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少年冒険者の生活  作者: ▲■▲
二章:足跡の読み取り方と砂塵舞う採掘遠征
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魔物生態手帳



 フェルグスさんに護衛と指導を依頼された翌々日。


 セタンタ君はマーリンちゃんと共に冒険者ギルドへやってきました。


「ギルドのどこで待ち合わせだったっけ」


「入口の大門のとこだよ。つまりここだねぇ」


 セタンタ君が槍で肩を叩きつつ、マーリンちゃんに聞くとマーリンちゃんは自分達が立っている場所と、直ぐ側の大きな門を指差しました。


 バッカス王国の建築物は主にセタンタ君のようなヒューマン種――ごく普通の人間サイズで設計されているのですが、中には3から5メートルぐらいの身長を持つ巨人種の人もいるので、公共の建物の入り口などは大きな作りになっています。


 待ち合わせ時間には少し早かったのですが、二人は「もう来てないかなー」とパリス少年の姿を探しつつ待ちました。


 パリス少年は2時間後にやってきました。


「おう、お前ら待たせたな!」


 セタンタ君とマーリンちゃんはパリス少年をちょっと痛めつけました。


 大遅刻したうえに偉そうな態度だったのでイラッとしたのです。



「いたいいたい、やめろやめろ、オレ様は偉いんだぞ、護衛対象だぞ」


「うるせえ、尻にマーリン刺すぞ」


 パリス少年は尻穴を押さえて怯えました。


「と、とにかく今日はオレ様をしっかり守れよ。あと、しっかり育成しろ!」


「ボク帰りたくなってきちゃった……」


「俺も……」


 パリス少年は「えへん」とふんぞり返ってますが、セタンタ君もマーリンちゃんも前金で報酬を貰っている事もあり、ガマンする事にしました。


 二人はひとまず「偉ぶるのは勝手だけど、郊外だとこっちの指示に従って動いてね」と釘を差しつつ、改めて今日やる事の確認をする事にしました。


「お前、今日なにやるのかわかってるよな?」


「魔物狩りだろ? オレ様、強くてカッコイイ鎧が欲しいから、なんか稼げる魔物狩りにいこうぜ。ヒュドラとかどうだ?」


「……フェルグスのオジ様、まさかちゃんと説明してない?」


「いや……こういう生き死に関わる問題はキッチリ説明するだろ、そりゃ」


 二人は改めて「今日は狩りに行くんじゃないんだよ」と話しました。


 パリス少年は不満げに口を尖らせています。


「魔物の痕跡なんか覚えてどーすんだよ。冒険者って魔物と戦うのが仕事じゃねーか。もっとカッコイイ、戦闘訓練とかしようぜ」


「地味に感じるかもしんねーけど、痕跡に関する知識はあると便利だぞ」


「そうそう。単に狩猟に使えるだけじゃなくて、交戦避けるのにも使えるし」


「魔物なんてケダモノなんだから、逃げずに倒せばいいんだよ。お前ら弱虫か?」


 セタンタ君はマーリンちゃんをパリス少年の後ろに配置しました。


 怯えたパリス少年は「やめろよぅ」と言い、大人しくなりました。



 都市郊外を征く冒険者達にとって魔物との戦いは日常です。


 しかし、それは避けられないものではありません。


 冒険者稼業に馴染みが無い人にとって戦闘は派手なイメージで戦う冒険者は花形のようにも思われますが、腕利きの冒険者ほど「戦わないに越したことはない」と不必要な戦闘を避けたがります。


