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復讐に捧げた私の一生 後編

続きです。

念の為にもう一度告知しますが、当作はダークエンド&バットエンドになります。


前編で耐えられないという人は後編を読むことをお勧めしません。

それ以外の方はどうぞ、お進みください。












 お母様との対面を果たしたわたくしは獣が満足する程の振る舞いを完全に身に付けたわ。感情の伴ったわたくしの仕草は男を魅了することに長けていると言っていたわね。


 獣は子爵に命じた。わたくしが学園に通える様に子爵の庶子と偽れと。子爵はこの命令に難色を示した。当然よね。一時期とはいえ、わたくしを子爵の庶子と勘違いした夫人と子爵の仲に溝が出来たのはそれが原因だったのだから。


 だからといって子爵が獣の命令を拒めるわけが無く、渋々ではあったけれど子爵はわたくしを庶子ということにして学園に通わせることを承諾した。


 夫人にどうやって説明したのかは知らないけれど。取り敢えず夫人からの了承をもらえた子爵はわたくしを学園に送り出した。


 後は貴方達の知っている通りよ。わたくしは獣と敵対している貴族…………それも高位の者に絞って接触したわ。まさかあそこまで貴族子息の方々が簡単に引っかかっるとは思わなかったけど。


 …………だってねぇ。キチンとした教育と、貴族子息としての心得を教わった方々が、ちょっとわたくしが無邪気に振る舞っただけであっさり公使混同して、然も中には婚約者がいらっしゃった方もいたのよ? 自分でやっていて何ですけど、今まで何を学んでいたのか。わたくし、問い詰めたくなりました。


 その最たる方はそこにいらっしゃるオスカー様ね。まさか王族の義務としての婚約を放り出してわたくしを構うとは思っても見なかったもの。王族と貴族の橋渡しの役割のある重要極まりない婚約を…………近くで見ていたけれどあそこまで蔑ろに出来たのかが理解出来なかったわ。獣と子爵は大層喜んでいたけれどね。


 しばらくして………子爵はわたくしの欲しい物を聞いてきたわ。今までは獣か、子爵が用意した物以外を身に着けることが許されなかったから何だと思ったら………わたくし自ら買い物をしないことを訝しんでいる貴族がいるからそれを誤魔化す為に買い物をしろと言うのよ。


 馬鹿馬鹿しいと思いながらも、わたくしは一計を案じた。わたくしは子爵に、ある商人を呼ぶように頼んだわ。国を股に掛ける一代でのし上がった大商人。彼の手掛ける貴金属や衣服は一度世に出れば必ず流行すると言われる程の凄腕。


 子爵は何の疑いもなくその商人を呼んでくれることになった。でも………その商人を呼ぶ際に、わたくし、一つ商人に伝えて欲しいことがあると言った。…………何かって? ふふっ……大したことではないわ。わたくしは子爵にこう言ったの。白い葡萄ジュースが飲みたいから持ってきて欲しいって。


 その時にはアプリコットのジャムとスコーンも付けるようにって。


 何でそんなことをしたのか? ふふふっ………今や一躍有名なその商人わね? わたくしのお父様とお母様共通のご友人の一人だったの。あら? 随分驚いていらっしゃるのね? シンシア王太子妃殿下。何故、庶民であるその商人と仮にも二カ国の王家に縁続きである公爵家の当主とその妻が友人関係なのか気になるのね。


 別に大したことではないわよ。単にその商人の妹君が、まだお母様がシシュタル国の王女である時分に側仕えの侍女をしていたことがあるのよ。彼の商人は庶民と言われているけれど、元は伯爵家の血に連なる者だったの。


 連なるといっても爵位を持てない三男の孫だったそうよ。その商人は、両親が病で倒れた際に当時の伯爵が支援してくれたお陰で路頭に迷わずに済んだと言っていたわ。


 その縁で、お母様がお父様の下に嫁がれてもお付き合いを続けていたの。特にお兄様の方は商人として駆け出していたので、ワインの流通に携わるかとお父様もお話をしていたし。


 ……………先ほど何故、葡萄ジュースとアプリコットのジャムとスコーンを頼んだのか聞きましたわね。簡単なことですわ。わたくし、何時もその方に頼んでいたからですわ。特に、白い葡萄ジュースというところが重要ね。


