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私の父は、私が中学生の時にこの世を去っていた。死因は病死。

死ぬ間際に母の手を握り「悔しい」と言っていた姿が忘れられない。




高校は地元の公立高校に進学する。決め手は進学率の良さだ。母に私のことで心配はかけたくない。

高校には地元の名士の息子とやらも進学していた。ある政治家の息子だ。3年間同じクラスだったが、とくに接点は無かった。


大学。その息子も私も同じ大学に進学する。

その息子は女性を引き寄せるようだ。まるでコバエがホイホイ。周りには常に女性が2人以上いて、正直うるさい。私には関係のない話だとは思うな。講義がほぼ同じのため、目に付くのだ。


私はその息子とはかかわりたくはないと思った。その息子は女性を見る目がいつも暗い。囲む女性は気づかないようだったが、私を筆頭とする幾人かは感じるものがあるようでその息子を避けていた。


特に新入生歓迎会と称するコンパが決定的だった。


「ね、君。どこかで会ったことない?」


そう聞く男の目は、― 私の父の目に似ていた。




それから数カ月過ぎたころ、私はいつの間にかあいつの恋人というポジションになっていた。

金持ちで頭が良く顔も良い、三拍子そろった男の恋人だ。もちろんやっかまれる。


だがあいつは私になんでも買ってくれた。私だけのために買ってくれる。私は初めて自分だけにそそがれるものが嬉しかった。

浮かれていたのだと思う。

あいつから与えられる私だけのものにうもれ、あいつのことがだんだんと好きになっていた。第一印象のことなんてすっかり忘れていた。




大学を卒業してしばらく経ったころに、あいつが初めて私の母に会いたいと言った。

私は大学に入学した時にはすでに"Sea Side"に住んでいたため、母とは離れて暮らしていた。あいつの気持ちが嬉しく、二つ返事でうなずいた。


母に会わせたい人がいると伝え、あいつを実家に連れて行った。二人は和やかに話しているように見えた。

しかし母はあいつが帰ると言った。


「まり、あなた大丈夫なの?」、と。




そして私は思い出す。


病室での父の様子を。


父は母の手を血がにじむまで握りしめ、言っていたではないか。「悔しい」と。触れられなくなることが、見ることができなくなることが、同じ空間にいれられなくなることが、離れることが、母が私のものになることが「悔しい」と。


― あいつは父と同じ目をしている。




私は一気に血の気がひいた。走馬灯のように過去の出来事が脳裏をかけめぐった。


まず大学後の就職先。就職が難しかった私に派遣先の会社を用意したのはだれだった?あいつだ。そもそもなぜ就職が難しかった?私が面接を受けるとき、いつも会社に電話がかかってくるのだ。そして戻ってきた面談員に言われる。「今日はもう結構ですよ。またご連絡いたします」そして届くのは御祈りメール。


次に私の家。あいつは付き合いはじめの時、あの部屋に住むのを反対していた。その反対はとてもひどかったが、私は譲らなかった。家賃がとても安かったからだ。それにあいつが準備する部屋に住むのはさすがに抵抗があった。でもいつからかあいつは反対しなくなった。あきらめたのだと思っていたのだが、"Sea Side"に私以外の住人が住まなくなったのはいつからのことだった?


そして私の部屋のもの。初めてプレゼントされたのはカバンだった。そして靴に家電製品。いつからか部屋でつぶやくだけで、次の日にはあいつが必要なものを持ってきていた。それはなぜ?


なんて、なんてなんて私は馬鹿だったのだろう。




私はそれからも変わらない態度をとりつづけた。


このままでも良いのではないか、という気持ちがあった。このまま愛され続け、そそがれつづければ、それでいいんじゃないかと。だってそれがここちよかったから。ぬるい湯をわざと冷たくする必要はない。


けれどもすべてをゆだねるのも怖かった。


そうしようかと心が揺れるたび、病室での父の様子を思い出す。母にしか関心が無いあの目を。狂ったものの目を。


籍をともにするのをあいまいに断り続ける私を、あいつはどんな気持ちで見ていたのだろうか。




転機は26歳。母の死だった。




弁護士に内密に呼ばれ、明かされた。

母が私に残した数千万の金と、遠い遠い親戚の名義で買ったマンション。


表の遺産相続とは別に母は私に選択肢を残していた。



突如現れた一筋の光。




― 私には逃げ道がある、だからこのままでもいいんだよ。


その光はそう言っているように見えた。




そして母の死から一年。あいつは浮気をはじめる。


もともと女が絶えなかったあいつだ。相手は途切れることなく現れる。あいつは私にはっきりと示すわけではないが相手の存在をにおわす。



この頃から、夢を繰り返し見るようになる。父が母の手をにぎりしめる、その姿を。

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