 戦えば戦うほど体力や魔力を消耗し、道具も摩耗するためです。


 それだけならまだいいですが、時に命を落とすリスクも存在しています。


 強い魔物相手には時に逃げ切る立ち回りが要求されるからこそ、戦わないで済む術も身につけるべきとも言われています。


 そのための技術、知識の一つとして挙げられるのが「魔物が残した痕跡の読み取り」というものです。 


 セタンタ君達はパリス少年を納得させるためにも、その辺りの事を柔らかめに説きましたが、パリス少年はまだちょっと不満げでした。



「オレ様は大英雄になりたいんだ。それこそ、フェルグスの旦那みたいな!」


 パリス少年はちょっと興奮気味に語りました。


「何万匹も魔物倒して、稼いで、大金持ちの大英雄になるんだ!」


「それならなおの事、知識は蓄えた方がいいよー」


「腕っ節だけで成り上がる冒険者もいるんだろ? オレ様もそういうのになる!」


「んー……お前が大英雄って仰ぐフェルグスのオッサンも、バッタバッタと大剣で斬ってばかりじゃなくて魔物に対する知識ありきで戦ってるんだぞ」


「そうそう。というかフェルグスのオジ様は商品知識としても取り扱う魔物の事を知ってるから、あれで結構頭脳派だよ。最終的にぶった斬って倒すけど」


「うるせえ! オレ様はみみっちい事は嫌いなんだ!」


 セタンタ君達は「め、めんどくせー!」と思いました。


 まったく見知らぬ人相手なら「そうかそうか。がんばってね」でサヨナラすればいいのですが、今回は前金受け取っているのでそうもいきません。


 仕方なく説得を試みる事にしました。


「わかった、じゃあ俺かマーリンのどっちかを転ばせれたら今日はお前の好きにさせてやるよ。逆に俺達のどっちかがお前倒したら黙ってついてこいよ」


「ゲェー、ボク戦うの苦手ー」


 マーリンちゃんは舌を出して嫌がりました。


 そこに目をつけたパリス少年は「じゃあ変態猫と勝負だ!」と言いました。


「ムッ! ボクは変態じゃないよ、乙女だよ!」


「うるせえチンコついてるくせに! 行くぞ死ねえええ!」


 パリス少年、女の子相手でも容赦無しです。


 身体強化の魔術を全力で行使し、力任せに転ばせようとしています。


 対するマーリンちゃんは面倒くさそうに軽く蹴りました。


 蹴られたパリス少年はバネで弾かれたように後ろにスッテンコロリンと飛んでいき、壁にぶつかって止まり、「ぐぇぇ」と地面に倒れ伏しました。


「はい、マーリンの勝ち」


「ふぉふぉふぉ、修行が足りんわ」


「な、なんでだー! お前なんかズルしただろ!」


「そっちと同じく魔術使った程度だよ。とにかく言う事聞いてね」


 マーリンちゃんは戦闘は比較的苦手ですが、魔術は得意な女の子です。


 パリス君の身体強化を解呪レジスト魔術で消しつつ、ベクトル操作魔術で後ろに飛んでいくように指向性をつけつつ、同時に軽い蹴りと共にパリス君の身体に一時的な防護の加護を与え、大怪我はしないようにした形でした。


 やってる事はやや複雑ですが、手練の戦士であれば身体強化が解呪された時点で気づくので誰にでも通用する方法ではありません。


 ただ、今はまだ未熟なパリス少年には覿面てきめんだったようです。


 勝敗云々以前に少年の心は「女に負けた」という認識にズタズタにされました。



「ふ、ぐ……うぇぇ……」


「マーリンが泣かせた」


「ボクの所為なの!? いや、ボクの所為かもだけどセタンタも責任取ってね」


 パリス少年はわりと直ぐ泣き止みました。


 が、涙目で怒っていました。


「お、オレ様は泣いてないからなっ」


「はいはい」


「いつまでもグダグダやってずに郊外行こうよー」


「いや、その前にコイツの分の生態手帳買ってこうぜ」


「なんだそれ! オレ様は無駄金なんか使ってやんねえからな!」


 セタンタ君は無視してパリス少年を引きずってギルドに入っていきました。



 生態手帳とはバッカス冒険者ギルドで販売している冒険者の道具です。


 正式名称を魔物生態手帳と言います。


 魔物の生態、特徴、有効な戦術などが記されているもので魔物と戦うにしろ戦闘避けるにしろ持っておくと便利なものです。


 魔物図鑑兼魔物の攻略本のようなもので、国営機関である冒険者ギルドが情報収集を行い、格安で発行しています。魔物の生態や特徴は変わる事もあるので過信しすぎると危険ですがそれでもあると参考になります。