 白い葡萄ジュースは、実は、あまり流通していないの。貴方達も赤は見知っていても白は無いのではないのかしら? …………やっぱり、知りませんのね。知っているのは葡萄農園の経営に携わった者か、その関係者くらいですもの。わたくしが知っていたのだって、お父様の領地で葡萄農園があったから偶々知っていただけですし。


 一種の賭、でしたわね………。もし彼の人が気付いてくださればわたくしの生存を両国に知らせることが出来る…………お父様とお母様の死の真相も含めて……………。分の悪い賭なのは分かっていました。長年あの獣に監視され、交友関係の無いわたくしからすれば、分が悪くとも可能性があるというだけでも十分だったのです。


 そして、わたくしは賭に勝った。幼い頃、よくともに遊んだその商人の息子…………ラルがわたくしの前に現れた。ラルは一目見てわたくしに気付いてくれた。獣と子爵の監視の手前、彼は動揺を隠してくれたけれど。


 それからわたくしは商品を買うという名目で何度か彼と会ったわ。ラルの方も両国にわたくしのことをすぐに知らせてくれたみたい。二度目にあった時、公爵令嬢だった頃のわたくしの侍女を職員という名目で連れてきてくれたから。


 恐らく、本当にわたくしがクレアナ本人かどうかの最終的な確認の意味もあったのでしょうね。


 それからすぐにアルガルベ国のお祖父様とシシュタル国の伯父様の手の者がわたくしに接触してきたわ。方法は様々だったわね。学園で働く使用人、商人の使い、子爵家に使用人として入ってきたもの、獣の屋敷に入った者とかね………。


 息子であったお父様の死の真相をお聞きしたお祖父様のお怒りもそうだけど、お母様を溺愛していらっしゃった伯父様のお怒りは相当だったようよ。


 仮にもシシュタル国の元王女にして王妹。そのお母様を、夫であったお父様の前で犯すばかりか目の前で弑し。正気を奪って昼夜問わず犯し続けて孕まし、身籠もらせておきながらむざむざ死なせ…………挙げ句の果てには剥製にしてまで側に置いているんだもの。


 ………お母様の忘れ形見であるわたくしに性的奉仕をさせていたことも逆鱗に触れたそう………。監視の目をくぐって教えてくれた伯父様の手の者も震えていたわ。


 え? どうしてその時点で全てを明らかにしなかったのかですって? はぁ………貴方様はそこにいるオスカー様同様、阿呆ですか? 王太子殿下。


 そんな重大な事、そんな簡単に公表出来るわけが無いでしょう。お父様とお母様の葬儀は公式のものとして周辺各国に大々的に公表したのよ? それにもし………事実をありのままに公表してみなさい。それをするということはお母様はお父様の前で犯されたことも、その後数年に渡って犯された挙げ句、身籠もった事も剥製にされたことも明かされてしまうのよ?


 どれほど隠したとしても、周辺各国の者達はお父様達の真相を探るべくあらゆる手を使って調べ上げるわ。たとえ表に出なくとも、公然の秘密として多くの者達に知られるのは避けられない…………口さがない者達はそんなお母様に対してなんというか。死んでもなお、そのような目にお母様をあわせろと貴方はおっしゃるのか!!


 …………失礼しましたわ。つい、気が動転してしまいました。


 両国が公表しなかったのは、わたくしの為もあります。だって………そうでしょう? そのような外道の元に長年いて、わたくしのことを邪推しない人間がいないと? もっとも、邪推せずとも純潔を奪われていない以外の下衆な扱いもされていたのは確かなので、否定仕切れないのも事実なのですがね。


 もっともお二方はわたくしを何とかしてこの国から取り戻そうとお考えでしたが……わたくしから断りましたの。


 何故、ですって?



