夜燕
都市から離れた森の中。
月明かりの下で静かに存在していた木々達は、突如、赤く染まりました。
赤と黄色の入り混じった光――炎により、森が燃え盛り始めました。
「ゲホッ。な、なんだぁ……?」
「酸素減るから各自気をつけて!」
セタンタ君にとっては完全に寝耳に水の出来事でした。
辺りが夜中らしからぬ明るさになっているのだけはかろうじてわかりました。
慌てた様子のマーリンちゃんに急かされ、言われるがままに潜り込んでいる巣穴を防護のルーンで強化し、いまも強化を重ねていますが状況が飲み込めてません。
マーリンちゃんは索敵魔術で見える上空の光景に戦慄しつつ、それでも必死に自分達に炎と爆発が及ばないように防壁の魔術を行使しつつ、ガスも入ってこないように全力で風の魔術も使っています。
「なんだ、どこの魔物だ」
「大変まずい事に遊星のレイルスワローが来てる」
「マジか……」
セタンタ君も事の不味さを理解し、自分達が潜っている巣穴の上空に意識をこらし、そこを高速で飛翔している魔物の存在に気づきました。
レイルスワロー。外見はツバメに似た魔物です。
ただし普通のツバメと比べると格段に大きな身体を持っています。全長は大きなもので10メートルにまで達し、翼開長は全長の約2.5倍に及びます。
怪鳥の魔物ではありますがコウモリのように主に夜に活動を開始し、昼間は山頂などで羽を休めている夜闇に生きる魔物です。
夜燕の最大の脅威は夜に活動する飛行種の魔物という事ではなく、いまセタンタ君達の周囲で起こっている大火事を起こす異能を持ち合わせている事でしょう。
正確には、ガス爆発を起こす異能です。
夜燕は獲物を見つけると巨体ながらも通常のツバメに迫るほどの速度で飛来し、巨大な糞を落としていきます。
ただ糞が落ちてくるだけならまだ可愛いものですが、その糞は風船のように中が中空になっており、その中空には魔力も含んだ大量の可燃性ガスが詰まっています。落下の衝撃で弾けた糞は、そのガスを周囲に撒き散らします。
あとは撒き散らされたガスに向け、夜燕がクチバシを打ち鳴らして遠隔で着火するという魔術によく似た異能を発揮し、ガス爆発を起こしてくるのです。
糞一つ分のガスでも森の一角を消し飛ばすには十分なものがあり、マーリンちゃんが飛来に気づかなければ巣穴の中で全滅してしまっていたでしょう。
要は、たちの悪い爆撃機のような魔物なのです。
それが何匹も飛来してきていました。
「おいおいおい……俺には十匹近くいるように視えるんだけど」
「正確には十二匹の群れだよ。うへー、だよ! なんでこんなとこにいんの!?」
「お前が言ったじゃないか。遊星の群れだろ」
「だよねだよね、そうだよね。この辺、フツーいないはずだもんねぇ……!」
通常、夜燕の生息域はわかりやすいものです。
温暖な気候を好み、季節によって渡りを行うものの、渡りを行う地域は大抵が特定の場所になります。それゆえに生息域が比較的読みやすいのです。
夜、野営地に糞を落として冒険者達を一撃で全滅に追い込みかねない危険な魔物なので、時期と観測を踏まえ、夜燕の出現予想はギルドが厳重に勧告します。
出没する場合、他所の地域に渡りを行うまで立ち入らないか、討伐隊を編成して隠密行動を経て、昼間にうちに強襲して仕留めるといった事が行われています。
セタンタ君達がいる森は、生息域からかなり離れた場所です。
本来、ここには現れないはずの魔物でした。
しかし、夜燕の中には特定地域で活動せず、ふらふらと世界中を無秩序に飛び回り続ける非常に面倒な群れが稀に生まれる事があるのです。
それが「遊星」と呼ばれる夜燕達です。
遊星の群れは本来、夜燕が現れない地域の都市にも爆撃を敢行してきかねない危険な魔物であるため、冒険者ギルドの方も多少無理をしてでも討伐を急ぎたい存在なのです。
ここでセタンタ君達が討ち滅ぼせば賞賛され、特に依頼を受けていなくてもキッチリと多額の討伐報酬が支払われる事になるでしょう。
討ち滅ぼす事さえ出来れば、の話ですが。
「反撃しちゃう?」
「無理だろ。一匹二匹は落とせるかもだけど、俺達だけじゃ攻撃してるうちに他の夜燕に襲われて消し飛ぶのがオチだ」
セタンタ君は忌々しげに「隠れて凌ぐしかない」と断定しました。
マーリンちゃんもその意見に大賛成です。
問題は、このまま隠れ潜み続ける事が可能かどうかでしょう。
凌ぎ、隠れ続ければ遊星の群れは数分ほどで去っていく可能性が高いです。
夜燕達はそこそこ夜目は利くものの、いま爆撃を敢行してきているのはセタンタ君達を目視で発見しているためではありません。
