女子供に甘いオーク
ある日の昼下がり、セタンタ君は寮母さんに呼ばれました。
寮母さん曰く、寮母さんの旦那さんがセタンタ君を呼んでいるそうです。
セタンタ君は「仕事かな?」と首をひねりつつ、呼び出しに応じました。
寮母さんの旦那さんの名をフェルグスと言い、セタンタ君が暮らすバッカス王国でも名の知れたヤリチンであるオークです。
セタンタ君を預かり、立派な冒険者になる一環として面倒を見て来てくれた恩人なので、セタンタ君はちょっぴり頭が上がりません。
腕の立つ先輩冒険者として非常に信頼している事もあるので、セタンタ君も特に反抗せずフェルグスさんの言う事はよく聞いています。
なので、とりあえずはフェルグスさんの家に行く事にしました。
「さっと行ってさっと帰ろう」
セタンタ君はそう決めました。
フェルグスさんの家は長居しすぎると説教されやすいのです。
フェルグスさんは温厚なオークさんなので、セタンタ君が阿呆な事をやっても笑って「コラコラ」と言う放任な対応ですが、他の方には説教されるのです。
他の方というのは、フェルグスさんの奥様方の事です。
あまり女の子の間を遊び歩くのはやめなさい、特定の相手を責任持てる人数だけ決めて結婚なさい、一人で郊外に行くのはやめなさい、危ないことはやめなさい、孤児院長さんから賜った槍以外も使いなさい……などといった内容です。
フェルグスさんは放任でも、何十人もいるフェルグスさんの奥様方にはセタンタ君を我が子のように可愛がり、同時に心配して思わず説教してしまうような方々がいるのです。
特にフェルグスさんの剣の師匠兼妻が説教してくるので、セタンタ君は最近はあまり近づかず、おいしいもの手に入ったらそっとおすそ分けしにいく程度でした。
だから、さっと行ってさっと帰る。
そういう腹づもりのセタンタ君でしたが、街中でオークの子供達を連れ、遊んでいるフェルグスさんを見つけたので家に行く必要がなくなりました。
どうも本日のフェルグスさんは家族サービスをしている様子。
息子や孫、ひ孫などを連れ歩いています。
身体によじ登られて頬を引っ張られたりもしてますが、笑ってますね。
「おーい、フェルグスのオッサン」
「お、セタンタか。よく来た」
フェルグスさんの息子・孫・ひ孫達が甘いものを見つけたアリのようにセタンタ君に群がりはじめ、セタンタ君は「やめろー」と弱々しく抵抗しつつ、「セタンタにーちゃん、遊んで遊んでー」と四方八方から引っ張られはじめました。
「痛い痛い! オッサン、助けてくれ、地味に力が強い」
「ふむ、身体強化の魔術を使っているようだな」
「やめさせろよぉ! どういう教育してんだオッサン! ち、ちぎれる!」
フェルグスさんは「ハハハ」と笑うばかりです。
セタンタ君は振り払うわけにもいかず、一人一人の手を軽く掴んで離してもらおうとしましたが、離した端からまた掴んでくるイタチごっことなりました。
結局、「後で遊ぶ」と確約した事で引っ張られる事からは解放され、フェルグスさん達と一緒にケーキ屋さんの机につきました。
セタンタ君はゲッソリしてますが、フェルグスさんは子供達と「ワハハ!」と笑っています。そしてみんな好き勝手に注文し始めました。
「セタンタも好きなものを頼みなさい」
「あ、じゃあこの季節のフルーツパフェとカフェオレくださーい」
「ただし、お前はもう成人しているのだから会計は自分でな」
「こ、このオッサン……」
「冗談だ、冗談」
笑うフェルグスさんに向け、セタンタ君は頬杖ついて溜息一つ。
子供達がべたべた触ったり引っ張ってきますが、ちょっと慣れてきてしまいました。人間とはこうして環境に適応していくのですね。
「あ、そういえば呼びつけられたけど何の用事? 仕事?」
「ああ、お前とマーリンに一つ仕事を頼みたくてな」
