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第25話 取引

 帝国軍の侵攻は凄まじかった。


 大地を震わせるほどの数万の軍勢が、王国領の荒野を黒く染め上げながら進軍していく。


 防衛線を敷いていた王国軍の陣形はすでに限界を迎え、崩壊は時間の問題かと思われた。


 だが、その圧倒的な数の暴力は、たった二人の理不尽な力の前に完全に瓦解しようとしていた。


「あははははッ! 燃えなさい、燃え尽きなさい! 【フレイムストライク・カルテット】!」


 久しぶりの戦場に放たれたエレアノールは、水を得た魚のように暴れまわっていた。


 上空を舞うエレアノールが杖を振るうたびに、天空に魔法陣が展開され、極太の火柱が帝国兵の頭上に降り注ぐ。


 日々の労働によるストレス発散と言わんばかりに、エレアノールは一切の出し惜しみなく広範囲殲滅魔法を連発していた。


 大地が抉れ、灼熱の暴風が吹き荒れ、巻き込まれた帝国兵たちが次々と灰に変わっていく。

 

「上だ! 防御魔法陣を急いで展開――グアアア!!?」

「ギャアアアアッ!? 熱い、熱いいいいいッ!!」


 直撃を受けた帝国兵たちはもちろんのこと、熱風の余波を浴びただけの兵たちでさえ、焼け焦げた死体になっていた。


 一方、地上ではヴィオラが漆黒の大剣を振るい、帝国軍を蹂躙している。


「【黒蝕の崩落(エクリプス・フォール)】」


 ヴィオラが大剣を薙ぎ払うと、暗黒の重力波が斬撃となって放たれ、何百人もの帝国兵をまとめて圧殺した。

 

「ヒィィッ!? なんだこの魔法は!?」

「盾を構えろ! 防御魔法を──ギャアアアアッ!?」


 重力波に飲み込まれた瞬間、何百人もの帝国兵たちは、まるで巨人に踏み潰されたかのように鎧ごと圧殺された。


 続けざまに、ヴィオラは一切の淀みなく、ただの作業をこなすかのように容赦なく大剣を振るい、無慈悲に殺戮を繰り広げていく。


 一方的な大虐殺だ。


 その光景を後方から見ていた王国兵たちは、空を舞う『聖炎の女神』の帰還に歓喜の涙を流しつつも、地上で暴れ回るヴィオラの姿に戦慄していた。


「あ、あの黒いメイドの女は何者だ……?」

「なんだこの禍々しい力は……」


 一瞬にして陣形を崩壊させられた帝国軍はもはや完全に統率を失い、兵たちは我先にと背を向けて逃げ出そうとしていた。

 だが、二人は撤退すら許さなかった。


 逃げ惑う帝国兵の背後をエレアノールの火球が正確無比に貫き、焼き尽くし、更にヴィオラの斬撃が背後から襲いかかる。


 先程まで王国軍を圧倒していた帝国軍の部隊は、ほんの数分で跡形もなく壊滅した。


 ◇


 戦場に静寂が戻った頃、ヴィオラは丘の上で待機していた俺の元へと一瞬で戻ってきた。


「お待たせいたしました、マコト様」


 返り血の一滴すら浴びていない漆黒のメイド服のまま、ヴィオラは俺の身体をふわりと抱きかかえる。


 そのままヴィオラは軽やかに大地を蹴り、戦場の中央に展開していた王国軍の陣地へと一気に跳躍し、音もなく舞い降りた。


 すぐさま、上空からエレアノールも俺たちの隣に降り立ってくる。

 突然現れた俺たちを前に、王国兵たちは畏怖と混乱の入り混じった顔で固まっていた。


 無理もない。崇拝する『女神』様と、先ほどまで帝国軍を肉片に変えていた謎のメイドが、見ず知らずの男の横に控えているのだから。


 俺は唖然とする兵士たちを見渡し、静かに告げた。


「お前たちの司令官と話をしたい。今すぐ案内しろ」


 ◇ 


 案内された王国軍の巨大な天幕には、鎧に身を包んだ初老の男が待ち構えていた。

 この戦線の指揮を執る司令官だ。


「アインワーズ様! よくぞ王国を救うべくお戻りになられました……!」


 司令官はエレアノールの姿を見るなり、感極まったようにその場に片膝をつき、深く頭を垂れた。

 

 だが、司令官はすぐに顔を上げ、訝しげな視線で俺とヴィオラを睨みつけた。


「この戦場を預かる者として、貴女様のご帰還に深く感謝致します。……しかし、こちらの方々は一体……?」


 訝しがる司令官に対し、俺は素性を明かした。


「俺たちは王国のお尋ね者だ。確か……ガストンだっけ? そいつらの部隊をつい皆殺しにしちまってな。

 それでこの女(エレアノール)に命を狙われたんだが、俺のメイドが返り討ちにした」


 瞬間、天幕の空気が凍りついた。

 司令官のみならず、控えていた兵士たちにも動揺とざわめきが広がっていく。


「なっ……!?」


 司令官の目が限界まで見開かれ、顔面から一気に血の気が引いていった。


「貴様が『閃光剣』のガストン殺しの大罪人だと!? それに、アインワーズ様が負けた……!? そんな馬鹿な……! あり得ない!」


 司令官は俺の言葉に頭を抱えた。


「……悔しいけど、この男の言ったことは事実よ」


 エレアノールが肩を震わせながら悔しそうに声を絞り出した。

 ギリッと歯を食いしばり、顔を真っ赤にしている。


「私はこのメイドに負けて、命を拾われたの……

 それでいつかこの女を殺すためにこいつらに同行してたら、いつの間にか毎日毎日魔道具を作らされるわ、聞いたこともない術式の研究開発をやらされるわ…… 

 あーもう! 思い出したらイライラしてきた!!!」


 司令官は口をポカーンと開けたまま、完全に思考停止に陥っているようだった。


 俺は混乱の極みにある司令官の元に歩み寄り、本題を切り出した。


「と、いうわけだ、司令官殿。そこでだ。俺はお前と……いや、王国と取引がしたい」


「取引……?」


 司令官がゴクリと唾を飲み込み、震える声で聞き返した。


「ああ。エレアノールと俺のメイドの力で、帝国軍を撃退して王国を救ってやる」


「な、なんと……!」


 司令官の目に希望の光が宿り、すがるように俺を見つめた。


「その代わり──」


 俺は司令官を見下しながら言葉を続ける。


「俺の騎士殺しの罪を不問にし、王国の商業を全て支配下に収めさせてもらう」

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