野宿
セタンタ君達は小河で軽く身を清め、ぬるぬるを取りました。
衣服を脱いで全身を綺麗にしたいところですが、魔物うろつく郊外奥地に少人数しかおらず、おまけに月明かりしかない夜なので悠長な事はしてられません。
「あ、そういえばローパーの内臓とか取ってきて無かったねぇ」
「今日はさすがにそんな暇無いし、仕方ないだろ」
「でも取れてたら8丁目のお風呂屋さんで豪遊できるぐらい黒字だったよ」
「そりゃそーだ」
ささっと衣服や装備の上から水浴びする程度に留めた一行はその場を去りましたが、街には帰りませんでした。
戦闘など出来る状態ではない者が一人いて、ここまで追跡と戦闘による疲れもあるので安全なところで腰落ち着けて夜明けを待つつもりのようです。
一度、岩山に向かおうとしましたがマーリンちゃんが「ストーンゴーレムが何体か眠ってるっぽい」と言うので止め、森の中にある魔物の巣穴を訪れました。
魔物の巣穴とはいえ、巣穴の持ち主はほんの数日前に討伐されたばかりらしく、巣穴から少し離れたところで腐乱死体を晒していました。
新しく魔物がやってきて巣穴を乗っ取っている様子もなく、魔物の腐乱死体が臭いのうえで良い隠れ蓑になりそうなのでそこを使う事にしました。
とはいえそれだけだと心もとないので、マーリンちゃんとセタンタ君は巣穴周辺にいくつもの索敵のルーン文字や魔術の法陣を敷設しました。
魔物が近づいてくる様子があればささっと始末するためです。
「でぇへぇー! さすがに疲れたー」
それほど深くはない巣穴の中に腰を下ろしたマーリンちゃんは駆け出しリーダーさんにセタンタ君共々陳謝されつつ、水を勧められて飲みました。
「本当にありがとう。キミ達のおかげで助ける事が出来た。ホント、なんてお礼を言ったら……いや、どんなお礼をすればいいか」
「まあ、まだ都市まで生きて帰れたわけでも無いからいいよ」
「ボクは帰ったらご飯を所望したいなー」
魔物が万年襲ってきているという意味では常に戦時下のバッカス王国において、冒険者稼業は世知辛い事もそれなりにある仕事です。
しかし、渡る世間も鬼ばかりではなく、こうして打算抜きでお互いを助け合う冒険者も中にはいるのです。マーリンちゃんもセタンタ君も優しいですね。
「……おにーさん、なかなかに引き締まったお尻をしてるねぇ♡」
「そ、そうだろうか」
前言を撤回します。
「とりあえず、俺が見張りするからアンタとマーリンは寝て疲れを取ってくれ。明け方にはマーリンは見張り交代してくれ。俺もちょっとだけ仮眠とって、その後、四人で街まで帰ろう」
「いや、キミ達ばかり働かせ過ぎだ。僕が見張りをするから寝ててくれ」
「目をつぶって、どれぐらいの範囲を索敵出来る?」
「20……いや、10メートルぐらい、かな……」
駆け出しリーダーさんは申し訳なさそうに言いました。
「全然足りない。寝こけてるうちに死にそうだから俺がやるよ」
「ごめんね、おにーさん。セタンタは口が悪いクソガキなんだよぅ」
「いや……彼の言う通りだ」
駆け出しリーダーさんは少し悔しそうに手を握りつつも、「迷惑かけっぱなしですまない」と謝って言葉を続けました。
「都市に帰ったら、せめて金銭的なお礼をさせてくれ」
「保険も入れないぐらいの稼ぎなんだろ? 俺は別にいらねーよ。差し迫った用事があるわけでもなし、暇だっただけだから。まあマーリンにメシ奢るぐらいはしてやってくれ」
「ごめんね、おにーさん。セタンタは年下相手なら優しいロリコンなんだけどね」
「ちげーよ! 俺は年上好きだ。未亡人とか好きだ」
「おねーさんに身体で払ってもらうしかないねぇ……♡」
「そ、それはちょっとやめてくれ……。いま、ちょっと持ち合わせが少ないが生きていればいずれ金も貯まる。分割ででも」
