万病にまんべんなく効く大衆浴場
依頼を終え、夕飯を食べたセタンタ君達は大衆浴場にやってきました。
バッカス王国は風呂無し物件が多い事もあり、大衆浴場が数多く存在します。
都市間転移ゲートにより、水源地から強引に各都市に供給していっているおかげもあり水がとても豊富で、一般家庭ならタダ、大量に使う大衆浴場は水道代払っていますが、それほど高額ではないのでポンポコと多くの大衆浴場が営業してます。
とはいえ、単に営業しているだけで御客入れ食いとも限らないため、各大衆浴場ごとに御客囲い込み、客単価アップのために色々と工夫が凝らされています。
「ここがセタンタ行きつけの大衆浴場かー」
「ああ。最近はここに来る事が多い」
「なんかエロい事してもらえるの?」
「違う違う。まあとりあえず入ろうぜ」
もう日も暮れたので大衆浴場には多くのお客さんが訪れています。
ちょうど一仕事終えて帰ってきた冒険者の人が多い時間帯のようで、その冒険者たるセタンタ君達もそれに混じって入っていきました。
「将棋盤、チェス盤の貸し出し……は今やってないんだね」
「そりゃ昼間限定だな。つか、それぐらいはどこの大衆浴場でもあるだろ」
「確かに~」
遊技盤の貸し出しはバッカスの大衆浴場では一般的なものです。
将棋盤やチェス盤に限らず、濡れてもふやけないトランプなどの貸し出しも行われており、夜ほど人が来ない昼間などはダラダラと、あるいは真剣に遊戯に興じている人達の姿も見受けられます。
一種の集会所としても使われているのです。
他にも水に濡れない加護が施された本の貸し出しなでも行われており、暑いお湯の中、あるいは外、もしくは30度ほどのぬるいお湯につかりながら娯楽や雑談を楽しんでいる人達もいます。
「ここの売りは、コイツだ」
「んー? 食べ物のお品書き?」
セタンタ君がマーリンちゃんに飲食物のメニュー表を差し出しました。
そこにはジュース、麦酒、葡萄酒、炭酸水、アイスクリーム、カキ氷などなどのメニューが記されているようです。価格はそこらのカフェより割高ですね。
昼間の時間帯であればカフェのものと同じぐらいの値段で頼めるようですが、お風呂が混み合う時間帯だけ割高になっているようです。
「あ、お風呂入りながら飲み食い出来るんだ。へぇー」
「いいだろ。熱い風呂に入りながらアイス食べるとか、最高に贅沢だぜ」
「客がこぼしたので汚そう」
ヘッ、と笑ったマーリンちゃんでしたが、入っていくお客さんが皆なにかしら頼みながら入っていく様子を見て、ムラムラと風呂オヤツ欲が湧いてきました。
「ぐぅ……ど、どれも欲しいけどガマンして、ボクは葡萄味の微炭酸水とイチゴパフェと焼きリンゴのアイスクリームがけにしよっと」
「頼みすぎだろ……。あ、俺は人妻一番絞りのアイスクリームとコーヒー牛乳で」
「かしこまりました」
注文を済ませた二人は意気揚々と男湯の脱衣所に入っていきました。
「ちょっと待て」
「えっ?」
「なんでお前が、ごく自然に男湯に入ろうとしてんだよ」
「え~なに~セタンタ、恥ずかしいのぉ~?」
マーリンちゃんがニヤニヤと笑い、セタンタ君の背中をバシバシと叩いて「孤児院時代はよく一緒に入ってたじゃーん!」と言いました。
「いつの話だよ。昔ならともかく、お前、一応は成人女子だろ」
「セタンタ……男と女を見分けるにはどこを見ればいい?」
「ちん……ハッ!」
セタンタ君はマーリンちゃんの思惑に気づき、戦慄しました。
マーリンちゃんは悪い子の笑みを浮かべ、自分の股間を指差しました。
「ボク、女だけど生えてるから男湯にも入っていいんだよ……!」
「おまえ頭わるいな!」
「面白そうだから試したい」