「当たり前ではないですか。この国がわたくしに、わたくしの両親に何をしたのか。たった今、説明いたしましたのに………もう忘れてしまったのですか?」


「クレアナ……姫………君は、まさか…………!」



 王太子が苦渋に満ちた顔でクレアナを見詰める。シンシアは途中からクレアナがこの国に留まる理由に気付いていたのだろう。どこか思い詰めた表情をしていた。オスカーはといへば、もう何も聞きたくないとばかりに耳を塞いで蹲っていた。


 そんな三人の様子に、クレアナは微笑する。



「えぇ……王太子殿下のお察しの通り、復讐するためですわ。わたくしを、両親を、踏み躙り弄び殺し続けてきた――――全てに( ・ ・ ・ )



 その瞳に燃え盛るは復讐の炎――――――己が定めた敵を屠り尽くすまで消えることのない獄炎の情熱。



「オスカー様がわたくしを見初めてくださったのは本当に僥倖でしたわ。おかげで、わたくしの復讐への道が一気に広がりましたもの……ですからエリザベス妃殿下との間にお子が出来る訳にはいきませんでした。お二人の仲が深まらぬよう、オスカー様を誘惑して……そんな恐ろしいお顔をなさらないで? わたくしは、別にオスカー様にエリザベス様に危害を加えてほしいと頼んだことはございませんわ。精々、わたくしを本当に愛しているなら、先にお子を宿らせて欲しいとは言いましたけど……それ以外はエリザベス様が懐妊なさった時に少し責めたぐらいですわ。そうですわよね? オスカー様?」


「……」



 だんまりを決め込むオスカーを呆れた目で一瞥すると、クレアナは王太子夫婦に優しく微笑む。



「お分かりになりまして? わたくしはこの国の王家の子を身籠った事実が欲しかっただけ。それ以外は何も画策していない……」


「何故……それが復讐に………あっ」



 王太子はクレアナがその腕に抱く子を見た。



「えぇ……そう。わたくしの目的はこの国の王家の血筋ではない者を公式に認めさせること……。そして未だ獣に捕らわれているお母様のご遺体を取り戻すこと。────ねぇ、王太子殿下? 貴方はこの子を不義の子として処分なさる? ……出来ませんよねぇ? わたくしの話を聞いて、出来ると断じるわけには参りませんよねぇ? だってこの子は間違いなくわたくしの血を引いているのですもの。二つの王家の血を持つわたくしの。なりよりお祖父様と伯父様からわたくしの身分の保証とこの子への寿があった以上、他国にこの子が不義の子であったと言う訳にはいかない。既にエリザベス様をオスカー様が勝手に、しかも冤罪でありながら不貞と不貞の子を孕んだ罪で処罰なされた。ここにきてわたくしも処罰すれば周辺各国はどのように思うのかしら? たとえ断罪しようとしても、お祖父様と伯父様の逆鱗に触れますわ。わたくしと、わたくしの両親にした事を考えればね」


 

 そう。クレアナの子を処分することは出来ない。クレアナとクレアナの両親にしたことを考えれば、彼の二カ国は大手を振るってこの国を蹂躙しに掛かるだろう。特にシシュタル国の国王は溺愛していた妹の末路を聞いて、未だに大人しくしていること事態が有り得ないのだ。


 そしてそれはクレアナを断罪することも出来ないということ。この母子に手を出せばこの国は大国二つを相手取らなくてはならなくなる。為政者として国の利益を考えた場合、この国はクレアナ母子の存在を黙認するしかないのだ。



「言ったでしょう? わたくしは全てに復讐する為に残ったのだと」



 クレアナは────アベル公爵だけではない。アベル公爵を抑えることも処罰することも出来なかったこの国( ・ ・ ・ )全て(・・)に復讐を誓ったのだ。






 全ての真相を知ったこの国の上層部はクレアナ母子の存在を黙認することに承諾した。中には反対する者も勿論いたが…………アベル公爵の行った非道なる所業と二カ国の睨みに贖うことが出来るわけが無いと悟って沈黙を選んだ。


 そしてクレアナ母子に対して危害を加えることも王命により禁じた。この二人に何かあればアルガルベ国とシシュタル国が黙っていないからだ。下手に危害を加えて亡くなりでもしたら…………即、戦争になるのは目に見えていた。


 この国が攻め込まれないのは、クレアナがオスカーの第二夫人の座に収まっているが故。この国に後生まで続く汚点と屈辱を齎したクレアナこそがこの国の生命線なのだ。


 全ての元凶であるアベル公爵は当然処刑。アベル公爵に加担した者達も皆処刑かそれに準じる罰を与えられた。


 アベル公爵の屋敷から発見されたクレアナの母は内々にアルガルベ国にある夫の墓に改めて埋葬されることが決まった。その際にシシュタル国の国王がお忍びで出席したそうだが、剥製にされた妹の亡骸を見てむせび泣いたという。