「何の礼もいらねえっつーの。はい、この話終わり」
セタンタ君は背を向け、うざったそうに手を振って巣穴の入り口付近に腰掛け、マーリンちゃんは駆け出しリーダーさんのお尻を撫でながら「ごめんねぇ♡」と言っていました。
駆け出しリーダーさんは手中の財布を見つめていましたが、やがてセタンタ君の背中に向けて声を投げかけました。
「年下にそこまでバカにされたのは初めてだ」
「そうかい」
「正直、すごく悔しい……。真っ向から言い返せない、自分の力の無さがとても悔しい。多分、キミはいずれ、バッカスでも屈指の名の知れた冒険者になるんだろうな。僕とは違い、凄いやつになるんだろう」
「そうそう、セタンタはすごいやつになるんだよ」
「ならねえよ。その日暮らしでテキトーに暮らす冒険者になるだけさ」
セタンタ君はどうでもよさそうにそう返しました。
しかし、駆け出しリーダーさんはその背を真摯な瞳で見つめていました。
「僕はキミほどにはなれないだろうが、それでも年月と修練を積んでいけば、いまよりは強くなれるはずだ。いや、強くなってみせる。強くなって、いずれ名の知れた冒険者になったキミが、大遠征部隊を率いる時にでも一翼を担える程度には強くなって、冒険者として、助けてもらった恩を返して、ついでに見返してみせる」
「…………」
駆け出しリーダーさんは強く手を握って真っ直ぐな視線でセタンタ君の背中を見て、意気込みました。
セタンタ君は「そんな大人物にはならねーよ」と否定しようかとも思いましたが、気恥ずかしくなってきたので無視しました。
マーリンちゃんはその様子を観測魔術で観察しつつ、ホッコリと微笑みました。
そんな会話があった後、マーリンちゃんが寝る前に改めて助けた女の子の治療をしていたところ、女の子が目を醒ましました。
頭や身体を押さえ、とても疲れた様子でふらついてはいましたが、それでもなんとか命は失わずに済んだようです。
ただ、問題が発覚して問題が起こる事となりました。
「なん……だか……か、身体が、あ、あつくて……」
「えっちなやつだ!」
マーリンちゃんは歓喜しました。
「おねーさんはね、触手に神経毒を打たれたんだよ」
「ど、毒?」
「でも大丈夫、別に死ぬやつじゃないから。単にえっちな気分になるだけ」
「ど、どうしたら……」
「う~ん! そうだねぇ~! どうしたらいいんだろうねぇ~!?」
「俺も手伝うぞ」
セタンタ君は真顔で混ざってこようとして、マーリンちゃんが「がるるっ!」と威嚇して止めました。
「セタンタはマジメに見張りしててね!!」
「て、てめえ、この野郎……」
「野郎じゃないよ乙女だよ。ささっ、おねーさん、女の子同士で楽しもう」
「だめぇ♡」
マーリンちゃんの毒牙がお姉さんに襲いかかりそうです。
駆け出しリーダーさんはそれをチラ見しつつオロオロしました。
彼は助けたマーリンちゃんがフトモモをナデナデしてるお姉さんに対し、仲間ながらも正直、異性として強い好意を抱いていました。でも、このままでは魔物以前にマーリンちゃんの餌食になってしまいそうです!
お姉さんの抵抗はとても弱々しいものでした。
もはや背骨までフニャフニャになってしまったかのように腰砕けの状態で、マーリンちゃんにうっとりとした様子で見られ――マーリンちゃんがお姉さんを放り出して巣穴の入り口に走りました。
「やばいやばいやばい!」
「交代していいのか!?」
「ちがあああああう! 全力防御! いーそーいでえええええええ!」
マーリンちゃんが必死で叫びました。
その叫びの後、巣穴周辺の森が一気に赤く染まり、焼け野原と化しました。
セタンタ君達だけでは対応しきれない、魔物による暴虐が始まりました。