「恥じらいというものを持てよ」
セタンタ君は思わず、マーリンちゃんの胸部を見ました。
そこは控えめではありますが、ゼロとは言い難いちっぱいがありました。
いまはまだ薄手に衣服に隠されているとはいえ、女の子らしい可愛らしい胸部が隠されているでしょう……などと一瞬考えてしまったセタンタ君は「いやいやこいつマーリンだぞ!」と頭を振って邪念を振り払いました。
「逆に、セタンタは取っちゃえば女湯に入れるんだよ」
「おまえ頭いいな!」
「へへ、この機会にセタンタは女の子になって、むくつけきオジ様達にメスの悦びを味あわせてもらうといいんだよ」
「殺すぞ」
セタンタ君は通報しました。
マーリンちゃんは「ニャアアアアン!」と大衆浴場で働いている三助さん達に両脇を捕まれ、女湯の脱衣所に連行されていきました。
「さらばだ、マーリン……」
「こんちくしょー! おぼえとけよー!」
「あら、ちょっと見て、この子のかわいい」
「ほんとだー♡ リボンまで巻いてるー♡」
「あ~~~♡ おねーさんたちやめてねっ♡」
「おのれ、マーリン!」
何だか羨ましい事になったので、こっそり乱入しようとしましたがこれまた三助さん達に阻まれ、セタンタ君はすごすごと男湯へ向かいました。
かけ湯で身を清めたセタンタ君は風呂場で注文していたアイスと牛乳をお盆で受け取り、風呂の中に備え付けられた机の上でそれを食べ始めました。
時折聞こえてくるマーリンちゃんがお姉さん達とイチャイチャしてる声は羨ましく感じられましたが、熱いお風呂に浸かりつつ、冷たいデザートと飲み物を飲める一時は郊外での一仕事でささくれだった心もまとめて癒やしてくれるものでした。
バッカスの大衆浴場は心だけではなく、身体も癒やしてくれます。
万病にまんべんなく効く湯なのです。
バッカス政府が水だけではなく、湯の効能を変える設備のレンタルを行っており、大衆浴場の経営者はそれを使っているのです。
効能は様々で、風邪予防・健康促進・美肌効果や筋肉痛・神経痛・関節痛・うちみ・皮膚病・湯冷め防止などなど色んな効能が全乗せになってるのが標準です。
これにさらに一時的な魔術加護が乗る湯もあります。
セタンタ君も利用した湯屋・鎮守の杜屋ほどの強く長期に渡る効果はありませんが、地味に便利な加護を付与出来る湯があるのです。
中でも人気なのが「擦り傷防止加護」と「日焼け防止」の湯です。
日焼け防止はそのまんまの意味です。
擦り傷防止については全身浸かっておけば、1日2日ぐらいは擦り傷とは無縁。普通の蚊程度なら刺されず、木がささくれ立つ事もなく、草が鬱蒼と茂っている郊外を全裸で出歩いても――魔物が出てこなければ――葉っぱに肌が傷つけられる事もなく、かぶれも防止し、まったくの無傷で活動する事が出来ます。
これに穢れ防止の加護も合わせると全裸はともかく薄着で郊外活動する事が出来るので、特に冒険者に人気の湯です。
これらの簡易加護付与の湯があるおかげもあり、バッカスの冒険者はシャレオツな薄着で郊外活動している事すらあります。衣装の良し悪しは本人の気分を左右し、気分は魔術にも影響与えるのでわりと無視できないファクターです。
湯の加護で手を防護し、グローブなどつけない人もいるほどです。
あくまで大衆浴場の湯は一時的な加護なので、長期の遠征に赴く場合はちゃんとした湯屋などで加護を受けたり、防護のクリームをぬりぬりする必要があります。
とはいえ日帰りの冒険程度なら大衆浴場の湯で十分で、都市内で仕事する分にも十分であるため、個人で持つ事が難しい設備を備えた大衆浴場の湯はバッカス王国において健康や生活、冒険者稼業のためにも広く愛されています。