 そしてクレアナが子どもを出産してから半年が経ったその日、クレアナと生まれた子の御披露目が行われることになる。朝から忙しくしていたクレアナは揺りかごでスヤスヤ眠る我が子を慈しむ。



(ローティ・ナ公爵家に穢らわしい獣と同じ血を混ぜぬ為だったとはいえ………わたくしはこの子を不義の子という汚名を着せてしまった。何一つ、罪無き命に…………)



 復讐に生きることを決めたことに後悔は無い。だが…………未練があるとすればそれは子どもの先の未来。


 クレアナの子どもはローティ・ナ公爵家の跡継ぎとしてアルガルベ国に行くことが決まっている。だが口さがない者達はこの子を侮り、蔑むだろう。



「─────わたくしの子を、お願いね?」


「はい。クレアナ様」



 侍女に子どもを託すとクレアナは颯爽と御披露目が行われる会場へと向かった。オスカーは欠席しようとしたが、クレアナの子は公式にオスカーの子どもとして認知されている。子どもの御披露目にその父がいないのは問題だと無理やり引き摺られてくるそうだ。


 会場に入ったクレアナに向かう視線は様々だった。自らの国に咎があったとはいえ後生に延々と続くであろう汚点と屈辱と不名誉を与えたクレアナに憎悪の眼差しを送るもの。もしくはクレアナに行った出来事に憐憫の眼差しを送るもの。または最後まで復讐をやり遂げたクレアナを賞賛する者と多種多様な視線が飛び交う。


 嫌々エスコートするオスカーを気にも留めず微笑むクレアナ。


 そのクレアナに向かって一直線に駆け寄る者がいた。



「クレア!! この、薄汚い人殺しが! 死ね!! 娘の仇!!!」



 そう言ったのはエリザベスの母親だった。警備の厳しい中、どうやって持ち込んだのか…………その手には鈍い光を放つナイフが握られていた。



「ひぃっ!!」



 ナイフに怯えたオスカーがクレアナをエリザベスの母親の方へと押した。



 すべては、一瞬だった。オスカーに押されたクレアナはエリザベスの母親が持つナイフをその身に受けた。深々と刺さったナイフ。硬直する会場。


 誰かが悲鳴を上げた。それによって時が動き出す。エリザベスの母親は騎士達に素早く拘束され、クレアナを我が身可愛さに押したオスカーは既に会場から逃げ去っていた。


急いで駆け付けた国王夫婦と王太子夫婦に向かってクレアナは─────嗤った。



 ──────うふふ。これで、わたくしの復讐は成就する!!



 エリザベスの母親がナイフを持ち込めたのはクレアナの手引きだった。自分の殺害を目論んでいると知ったクレアナは、それを利用して他国の目があるこの場所で自分を殺害させることにした。


 これだけの目があれば隠蔽は不可能。この国はアルガルベ国とシシュタル国…………そしてクレアナが二カ国の王家の縁者と知った周辺各国の者達が利権と利益を求めてこの国に攻め居るだろう。


 この国はそれを防ぐ為にクレアナの子を盾にしようとするだろうが…………。


 クレアナが我が子を預けた侍女はアルガルベ国の手の者。子どもは既にこの城から脱出済みだった。


 

 後生にまで続く汚点と屈辱と不名誉? その程度で終わらせる訳がないだろう。もっと絶望的で、もっと理不尽で、もっと悲劇的な目にあうべきなのだ。



 その為ならば、この命すら惜しくは無い。



 むしろこれで良かったと思っている。クレアナが生きていれば必ず今まで経歴を調べようとする。


 そんなことをすれば…………クレアナの存在はアルガルベ国とシシュタル国にとって単なる汚点でしかない。クレアナが最強の一手になるのはこの国だけ。


 他の周辺各国からすればクレアナはアルガルベ国とシシュタル国という大国のアキレス腱だ。ならば復讐が終わったのならばその存在は抹消されるべきなのである。


 心残りは生まれて間もない我が子。アルガルベ国とシシュタル国の仕掛ける戦の最中で、亡くなったことにする手筈はアルガルベ国国王が請け負ってくれた。



 このナイフには致死性の毒が塗られている。クレアナは絶対に助からない。



 ────お父様、お母様…………今、逝きますわ。わたくしの子、せめて………幸せ、に…………。



 クレアナは満足気に微笑むと────ゆっくりと目蓋を閉じた。






 三年に及ぶアルガルベ国とシシュタル国…………そしてその他の連合軍からなった戦争はこの国の敗戦で幕を下ろした。


 何とか国を残すことが出来たのは僥倖だった。いまや先代となった国王夫婦とクレアナを殺害したエリザベスの一族、そしてオスカーを両国に引き渡すことで何とか和解条約を結ぶことが出来た。


