第三話「スクーンラムの代表者」
海の都市国家スクーンラム、海に面しており同盟国きっての海軍が国を統制している。同盟でも海上での戦闘に秀でた組織である。提督と呼ばれる人物が海軍の長であると同時にスクーンラムの代表者も務めている。何故だろうか、歴代提督は度々不祥事を起こして代替わりをしているが今代は品行方正で厳格な女性が海軍をより屈強で強固な組織にしている。とはいえ、海と面しているとなれば港がある。港があるという事は様々な船が停泊する。国の漁船、商船、海軍の軍艦のみならず他国から来た船も。そして目を盗んで入り込む違法な船など。今の提督の方針に納得がいかず、それを手引きして報酬を得るような外道も少なくない。提督の悩みの種である。
「貴公はかの有名なレインウォーター家の次女だったな。確か名はミッシェルだったか。貴公の姉とは何度か面識がある。そちらは?見慣れない顔だな」
漆黒の軍服コートに身を包んだ長身の女性。厳格と称されていると聞いていたため萎縮するルーチェだったが彼女の予想に反して彼女はジョークの通じる女性だった。
「これはこれは、貴公がここに派遣された賢人が語っていたギルドマスターかな。私はスクーンラムの代表者であり海軍提督マリー・ディマイオだ。よろしく頼む」
「ルーチェ・ファリスです。こちらはキース・プリムローズ、紆余曲折あってギルドマスターを担う事になりました。お会いできて光栄です」
マリーの差し出された手をルーチェは握り、そう口にすると。マリーはフッと笑みを零した。
「そう固くなるな、ルーチェ殿。ギルドに依頼をしたのは私、下手側は私だ」
驚いた。というのも何かと階級が上の人々は抱えているものがある。一般人では理解しがたい葛藤を無数に抱え、理解しがたい誇りを捨てられない。捨てるべき時に捨て、掲げるべき時に掲げてこその誇りであるはずだ。マリーはその辺りをよく理解している。が、中には彼女の方針に納得できない者もいる。かつての方針で良い生活をして来た者たちは受け入れられないだろう。貧富の差は然程無いが、立場の特権をマリーは減らしたのだ。
「私は、そこに幸せを見出す事は出来ないと思った。持たぬ者は幸せになる価値が無いと宣う下郎も何人も見て来た。…是非観光していってくれ、と言っている場合では無いな。ミッシェル、もう一人の賢人が行方知れずになっている」
ミッシェルは顔をしかめた。その賢人はギルドに在籍する中でも比較的戦闘にも慣れた人物らしい。そんな人間がそう簡単に行方知れず、問題になるとは思えない…と思いたいと言いたげにミッシェルの表情が歪んだのをルーチェは傍で見ていた。
「提督、賢人に関して情報が手に入りました」
軍服を着たガタイの良い男。浅黒い肌に生えた髭は中年であることを何よりも示している。マリーよりも年上で経験も豊富だろう。だが立場上はマリーの方が上である。ジェイコブ・ブラスキ、提督の副官。かなり貧しい家で生活しており、荒れていたが今ではマリーの右腕となった。豪胆な男だ。彼はキースに目を向けると突然肩を組んで来た。
「おい、何の真似だ」
「お前さんも誰かの右腕だろう。悪ィ感じがしねえのさ。ンで、お前さんの仕える主君ってのはどっちだ?」
ジェイコブはミッシェルとルーチェを交互に見比べる。筋が通っているのは、ルーチェだった。だがジェイコブは訝し気にルーチェの顔を睨んでいた。
「…やめろ。俺もアンタの事を敵視しなければならなくなる」
キースは即座にジェイコブの理由不明の敵意を感じ取り、そう言いながら彼の腕から抜けた。キースはルーチェより半歩前に立つ。不穏な空気を察知して、ミッシェルは双方を見る。ルーチェはキースを見つめた。咳払いをしたのはマリーだった。彼女はジェイコブを宥めた。どうやら何かありそうだ。他は席を外し、ジェイコブ以外がマリーの部屋にいた。マリーは窓から夜になった海を眺めながら語る。
「ルーチェ殿、貴公の瞳は生まれつきか?」
「私の?それは…」
普段なら聞かれれば何でも答えるのだが、口を噤んでしまった。誰もがそこに軽く話せない事情があると理解する。キースはマリーとミッシェルよりも、もしかしたら本人よりも事情を理解している。
「ジェイコブさんは、この眼から不信感を抱いたのですよね。なら、ちゃんと話さないと…私―」
マリーは首を横に振った。
「すまない。私が無粋だった。ジェイコブは事件の際にオッドアイの人間を目撃している。暗闇で視界も悪かった。戦闘経験豊富で荒事にも当然慣れていたが、そんな彼でも動揺が強かったらしい。オッドアイは珍しい。だからだろうな。ジェイコブは貴公が犯人と同じオッドアイだというだけで抱いてしまった」
「大丈夫です。犯人を見つければ良いじゃないですか。その為に助けを求めたのでしょう?」
失踪した賢人の行方を追って、ジェイコブと複数の海軍たちは犯人と思しき人物と交戦した。手も足も出なかったらしく、死ぬことは無かったが長らく戦線離脱を強いられた者ばかりだ。ジェイコブはオッドアイという印象が強く残っていた。
「色も忘れるほどに、それだけを強く覚えていたのか」
「色を覚えていないんじゃないかしら?意識が朦朧としているときに分かったのが、左右で異なる瞳の色…オッドアイ、ね」
ミッシェルは険しい表情のまま一つだけ、思い当たる節があった。そうでないことを祈りながら、それをそっと心の中に留めておく。