 魔物ごとにページがバラ売りされており、バインダー式のシステム手帳に冒険者が各々カスタマイズしてページを編集する事が出来ます。


 自分が赴く郊外に生息している魔物、あるいは出てきそうな危険な魔物のページを編集し、それ以外にも必要そうな郊外の知識が記されたものなどを収めておくのが一般的な使い方ですね。


 行く場所にどんな魔物がいるのか知らないのであれば、冒険者ギルドの職員に頼めば目撃例の多い魔物を教えてくれたり、必要な生態手帳のページをまとめて売ってくれます。


 販売しているのは魔物に関するものだけではなく、都市郊外で取れる薬草やキノコなどの情報や、鉱石や宝石などに関して記された図鑑や都市郊外の気候や特徴、そして地図なども置いています。


 魔物や戦い以外にもお金稼ぎに使える情報が販売されているのです。


 ギルドも冒険者の生存率と依頼達成率を上げるためにも必要な情報収集を行い、発布しています。国民をいたずらに死地に追いやるのも効率悪いですからね。


 

「へぇぇ、こういうあったのか」


「冒険者登録する時にでもギルドの人が簡単に教えてくれたはずなんだけど」


「よく聞いてなかった」


「今度からちゃんと聞いとけよ……」


 パリス少年はお金を使う事は渋っていましたが、セタンタ君達が「今日に限らず役に立つよ」「買わないとケツにマーリンだぞ」と言うと慌てて買いました。


 必要な魔物のページを買い、その後は「ちょっと待ってろ」と魔物以外のもの――お金になりそうな薬草や鉱石などのものも買い求め始めました。


 あわよくば、そういったもので副次収入を得ようとしているのでしょう。


 お金欲しさとはいえ、知識に対する貪欲さは良い傾向かもしれません。


 セタンタ君達は雑談しつつ、パリス少年が買い終わるのを待つ事にしました。


「あいつ、遠からず痛い目みそうだな……オッサンも心配するわけだ」


「ある意味、セタンタも人のコトは言えないからね……。まー、今回の依頼はセタンタのためもあるんじゃないかなぁ」


「は? 俺?」


 セタンタ君はマーリンちゃんの言葉がよくわからず、首をひねりました。


「セタンタ、最近は特に一人で依頼受けるか、オジ様に誘われて遠征についていくかのどっちかでしか冒険者稼業してないでしょ?」


「まあな。それが?」


「ぶっちゃけちゃうと、オジ様がちょっと心配してたよ。セタンタが冒険者として交友関係広げていかないの心配だし、才能あるからこそ勿体無いってさ。だから今回の依頼を通して、もっと色んな人と関わっていってほしいんじゃないかなぁ」


「えー……」


 セタンタ君は友達いない子と心配されているような気分になりました。


 マーリンちゃんはその辺を察したのか、「セタンタが孤立していってるんじゃないか、って思われてるのとはちょっと違うからね」と付け加えました。


「オジ様はセタンタのこと、かなり買ってるんだよ? どうせなら単なる一人の冒険者じゃなくて、クランを率いるような……冒険者を率いてまとめあげるような立派な冒険者になってほしいんだよ。この間の群峰でもチラチラ勧めてたでしょ」


「えー、俺、そういうの向いてねえだろ」


「今はそうかもだけど、誰しも最初はそんなもんなんだよ」


「でも、フェルグスのオッサンの下で動いてる方が楽だぜ。オッサン強えし、遠征の仕切りは戦闘の判断も物資管理も含めてキチンとしてるし。金欲しさにオッサンとは別の、クソみたいな仕切りの遠征行った事あんだけど、あれは最悪だった」


「まあ命もかかる事だしね……。ただ、オジ様は出来ればセタンタに自分の手のひらの上に収まらないような大英雄になってほしいわけだよ。親心だよ、親心」


「オッサンは俺の親父じゃねーし……」


「でも、お父さんに近いような信頼は感じてるでしょ?」


「……知らねえ。俺、親なんていねーし」


 セタンタ君は、マーリンちゃんから顔をそむけました。


 マーリンちゃんはその横顔をちょっと心配そうに見守っていましたが、冒険者としてどう活動していくか選ぶのは本人次第と思い、口をつぐみました。




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