第25話 恩返しではなく、あなたの隣にいたい
奴隷の首輪を外した日の夜。
俺は寝る前に少しだけ身体を動かそうと、魔王城の中庭へ出ていた。
理学療法士だった頃から、考え事をする時は歩く癖がある。軽く歩けば血流も上がるし、座りっぱなしより頭も回る。
もっとも、魔王城の中庭は赤黒い月が浮かび、石像の目玉がこっちを追い、植え込みから時々呻き声が聞こえるので、散歩にはまるで向いていない。
「エルブルス様」
振り返ると、デナがいた。
昼間まで首にあった黒い輪は、もうない。
それだけなのに、妙に印象が違って見えた。
「どうした。もう休む時間だろ」
「……少しだけ、お話ししてもいいですか?」
「いいけど」
デナは俺の隣まで来ると、すぐには口を開かなかった。
二人で並んで歩く。
以前なら俺の半歩後ろをついてきていたのに、今夜は少し迷ったあと、俺の横に並んだ。
その変化が、なんとなく嬉しい。
「今日、奴隷ではなくなって……ずっと考えていました」
「何を?」
「私はこれから、どういう理由であなたのそばにいるのだろうと」
思ったより真面目な話だった。
「仕事だから、じゃだめ?」
「それもあります。でも、それだけではありません」
デナが足を止める。
俺もつられて止まった。
「今までは、恩を返したいと思っていました。脚を治していただいた。剣を返していただいた。生きる場所までいただいた。だから、この命を使ってでも返さなければならないと」
「そういうのいらないって何回も言ってるけど」
「はい。そうおっしゃると思っていました。だからこそ、です」
デナが少しだけ笑った。
「私は、恩があるからあなた様のそばにいたいという理由だけではありません」
「……じゃあ何で?」
「私が……、私自身が、あなた様のそばにいたいから、いるんです」
真正面から言われると困る。
しかも本人は、元聖騎士団長らしく覚悟を決めたみたいな顔をしているくせに、耳だけは真っ赤だった。
「自由になったなら、どこへ行ってもいいと仰ってくださった。それでも私は、自分でここに居ることを選びたい」
一歩、俺との距離が縮まる。
「エルブルス様の隣を」
心臓が一つ、大きく鳴った。
別に俺だって鈍感じゃない。
デナは綺麗だし、強いし、真面目なくせに時々妙に可愛い。
こんなふうに言われたりして、何も感じないわけがない。
「……それ、側近として?」
俺がそう聞くと、デナは一瞬だけ黙った。
【あとがき】
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