも接近を相手に誘われる要素の一つである音を軽減し、風下から近づいていく事で匂いも悟られづらくし、相手の視線も気にしたうえで魔物のお尻が見える背後まで近づきました。
森狼まで、あと30メートルほど。
背後ではなく、腹が見えればパリス少年でも十分当てられる位置取りです。
「…………」
パリス少年は緊張した様子で小石を手に取りました。
そして、それを魔物の斜め前方に向けて投げ、クロスボウを構えました。
小石の音に反応した魔物が体勢を変え、パリス少年が潜む茂みからでも魔物の腹が見え――パリス少年は射撃の音も消しつつ――矢を放ちました。
放たれた矢は、僅かな軌道修正だけで魔物の腹に突き刺さりました。
吸い込まれるように、突き刺さりました。
即死には至らず、森狼は「ギャウン!」と悲鳴をあげて倒れましたが……十分すぎるほど致命傷だっただけに、もう立ち上がる事も叶いませんでした。
パリス少年は倒れ苦しみ、弱っていく森狼の直ぐ近くに索敵魔術を起動しながら駆け寄り、腰に佩いた剣を抜き放って構えました。
「ごめんな」
敵とはいえ、不憫な姿に思わず呟きつつ、彼は剣を振り下ろしました。
武器強化魔術がかけられた剣は魔物の首へと落ちていき、ストン、と首と地面を斬り、一匹の森狼の命が静かな森の中で散り、消えていきました。
パリス少年はしばし、そこに立ち尽くしていましたが……近づいてきたセタンタ君に肩を叩かれ、改めて剣を構えて討伐の証明として狼の尻尾を切り取りました。
「よし……次に行くぞ」
「おう」
パリス少年とセタンタ君は再び森の中を進んでいきました。
最初と同じ消音魔術も駆使し、近づき、不意打ちする戦法を何度も試しました。
一度成功したからといってそれで終わりにせず、より練度を高め、慣れるために同じ手を何度も繰り返し、やがてパリス少年はとても静かな――平静な気持ちで緊張せず、矢を放っていました。
少しずつ、殺す事に慣れていきました。
ただ、少し集中しすぎていたのかセタンタ君に「そろそろ帰るぞ」と肩を揺すられるまで、日が暮れている事に気づきませんでした。
「もうちょっと続けたいか?」
「うん。……いや、暗くなると、危ないしな」
パリス少年は昼間よりずっと黒く、遠くが見えなくなってきた森を見つめつつ頷き、セタンタ君の先導で都市に向かって帰っていきました。
護衛としてついたセタンタ君はただ見ているだけで、手も助言も出さず、この日はパリス少年一人だけの力で事を成し遂げました。
二人が都市の門まで戻ってきた少し後。
尻尾を数えて待ちぼうけをしている中、ガラハッド君が帰ってきました。護衛の方に肩に担がれ、暴れながら帰ってきました。
どうも「日が暮れたので帰ろう」と勧められたものの従わず、まだまだ狩りを続けようとしたので最後は担ぎ上げる形で連れ帰られたようです。
ガラハッド君は憮然とした様子で地面に降ろされました。
五体満足で気力に満ちていましたが、やけに土で汚れた姿でした。
「キミは何匹の森狼を狩った……?」
「オレ様は11匹狩ったぜ」
「フン……私の勝ちだな」
パリス少年の返答に気をよくしたガラハッド君は尻尾の束を見せつけました。
それはパリス少年が狩った森狼の4倍以上の数で、尻尾だけ持って帰ってきたとはいえ、ちょっとした布束のようにこんもりと大きなものになっていました。
討伐競争はガラハッド君の勝利で終わりました。
「ひえー……お前、スゴいな」
「当たり前だ。…………何で、負けたのに笑ってる」
眉根を寄せたガラハッド君に問われたパリス少年は、一瞬キョトンとした顔を見せつつ、直ぐに相好崩して嬉しげに答えました。
「実はな? 今日、初めて自分で考えた工夫が上手くいったんだ!」
「で、でも……私の勝ちだ」
「うん、そうだな。お前の勝ちだ! へへ……でも、アレだ。頭の中にフワフワと浮かんでただけの考えが、実際に成功したのが……なんか、嬉しかったんだ!」
「…………」
「今回は足音とか魔術で消してみたんだぜ! オレ様一人分ぐらいしか消せないけど……それでも、なんか、上手くいったのが嬉しくってなぁ……」
パリス少年は笑い、ガラハッド君は黙りました。
パリス少年が「今日のオレ様は何点って感じだ?」とセタンタ君に話しかけ、今日良かった点や、今後の改善案を楽しげに話しているのをガラハッド君は黙ったまま見送り、やがて視線を逸しました。
「私の方が、勝ったんだ……」
自分に言い聞かせるように、ガラハッド君は言葉を絞り出しました。
ガラハッド君は確かに、持って帰ってきた尻尾の数だけ森狼を倒しました。
森狼の死体が転がっていても、それが自分の倒したものでなければ「水増ししても意味がない」と切り取らず、捨て置いて狩りを続けました。
ただ、少し無茶がたたりました。
まだ振るい慣れてない盾では片袖ほど事が上手く運ばず、魔物に噛まれながら辛勝するという事が三度ほどありました。
一度は音で引き寄せ過ぎてしまい、森狼の群れを引き当ててしまい――あやうく死にそうになったところを護衛の方に助けられる場面もありました。
傷ついたので、何度か治癒魔術もかけてもらいました。
それでも自分の手で倒した森狼の尻尾だけ切って持ち帰ったので、勝負に勝ちました。勝ちましたが、ガラハッド君にとって苦い勝利となってしまったようです。