 本当はすぐにオスカーとエリザベス一族は引き渡すつもりだったのだが、オスカーとエリザベスの両親夫婦は我先に国外に逃げ出したのだ。


 …………捕まえるのに、手こずった。オスカーに至っては逃亡先で女を作って、何と子どもまでもうけていた。子どもはオスカーの血を引いているのでアルガルベ国とシシュタル国の引き渡し対象となった。


 ……………子どもの母親はオスカーのことを身の振りの良い商人か何かだと勘違いしていた。それだけに子どもを取られた母親の泣き叫んで抵抗したらしい。憐れなことだが仕方がない。


 クレアナの子どもはあの事件の後行方知らずになり。その後、行方は要として知れない。この時点で王太子夫婦は、あの事件自体がクレアナの策謀だったのだと分かった。



「大丈夫?」


「シンシア………」



 国王となった元王太子は妻の顔を見て疲れ果てたその相貌に笑みを浮かべた。


 最悪の事態と呼ぶべき各国を巻き込んだ大戦争。その中でもこの国にとって幸いなことがあった。



「もうすぐ、一段落しそうだよ」


「そう………まさか、オスカーとエリザベスがアベル公爵の子どもだったなんて思いもしなかったわ」



 そう。何とオスカーとエリザベスは異母兄弟だったのだ。しかも双方の母親はアベル公爵と不義を働いたという記憶が無いので生まれた我が子が夫の子だと信じて疑っていなかった為に証明が遅れてしまった。


 ………どうやらアベル公爵は夜会や公式の舞踏会でそれ相応の貴族の妻の何名かに、睡眠薬と媚薬を盛って女達の記憶が無いまま犯して子どもを作っていた事が判明した。


 アベル公爵はシンシアと国王の祖父から王位を奪えなかったことをずっと妬み、長い長い時間を掛けて自分の手の者をあらゆる場所に配置していた。恐ろしいことに。それは王城、後宮にも及んでいた。


 事実を知った先代王妃の取り乱しようは酷かった。知らぬ間に体を陵辱され、夫以外の子を孕んでいたのだ。その場で自害しようとする王妃を抑えるのにも苦労した。先代国王など、アベル公爵を自分の手で殺したかったと口元から血の雫が流れていた。


 新たに判明した事実により、アベル公爵の種と思しき者達は全て処刑。中には自ら進んで妻を差し出した貴族もいることが分かり…………同じく処刑した。


 何故………この事が分かったのかというと。亡くなったクレアナがアベル公爵が貴族夫人を意識の無いままに陵辱して子どもを作っていたという告発文が遺されていたのだ。


 アベル公爵は敵対していた貴族夫人を中心に犯し、いざとなったら脅しに使えるように自分の種は誰なのかが書かれた詳細書をクレアナが写しをとったのだ。



 本当に………ロクでもない獣の屑である、アベル公爵。



 それも、もうすぐ一段落が着く。この機会に膿みを出し切った我が国はこれから良くなっていくだろう。戦争で小国に陥ってしまいはしたが…………生きている以上、やり直しは、きっと効く。


 二人はこの後、手を取り合って自国の反映に生涯を尽くすのであった。











 大国二つと諸外国をも巻き込んだ大戦争が終結してから早七年。


 戦の切っ掛けとなったこの国も新たな国王と王妃を戴いて、戦争で小さくなってしまった国土の復興に力を注いでいる。若くありながらも優秀な彼等に期待する者も多い。


 しかしそれでも諸外国のこの国を見る目は厳しかった。特に先方を切って攻め込んできたアルガルベ国とシシュタル国との国交は閉じられている。


 ある若者が若き王族がいる王都を、少し離れた丘からジッと見詰めていた。


 その手には白い葡萄ジュースとアプリコットのジャムとスコーンがあった。



「姫様…………貴女の言っていた復讐は、復讐をして、本当に幸せでしたか?」



 その青年の名はハーデス・ラル。

 クレアナがまだ両親と過ごしていた時に共に遊んでいた商人の子息。彼は丘の上に立ち、持っていた白い葡萄ジュースをグラスに注いで地面に置き、アプリコットのジャムの入った瓶とスコーンを置いた。