「遠征?」
「いや、護衛ついでに冒険者としての指導を頼みたい」
セタンタ君は首を傾げました。
護衛はともかく、指導という仕事はフェルグスさんから依頼された事は特に無かったためです。
フェルグスさんのとこの家族が冒険者デビューするからその辺りに冒険者としての知識や立ち回りを教えてくれ――という事かと問いましたが、違うようです。
「先日、ククルカン群峰に行っただろう。大雨の中」
「ああ。雷もひどかったよな、あそこ」
「そこでパリスという名の少年冒険者と出会っただろう?」
「…………? 誰だっけ、それ?」
「ほら、お前と同じ年頃の、腐肉漁りをしていたヒューマン種の少年だ。お前より一個年下だが、まあ似たような感じの……」
「あー、アイツか」
「彼の護衛をしつつ、指導してやってくれ」
「やだ」
セタンタ君は面倒くさそうな依頼だったので断りました。
フェルグスさんは微笑んでいましたが、スッ……と手をあげるとそれを合図にフェルグスさんの息子や孫やひ孫が「受けてあげなよー」「じっじのたのみだぞぉー」とセタンタ君をもみくちゃにしはじめました。
「いたいいたい、ぼうりょくはんたい」
「彼の護衛をしつつ、指導してやってくれないか?」
「これがおとなのすることかー!」
セタンタ君は暴力に屈しました。
「ちくしょう、そういう仕事はヴーディカ姐さんにでも言えよ」
「いや、彼女はいま長期の遠征に行っててな。今頃は元気に魔物のクルミを割っている頃だろう。彼女が帰ってくるまでパリスを寝かせておくわけにもいかん」
「あー、痛い痛い……なんだっけ、確かオッサンとこで雇い始めたんだっけ」
「とりあえず都市内での仕事をさせている。彼はちょっと冒険者としての技能が足りてないところがあるのだ。人夫として使うのもまだ少し頼りないぐらいでなぁ」
だからフェルグスさんがお金出して指導を施してもらう。
雇用者として使用人の技能習得のための援助、と言えば資格取得のための援助のように聞こえますが、そこまでやらずとも既に最低限の技能のある人夫ならホイホイ雇えない事も無いので、わりと慈善事業です。
セタンタ君もそれがわかっているので、ちょっと呆れ顔でした。
「オッサンは女とガキに甘いよなー」
「まったくもってその通りだ」
フェルグスさんはおかしそうに笑い、その子供達もよくわかってなくてもつられて笑い始めました。
ただセタンタ君は「まあ俺もそのガキの範疇だよな」とフェルグスさんの世話になっていた頃の事を思い、「わかったよ」と改めて依頼を受ける事にしました。
これもまた、一つの恩返しです。
「わかったけど、あんまり長期なのは勘弁してくれよ」
「いや、とりあえず一日だけで良い。魔物の残した痕跡の見方について、大雑把なところを教えてやってくれ」
「む。まさか殆ど知識無しで冒険者始めたのか、アイツ」
「ああ。だが、やる気だけはあるのだ」
そのやる気を買ったフェルグスさんはククルカン群峰で出会ったパリス少年に「これも何かの縁」として、雇うだけではなく指導も施す事にしたのです。
ゆくゆくは一端の冒険者となってくれるように。
あるいは、冒険者稼業の厳しさを呑み込みきれず諦めるのであれば、それはそれで商会内で他の仕事を紹介をすればいい……と思っていました。
「本人の想いを尊重してやりたいし、子供を無為に死なせるのは忍びない」
「…………」
セタンタ君は運ばれてきた珈琲をすするフェルグスさんを見つつ、冒険者になった頃の自分もそんな風に思われていたんだろうか、などと思いました。
最初から知識と実力を持ち合わせていた者。
最初から知識も実力も持ち合わせていない者。
その辺りの違いはありますが、年頃は近いセタンタ君とパリス少年はマーリンちゃんを交えつつ、日帰りで都市郊外に赴く事になりました。