夜燕の方も人がいる確信は持てておらず、「まあこの辺にいるだろ」というややいい加減な理由で爆撃を仕掛けてきているだけです。
ただ、狙うべき的は夜燕達の方も把握していました。
「……しくったね、索敵を厳重にしすぎた」
「だな。あいつら、俺達が敷設した索敵魔術の仕掛け狙ってきてやがる」
夜燕達が糞を落としているのは、巣穴周辺にセタンタ君達が敷設した魔術の仕掛けに向けてです。人間そのものは発見出来ていなくても、人間が仕掛けたであろう仕掛けの魔力を感知し、そこに向けて爆撃してきているのです。
魔物の中には匂い以前にそうした魔力を感知するものもいます。
だからこそセタンタ君達も感知されにくいように偽装を施したうえで敷設はしていたのですが、今回は少し偽装が足りなかったようです。
「夜燕の糞に詰まった魔力も撒き散らされている。いつまでもは爆発も続かないだろうし、下手に反撃行わずに隠れてれば、なんとか……」
「だね。おねーさん、おにーさんだいじょう――」
マーリンちゃんが後ろを振り返ると、その二人が倒れていました。
ガス爆発の衝撃、あるいは熱でやられたわけではありません。
酸欠です。度重なる夜燕の爆撃により発生したガス爆発と森林内に起きた火事による燃焼により周囲の酸素が失われていっているのです。
煌々と燃え盛る森林地帯の周囲から酸素が「のりこめー」「わぁい」とやってきてくれていますが、それだけでは足りない状況です。
セタンタ君達は魔術で無理やり口内に酸素を生成して呼吸していますが、駆け出し冒険者の二人は対応が遅れたのか、そもそもそういった魔術が使えなかったのか、瞬時に昏倒にまで至っていました。
もはや、脳に重大な後遺症が残りかねない状態です。
後遺症に関しては治癒の魔術でわりとどうにかなります。ですが、大脳皮質と脳幹部が死滅していって後遺症に悩む暇もなく治癒以前に死亡しかねない状況です。
セタンタ君が慌てて処置を施しにいきましたが、マーリンちゃんほど治癒は得意ではないセタンタ君では完全治癒には程遠く、このままでは駆け出し冒険者の二人は死んでしまうでしょう。
かといってマーリンちゃんに任せようにも、マーリンちゃんはマーリンちゃんで夜燕の爆撃を凌ぐので手一杯です。
夜燕が去ってくれるまで、果たして二人が持つかどうか……。
「仕方ねえ。俺が外に出て囮になる」
「ダメ」
マーリンちゃんはセタンタ君の提案を却下しました。
いま夜燕が爆撃してきているのは魔力を感知して、「大体ここにいるだろう」と目星をつけて糞を落としきているだけです。
隠れ潜み続ければ去っていくとは思われますが、それ以前に明確な目標――例えば隠れるのをやめたセタンタ君が囮になり、攻撃しかけつつ別の場所に誘導していけばそちらを追う可能性は十分にあります。
問題は危険すぎる事です。
セタンタ君は年のわりに腕の立つ冒険者ではありますが、それでも木々に阻まれつつ、飛行して追いすがる夜燕から逃げ続ける事が出来るほどの脚は持ち合わせていません。
数分と経たず、炎に呑まれて死ぬのが目に見えています。
なのでマーリンちゃんは却下しました。
「つっても他に手がねえだろ……!」
「セタンタが治癒を続けて! 早く去ってくれる事を祈りつつ何とか凌いで後でボクが治癒して間に合えば四人とも生きて――」
一際大きな爆音が外で響きました。
新たな爆発の影響で巣穴の天井の一部がこぼれ落ちてきて、そこからおりてきた炎の舌がセタンタ君達にまで及んで舐め回し、火傷を負わせてきました。
咄嗟に防護の魔術を起動させたセタンタ君達でしたが、炎を完全に阻む事はできなかったようです。強度を強化していたものの、巣穴の方にも限界がやってきたようです。
死にはしなかったものの、炎にまかれたセタンタ君とマーリンちゃんはパニック状態に陥りかけました。
「もうダメだ! お前は二人を頼む!」
マーリンちゃんは消火しつつ、囮になろうとするセタンタ君を止めようとしましたが間に合わず、セタンタ君は燃え盛る森の中に飛び出していきました。
雄叫びと共に攻撃をしかけ、夜燕の注意を引くつもりです。
そうしようと叫んだところで、セタンタ君は燃える木々をなぎ倒しながら地上に落ちてきたレイルスワローが断末魔の悲鳴をあげる光景を目撃しました。
何者かがレイルスワローを撃墜したのです。
炎の中、セタンタ君はその何者かの姿を落ちてきた夜燕の背に見つけました。
それは真っ黒な体毛を持つ二足歩行の狼でした。
人狼です。
人狼が、人狼の群れによる狩りが始まったのです。