 祈りを捧げるように瞑目するハーデスを、背後から呼び掛ける声がする。



「おとーさーん!」


「クレオス」



 後ろから駈けてくるのは、まだ十歳前後と思しき少年。


 ハーデスの最愛の女性に良く似た面差しに、ハーデスは目を細めて微笑んだ。



「お父さん、そんなところで何をしているのですか?」



 勢い良く抱きつく息子に、ハーデスは子どもを抱き上げて目線を同じにする。


 ハーデスこそ、クレアナが産んだ子どもの実の父親だった。獣の血を引くオスカーの子どもなど、孕みたくは無い。しかし子を孕めなければ王城に立ち入れないと悩んだクレアナがハーデスに頼んだのだ。貴方の子を、孕ませて欲しいと。


 再会した二人は少しずつではあるが恋情を抱いていっていた。ハーデスも、本当はクレアナを攫って行きたかったが復讐を誓ったクレアナの意志までは変えられなかった。


 そして何より、他の男の子など孕んで欲しくなかったということもあり、ハーデスはクレアナの望み通りに関係を持った。けれど────。



「クレオスのお母さんにお祈りを捧げていたんだよ」


「お母さん?」



 キョトンとする息子に苦笑してハーデスはクレオスを抱き上げたまま歩き出した。



「クレオスが、もっと大きくなったら…………色んなことを話さなくちゃならない。それはお前にとって、とても重いものかも知れないけれど………父さんが、出来うる限り守ってやるからな」


「? うん!」



 ハーデスの言葉の意味はまだ分からなくとも、大好きな父親の言葉に頷くクレオス。


 クレオスはアルガルベ国の王族に連なる者として王城に上がることが決まっている。空席になっているローティ・ナ公爵家の跡取りになることが決まったのだ。工作に十年の歳月が掛かったが────クレアナの望み通りになっていった。でも────。



「今度はどこに行くの?」


「今度は────アルガルベ国だよ、クレオス」



 楽しげに笑うクレオスを見詰めながら、ハーデスは心の中でクレアナに語りかける。






 クレアナ────貴女はきっと、俺が本人も知らないアベル公爵の庶子だと知ったら。貴女は、俺を、愛してくれましたか?








ハーデスのお母さんはクレアナのお母さんの侍女をしていた方です。アベル公爵がクリスティーナを見初めましたが、既に婚約者のいた彼女との婚約は結べず────だからといって諦める気のなかったアベル公爵はクリスティーナを襲おうとしますが、ここでアクシデント、間違えてハーデスのお母さんを襲ってしまいました。


アベル公爵に固く口止めをされ、もし誰かに話してたらお前の縁あるものが全員不幸な目に遭うと脅されました。彼女も襲われたこと、他国の城でこの様なことを平気でするアベル公爵に恐れをなし口を詰むみました。


その後、すぐにクリスティーナと共にアルガルベ国に向かった彼女は自分が妊娠していることに気付き、病に掛かったと嘘をつき侍女を辞退。お兄さん、元へ帰るもお兄さんはお兄さんで腹の子は誰の子だと聞いても頑なに口を閉ざす妹に、お兄さんは邪推しました。


腹の子はクリスティーナの夫の子どもなのではないかと。妹を弄んで捨てたのではないかと。


実は公爵夫婦がアベル公爵に襲われたのはお兄さんが原因。といっても単に公爵夫婦が国境線近くの葡萄農園に向かうことを教えただけなのですが…………アベル公爵は策を労して公爵夫婦を襲撃、クリスティーナとクレアナを攫いました。 


お兄さんがその事に気付くも既に遅く、兄が何をしたのかを知った妹も、ここでようやくハーデスの父親を告白。お兄さんは自分の勘違いに気付きいて後悔の念に苛まれ…………ハーデスが成人してから長い心労の果てに亡くなります。


妹の方も、クリスティーナとクレアナの安否を心残りに兄の後を追うかのように病を得て病死。


ハーデスは母親が亡くなる前に父親とクレアナの真相を聞いたということです。



これにて全て終わります。

ご拝読、ありがとうございました。







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